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暁の史記  作者: 焚火卯
二章
36/124

第七話『少年は飛び立てない』

 パチリと目を覚ました瞬間、自分のことは二の次で、真っ先に考えることがあった。

 それは、自分が走り始めた理由で、ここまで無様に足跡を付けてきた理由でもある。

 目を開けたのに、少年はまた目を閉じて瞼の裏側にそれを思い描く。

 たとえ、何の意味がなかったとしても━━。


「━━おはようっ!」


「うわぁっ!?」


 黙々と思い描いていた少年の鼓膜の隣で、突然稚けない声が弾ける。

 自分のことを二の次に考えていた少年は、不意打ちをもろに食らってしまったのだ。


「……そんなにびっくりさせるようなことしちゃった?」


 耳を押さえてオーバーなリアクションをとる少年を、赤毛の少女は不思議そうに覗き込む。

 彼女のまん丸お目目を見ていると、意識を失う直前のことが段々と思い出される。

 ハハネルに来たのはいいものの、ついに限界を迎えてしまって━━、


「━━━っ、そうだ」


 彼女に優しく抱き留められながら、張り詰めていた糸がプツリと途絶えたのだった。

 ━━思い出してしまえば、なんだかやけに恥ずかしい。


「どうしたの? まだ寝てたい?」


「ううん、大丈夫。ちょっと整理するのに時間がかかっただけだから」


 気恥ずかしさは押し殺し、それを除外して本当のことを話す。

 実際、ずっと頭の中がしっちゃかめっちゃかだった感じではあった。

 それが気絶によっていい感じに区切れて、他のことも考える余裕ができてくる。


「ぼくってどのくらい寝てたかわかる?」


 時間を確かめる行為というのは今さらすぎて無意味に思えるが、少年はそれでも時間を確かめたかった。

 起きがけにおはようと言われたから、おそらくは八時間かそこらか━━。


「三時間ぐらいだよ」


「思ったより短いね!?」


 想像の半分以下で、またまたびっくり仰天してしまう。

 おはようと言われたが、三時間なら現在は、


「ということは、今は夜中?」


「うん!」


 元気いっぱいな感じで頷く彼女がさらに夜中であることを否定してくるが、テンションにはとりあえず目を瞑るとして、現在は夜中で少年は三時間しか寝ていなかった。

 しかし、そのわりには疲れが無くなっている気がする。痛みなども含めて━━いや、そういえば、


「そういえば、もう一人いたよね?」


「ルスちゃんのこと?」


「ルスちゃん……ほら、白髪の女の人」


「ルスちゃんだね! ……あ、名前はルステラだよ。だから、ルスちゃん!」


「そ、そうなんだ……」


 愛称を説明されても、反応に困る。自分で使うわけでもないし。

 とはいえあの白髪の女性がルステラだと知れた。たぶん彼女が身体を癒してくれたのだろう。


「その……ルステラさんは今どこに?」


「フレたんとこ! すぐ戻ってくると思う」


「フレタン……フレたん?」


 さっきの愛称の件があったので、フレタンさんではなくフレなんとかさんなのだろう。

 もっとも、それを解決したとて、急に浮上してきた新たな推定人物についての疑問は積もるばかりではあるけれど。

 推測するにどちらも女性っぽいので、どちらか━━ルステラなる人はあまり似ていないので、フレなんとかさんが少女の母親だったりするのだろうか。

 ともあれ━━、


「待ってれば来るんだよね?」


「うん。待ってれば来るよ。……あ、でも、もう来てるかも!」


 何かを感じ取ったみたいに癖毛をピンと跳ねさせて、少女はパタパタと部屋を出ていこうとする。

 その小さな背中を目に入れた瞬間、少年は思わず声をかけていた。


「━━待って!」


 あどけなさを湛えながら振り向く少女と目を合わせると、途端に意識を失う直前のことがもう一度思い出される。

 けれども、あの行動にちょっとだけ救われた。自分がそれを享受できる立場でなくとも、それは本当のことだった。

 だから、それだけはちゃんと言っておかなくてはならない。今言わないと、一生言わないまま終わっちゃいそうだ。


「ありがとう。あのとき、大丈夫って言ってくれて」


「━━━━」


「君は、ぼくの救済主だよ」


 ━━なにか、とても恥ずかしい言葉を言ってしまったような気がする。

 いや、気がするじゃなく、たぶんいつか思い出して羞恥に悶えてしまうおそれがある言葉だ。

 でも、思ったことは止められなかった。

 そんな直情的な気持ちをぶつけられた少女は丸い瞳をぱちくりとさせて、直後、口許を緩めながら大きく息を吸い込み、大きく頷いた。


「━━━っ、うんっ! フラム、救世主っ!」


 ニカッと笑顔を弾けさせ、かと思えばとろけさせ、とまれこうまれ喜びを浮かべながら部屋を出ていった。

 どうやら、羞恥に気を揉む必要はなかったらしく、そればかりか彼女はいたくお気に召したようだ。


 ともあれ出ていった彼女は、ルステラさんやら、フレなんとかさんを連れて戻ってくるらしいので、それを期待して少年は待つ。

 どうやら、彼女の感覚は正しかったようで数分もしないうちに人を連れて戻ってきた。

 それが四人も居たことには流石に驚いてしまったが。





 ━━フラムが少年を拾った。


 これは帰路についている最中、ルステラと合流したフレンたちが開口一番に聞かされたことだ。

 もちろん最初の反応は「?」だったし、再度説明された後に返した反応も「?」だった。

 最終的には見ればわかると、ルステラが話を強引に終わらせた。

 フレンもそれが早いかと納得し、途中ジャストタイミングで迎えに来たフラムを引き連れ、五人でぞろぞろと入室していく。


「━━━━」


 少年は灰褐色の瞳を瞬きながらフレンたちを見つめ、フレンたちまた少年と目を合わせる。

 身なりはかくかくしかじかあったが故に綺麗ではないのだろうが、美形な面にクリーム色の髪が乗っかって、不思議な高貴さのようなものが醸し出ていた。

 美少年だったので、フレンは思わず見入ってしまったが、それとは別にもう一人、少年を見つめている者がいた。


「…………」


 それは見とれているというよりかは観察に近かった。値踏みや品定めとも、また違った視線。

 それを向けていたのは━━、


「どうした」


 この場で一番初めに異変に気づいたのはアレキスだった。そして、その言葉の矛先は━━ハゼルに向かっていた。

 少年の存在があまり意識に食い込まなかったため、アレキスはすぐに気づいたのだろう。ハゼルがなにやら奇妙な様子だったことを。


「……いや、なんでもない」


 ただ、当の本人はそれを否定し、首を振ってうやむやにさせた。

 フレンとしても、気になることがあれば言ってほしいのだが。

 そう思い口を開きかけたフレンは、先に挟まった声に反応して、すぐに意識をそちらへ向かわせた。


「あの……気になることがあれば訊いてください。━━ぼくに答えられることは、そんなに多くないですけど……」


 一連の空気を気取ったのか、少年は皆に向けてそう言い放つ。

 たぶんルステラもフラムも、事情を詳しくは聞いていないのだろう。

 正直に言えば、切り出しかたに困っていた節はある。アレキスがハゼルに声をかけたのも、それが一因だろう。

 とはいえ、それは機能しなかったわけだが。

 しかしそれはハゼルも理解しているはずだ。

 だから、ハゼルはゴホンと咳払いをし、始点となってくれた。


「名はなんと言う」


「レクト……です」


「家名は?」


「家名……。えっと、ミルヒカペラ……?」


 言葉末が気にかかるといえばそうだが、とかく少年の名前はレクト・ミルヒカペラと判明した。


「へぇ、良い名前じゃん」


「うん! レーくんいい名前!」


「レーくん……」


 鬼のような速度で愛称で呼び始めるフラム。

 ただまあ、この経験は何度もしてきたので今さらフレンたちが驚くことはない。


「━━ともあれ、我の訊きたいことはそれだけだ。他のことは、我ではなく……」


「わたしが訊くのが早そうだね」


 伝聞のフレンたちより、実際に立ち会ったルステラの方が色々と話を進めやすいだろう。

 もしフレンにターンが回ってきてたら、ぐだぐだになってた可能性が高いので、ハゼルには感謝したいところだ。


「そんな身構えなくともいいよ。質問攻めとかしないから」


 一歩前に躍り出たルステラに、レクトは微かに身体を固くする。

 ルステラはそれを不安の表れと思い対応したのだろうけれど━━フレンには、レクトの気持ちが共感できる。

 ━━ルステラがあまりにも強そうに見えるのだ。

 もちろんルステラは強いし、強そうに見えるのもなんら不思議はないが、どこか威圧的というか底しれなさが突き刺さる。

 もっとも、初対面の内だけなのだが。


「なんで、質問は一つにしよう。━━どうしてあんなに疲弊してた?」


「それは……ずっと、走ってたから……」


 ルステラの質問に対して、レクトの回答は合ってはいるが芯を食っていない。

 ただ、彼は真意を意図的にぼかしている感じてはなかった。そもそも、気になることがあれば訊けと言う人間が、そんな行為に走るとは考えにくい。

 それはルステラも理解していて、故にもう少し深く切り込んでいった。


「追われてたから?」


「……たぶん、そうだと思います」


「やけに曖昧だね?」


 レクトは真意をぼかしているのではなく、答えを持ち合わせていない様子だった。

 頭を振ってシーツを握る彼からは、自身の不甲斐なさが表れているのが見て取れる。


「わからないんです。逃げなくちゃいけなかった理由が、ぼくにはわからない。……セーラさんはなにも教えてくれなかったから……」


「セーラさん?」


 不甲斐なさを噛み締めるレクトがポロっとこぼした人物にルステラが眉を上げる。


「ぼくの保護者です。ただそれだけの存在だって、セーラさんは言ってました」


 母親や姉と一言で片付けないところを見るに、関係は単純なものでなく、推測だがフラムとエールに近しいのだろう。


「ぼくを逃がしてくれたのもセーラさんです。━━なのに、ぼくはなにもしてやれない……」


「それで、そのセーラさんって人はどうなったの?」


「ルステラ!?」


 一切のためらいなくその質問をするルステラに、フレンは目を剥く。

 気になることがあればとは言われたが、これは酷なのではないかと━━。


「━━死にはしないって、言ってました。虚勢じゃなく、ちゃんと確信を持ってた」


 分からないことに嘆いていた者が言い放つ、確信は信頼に値する。


「だから……!」


「だから?」


 レクトの言葉がにわかに熱を帯び始め━━ふっと、掻き消える。

 真剣な眼差しで顔を上げた少年は一瞬しか現れなくて、すぐに俯きがちに言葉を落とした。


「生きては、います……」


 この場の誰しもが察した。そして、たった一人━━フレンが行動に移そうとする。

 しかし、ルステラが視線だけでそれを咎めた。

 椅子に座りレクトと目線の高さを合わせていたルステラは立ち上がり━━、


「━━今日はもう遅いし、こんなところかな」


「━━━━」


「とりあえず休んで、また明日。お大事にね、レクトくん」


「……はい」


 レクトに背を向けて解散命令を出すルステラにも、なにかを憂いを抱えたままのレクトにも何かを言ってやることはできず、フレンはただそれに従うだけで終わったのだった。





 ルステラとのやり取りで、レクトはいっそう強く理解してしまった。

 自分は安全圏で、ただ庇護されていただけの存在なのだと。


「無理だよ……」


 そんな自分が、飛び立てるはずがなかったのだ。

 みっともなく地を駆けて、ルステラとフラムに助けられた。

 もう、これ以上の迷惑はかけられない。

 だから━━、


「━━夜中に抜け出すんだ」


「━━━っ!」


 不意に声が鳴って、レクトはすぐさま振り向く。

 真っ赤な癖毛にまん丸な瞳。━━そこには、フラムがいた。


「レーくん悪い子だね」


 レクトはまた、フラムに見つけられたのだった。

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