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暁の史記  作者: 焚火卯
二章
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第六話『安置所』

 ルステラにできるかと聞かれたとき、驚きこそあったが迷うことは微塵もなかった。

 ルステラがフレン次第で成し遂げられるのであれば、フレンはそれに全力で応えるまでである。とはいえできもしないことを、可能だと嘯くわけにはいかないが。

 フレンは昔、色々あって城壁に穴を空けたことがある。虫一匹がやっと入れるかという大きさのものだけれど。

 あれはフレンのドジが招いたことだったとはいえ、ひどく怒られてしまった━━という思い出話はさておき。

 投てきに必要な膂力は有り余るぐらい持っていた。自覚したエピソードがエピソードなのだが。

 そしたら他に必要なのは制球力である。そればかりはなんとも言えないが━━、


「━━俺が付く」


 アレキスが補助に入ってくれるので、たぶん大丈夫だった。

 それが理由でメンバーの内訳が、フレン&アレキス。ルステラ&フラム。そしてハゼルという感じになった。

 フラムがルステラの方に行ったのは、魔法の勉強ということらしい。そして、ハゼルは一応の交渉と、ちょっとばかし気を引くための役割だ。

 目的は単純明快で、やることも単純明快である。ちゃきっと穴を空けて、パッとフレンが中に入ればいいだけのこと。

 もちろんだが全員で行く必要はない。


「最初は、私だけの力でやってみる」


 後学のためと好奇心。掌サイズの小石を握りしめ、フレンはアレキスに伝える。

 とはいえ事前に言っておいたことなので、ただの確認作業で、アレキスも普通に頷いた。


「━━━━」


 距離は目測。しかし、一度見ただけのものだ。風は吹いていないけれど、上の方では吹いてるかもしれない。

 本当は色々と加味して概算でも計算した方がいいのだろうけれど、当然できはしない。

 なので、ほとんど感覚だ。

 よって、挑戦は一回限りにする。これを外せば素直にアレキスの手をしよう。

 目標は向こう側の内壁。高さはルステラの胸元、中心辺りと指定された。そのイメージを強く描きながら━━、


「━━よっと」


 軽い掛け声から繰り出されたとは思えないほどのスピードで小石が空に向かって射出された。

 その石は放物線を描き、落下軌道に入った後━━小さな音を立てる。

 ここへ音が届いてるということは向こうでは相当大きな音が鳴ったように思えるが、そんなことはなく、フレンだからこそ聞き取れたので問題はない。

 しかし、そんなことより、


「どうだ! 成功したぞ!」


 一発で成功させたうれしさを、全身を使いアレキスに表現する。

 しかしそれでもアレキスの反応は淡白で、小さく鼻を鳴らしただけであった。つれないものだ。


「……よかったな。後はルステラの言ってた通りに動け」


「一分ぐらい待機って言ってたな。━━そろそろだが……」


 壁を見上げて、ルステラの指示通り一分ほど経過したが何か起きる気配がない。あっちで不測の事態が起きたのかなんてのが脳裏を掠めた瞬間、不意に背中が押された。

 アレキスがやったのだろうが、どういう意図があって━━と、問い質す間もなく景色が一変していた。


「━━そういうことか」


 この感覚には覚えがあった。ルステラのアトリエに招かれたときに、見せてもらったものだ。

 ━━転移魔法。

 前は手を握って一緒に連れてこられたが、術者に触れている必要は別にないらしい。


「━━フレン、あなたは自分のすることをちゃんとやって。任せたよ」


 転移魔法の考察をしていると、背後からルステラの声がした。

 激励であったそれには、何か含みがあったように思えて━━、


「ルステラ……?」


 穴の向こう側、走り去るルステラの足音を聞き入れる。

 実際、もうルステラがすることはほとんど何もないが、さっきの言葉があった故か非常に気にかかる。


「━━私は私のすべきことをしろ」


 ルステラにも言われたし、任されたということはフレンの手は必要ないということだ。

 あっちはルステラがなんとかする。だったらフレンは信じて、やるべきことをただやるだけでいい。

 それを瞬時に刷り込んで、フレンは歩を進める。


「━━━━」


 壁の内側には特に警備がいるわけでもなく、ここまでこれば後は探りたい放題だった。

 それでも一応、裏口っぽいところがあったのでそちらを選択する。

 中では不思議な清涼感が流れており、決して悪くはないが快いものでもなかった。

 カツン、カツンと不気味に靴音が反響し、アルトなら即発狂してただろう。


 かくいうフレンも、初めてなので僅かに怖さまでもいかぬ不安感みたいなものはあった。

 加えて構造がよく分からないので、これは探索が終わるのにだいぶ時間がかかる気がしていたのもある。

 しかしながら、何か発見があれば儲けなので時間が許す限りはじっくりと調査したい。


「全部開けて回るのは、現実的とは言えないが……」


 心意気はそうでも、方法は効率的である方がいい。そうすると、やはりリストなどがあると早いだろうか。

 フレンは闇雲に歩き回るのをやめ、とりあえず一つの部屋に入ってみる。たぶんここは入り口から近いから━━、


「あったな」


 記録書が棚にびっしりと詰め込まれていて、その多くが安置されている遺体の記録だろう。

 もちろん全てに目を通す必要はなく、新しいものにだけしぼって確認していく。

 だが━━、


「ここになければ、本格的にまずい……」


 有力な情報はなく、空振りばかりで当たる気配がない。

 ただケースが特殊なので、記録がない可能性も大いにあり得る。なのでやはり、直接確認しに行く必要があるだろう。

 逆に言えば、記録がないということはまだ残してある可能性も高いと考えられなくもない。━━この理論は厳しいか。

 とはいえ確認しにいかない理由が生まれたわけではないので、今手に持っている書を戻す。


「……これ……」


 なんとなく感覚に引っかかる書があって、フレンは何の気なしにそれを手に取る。

 表紙には『特別遺体記録』と書かれていて少し期待してしまったが、すぐに添えられた日時より二十年前のものだと判明して、関係のない代物だとあっさり決定付けられた。

 中身も特に他と変わりがあるわけでもなく、人の名前とその特徴やらが書かれているだけのものだ。


「『ヨルゼ・ハインセン』、『ダレオス・コレリエモ』、『カフ・シェダル』。特別要素は、無さそうだが……」


 前から三人の名前をボツボツ呟きながら、ヨルゼとやらの詳細を読んでみるが、特に変わりはなくフレンは記録書を閉じた。

 ━━死因はちょっとだけ、変わっていたと言えば変わっていたが。


「脳を溶かされた、か……」


 切られたとかではなく、溶かされたという表現はなかなか見受けられるものではない。

 そういえば、野営地が溶かされたのではとは考えたこともなかった。

 ただまあ溶解痕のようなものはなかったので、発想が新たに湧いても、真剣に吟味することはないが。


「━━━━」


 なんにせよ今は二十年前の事柄に拘う暇はなく、フレンは本を戻し退散する。


 ━━その後、長らく安置所を調べたが、何の手がかりも得ることができなかった。





 入ってきた場所に戻り、空間に触れると石を投げた地点まで身体が送られる。

 微妙に地面から上にある出口に引っかからないよう華麗に着地。目の前には男が二人━━アレキスとハゼルだ。


「それが転移とやらか」


「私の魔法じゃないけどな。……あんまり他言しないでくれると助かる」


「もちろんせぬが、そもそも再現できる人材が稀だろう。それこそ『魔法国家』などではない限りな」


 それもそうだとフレンは納得する。

 思えばノンダルカス王国の宮廷魔術師さんも、よく分からない術を使用していた。


「ともあれ、調査をしてくれたことに感謝しよう」


「いや、いいよ。両方わかるのが私だけって半分消去法みたいなものだったし……」


 だけれど、それ以上に感謝を受け取れはしない。

 何故なら、


「ここには、何もなかった」


「……覚悟はしていた。だが……」


 ハゼルはそこから先を紡がない。━━否、紡げない。

 やれることはやったし、単純に厳しいことを省けば考えつくことは確かめ試した。

 それでも、フレンたちはまだ何も得られていない。

 提示された結果に沈鬱な空気が流れて━━、


「━━何もなかったんだな。じゃあ、早く行くぞ」


 沈鬱な空気を意にも返さず、付いて来いと背中で語りながら歩き出すアレキス。

 その迷いのない足取りに戸惑いながらフレンは引き止める。


「行くって、どこに行くんだ」


「ルステラのところ以外にあるか? 大至急集合だそうだ」


「じゃあ、それを初めに言ってくれよ……」


 こんなときアレキスは言葉足らずなことが多い。今後の改善に期待したいところである。

 一応、ハゼルに確認をとってみるが、初耳だと首を振った。

 つまりハゼルとフレンがちょうどいない時に、ルステラはアレキスに言付けたのだろう。

 なにやら言い残してどこかに走り去ったことと関係があるのだろうか━━。


「そういや、フラムを見なかったな」


 フラムが突っ走って、ルステラがそれを追いかけた。━━容易に想像できる。

 アレキスの態度から察するに、フラムの身に何かが起きた感じではなく、彼女が何かを見つけたあるいは拾ったぐらいが妥当なところか。

 なんにせよ━━、


「━━ちょっと、歩くの速いって!」


 少なくとも、急くアレキスの足取りに負の感情は乗っていなかった。

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