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暁の史記  作者: 焚火卯
第一章
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第三話『アトリエ』

 これは夢じゃなく過去回想だ。

 本当にあった出来事、記憶にこびりついて離れてくれないもの。

 一介の小娘だった私が、手に入れた全ての幸せ。それを深い意識のなかで思い出す。

 だから、これは夢じゃなくて、過去回想。

 そうして理解して、私は願う。

 だけど、これが夢であってほしかったと。

 夢ならば、こんなに苦しまなくてよかったから。

 そんなこと、起きているうちはおくびにも出さないのだけれど。

 そもそも、起きたらこんなこと、忘れてしまっているのだけれど。

 しかし、本心は変わらない。

 ━━変えられない。



 目が覚めて最初に抱いたのは、久しぶりに夢を見たような気がするという、感覚だった。

 それを必死に手繰り寄せて内容を思い出そうとするが、三十秒もしないうちに無理そうだと諦めた。


「昨日は……」


 若干ぼやけたままの頭で、昨日のことを回想する。

 身投げして、引き上げられて、あんまり訳を把握しないままに、ここまで付いてきた。━━そして、今に至ると。

 ルステラはどこか自慢げにアトリエと話していたが、間取り自体は一般的な家屋とそう大差がなかった。辺境にあったので、曰く付きかと構えていたが。

 アトリエへ入るなり部屋を一つあてがわれて、それが今いる部屋である。

 一旦入るのを引き止めて片づけをしていたが、お世辞にも整理整頓されているとは言いがたい部屋なので、惨状が散乱に変わった程度の変化なのだろうなと推測できる。

 ただ、見た目に反して埃っぽさみたいなのは皆無だった。置かれているものも、状態が良さげだし。

 現に、寝起きに使った寝具も、全く心地の悪いところはなかった。むしろ無機質すぎるきらいまであるほどだ。

 寝間着として着せられたワンピースも、同様だった。ルステラのを借りているため、丈が少しだけ短い気もするが、ワンピースの基準がどれほどかあまりピンとこない。なにせ人生初着用だ。

 着てみれば存外にも馴染み、制服と軽鎧の往復も見直しが必要やもしれないと考える。


「なんてな……」


 自分の言に、自分で笑ってしまう。流石に、一度でも死を選択した人間の発想ではない。

 しかしながら、二度と朝を向かえることはないだろうと決心したのに、二度も朝を向かえることになって、もはや生死どちらを望んでいるのかすらも曖昧で━━。


「━━フレン?」


「おわっ!?」


 思考の切れ目にちょうどよく声が滑り込んできて、大げさなリアクションをとってしまう。

 ビックリした心臓を宥めつつ、自身の掌から声の方へと視線を変えると、そこには不思議そうな顔で佇んでいるルステラがいた。


「なんだ、ルステラか……」


「なんだって……もしかして、聞こえてなかった?」


「聞こえる……?」


 聞くという動作に身に覚えがなさすぎて、フレンは間髪いれず聞き返す。すると、ルステラは納得顔を浮かべて、


「名前を呼んだらすごくビックリしたから、変だなってぁって思ったんだけど、入る前に声かけたの気づいてなかったんだね」


「……ぁ」


 そういえば物思いに耽っている間に、何かが耳朶を打っていたような気がする。と、回想中の回想をした。


「気づかなくてすまない」


「別に謝ることでも……。━━よく、眠れた?」


 優しい声音を直で受けとり、肩を回して調子を確認する。川岸で目覚めた百倍はましだった。


「ああ、ばっちりだ」


「よかったよかった。服も気に入ってくれたみたいだしね。昨夜はあんなに抵抗していたのに」


「何分初めてだったんでな。しかし一晩使えば、気持ちも変わる。今は全肯定派だ」


「吸収が早いね、若人は。でも、フレンは何着ても似合う気がするね。むしろ、軽鎧が一番服装としては似合わないんじゃない?」


 昨日の姿を思い返して、ルステラがそんな感想を述べる。

 もっとも、昨日のは鎧というか鎧擬きみたいなものだ。戦場に立った経緯が経緯なので、ちゃんとした形ではなかった。とは、念のため。

 しかし、


「『暁の戦乙女』を前にして、それを言うのか……」


「何か問題ある? というか、それは好きじゃないって言ってなかったっけ。一晩で心境が変化しちゃった?」


「いや、流石にこれは一晩じゃどうにもならん。異なことを言った。忘れてくれ」


「うん、考えとく」


「実行してほしいのだが!」


 食いつくような返しに、ルステラがふっと破顔した。その表情に安心感を覚えながら、フレンは寝台から降り立った。紙を思いきり踏んづけた。

 やけに色褪せた紙で、こちらからは何か書いてあるようには見えないので、色褪せている以外はいたって普通の紙だとは思うが、大事な物だったかもと渋い顔をする。


「そんな顔しなくても、責めたりしないよ。もう十分にくちゃくちゃにされちゃってるやつだしね」


 ルステラがひょいとつまみ上げたその紙には、フレンが踏んだのとはまた別の━━握り潰されたような跡があった。

 しかし裏面にも何も書かれておらず、どうやら本当にただの紙のようだ。


「今回はただの紙だったけど、踏んづけたら発火するやつとかあるから気をつけてね」


「その忠告に、私は感謝をすればいいのか……?」


「感謝なんていらないよ。片づけてくれたら、それで」


「図太いな!」


「だってこんな死域……けほんけほん、危ないところ、掃除なんてしたくないもん」


「誤魔化せてないが……あー、もう、やるよ! やればいいんだろ!」


「言質とった」


 ルステラが嬉しそうに微笑んで、フレンは頭を掻きながら観念した。

 事実、居候させてもらっている身なので、何かしらの働きはしなくてはならないだろう。

 幸いにも家事はできる。料理は少し苦手だけれど、掃除は得意だ。━━死域と呼ばれたこの部屋に、どこまで通用するかは怪しいけれど。


「じゃあ早速……」


 部屋を見渡して伸びをすると、フレンから腹の虫が盛大に鳴った。

 そう言えば、今日は普段より睡眠時間が長かった。そのせいで、空腹の感覚が少しずれている。加えて、昨日はあまり食事がノドを通らない気がして、パンを一つ食べただけで済ませたのだ。

 ルステラはそんなフレンを見かねて、すぐに、


「まずは、ごはん食べよっか」


 と、提案してくれたのだった。





 まだ朝食と言って差し支えないか微妙だが、ともかく腹を満たすために食事をした。


「これは全部ルステラが作ったのか?」


 味つけの濃い肉を突っつきながら、フレンはルステラに訊いた。

 はっきり言って、出された料理は美味だ。味が濃いのに、胃に負荷がかかる感じでは決してなくて、むしろするすると食べてしまえそうだ。

 有り体に伝えると、フレンのために調整されている感じだった。


「まさか。わたしは料理なんてできないからね、全部アレキス作だよ」


「料理できないのか……」


 かくいうフレンも料理には苦手意識があるので、強くは言えない。だが、できないと断言しているルステラよりはましと思いたい。


「そういや、アレキスの顔を見てないな。どこ行ったんだ?」


「仕事だよ。わたしたちを養ってもらわなきゃいけないからね」


「寄りかかりすぎだろ……と、今の私じゃ強く言えないな」


 肩をすくめて、改めて世話になりっぱなしだと自覚する。


「それにしても仕事とな。……傭兵稼業とかか?」


「お、正解。護衛とかやってるらしいけど、実際はよくわかんない。心配だから報告してほしいんだけどね」


「確かに、アレキスはよほどのことがない限り報告とかしなさそうだな」


「なのに、平気で半月とか帰ってこなかったりするからね」


 報告、連絡、相談の三つが大切なのは、社会の常識だ。

 もっとも昔のフレンはどちらかといえば勝手にやってた側の人間なので、アレキスへはそれなりに共感できるが。


「ならば今日は帰って来ないのか」


「たぶんね」


 望み薄ではあるが、昨日のことでアレキスを問い詰めたかったが、当分は不可能らしい。

 ポーコに気をつけろとは、果たしてそのまま受け取っていいのか。受け取ったとして、フレンはどうするべきなのか。

 あの、アレキスとかいう男の存在を、到底つかめそうもなかった。


「━━━━」


 話題が終わりを迎えて、一時の沈黙が流れた。しかし、すぐに新たな話題を投下した。


「アレキスは仕事だとして、ルステラはその間なにしてるんだ?」


 確実に掃除でないことは窺えるが、ルステラもまた謎多き人物ではあった。なんとなく、魔法に精通している人ぐらいの認識はあるが。


「まあ魔法の研究ってとこかな。特に国と提携してたりとかはないんだけどね」


「そうなのか? 転移魔法なんて持っていったら、出資とかも……ぁ」


 己があまりにも考えなしであることを、理解してその先を紡ぐのを躊躇ってしまう。だけどもそれは相手に悟らせるのと同義の行為だ。

 ルステラはちゃんと悟って、その上で「いいよ」と言って、


「ぼかさなくても、周知の事実だから。━━亜人が忌み嫌われるのなんて、当たり前のことだもん」


 亜人には、大きく分けて二種類存在する。まずルステラのような獣系。そして、爬虫系。

 比率としては前者が二割、後者が八割ほどで存在しており、主に虐げられるのは『獣系』の方である。

 そして最大の問題は、それが一国で行われていることではなく━━獣亜人差別は、世界全体で行われている。

 もはやこの世界にとって、差別は日常だった。

 故に、亜人が何か事を成しても、認められるケースは限りなく低いのだ。


「すまない、悪いことを言った……」


「だから、いいって。フレンはなんにも悪くないよ。悪いのは歴史なんだから。それに、フレンは最初からちゃんと見ててくれたじゃん」


「━━━━」


「初めて話したとき、なんの抵抗感も示さなかったのは、本当に驚きだった。あんなにらみ合いをしたのが馬鹿らしいね」


 フレンが不可解に切羽詰まっていた間、ルステラも尋常でないほどに切迫していたのだ。

 それほどまでに、差別とは根深いものなのである。


「ノンダルカス出身ってのもあるんだろうけど、それを含めても、すんなりと受け入れたのは意外だったよ」


「……別に大したことじゃ」


「フレンにとってはね。世界にとってはそうじゃないんだよ。だから、ありがとね。━━これでちょっとは解消される?」


 荘厳な物言いから転じて、最後にはいつもの軽い調子に戻っていた。しかしどこか諭すような声音で。

 ━━負い目を、見抜かれていたのだと、気づく。

 こんな自分がアトリエに踏み込んでしまってもよかったのだろうか。このアトリエを、寄る辺にしてもよかったのだろうか。

 ルステラはそこのところを、ちゃんと見抜いていた。アレキスも言わなかっただけで、同じことを思っていたように感じる。

 自分の気持ちに整理はつかない。だけどもう少し━━、


「━━図太く生きろってことか」


「……とどのつまり?」


「私もアレキスに養ってもらうことにするかな」


「あははっ! いいね、そうしよう」


 どこかで身を粉にして頑張っているであろうアレキスを想像して口元を緩める。ルステラもそれに乗っかって賛成の構えだ。

 実際、フレンを初めに助けたのはアレキスなのだし、最後まで責任は取ってもらおう。


「不満を言ったら首チョンパだな」


「じゃあわたしは、踏みつけたら爆発する紙を……あ」


「急にどうした……あ」


 突然、口をあんぐりさせたルステラの視線を追うと、そこには━━渋い顔で立っているアレキスがいた。


「楽しそうだな」


 たったそれだけを告げ、アレキスは席についた。

 彼が表情を崩している様を拝見したことがないので、判断は難しいところではありますが、怒ってはない、と思う。


「首チョンパされるのが?」


 ルステラは、にやにやしながら茶化すみたいに投げかけた。

 子どもの悪戯めいたものをアレキスは「ああ」とだけおざなりに返して、一枚の紙を机に広げた。

 その対応に、ルステラは唇を尖らせてすごすごと引き下がる。


「これ、なんの紙?」


 ルステラは端から文字を追っているが、フレンはこれが何なのか一目でわかった。

 人生で何度も目にしたそれは、


「━━契約書。それも……」


「軍が民間に依頼するときのやつだ」


 軍は時折、地元の傭兵などと協力することがある。

 しかしルールはいくつかあって、契約書の作成もルールの一つだ。


「ねえ、それってもしかして……」


 ルステラの頭にある予想はたぶん正しい。

 森でポーコがこぼした危険人物━━それはまさしくフレンのことだろう。もっとも、そう把握しているのは軍隊長ぐらいだろうが。

 だが、軍はこうしてアレキスに依頼を送った。危険人物もといフレンを見つけるために。

 どうやってフレンの存在を感取らせずに探させるのかは不明だが、とにかく一つだけわかっていることがある。

 それは━━、


「━━これに同意した瞬間から、俺はお前の敵だ」

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