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暁の史記  作者: 焚火卯
二章
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第三話『あれからの話』

 フレンが自殺を決意した、あの燃え盛る戦場。

 どういうわけか━━いや、大方の予想はつくが、森林火災だったと処理されたあの場にて、一人生き残った者がいた。

 もちろんフレンも生き残った一人なのだが、あれは行き着いた結果であり、そうであるならば戦場を生き残ったという表現には当たらない。

 しかし、そんな『暁の戦乙女』すらも差し置いて、命を拾った正真正銘の生存者がいた。

 名を、ハゼル・ルーメイト。王国騎士の団長である。


 彼と直接的に話したのはあの戦場が初めてだった。

 だからこそ、フレンの訪問に応答してくれるような間柄ではなく、ただひたすらに他国の者同士であるという認識から変化することはない。

 それでも、フレンはもう一度彼と顔を合わせることができた。

 すなわち━━、


「何の用か……。求めるところは同じだと思うが?」


「求めるところ……。ふむ、場所を変えようぞ。我に着いてこい」


 詰所を出てすぐのところで話すようなものでないと、場所の変更をするハゼル。

 てっきり詰所にでも招き入れてくれるのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。まあ、確かに当然ではあるか。

 代わりに案内されたのは一軒の酒場だ。

 とはいえ治安が悪そうな雰囲気はなく、そもそもまだ昼過ぎなので客もそこまでいない。もっとも、この時間帯から呑んだくれている者が健全かどうかについては、また別の議論をする必要があるが。


「ここなら、思う存分語れるであろう」


「まあ……聞かれないに越したことはないか」


 酒場の奥の角席。ここならば誰かに聞かれるということはないだろう。

 もっともフレンはそこまで秘密裏にするようなものではないと思ってはいるが。触れ回れということではないけれど。


「私のことはどこまで知ってる?」


「不殺と不戦力で縛られたことは聞き及んでおる。……それ以上、なにがいる?」


「現状に限ればそれ以上はいらないが……質問を変える。━━どこまで知っていた?」


 なんの説明もなしに他国へ攻め入れろなんて言われるはずがない。理由を説明されて、納得して、あの場にいなければおかしいだろう。

 しかもハゼルの部隊は先鋒━━アルトを除くのであればだが、計画的に攻めてきたため、それなりに作戦の擦り合わせも行なわなければならない。

 知らぬ存ぜぬでは済まされないことだ。


「我に下ったのは、フレン・ヴィヴァーチェの殺害命令だけだ。王の認可の下で我は部下を引き連れ貴様のもとへ向かった。━━世界がフレン・ヴィヴァーチェに牙を剥いた。我はそれしか知らなかった」


 ハゼルの口ぶりから察するに、強者の排除についてのことなどは知らないようだった。

 王のためか、国のためか━━自分のためか、詳しくはわからないが、彼もまた単なる加害者というわけではないのだろう。


「そして貴様に負け━━まさかこうなるとは思わなんだ」


「私も同じ気持ちだよ」


 死を選択した人間の未来として、ここがあると予想することは不可能に近い。

 それはフレンだけでなく、相手も同じことだ。彼はフレンが最後に出会った人になっていたかもしれないのだから。


「それで、私は王国でかくかくしかじかあったんだが、そっちはどうだったんだ」


 フレンは時間がないわけではないが、急ぐ理由はある。しかし、直接的に問いかけることはしない。

 それは、相手の情報量がわからないからだ。

 今はこうして話しに乗っかってきている時点でほとんど判断はつくが、断定するのは愚かしい。

 フレンとハゼル。もう敵ではないと思うが、別に味方や仲間というわけでもない。ましてや友達なんてのもおかしいだろう。

 まだ大きく先が見えない以上、あれやこれやと話す行為は控えるべきなのだ。


「どう、か。惨憺たる結果に終わったが、散々というわけではなかった……が」


 ハゼルの言葉はいまいち歯切れが悪い。まるで、形容しがたいなにかに遭遇したみたいな、そんな悪さだ。

 例えば、フレンがファミルドへ来た理由みたいな━━。


「━━なんとも、不可思議な数日だった」


「不可思議……具体的には?」


「そこが主題であろう? 我も把握している。安心しろ」


 フレンの意図など見透かされていたようで、しかし、咎めることなくハゼルは言葉を連ねる。


「ないのだ━━我らが戦った痕跡が」


 それは、フレンが直面している問題と酷似━━否、同じものである。間違うはずがない。

 なにせフレンはその答えを求めてファミルド王国までやって来たのだから。


「気づいたのはいつ頃だ?」


「噂を聞き入れたのが八日前である。その後、我が密かに調査を行って裏付けを取ったのが五日前といったところだ」


「八日前……」


 八日前だと、二つの事件は同じタイミングで行われたことになる。

 ちなみに補足しておくが、フレンたちが報告を受けたのは七日前だが、情報伝達のラグが一日程度あるので、二つの事件はおそらく差がない。

 そして、もう一つ判明したことがある。

 正直、答えが得られるとは思っていなかったが、やはりハゼルはこの件に関与していない。

 なぜなら、


「噂と言ったな。見たわけではないのか」


「ああ。なにせ、我は貴様を見届けた後、突然意識を失い━━起きたら詰所の医務室であったのだから」


 唐突な場面転換により、フレンは困惑してしまう。

 突拍子というか、脈絡というか、なんにせよ謎が謎を読んでいる。

 今までの情報を脳内で噛み砕いていると、ハゼルが咳払いをした。そして、


「これは順序だてて話す方が良いだろう。━━我の話を、いま語ろう」





「負けた……」


 木に身体を寄せて、力なく呟く男━━ハゼル・ルーメイトがいた。

 フレンというたった一人の小娘に、なすすべもなくハゼルたちは敗北してしまったのだ。


「部下に、か……」


 別れ際、フレンの言い放った言葉が脳内を巡る。

 確かにここへ来るまでのハゼルが冷静だったかというと、そうではなかった。

 利己的な激情に身を任せて、もう長いこと過ごしてしまった。

 それが表徴したのが、さっき起きたことの全てだ。


 悪かったとフレンは言ったが、きっと悪者はハゼルだったのだろう。

 そんなこと、いくら自覚しても、取り返しがつくわけじゃないけれど。

 思えば、いつからハゼルはこんな人間になってしまったのだろうか。━━いや、わかっているはずだ。

 ハゼルは、あの時の━━。


「━━━━」


 ━━意識がそこで、途絶えた。



 目が覚めたとき、ハゼルは詰所の医務室にいた。

 見慣れたというほどでもないが、確かに見知った天井であったのだ。


「━━おはようございます。不調はございませんか」


「……ああ、特には」


 横合いから話しかけられて、ハゼルは自分の意識をはっきりとさせながら返答する。

 目の前の無機質な印象を漂わせる婦女に見覚えはなかったが、彼女がそれなりにハゼルの世話してくれたのだろう。


「ところで、今は……」


「━━不調がないということでしたら、至急速やかに退院手続きを済ませたのち、王の下へ向かってください。私はこれで失礼します」


「━━━━」


 恭しく腰を折り、自分の役割は完璧に済ませたという顔つきで婦女は出ていった。

 最後に王の下へという言葉を残したので、ハゼルはそれに従う。━━というより、それ以外に何をすべきかなんてわからなかった。


 話が事前に通されていたため、王には特になんの苦労もせず会うことができた。

 会話を長々と語る時間はないので要点だけを言うと、まずフレンのことはもう気にしなくていいこと。そして、これからも騎士団長として励めという旨が語られた。

 正直、除名も覚悟していた。

 だがしかし結果はそれを大いに裏切り、あまつさえハゼルには新しい隊員が宛がわれたのだ。


 前の隊のことも訊いてみたが、何か教えてくれるでもなく、ハゼルはその場を後にするしかなかった。

 散々な末路を辿ることはなかったが、なんとも奇怪な結果を見せたのである。

 結局その日はそのまま終わり、翌日を迎える。とはいえ特に普段と変わらない━━驚くほどに変わらないいつも通りを過ごし、事態はその日の夜に進展した。

 一つの噂を聞いたのだ。

 それが確度の高い情報であることが判明するのはもう少しあとのことだが、ハゼルはこの時知ったのだ。


 ━━何かが、起きているということを。





「王国の水面下。何かが蠢いている。王国が与っているのかいないのかまではわからぬが」


 違和感というのは、あまり無視してはいけない感覚だとフレンは思う。

 考えすぎも思い過ごしも自分を縛ってしまう可能性があるのでほどほどにするべきだが、違和感を無視するのは愚行でしかない。

 ノンダルカス王国の一件を経て、フレンはその大切さを知った。


「だが、違和感はあった。不自然さもあった。ならば、追求しないという手はないだろ?」


 順序だててされた説明を聞いて、ハゼルの置かれている状況というのが把握できた。

 だからこそ、フレンは提案する。さらに何かが起きては、もう遅いのだから。


「うむ、このまま手を引けば皆に顔向けができん。……今さらだがな」


「━━━━」


「よって我も王国を深く見てみるつもりだ。━━だが、それは貴様のやることではない」


 厳しい声音を出しながら、ハゼルは言い放つ。


「フレン・ヴィヴァーチェよ。貴様はもう何でもないのであろう? ならば深入りしない方がよい。すぐにファミルド王国を出るべきだ」


 フレンがファミルド王国に赴いたのは、消失事件の手がかりを得るためだが、あくまでも、そこを通じてレガートを見つけるのが最終的な目標だ。

 なので、


「いや、私は残らせてもらう」


「何故そこまで固執する? 場所はそちらの王国とはいえ、失ったものはファミルド王国にあるであろう」


「━━私も友達に顔向けできないから」


 レガートがどこにいるのか、その情報は確かに一番ほしいのだけれど、消失事件を蔑ろにしてしまってはレガートだけじゃなく、関わってきた色んな人に顔向けができない。

 それに、これを見捨ててしまっては、一生先に進めない気もする。勘だけれど。


「それに、被害は一件だけじゃない。ノンダルカス王国のとある村近辺でも、同じ事態が起きている」


「な……っ、何故それを早く言わぬ!」


「ちょっと、機会を見失っててな……」


 フレンの切り出し方や展開の持っていき方がよろしくなかったため、二人の認識が微妙に合わなかった。


「これは、二つの国。いや、もしかしたらもっと大きな問題かもしれない。だから……」


 席を立って、フレンは手を前に出す。━━握手の構えだ。


「協力しよう。これ以上、何かが起きる前に」


 二人が協力したら、何もかもが上手くいくとは思わないけれど、協力することに意味はある。

 ハゼルはフレンの望む答えを持っていなかった。だが━━ファミルド王国はどうだ。まだ打ち切るには早いだろう。

 取り返しのつかないことが起きてからでは遅いのだ。だったら少しでも早く辿り着ける方法を選ぶべきだ。

 分からないだらけの現状でも、分からない者同士が分からないなりに進むことには意味がある。

 だから、


「私たちはもう敵じゃない」


 かつては争ったし、それからまだ一月もたってない。だけれど、もう終わった話だ。

 フレンが許さないのは、シュネルたった一人だけでいいのだから。

 故にフレンは協力を持ちかける。

 そして、


「我は……この違和感の答えがほしい。部下のためにも、解決したい」


 決心するようにハゼルは頷き、フレンの差し出した手に自身の手を重ねる。


「協力しよう」


 敵でもなければ味方というわけでもない。家族でもないし、友人でもない。

 二人は━━協力者になった。

 これが大きな一歩になることを、フレンは強く願う。 

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