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暁の史記  作者: 焚火卯
第一章
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第二十五話『またね』

第一章、最終話です。


 これは行間で済ませていい事柄じゃない気がするけれど、フレンは晴れて自由の身? になった。

 どうやら『魔法国家』の技術により、遠隔で顔をつき合わせて会話ができるらしい。でなければ、四日という破竹のスピードでこのような報告はできない。

 道具の名前は確か魔放鏡だとか言うらしい。ちなみに恐ろしいほどに高い。

 とはいえ値段はさておき、恐ろしがる点は別にある。

 やはりシュネルの読み通り、フレンには不殺が、国にはフレンという戦力の不保持が契約として履行された。

 だがしかし、他の国がやけに静かなのは気にかかる。というか、きな臭い。

 もっとも、ここからはフレンの領分であり、シュネルに訊いてみてもきっと多くは語らないだろうし、たぶん大した返答を持っていないと思う。


 まだフレンが、ノンダルカス王国の軍人だったとき、最後にシュネルは二つ残してくれた。今にして思えば、こうなる前提の言葉であり、思い出すとちょっとだけ複雑な気持ちになってしまうが。

 一つはリゾルートの推測が正しいこと。こっちはもう解き終わっている。

 問題は『魔法国家』云々のことだ。こっちはまだまだ解決しそうにない。無論、解決させるためのできる限りはするつもりだが━━。

 ━━フレンにはまだ、ノンダルカス王国でやり残したことがあるため、まずはそちらのことを考える。



「すまん、待たせたな」


 所々が焦げ付いていたり抉れていたりする中庭の地面を踏みながら、フレンは軽く片手を挙げる。

 おそらく、ここでルステラが戦ったのだろう。フレンは早々に引き離されたので見ることは叶わなかったが、有り様から若干の配慮が感じ取れる。

 しかし、フレンは戦闘痕の見分に来たわけではなくて━━、


「大丈夫よ。色々とやることもあるでしょうしね」


 端正な顔立ちに毛先でウェーブのかかった茶髪が合わさり、牡丹を想起させる気品ある座り姿もさらに彩って、芸術的な美しさを纏う少女。

 彼女━━アルト・コンサティーナは、俯きがちにフレンを迎え入れた。


「話は……結構聞いたか?」


「ううん、ずっと……」


 フレンもアルトの隣へしずしずと腰を下ろす。壁を一枚挟んだみたいな距離を空けて、アルトの横顔を窺う。

 アルトはちらっとこちらに視線を上げて「やっぱりなんでもないわ」と俯きがちに自身の毛先を指で弄ぶ。


「話は聞いてない」


「そうか……。色々と語りたいことは山々なんだが……端的に言うと、私はもうここには居られなくなってしまった」


 空を仰ぎながら、フレンは軽く目を細める。

 思い出が存在する場所は無数にあるけれど、この中庭はとりわけ思い入れのある場所だった。空気がうまいのも好評価である。


「それで、最後にわたくしと?」


「そうなるな。終わればすぐに王都を出る。そこからの当てはあまりないが……」


「━━じゃあ、目的はそういうことよね……」


 毛先を弄くるのを止めて、アルトは小さな息を吐く。だけど、フレンを推量する言葉を発しているはずなのに、アルトとは目が合わない。


「わたくしの境遇のこと、フレンはどのくらい知っているのだっけ」


「レガートと一緒で、捨て子だとは……」


 フレンとアルトとレガートは、ただ同年代というだけが共通点ではない。三者とも、それぞれの理由で孤児なのである。


「概ね正解だけれど、レガートと一緒という部分だけ違うわ。彼が捨てられたのは赤子の、一才にも満たない頃だったけれど、わたくしは違う。━━わたくしが捨てられたのは、四歳の頃だったわ」


 横顔に美しく嵌め込まれた瞳が、僅かに揺れ動く。たぶん、フレンも同じような反応をしていたと思う。


「四歳ともなれば、それなりに記憶はある。ましてや捨てられるなんて経験は忘れられないわよね」


 フレンも、十歳のあの出来事は鮮烈に瞼に焼き付いている。それこそ、たびたび夢で見ることも。

 それはたぶん十歳だったからではなく、鮮烈だったから。アルトも、そうなのだろう。


「父親の顔も母親の顔も、祖父の顔も執事の顔も、全部鮮明に思い出せるわ」


 指折り数えていくアルトの指が四本目にいったときの言葉に、フレンは微妙な引っ掛かりを覚える。

 そのまま反射的に「執事……」と呟くと、


「わたくしの家は、大層な家系━━所謂、名門というやつなのよ」


「名門……。だが、コンサティーナなんて聞いたことがないぞ」


 フレンの立場━━もっとも元という枕詞が付いてしまうが、フレンは有力な家ぐらいは知識として頭に入っている。その中には確かにコンサティーナなんて家系はなかったはずだ。


「━━コンサティーナは母の家名よ。わたくしの本当の家名はシュヴェール。アルト・シュヴェールよ」


「シュヴェールって、剣士の家系の……」


「ええ、そうよ。━━強く、気高く、勇ましく。そんなスローガンを掲げてるところ」


 独自の剣術を確立し、幾人もの強い剣士━━こちらでは騎士と呼ぶ方が分かりやすい気もするが、とかく、優れた人材を輩出している家だ。

 フレンはシュヴェール家の人間と剣を交わらせたことも、さらに見たこともないが、どこかで拝見したいぐらいには中々の興味関心を抱いていた。それこそ現在、シュヴェール家で━━。

 ━━シュヴェール家で。


「おい、まさか……」


「━━弟が、いるのよ」


 現在、シュヴェール家には━━ブラス・シュヴェールという男がいる。五世代に一人の逸材。まだ年も十歳少しだが、これからどんどん成長するだろう。━━あまり強くなりすぎても、困りものだが。まあ杞憂で終わると思うけれど。


「話したことなんてないし、顔もちゃんと見たことないし、声もちゃんと聞いたことないし━━あっちだって、わたくしのことを姉だなんて認識できないでしょう。だけど……」


 あるのは血縁という情報だけ。同じ腹から生まれてきた、正真正銘の姉弟。それ以上は知らなくて、でも、それだけで━━。


「弟、なのよ……」


 アルトにとっては、それだけで十分だったのだ。

 顔も声も笑い方も、たとえちゃんと知らなくても、ブラス・シュヴェールが弟である事実は揺るがない。


「フレンを連れ出す前、シュネルさんから言われたの。弟の命が惜しければフレンの命をってね」


「━━━━」


「弟のことは以前から知っていたけれど、あまり実感を持たずにいたの。……でもね、シュネルさんに言われた瞬間から、急に怖くなって━━弟という存在が、にわかに熱を帯び始めた」


 アルトは両手にぐっと力を込めて、そのときの感覚を思い出していた。


「おかしいわよね。あんなに一緒にいたフレンじゃなく、大して知りもしない弟を選んじゃうなんて」


「おかしいだなんて……。血が繋がってるって知ったら、そうなってしまう気持ちもわかる。それに、悪いのは……」


「━━違うわ、フレン。わたくしがおかしいと言ったのは、人の命を天秤に乗せて、あまつさえ傾けさせてしまったこと」


 痛々しいほどに力を込めてつくられた握りこぶしを見つめながら、アルトは罪を告白するように吐き出した。


「わたくしがフレンに言った言葉。あれはあなたの油断を誘うためのものじゃなくて━━わたくしの、本心だった」


 フレンの脳裏にフラッシュバックするのは、アルトの━━『━━堪らなく、嫌いだった』という言葉。

 あのとき、フレンは思考の全てが弾け飛んだ。恐ろしいほどに真っ白で、まるで感覚を受容する器官がすべて機能停止したような錯覚を味わった。

 今でも、思い出すのはあまりしたくない。

 それでも、アルトが目の前にいて、ちゃんと語ると示してくれているのなら━━フレンはちゃんと、アルトの言葉を聞こう。


「━━わたくし、フレンの存在がコンプレックスだった」


「━━━━」


「だって、わたくしが捨てられたのは━━剣の才能が皆無だったからよ? そんな中、剣の才能だけで道を切り開くあなたと出会った」


「━━━━」


「だから、あなたが嫌いだった。━━劣等感、嫉妬。覚えてしまう自分が、嫌いだった」


 故に、天秤は傾いてしまったのだろう。

 始まりは、アルトがまだシュヴェール家の一員だったときだった。

 剣の才能に恵まれなかったアルトと、剣を振るために生まれてきたようなフレン。

 加えて、努力という行為を悉くショートカットしていたのだ。━━持たざるものにとって、それを見せられることがどれだけの痛苦か。


「━━━━」


 ━━フレンは、持っているものだから、それが分からない。

 フレンという存在が、どれほどアルトを苛んだのか、想像してもかする気がしない。

 だからこそ、ごめんなさいと謝る行為はしちゃダメだし、できない。

 かといって責めるという行為も、フレンには選択肢にない。というか、やるにしてもシュネルにだろう。もっとも、シュネルのしたことは絶対に許さないということで呑み込んだので、するだけ不毛でしかないが。

 故にフレンのすることはたった一つだけだ。ここに至るまで、一貫してきたこと。


 ━━自分の想いを、ありのまま伝えること。


 アルトは吐露した。フレンのその才能が嫌いだったと。

 アルトは吐露した。嫌悪する自分自身が嫌いだったと。

 語るたびに握られたこぶしにかかる力が増している。今にも皮を突き破って、出血しそうなぐらいだ。

 顔も俯きがちで、目は一度も合ってない。だから、ちょっとだけ強引にいこうと思う。

 想いを届けるために、あの日のように━━。


「━━大好き」


 アルトをぎゅっと抱きしめると、ウェーブのかかった髪がフレンをくすぐる。それの仕返しみたいな感じで、フレンはアルトの耳元でぽしょっと、くすぐるように囁いた。

 抱き止められて大嫌いだったと言われたこと、それが本心からくる言葉だったこと。もちろん、それは紛れもない痛みだったけれど、フレンの想いは変わらない。


「なんでよ……。なんで……っ」


「私が、覚えているからだ」


「━━っ、なによ、それ……」


 触れ合う身体を伝って、アルトの震えが感じ取れる。

 もしかするとあれは━━『生きて』という言葉は、無意識に出てきた言葉なのかもしれない。

 だとすると彼女は優しすぎるし、あまりにも美しい。


「大嫌いと言われたことも、今こうして打ち明けてくれたこと、全部ひっくるめて、私が覚えてる。━━だから、大好きだ」


 こんなに直情的に想いを伝えるのはちょっと子供っぽくて恥ずかしいけれど、幼いときからの延長線にあるのだし、恥ずかしくても躊躇わない。


「わたくし、あなたにとても酷いことをしたわ。たくさん傷つけた。たくさん悲しませた」


「でも、それ以上に私の支えになってくれた」


「そんなの……」


「まやかしじゃない。アルトがいないと、私は折れていた。━━アルトがくれたもの、ちょっとはわかって……」


 触れ合う熱が、囁き合う言葉が、アルトがフレンに与えてくれたものであり、フレンがアルトからもらったものだ。

 全部、届いてほしい。無理だとわかっていても、それでも、全部届いてほしい━━。


「……いいの……?」


 抱きしめているから、表情はわからない。だけど声は震えていて、握りしめた手も力を増して━━儚く散ってしまいそうなほど繊細だった。


「……こんなわたくしでも、まだフレンの友達でいてもいいの……?」


「━━当たり前だ」


 抱きしめるアルトの肩を押して、まだ方向の定まらない視線を、頬をぎゅっと手で挟んでフレンの瞳に合わせさせる。そして、力のこもった握りこぶしを丁寧にほどいて、優しくフレンの両手で絡み取る。

 頬が熱い、鼻頭が熱い、眦が熱い。全部が熱っぽくて━━たぶんそれは、アルトも一緒。


「何度でも呼んでやる。━━アルトは、私の最高の親友だよ」


 アルトの瞳の揺らぎが雫を生み出して、それは瞬く間に流れ落ちる涙となった。


「ごめん……っ、ごめんなさ、い……っ。ごめんなさい……っ!」


 嗚咽に引っかかりながら口に出される謝罪の言葉を、フレンは静かに聞き入れる。

 伝えるために握った両手を、今度は拭うためにそっとあてがう。

 何度も泣いて、喚いて、挫けて、間違って。そうやって人と人とは強くなり、互いに新しい先を祝福できる。


 フレンとアルト。

 結ばれた絆は、ほどけることを知らぬほどに強固で━━鮮彩だった。





「━━━━」


「━━━━」


「……なんか、ちょっと気まずいな……」


「そういうのって、思ってても口に出しちゃだめよ……」


 あのあとすぐに、いつも通りに戻れるかと言われれば少し難しい話で、ぎこちない空気感が場を満たしていた。

 だからといって解散はできない。なにせ、やらなくちゃいけないことがある。

 それはざっくり言うと今後の話だ。━━空気を窺い合っても仕方がない。フレンは手をパチンと鳴らして、早急に話を展開する。


「━━今後の話をしよう!」


「え、ええ、そうね……。フレンは軍には居られないということなのだし、大切よね……」


 フレンも無目的にこれから生活していくわけではない。そもそも周囲がそれを許してくれないだろう。

 よって次のことを考える必要がある。幸い、シュネルから二つのヒント━━一つはほぼ答えに近かったが、それを頼りにしようと思う。

 『魔法国家』の方ではなく━━、


「私はこれから━━レガートを探す」


「レガート……え?」


 リゾルートが別行動してまで行っていたことは━━レガートの生存可能性の追及だった。

 野営地で抱いた小さな違和感が、今回の事変に巻き込まれたことにより、みすみす看過できない違和感だと判断したらしい。

 そこで、シュネルのだめ押しだ。━━レガートは王国にいないが、生きている。


「どこかまではわからんが、レガートは生きてるんだ。だから探しにいって……」


「━━わたくしは、内側からということね」


「話が早くて、助かるよ」


 王国にいないとはいえ、王国に情報が転がってないとも限らない。

 フレンも別に入国禁止にされたわけではないので王国に残って行動しても構わないが、やはり実際に探しに行くというのも大切だし、王国へ深く潜り込むことが困難なので、結局のところこの選択しかない。


「シュネル……はあまり当てにできないと思うが、可能ならそれが一番手っ取り早いぞ」


「それができれば苦労はしないのだけれどね……。━━ところで、シュネルさんはこれからどうするのかしら」


「知らん。まあ上手いことやるだろう」


「ふふっ、確かに上手いことするでしょうね」


 今回の件を不問というわけではないが、世間に通達したところで誰も幸せにはならないので、フレンが許さないだけでいい。

 そんなことより、アルトが微笑んでくれたのが、フレンはとても嬉しかった。


「まあ、当面の目的はレガートになるから、よろしく頼む」


「はいはい、頼まれました」


 これで、フレンの最後のすべきことは完遂された。

 だから、次は、


「だから、アルト」


「━━━━」


「━━またね」


 次がある、明日がある、命がある。また、会える。


「うん、またね」


 どうかその幸せが、ずっと続きますように。

 暁のような赤橙色の髪を靡かせながら、フレンは大きく手を振った。



一番重要な話は『VSルステラ』。一番書きたかった話は『明けの明星』。じゃあこれはというと、一番読んでほしい話です。

ということで、一章終了。ちょっととっ散らかってすみません。二章はもっとシンプルで、あとそんなに長くならない(予定)です。

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