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暁の史記  作者: 焚火卯
二章
30/123

第一話『次なる場所は』

「さて、行くか」


 ぐぐっと伸びをして、フレンは視界いっぱいの景色を焼きつける。

 ここへ戻って来るのは、果たしていつになるだろうか。

 数週、あるいは数ヵ月後になるかもしれない。

 フレンの目的は、断じて遊興や行楽ではないけれどこの感情に嘘はつけなかった。


━━肺を満たす清涼な空気と、全てを包み込んでくれるような蒼穹がなんとも心地よかった。





 ━━時は一週間前。フレンが王都を出る日まで遡る。


 始まりは一通の報告書だった。

 それはリゾルートのところへと送られた━━つまりは、リゾルート、ルステラ、アレキスの三人がシストル村を離れる際に、村の仮警護を担当させていた、傭兵の一人から送られたものだ。

 詰め所に戻れる状況を想定したのか、仕方なくそうするしかなかったのか定かではないが、あの状況で王都にいるであろう自身に届くよう設定するのは、中々に強気である。

 ともあれ、重要なのはその内容だ。

 要約して説明すると『残してきた野営地が、忽然と姿を消した』という旨の内容だった。

 元々、ポーコとの戦いでそれなりに荒れていた場所にはなってしまっていた。

 だがしかし、荒れているなども全て引っくるめて、最初からそこに何もなかったと錯覚してしまうほどに、何もかもが消えたという。

 異常事態。その四文字があまりにも的確すぎる様相になったらしい。


 報告書を受けてすぐさま、フレン、ルステラ、アレキス、フラム、リゾルートの五名は、そこにあったはずの野営地へと赴いた。

 しかしながら、自分たちで見入れようが、他人から聞き入れようが、結果は同じことだ。━━否、報告以上の惨状だった。

 というよりかは、忽然と消したという言葉を、甘く見ていたのだ。

 それは決して、屍がだとか天幕がだとか戦痕だとかという程度ではない。

 何らかの作為が働いて、野営地の区画が、土地が、全てが跡形もなく抉り取られ━━引っこ抜かれ━━いや、削除されてしまっていたのだ。


 そうして五人は、謎を抱えたまま、ルステラのアトリエへと集まったのであった。



「まず、明らかに異常だよね」


 集まったところで、一番初めに口を開いたのはルステラだった。

 卓を囲む形で、ルステラから時計回りにフレン、アレキス、リゾルート。フラムはフレンの膝の上にちょこんと座っている。

 そして、その四人はみなルステラの言葉に頷いた。


「だよね。まあ、そのすり合わせはもういいとして……。次の話をしよっか。━━どんな感じだった?」


 主語のないルステラの問いかけに困惑することなく、以外の四人は口を合わせてこう言った。


「「「「収穫なし」」」」


 アトリエに集まるという表現をしたのは、皆バラバラにここへ到着したからである。

 とはいえ王都を出たタイミングは一緒なので、そこで差がつくことはない。差がついたのは、王都を出て、野営地の有り様を確認してからのことだ。

 つまるところ、確認してから皆で、村にて軽い聞き込み調査を行ったのだった。

 そしてその結果が、今発言した内容だ。


「こっちも同じで収穫なし。不審も異常もまったく掠らなかったよ。もっとも、この村は別件で若干騒がしくはあったけどね」


「━━軍の不在であろう。小職も村人に詰め寄られてしまった」


 リゾルート、ルステラ、アレキスは、シストル村では結構名が知られている。もっとも、ルステラはちょっと変でやばめのお姉さんみたいな知れ渡り方をしているらしいが。

 ともあれ、良かれ悪かれ影響力の少なくない人間が、村で何事かを行っていそうな雰囲気を醸し出しているのなら、訊きたくなるのが人間というもの。


「けど、それはもう解決するだろ? まさか渋られてるとか……」


「大丈夫だ。その点はほとんど折り合いがついておる。村人にもそれとなく話して、ひとまずの落ち着きは得られた」


「だけど、有力情報が湧いてきたりはしなかったね。━━ぶっちゃけ、手詰まりだよ」


 ルステラの総括によって、重い沈黙に場を支配される。

 押しても引いても、叩いても蹴飛ばしても、次の一手の取っ掛かりすら掴めなかった。


「やっぱりもう一回、村に赴いて……」


 調査するしかない、とフレンの提案は半ばで遮られる。アトリエのドアがノックされたのだ。

 ルステラは片目を閉じる仕草で皆に「ちょっと待っててね」と示し、応対のためドアの方へ向かった。

 ややあってルステラが戻ってくると、行きと違ってルステラの後ろには一人の男がいた。

 どこかで見たことのある顔だ。粗野粗暴、明らかに堅気の人間じゃなさそうな顔付きの━━、


「━━あ、あのときの傭兵!」


 おぼろ気な見覚えが形となって、頭で正確な像となる。

 シストル村を離れたときに村を警護してくれた傭兵の一人で、報告書を寄越したのもこの男だ。


「さっきぶりでございやす。モルトでございやす」


 その男━━モルトは、見た目からは想像もできないほど恭しくお辞儀をした後、視線をアレキスに定めた。

 それに気づいたアレキスは「何の用だ」とパスをやると、


「村の警護の際、貸していただいた剣を返そうと思いやして。ほら、アレキスの兄貴は、いつまた村に来るか分かりやせんし、こんな一級品を長く持ち続けるのも自分には畏れ多い」


 剣を丁寧に掴みながら説明するモルトへと、アレキスはすっかり忘れていたと言わんばかりに頭を掻きながら近づき、剣を受け取った。

 フレンは審美眼があるわけではないが、見ればある程度の良し悪しはわかる。

 モルトの持ってきた剣は確かに一級品で、歯に衣着せずに言えば、モルトには不釣り合いだった。かといって、アレキスに完璧にマッチしているかと言われれば、フレンはたぶん頷かないだろうけれど。


「……ここまで来させて悪かった」


「いえいえ、そこまでの苦労ではございやせんので。……それでは自分はこの辺りで失礼しやす」


 目的を済ませてそそくさと帰ろうとするモルト。フレンは手でも振って完全にさようならするつもりだったのだが、振ろうと上げた手を、途上でフラムに引っ張られる。


「話、なにかあるかも」


 小声で、フレンにだけ聞こえるように呟く。それをモルトに直接伝えれば━━と、そう言えばフラムは人見知りするタイプだったなと思い出す。あまり実感する機会がなかったため、ほとんど忘れていた。

 フラムの癖毛を撫で付けながら、フレンは「ちょっと待った」とモルトを引き止める。


「どうされやした?」


「訊きたいことがあるんだ。━━野営地の件で、何か新しい情報があったりしないか?」


 藁にも縋る思いで、フレンは問いかける。

 だが━━、


「━━すみやせん。野営地のことでは何もありやせん」


「そうか……」


「ですが……一つだけ、奇妙な話を聞きやした」


 指を一本立てて追加情報を加えるモルトに、それを聞き入れた皆が一様に反応する。

 何もなかったこの場に、希望と期待が発生したのだ。


「先日、国境沿いの森林で火災が起きたのは知っていやすか?」


「火災?」


「結構な規模だったみたいでやすよ。もっとも、近くに村などはありやせんし、鎮火も迅速だったんで被害はほとんど無いに等しいんでやすが」


 フレンたちが王都でわちゃわちゃやってる間に、そんなことが起きていたとは。

 ━━。━━━。これ、フレンが最初に戦ったところだな。火災という認識がなく、結び付くのに時間を要してしまった。


「それでその現場近くを通りがかったとある商人が、好奇心で中を見やしたんですよ。そしたら……」


「そしたら……?」


「━━━━」


「おい! 何でそこで黙り込む!」


 決定的な一言が繰り出されると唾を飲み込みながら緊張を纏っていたが、訪れたのは沈黙で、フレンはずっこかされた。

 するとモルトは頬を掻いて、


「いえ、表現が難しいんでやすよ。えっと、森の中の一区画が……土地ごと削除されていたという有り様だったらしいんでやす」


「削除……」


「ここからは自分の所感なんで、聞き流してくれて構わないんでやすが、まるであの野営地みたいな感じだなと思いやした。……天変地異の前兆とかでやすかね。なんて、あはは……」


 天変地異という言葉はあながち間違いではないかもしれない。一つは野営地、もう一つは隣国との交戦地。

 モルトは聞き流していいと言ったが、彼は野営地の有り様を見ている側の人間なので、その感覚は信頼に足るものだ。

 二つのまったく別々の地点で、同じような事態が起きている。共通点は━━いや、考えすぎか。

 とかく、その二つが無関係と考えることの方が難しいだろう。

 天変地異の予兆かもしれないし、なにか大事になりそうな予感はある。なにせ、明らかに人為だ。


「━━フレン・ヴィヴァーチェ。お前が決めろ」


 アレキスの声に顔を上げると、皆の顔が目に入ってくる。そして、皆がフレンの決定を待ってくれている。

 ようやく見えた光明の欠片。

 だけれどまだ欠片で、それが良い手なのか悪い手なのか判断する領域にない。

 それでも、フレンは、


「行こう。隣国━━ファミルドへ」


 一番最初、フレンにけしかけられたあの軍は、隣国のファミルドのものだった。

 そしてそこと衝突した地点での異常事態━━それも、遠い野営地と同じような状態だ。

 関係はある。その答えがファミルドにあるかは分からないけれど。

 次の進むべき道は、きっとファミルドだ。


「え、どういうことなんでやすか??」


 最後にモルトが困惑気味に場を叩いて、いまいち格好のつかなかったフレンを、ルステラが笑いを堪えながら見ていて、フレンはちょっとだけ顔が赤くなってしまった。





 モルトを巻き込んで話し合いをするわけにもいかず、彼にはお礼をして帰ってもらった。いつかきっちりと事情を説明せねばなるまい。彼にはとても助けられた。

 ともあれ━━、


「ファミルドに行くというところで……」


「━━一つ、いいだろうか」


 フレンが話し始めるタイミングで、リゾルートが挙手をして割り込んでくる。


「いいぞ。なんだ?」


「これからファミルドに向かうという話だが……小職は、そこに同行できない」


 フレンがどうしてと口に出す前に、リゾルートは理由を述べ始める。


「まず、軍人が国からの許可なしに他国へ入るのはどうかという問題がある。しかし、これ自体はどうとでもできるだろう。だが、小職には行けないもう一つの理由がある」


「━━━━」


「小職は、このシストル村の警護を続けたい」


 色々とやってきたが、リゾルートは元々は王国の一軍人なのだ。

 村を守り、民を守る。大切な職務を疎かにはできない。


「それに、このシストル村はレガート隊長がどうしてか入れ込んでいる村でな。帰ってきたときに、安心感を与えられる場所にしておきたいのだ」


 レガートがシストル村の警護を何年も続けているのはフレンも知っている。

 理由は分からないけれど、たぶんレガートにとって心安らぐ場所の一つなのだろう。

 だったら━━、


「わかった。シストル村を頼んだ」


 フレンが、その意思を尊重しなくてどうするというのだ。

 きっとレガートだけじゃない。他の仲間たちのためにも、村を守りたいのだろう。

 だから、フレンが言うべき言葉は、託す言葉だ。


「リゾさんがいなくなるのはちょっと心細いけどね……まあ、仕方ないか」


「もちろん王国からできる範囲で力は貸すつもりだ。なにか分かったことがあれば、随時報告しよう」


「それじゃあアルトと気軽にやり取りできるようにしておいた方がいいな」


 王国からのアプローチをしてくれるアルトとは簡単に連携がとれるようにしておくのも、ファミルドに行く前にやっとくべきだろう。


「あと、他には……」


「……剣を貸そう」


「ああ、それはいいかも……って、その剣さっき返してもらったやつだろ! そんな気軽に渡していいやつなのか!?」


「必要であればそうするだけだ。……どうせ今の俺が持ってても腐らすだけだからな」


 一級品をほいほいと他人に貸す度胸はすごいが、確かにアレキスは意外と剣を使っている印象がない。そういう意味では腐らすだけというのも事実だろう。

 とはいえ、それを携えるリゾルートをモルトが見たらどんな反応をするか。少し興味がある。まあ見ることは叶わないだろうけど。


「リゾルートのことは、これぐらいでいいか?」


「うむ。これ以上ないくらいである」


「なら、よかった」


 リゾルートの件はこんなところでいいだろう。そしたらもう一つ話さなければいけないことがある。

 むしろ、フレンが最初に言おうとしたことだ。

 それは、


「ファミルドに行く前にちょっとみんなの意見がほしいのだが……」


「━━━━」


「私って、入国できると思う?」


 それはそれは重要なことで、当事者のフレンでさえあまり理解できていないことだった。

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