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暁の史記  作者: 焚火卯
第一章
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番外編『ダイアモンドクレバス』

本編が更新できそうにないので、番外編です。とはいえ丸っきり関係がないわけではありません。

 ━━これはまだ、フレンが無気力だった頃の話。



 付いてきて、連れられてきて、やってきて、自分の意思なのだけれど、やはり居心地がよろしいとは言えなかった。

 気にかけてくれる人がいて━━というかみんな優しくしてくれるのだけれど、なんだか落ち着かない。

 もちろん満更じゃないが、フレンは王都の詰め所にいることが次第に減っていた。

 代わりにどこに居たのかというと━━王城だった。

 シュネルの口利きなどもあり、フレンは半ば自由に王城を出入りできていた。

 とはいえ好き勝手歩き回っているわけではなく、フレンは決まって同じ場所━━北側にある、きっと誰も入ってこない、たぶん武器庫的な場所に入り浸っていたのだ。

 年季の入った武器群をかき分け、フレンは武器庫の端っこで灰をかぶりながら佇んでいる━━謎の剣士像の裏の壁との隙間に、小さい身体を特に苦労することもなくねじ込んでいた。


「━━━━」


 ことに考え事をするわけでもなく、とみに何かが思い付くわけでもなく、こうして無益な時間を過ごすのも、かれこれ一週間になっていた。

 どうしてこんな風になっているのかなんてのは明白だ。

 フレンはまだあの日に取り残されているのだろう。

 別れなんて言葉はそぐわない。ただ無情に引き裂かれたあんなのを、別れとは呼ばない。

 でも、過去はやり直せないのだ。

 だから、認めなくちゃいけない。言えなくてもいい、呼べなくてもいい、だけど認めなくちゃ。

 それは、できると思う。━━ううん、できてると思う。

 フレンに足りないのは、そこからなのだ。

 人は認めて━━一歩踏み出さなくてはいけない。━━その一歩が、フレンに足りないものだった。

 出来事を思い出にできない。

 色づけて装飾して心にしまって置きたいのに、まだ手を開けばそこにあって、絵本を読み進めるみたいにあの日のことが鮮明に流れる。

 その度に、痛んでしまうのだ。━━手が、深く裂けたみたいな痛みに襲われてしまうのだ。

 ごしごしと拭って、紛らわそうとするのだけれど、全然収まってくれない。

 たぶん、心にしまえないのは、このせいだ。

 こんな痛み、心に持っていったら━━耐えられなくなる。

 だから、


「大丈夫……大丈夫……」


 裂け目を強引に閉じるみたいに力を込めて、必死に押さえつける。

 いつもこれで上手くいってるから━━強固な裂け目を閉じる方法をこれしか知らないから、フレンは懸命に頑張る。

 落ち着いて……落ち着いて……。

 痛くない……痛くない……。

 大丈夫……大丈夫……。

 ━━━━。


「━━消えてよぉ……っ」


 なんで今日に限って、こんなに酷く痛むのだろう。━━否、兆候はあったはずだ。

日に日に深くなっていく痛みを感じ取っていたはずだ。

 だから、早くどうにかしなきゃって焦っていた。


「消えろ……消えろ……」


 痛みとひたすらに格闘するフレン。しかし一向に収まる気配がない。━━無駄な足掻き。

 このまま自分は痛みに飲み込まれてしまうのだろうか。

 だとしたらシュネルには悪いことをすることになる。こんなことなら、初めから来なければ良かった。

 誰かのためにこの力を? 自分のこともままならないくせに。

 わかってた。だから、無気力だったんだろ。

 痛みで変な汗が流れる。視界の端がなんだかチカチカと光っている。

 このままじゃ、まずい。

 ぐるぐる、もやもや、ズシズシ、ズキズキ。

 

 ━━お父さんは死んだ。


「知ってる!」


 ━━お母さんは死んだ。


「わかってる!」


 ぐるぐる、もやもや、ズシズシ、ズキズキ。

 認めたら、進めなくても、収まってくれるんじゃないの?

 今日までそれでなんとかなってきた。━━きっと、今日までが間違いだったんだ。

 本当はもっと早く進まなきゃいけなかった。その遅れのツケが今になってやってきたんだ。

 でも、


「教えて……」


 進み方なんて、お父さんにもお母さんにも教えてもらったことない。


「教えてよ……っ」


 涙がこぼれて、手のなかにある深い深い裂け目にポタポタと落ちていく。だけど、満ちることはない。傷つき、壊れることもない。

 この裂け目は、フレンを蝕むことしかできないのだから。

 だったら、もう━━どうにもできないじゃん。


「━━深呼吸してっ!」


 幼い少年の声が弾けて、フレンは言われるがままに深呼吸をした。━━どうして、彼の言葉に素直に従ったのかはわからない。

 しかし、彼は真っ直ぐにフレンの手を掴んでくれたから━━それだけは真実だった。


「ちょっとは、落ち着いた?」


 ゆるゆると顔を上げてみると、丸い琥珀色の瞳が目に入り込んできた。


「だれ……?」


 手を掴まれたまま、フレンは小首を傾げた。

 それに対して少年は、わずかに間をおいて、


「━━僕は、レガート」


「━━━━」


「君と友達になりたいんだけど、いいかな?」


 どうしてか、あんなに強固に刻み込まれた痛みは、すでに砕かれていた。

 なんと脆く、打ち砕かれてしまえば━━なんとも美しい。

 あの日の出来事が、思い出として輝きを放ち始めて、フレンはコクりと頷いた。


 ━━これが、レガートとの出会いだった。



 ……。

 ………………。

 …………………………。



「まったく、シュネルさんも人使いが荒いわよね」


「しかしまあ、気軽に雑用を任せられる間柄というのも、良いものだろう」


「フレンはちょっと良い感じに纏めすぎよ。こんなのただのパシリだわ」


 不満を垂れるアルトに苦笑しながら━━フレンは今、王城の北側にある武器庫に来ていた。

 任務は、とある鍛冶士が作った剣があるかどうかを確認するというものだ。


「う……やっぱり埃まみれね……」


 武器庫の内情を見て、アルトが盛大に顔をしかめる。それにはフレンも同感だ。━━幼い頃、少しとはいえ入り浸っていたのが信じられないくらいだ。


「とりあえず、こっち側から探すわよ」


「いや、二手に別れた方が……ああ、そうだったな。一緒に探そうか」


 二手に別れる提案をすると、アルトは高速で顔を横に振った。

 アルトは幽霊みたいなものが苦手なのだ。つまり、こういう薄暗く古くさい感じの空間は一人で歩けない。もちろん、それは日常ではだけれども。

 加えて、アルトが指し示した方向は、フレンとしても行きたい方向だった。

 確か、剣士像があるのが、その方向だ。


 そうして、捜索すること数十分。かなり奥の方で目当てのものが見つかった。


「……これね」


「━━━━」


「見つかったから帰るわよ、フレン。━━フレン?」


「ん、ああ……」


 アルトに呼びかけられて、フレンは視線をアルトの方へ向ける。

 呼ばれたのでアルトのところへ向かおうとすると、先にアルトの方が近づいてきた。


「剣士像……。結構立派ね。ここに置いておくのが惜しいぐらい」


「持って帰ろうか?」


「フレンなら容易にできてしまいそうだけれど。━━冗談言ってないで、普通に帰るわよ」


 さっさと引き上げようとするアルトにフレンは付いていく。

 ━━最後にちらっと、剣士像を見た。

 そして、


「行ってきます」


 フレンはタンッと一歩、踏み出した。



【補足】

・武器庫へはレガートが自力でたどり着いたわけではなく、シュネルがレガートに場所を伝えました。行ったのはレガートの意思ですが。


・描写していなかったけれど、あの剣士像の下に隠し通路があって、それがフラム&リゾルートが送られた地下闘技場に繋がってます。

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