第十二話『少年の家族』
「━━ウィリアム第四王子を、発見いたしました」
その言葉をこの場で言うのに、はたしてどれほどの勇気が必要なのか。レクトはまだ幼く、正しく推量できる気がしない。
だがしかし、彼━━ハゼル・ルーメイトが微塵も躊躇わなかったことは、隣にいたレクトが一番感じ取れたのだった。
「━━━━」
レクトの目の前には、二人の人物がいた。それはおそらく、この国で最も有名な二人だ。
なにせ閉鎖的な環境で育ったレクトも、顔こそ知らねど名前は知っていたぐらいである。
カール・スカイラーク王。
アセシア・スカイラーク王妃。
そのアセシアの方に、レクトはじっくりと視られてしまう。
それはただの、視線の交錯ではないように思えて━━、
「本当に、ウィリアムなのね……」
「それは誠か!?」
「ええ、間違えるはずないわ」
わなわなと震えながら、アセシアは小走りにレクトの方に向かってくる。
あの数秒で何が分かったのかというところではあるが、おそらく血縁からくる親和みたいなものがあったのだろう。レクトも、不思議とそういうものは感じられた。
「━━━っ」
小走りに近づいてきたアセシアは、視線を低くしたかと思うと、思いきりレクトを抱擁した。
嬉しかったのだろう。喜んでいるのだろう。安堵したのだろう。━━それはレクトも大いに理解できた。
しかし抱きしめられたとき、レクトの身体は硬直してしまったのだった。
━━親からの、愛情であったはずなのに。
「この子……ウィリアムはどこにいたのかしら?」
アセシアからの抱擁から解放されたかと思うと、彼女の矛先は次にハゼルへと向いていた。
これは、予想していた問いかけだ。
ハゼル曰く、嘘は必ずと言って良いほどバレてしまうので、真実は述べなくてはならない。
だがしかし、こちらも目的はある。レクトを連れていって終わりではないのだ。
故に真実の範囲で、大目標を達成するために彼女を騙さなくてはならない。
とはいえルステラは、そんなに難しいことにはならないと思うよとは言っていたのだが。
「都市ハハネルにて偶然遭遇し、保護いたしました」
嘘は、なかった。しかし主語はぼかされていた。
発見したのはフラムだし、保護をしたのはルステラである。
「今までに見逃していた……いえ、当時ハハネルにはいなかったということかしら」
「そう思われます」
アセシアの考察を、ハゼルは肯定する。実際、レクトがハハネルに来たのは数日前のことなのだし。
「時に……」
そうアセシアが切り出した瞬間、レクトは心の中で喝采した。
尚早かもしれない。逸っているかもしれない。だがしかし、レクトはここで外れないと思った。
そして、それは━━、
「この子を育ててくれた人がいると思うのだけれど、連れてこれるかしら? 話がしたいわ」
「承知いたしました」
これでセーラを救うための切符が手に入った。
そして、ここからはルステラの出番だ。早急に伝えなくては。もっともそれをするのはハゼルだが。
しかし━━、
「アセシア、正気か!? その育て親とやらが、此度の事件を引き起こしたのかもしれないのだぞ!」
カールの言うことはごもっともで、これから相対するのは大罪人かもしれない。
それはアセシアも理解しているだろう。━━だからこそ、引き出した時点でルステラの勝ちなのである。
「わかってるわ。それでも、私は会わなければならない。それはきっと、一人の母として」
「アセシア……」
「無理だというのなら私から行くわ。━━それでもまだ、止めるのかしら」
王妃ではなく母としての強さを見受け、レクトは思わず感心してしまう。
そしてレクトがそんな感情を抱いたのなら、カールはなおさら━━、
「……わかった。君の意見を尊重しよう……」
かなり苦渋の決断だったようで、拳を握りながらカールはそう言った。
これでこの場にいた者の意思は固まった。
━━やっと、セーラさんに逢える。
○
「クソクソッ、クソ腑抜けが……ッ」
おおよそ整った見目からは想像もつかないほどに、粗暴な言葉を言い連ねる男。
クリーム色の髪を掻きむしり、灰褐色の瞳を歪める彼は、信じられないだろうが王子の一人だった。
ハイル・スカイラーク第三王子。
まさしく、セーラとレクトを引き離した人物だった。
「簡単に折れやがって」
ハイルの怒りの矛先は現在、父親へと向いていた。
それはアセシアの選択を優先したことに対してで━━、
「ウィリアムじゃねぇ。だが、ハゼルでもねぇはずだ。あの騎士は……違う。……次に接触してくるやつがふざけたことをやってやがるのか」
だが、王城にやってくるにしては早すぎる。
ウィリアムが当てにならない以上は、自力かあるいは━━、
「あの鎖女がなにか残しやがったか……?」
しかしながら、会話は全て聞いていたし、あの場面でウィリアムに何かを言うのはリスクが高すぎる。セーラなら絶対にしないはずだ。
「……ちっ。どうにかして殺しておくべきだったか」
しかしそれをすると、セーラの動きが読めない。ウィリアムはセーラの心に深く入り込み過ぎている。
後々のことを考えると、あれが最善だったはずだ。
「あの女を動かして……いや、怪しまれたら終わりだ。ウィリアムもあいつらに付いていきやがった」
もどかしくはあるが、今なにかを行うのは愚策も良いところだ。
一応、自分はまだ潔白であるのだから。
「だったら……」
予定とは少し変わるが、あれの準備は整っている。ならば簡単にひっくり返すことができるはずだ。
全員が揃うまで、ハイルは待機するのがいい。
「焦るな。焦りは心の弱さだ。━━もう、失敗はしない」
○
「━━どう思う?」
「なんなのさ、急に」
「いや、上がちょっとばかし騒がしそうに思えてね」
主語のない問いかけをしてしまいセーラを困惑させてしまうが、こればかりはあまり具体的に話すことができないので、堪忍してほしいところである。
「そう? あたしには何も聴こえないけど」
「僕にも何も聴こえないよ。ただ感覚的な話でね。空気感というか、そんな感じ」
「曖昧すぎる……」
セーラの突っ込みには反論のしようもないので苦笑して誤魔化しておく。
それで会話は終了かと思われたが、セーラは鎖を鳴らしながら質問してきた。
「君この前ノンダルカス王国って言ってたけど、出身自体は『気国』だったりするのかな?」
脈絡が無さそうに見えるが、実際レガートもそう思ったが、とある知識に紐付けられて質問の意図が判然とする。
「……ああ、『風読み』のこと? だとしたら違うよ。僕のは単純に感覚の話だから。とはいえ突き詰めれば、おんなじような事な気もするけどね」
流れを捉えているというか解釈ならば、感覚だろうと技術だろうと一緒のことである。
「なんにせよ、空気感は変わった。もしかしたら……」
その先の言葉を綴ることはしなかった。いや、言う必要はなかった。
━━セーラの鎖が、期待を奏でていた気がしたから。




