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暁の史記  作者: 焚火卯
第一章
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第二話『警戒』

 気が動転していたの一言で済めばいいが、実際のところフレンは自分自身なにをやっているのか、なにをやりたいのか、いまいち判然としていない。

 もっと言うならば、狂気的なまでの思考停止に陥っていた。

 そうしているうちに出会った亜人ーーもはやその外見的特徴には目もくれずに、ただただ純粋に警戒しながら、説明をしてほしいという気持ちを瞳に滲ませていた。


「そんな目をされても、わたしとしては難しいと言わざるを得ないね」


 森の中、差し込む陽光がスポットライトみたいに二人を照らしていて、よく表情が見える。

 ━━フレンが剣の柄に触れ続けているのも。


「悪いが、このままでいかせてもらう。━━だが、攻撃意思はない」


 自分で言ってて苦笑してしまいそうになるが、本当にフレンは攻撃するつもりがないのだ。

 だけど、この威圧感の前で剣に触れていないのは不安で仕方がなかった。


「わたしだって無いよ? ないけどさ……」


 言葉尻を濁しながら、目の前の亜人は値踏みするような目を継続させる。

 実際、このままでは埒が明かない。なにか一手。あと一手が━━、


「━━もういい、ルステラ」


 拮抗状態にやきもきしていると、上方向から声とともに一人の男がフレンのそばに降り立つ。

 さっき森で二度も声をかけてきたやつと同じ男だ。

 そいつが降りてきた瞬間、ふっと身を縛る威圧感がかき消えた。


「これは……お眼鏡にかなったってことか?」


「当たらずとも遠からずかな。まあ、そんなことは置いといて。とりあえずは……」


 フレンと隣の男を視界に入れながら、亜人はわざとらしく咳払いをした。

 そして、


「君を助けたのは、そっちの男━━アレキスで、君に降りかかった不思議な現象のほとんどはわたし━━ルステラがやったこと……ぐらいで大体伝わるかな?」


 簡潔に纏められた説明のおかげで、フレンもなんとなく把握できた。

 だけど、まだ疑問点はあるので、補足で質問していく。


「治癒魔法を使ったのは、この……アレキスか?」


「そうだよ。わたしも使えるけど、今回はアレキスがやったよ。まあ、大した怪我はなかったみたいだけど」


 最後の文言に対して疑問を抱くが、治せる傷ならばそういう表現になるかと自己解決。

 それに、本命は治癒魔法のことより、むしろ、


「━━不思議な現象、について詳しく訊いてもいいか?」


 野ざらしのフレンが見つからず、兵士の前に飛び出ても何故か気づかれなかった異常。

 フレン的には、アレキスの背後を取れた理由も不思議と言えば不思議だが。


「知ったら生きては帰れないけど……」


「━━━━」


「なんてね、普通に教えるよ。といっても、ただの認識阻害で、特別なにかって感じではないけどね」


 あっけらかんと披露するルステラだが、正直なところ認識阻害なんて魔法は易々と使える代物じゃない。

 フレンは魔法に関する造詣がが深いとはとても言いがたいが、それでも凄さは理解できているつもりだ。


「なるほど……。起きてすぐ感じた身体の違和感はそれか……」


 用意していた疑問をずらっと並べて、ある程度解消されたことを確認する。訊きっぱなしになったの心苦しくもあるが━━、


「━━それじゃあ、あなたの名前を教えて?」


「……名前?」


「まさか、無いなんて言い出さないよね。『暁の戦乙女』さん」


「━━━━」


 知られていたことへの驚きはなかった。むしろ知られていない方がおかしいぐらいだ。

 だがしかし、


「やめてくれ。それはあんまり好きじゃないんだ」


「━━━━」


「━━私はフレン・ヴィヴァーチェだ」


「フレンね……。それじゃあ、もう一つ質問」


 フレンの名前を呼びながら、ルステラは一本の指を立てた。

 答えられることはそう多くはないと思うが、聞くだけ聞くと先を促す。


「フレン。━━あなたはわたしの敵?」


 突拍子な質問ではあるが、存外にも驚きは薄かった。

 敵か味方か、判断できないほど恐ろしい状況はない。━━ここ最近で、嫌というほど身に染みた。

 フレンの場合は、またちょっと違うのかもしれないのだけれど、とかくはっきりと告げておく。


「━━私はお前の……ルステラの敵じゃない」


 関係性なんて語句を用いれるほど長く接してはいないけれど、フレンとルステラは敵じゃない。

 ━━フレンの敵は、もっと別のものだから。


「だったら話は早いや。━━帰ろっか」


「ん? 帰る?」


「だって、こんなとこいてもしょうがないでしょ」


 首をひねるフレンへとルステラが近づいてくる。一歩二歩と土が踏み均され、音が響く度にフレンは懐疑に襲われる。


「帰るって、私も……」


「当たり前じゃん。何かおかしい?」


「おかしい、だろ……。見ず知らずの人を招いて……」


「見ず知らずじゃないよ。あなたはフレン・ヴィヴァーチェ。わたしの敵じゃないんでしょ」


「だが……っ」


 さっきよりも近い距離で言葉が交わされる。なのに不理解度が増したのは何故だろうか。

 たった数分の会話で、ここまで言えるルステラがわからない。


「━━食い下がるだけ無駄だ」


 先ほどから沈黙を貫いていた男━━アレキスが、とうとう破ってフレンに助言する。というよりかは、諦めろという脅迫に近いか。


「こうなったルステラを止められる人間はいない」


「でも……」


「でももだっても、なし! ほら、一緒に帰ろう」


 躊躇で身を引くフレンに、ルステラは手を差し伸べてずけずけと踏み込んでくる。

 だけどフレンには、ルステラとアレキスと、一緒に行けない理由があるのだ。

 夢、と言い換えてもいいかもしれないほど強いものがある。

 それでも、それなのに、


「━━━━」


 ━━手をとってしまった。そしてその理由を、今のフレンには説明することができない。

 やがてわかるのか、永遠にわからないのか、どちらの未来も思い描くのは難しかった。

 しかし、


「決まりだね」


 今この手をとってしまった事実は、覆らない事象だとフレンは理解する。


「行きましょうか、わたしのアトリエへ」


 自慢したくて仕方がない少女のような瞳で、ルステラはフレンを見つめる。

 一直線に伸びてくる蒼色の視線に、絡め取られて思わず硬直してしまう。


「な、なんだ……」


「うーん、耐久力チェック?」


「は?」


「ちょっと危ないことするから……と、思ったけど、あの川に入ってる時点でわかることだったね」


 ふむふむとフレンの手を掴みながらルステラは吟味する。耐久力チェックがどうとかって話だったが━━、


「━━━━」


「━━━━」


「━━━ぅ」


 次の瞬間、フレンは尋常でない浮遊感に襲われて、とてつもない光に目を焼かれた。━━否、とてつもない光ではなく、薄暗い場所から明るい場所へ一瞬で移動したせいで、目に入る光量の調整がされなかったのだ。

 それがわかって、なお意味がわからない。

 まずは薄目で視界を解放しようと━━、


「━━家?」


「アトリエだよ」


「うおっ!?」


 耳元で声が弾けて、思わずオーバーなリアクションをとってしまう。

 声の主は当然ながらルステラで、いつまにやら反対の手でアレキスの手も握っていた。

 そんなアレキスはどこかげんなりしていた。が、それに構ってやれる余裕はフレンからは失われている。


「転移魔法か……?」


「まあ近くはあるね。根本的な部分はだいぶ違うけど」


 爽やかな風が髪を靡かせ、それを余っている手で撫で付ける。

 どうやら周りを見渡した限り、村のなかに飛んだわけではなくて、少し外れの丘の上に来たみたいだ。

 それにしても、認識阻害に転移魔法。聞くだにルステラは、


「もしかして、半端ない外法者なのでは……」


「普通に声出てるし、そもそもそんな禁術みたいなものには手を出してないよ。━━外法というのなら、アレキス方がよっぽどだよ?」


 さっきより幾ばくかは気を取り戻したアレキスに、ルステラが微笑みかける。


「心外だ。━━『影跋』の技術を少し得ているだけだ」


「ああ、それでか」


 思いがけず、アレキスがフレンの背後を取れた理由が判明する。

 簡単に説明すると『影跋』とは、気配繰りを得意とするとびきりの外法集団のことだ。


「技術自体は外法じゃない。悪いのは使用者だ」


「まるでわたしの魔法が外法みたいな……って、アトリエの前で、不毛な言い争いはやめよう」


 手を叩いて強引に終わらせるルステラに、アレキスは眉間を揉んでいた。たぶん、ルステラから始めたんだろ的なことを言おうとしたのをこらえたのだと思う。

 それに、始めた始めてないの談義をするなら、フレンは糾弾される方にに立たされるだろう。それこそ不毛なのでやらないが。


「するにしてもアトリエに入ってから。それじゃ……」


「━━待て」


 意気揚々と招き入れようとするルステラを、アレキスが止めた。鋭く突き刺さるような声音に、二人して身構える。

 なにか異様な空気が流れて━━、


「━━散らかってるぞ」


 突き刺さるような声音は見事ルステラを穿ち、大ダメージを与えたようだった。


「あ、ちょっと……片付けてくる、から……。待っててくれる?」


 ぎこちなく訊いてくるルステラに、フレンは特に断ったりせず頷いた。すると、ルステラはパッと表情を明るくして一人アトリエに入った。

 それを見届けて嘆息。ちらと視線を横にやれば、簡素なベンチが置いてあったのでそこに座った。


「ペンキ塗り立てだぞ」


「━━っ! 嘘だろ!?」


 アレキスの言葉に反応して勢いよく立ち上がるが、ペンキが付着している様子はなかった。つまり━━、


「嘘だ」


「していい冗談と、悪い冗談があるぞ!」


 ペンキの冗談は流石に悪質が過ぎる。焦りが一瞬で頂点に達してしまうから。

 だが、これはアレキスなりに和ませようとしてくれたんだろうと信じて、今回は見逃す。


「それで、冗談なんか言ったんだ。なにか別の話題も用意してるんだろう?」


「話が早くて助かる」


 なんとなく風体からの偏見だが、アレキスは冗談とか苦手そうだ。

 しかし、そうまでしたからには、何か重要な話が聞かされるという推測を立てずにはいられない。


「さっきの、二人の兵士だが、どっちも知っているやつか?」


「冑を外したのがポーコ。隣にいたのがリゾルート。二人と直接的な関わりはないが、相手がこちらを知らないということはまず無いだろう」


「そうか」


 短く頷いて、アレキスはこの場を立ち去ろうとする。アトリエの片付けを手伝いに行くのだろうが━━まさか、名前を聞いて終わりか。

 推測がありえない空回り方をしたと驚くが━━次に口を開いたアレキスの発言が、それをすべて塗りかえた。


「━━あのポーコとかいうやつ、警戒しておけ」


 ただそれだけを残して、引き留める間もなく行ってしまう。

 語ってくれてるようで、肝心なところは秘匿されているようで、なんだかもどかしい気分を味わう。

 けれど、フレンも似たようなことをしてしまっているので、あまり強引にはいけないので難儀なものである。

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