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暁の史記  作者: 焚火卯
二章
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第二話『王都ファザス』

 フレンの入国問題は、あまり考えなくて良いらしい。

 現在のフレンは立場的には民間人であり、それならば条約により出入国は保証される。

 いざとなればルステラが密入国させてくれると息巻いていた。そんな手段はできる限り取りたくないし、取らせたくもないが。

 なので、


「入れたぁ……」


 ファミルドの国境線を越えて、フレンは肩の力を抜く。

 手続き員がフレンの名を見て静かに動揺していたが、これから行く場所行く場所で同じような反応がされるのなら、相当に気が滅入る。もうそんなに面白い名でもないだろう。


「ね、普通に入れるって言ったでしょ?」


「それでも実際に試してみるまでは不安なものなんだ」


 馬車の車内から外を眺めながら、そう述懐する。

 ノンダルカス王国とファミルド王国は、風土的にあまり相違点がない。

 なのでまだ街道を走っている車内からは、目新しさみたいなのは感じ取れないが、都市部に入るとそれは一転する。

 ファミルド王国は独自の建築文化を有しており、惜しげもなくそれらが建て連なる様は圧巻の一言しかない。

 とはいえフレンも実際に目にしたことはない。なので、関門を越えてから少しわくわくが漏れ出していた。

 そして、それはフレンだけでなくて、


「フレたん! 加速してる! 速い~」


 窓にべったりと張り付いて、見るもの全てに目を輝かす赤い癖毛の少女━━フラムも同じだった。いや、フレン以上だった。

 確かに、生まれは王都の外とはいえ、人生の大半を王都で過ごした彼女には何もかもが新鮮に見えるだろう。


「非制限地帯に入ったな。じきに王都に着くだろう。王都の街並みはもっとすごいぞ。……私も見たことはないが」


「フレたん初めてなの?」


「恥ずかしながらな」


 立場上、気軽に他国へ行くことが難しかったとはいえ、もっと色んなところへ行っておくべきだった。知識ではなく、見識で教えることができないから。

 そんな不甲斐なさを持ちつつ、そう言えばとルステラとアレキスに向き直る。


「ルステラとアレキスは来たことってあるか?」


「んーん、ないよ。来る理由がなかったしね」


 ルステラも初めてらしい。ファミルド王国は魔法的に発展しているわけではなく、確かにそそられる要素は薄いように思える。

 ルステラが何に興味を持つのか、あまりわからないけれど。


「俺は一度だけ来たことがある」


 反対に、アレキスは来たことがあるらしい。かなり良さげの話が聞けそうだ。


「…………」


「…………詳細を話してくれよ!」


「すごかった」


「子供か!」


 あまりに稚拙な感想に、フレンは大声が出てしまうが、それをルステラは「まあまあまあ」となだめる。


「どうせ遅かれ早かれお目にかけれるわけだしさ。ほら、百聞は一見に如かずって言うしね」


「百聞は一見に如かず?」


「人の話は別に聞く必要ないってことだよ」


「嘘教えるな! 教育に悪いだろ」


 ルステラの言葉の極限解釈に、フレンはフラムの耳を塞いで対抗する。

 フラムには純粋にすくすくと育ってほしいのだ。


「まったく、ルステラは……うわっと!?」


 ルステラに呆れ嘆息をすると、突然身体が大きく揺れた。咄嗟にフラムを抱き寄せて、揺れが後二回ほど起きると、ようやく収まった。

 それから、フレンは確認のために窓の外へと目を向ける。

 今しがた通った街道を見てみると、道を横断するように切断痕みたいなものが複数入っていた。おそらく、それに引っ掛かって車体が跳ねたのだろう。

 確認が済むと、御者台から声が飛んでくる。


「すみません! まだ修繕がされてなくて! この先にはもう大きく跳ねるような場所はないんで! 安心してください!」


 そう言えば、この亀裂の上を走る前に若干だが速度が落とされていた。これをちゃんと考えていれば驚くこともなかっただろうが━━ともあれ、事前に対処をしたということは、それなりに以前からあるものなのだろうか。

 連絡窓からフレンは好奇心で御者に問いかけてみる。


「この亀裂は、結構前からあるものなのか?」


「三日前ぐらいですかね。ある日突然、何の前触れもなく発生したんですよ。目撃者もいなくて。……ここはそれなりに交通量がありますが、ひっきりなしに人が往来しているわけではありませんし……。加えて、誰がこんなことを行えるかってのもありますね。森が隣接しているとはいえ、魔獣なんて生息していませんしね。……あ、すみません。一人で喋っちゃって」


「いや、面白い話が聞けてよかった。━━ありがとう」


「いえいえ。まあじきに直りますから、ご心配なく」


 連絡窓を閉めて、フレンは元居た位置に再び腰を下ろす。

 世の中ってのは不思議がいっぱいである。


「━━相当な手練れだな」


 そう不意に呟いたのは、アレキスだ。

 窓に視線を向けている彼の口調はどこか確信めいていて、フレンは期待まじりに耳を傾ける。

 その感情を汲み取られ、アレキスは終わるはずだった話をさらに続けた。


「ファミルドは、舗装に特殊な廃液を混ぜたものを使っている。━━簡単に壊せるようなものじゃない」


「特殊な廃液ってのは?」


「魔力の込めた武具を製造する過程で出るものだ。それ以上は知らん」


 厳密には違うのだろうが、つまり、今通っている道は魔力で防護されているに等しいのだろう。

 そこにバッサリと傷跡を刻んだのだから、確かに最初の台詞にたどり着くのは理解できる。


「なんにせよ、無事に王都にたどり着ければそれでいい」


「フレン、それだいぶ危ない発言だよ?」


「……? 無事を願っただけだが、何かおかしかったか?」


「そういう台詞を言ったら、大体なにかが起きるのがお約束じゃん」


「……だとしたら、拾ったルステラにも非があると思うが」


「えー、ないよ」


「なんでだ」


「だって責任持ちたくないもん」


「おい!」


 何か起きたらルステラに全部対処させようと決心しながら、馬車の揺れに身体を任せる。

 それから他愛もない会話をしながら、一行は目的地に向かう。


 ━━特に、何かが起きることはなかった。





 ファミルド王国、王都━━ファザス。

 移動中話題に上った通り、その街並みには目を見張るものがあった。

 まず家の形が一様ではない。屋根が平坦だったり、あるいは円形だったりしている。さらに、色もカラフルで、しかし、派手すぎて胃もたれする感じではなく、見事に調和していた。

 足し算ばかりではなく、しっかりと引き算も施されていて、異質感は一度も抱くことはなかった。


「確かにこれは、一生のうちに一回は見るべきだな……」


 ファザスの街並みに目を吸い寄せられて離せない。

 まだ入ってすぐのところなので、さらに向こうの景色も見たくなる。

 そして、その感動を覚えたのはフレンだけじゃなくて、


「フレたん! あっち行ってみたい!」


 フレンの腕を引きながら、まだ見ぬ景色を求めて歩き出そうとするフラム。フレンも同じ気持ちだったので、そのまま着いていこうと━━、


「フレン、フラム、ちょっとストップ」


 ふらふらと歩き出そうとした二人に、ルステラの止めの声がかかる。


「とりあえず、やることやってからね。特にフレンだけど。行くとこあるんでしょ?」


「……フレたんどっか行くの?」


 ルステラの言葉に反応を示したのはフラムだ。

 ファザスに来た理由は、街並みを見たかったからではない。━━それも、あるけれど、目的は別所にある。


「まあ情報収集が目的だからな」


「……だったら、そっちいこ!」


 純真無垢な表情でフレンに付いてこようとするフラム。それを見てしまうと心苦しいのだが━━、


「━━これは、一人で行かせてくれ」


 フラムだけじゃなく、ルステラもアレキスも今回は同行させない。

 とはいえ、それでフラムが簡単に頷いてくれないのは今までの経験からわかる。なので、


「いや……」


「━━危険じゃないから」


 嫌だと意思を振り切る前に、フレンはフラムにそう告げる。

 フラムがフレンを想うように、フレンもまたフラムの気持ちを尊重したい。

 だからこそ、これは必要なことだ。

 たぶん納得はしてくれないだろう。でも、


「…………約束できる?」


「約束するよ」


「じゃあ……わかった」


 フラムもいつまでも子どもじゃない。成長するのは別にフレンだけじゃない。

 だから、彼女は納得しなくても、意固地になって食い下がることはしなかった。


「フレたん、またあとでね」


「うん、またあとでな」


 膝を折ってフラムと目線を合わせて、フレンは頭を撫でる。


「そういうことだから、ルステラ、アレキス、フラムを頼むな」


「うん」

「ああ」


 二人がいれば、フラムに危険が訪れることはないだろう。安心感をもって、フレンはみんなと別れる。

 正直なところ、フレンはあまり自身や周囲が安全だとは思っていなかった。

 ここまで特に苦労せずにやって来たけれど、それが手放しに喜べる事態かと言われれば、少し懐疑的だ。

 しかし、危険だとも思ってはいない。

 言うなれば量りきれていない状態である。これからフレンが行うのは━━穿った見方をすればカチコミだ。

 フラムに嘘を言ったわけではないが、離しておきたいという心理は働く。

 そんなこんなでフレンが向かったのは━━。


「元気してたか?」


「お主がそれを言うのは、流石に皮肉が過ぎようぞ」


 フレンの前に立ち現れるは、厳格な雰囲気を纏った男だ。声音には、一角の武人である重みが感じ取れる。


「まさか我のもとへ来るとはな。何のようであるか━━フレン・ヴィヴァーチェ」


 その男は、フレンがかつて打ち負かしたファミルド王国の騎士団長だった。

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