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暁の史記  作者: 焚火卯
第一章
22/123

第二十一話『信じる』

 王城東側、一角。戦うはアレキスと━━偽シュネル。

 特に触れてこなかったその部分に、この際だからアレキスは触れる。


「それ、どういうわけだ?」


「それ、とは……?」


「偽物の、原理だ」


 強さというのはおそらくだが本物と比べて劣っているだろう。━━しかし、それでも強い。

 それこそ、この偽シュネルを止められるのは、フレンを抜けば、王国軍の中では本物しかいないのではないかと思うぐらいだ。


「すみませんが、開示できない情報です。━━国家一つの問題ではありませんので」


 確かに、今の状況は新作の戦争兵器を試すのにうってつけである。

 国を渡るのは何も人だけではない。技術や情報もまた、国を渡るものなのだ。


「もっとも、あなたのお連れの方には、ほとんど種が割れてしまっていそうですが」


 このとき、肯定も否定もしなかったのは、アレキスですら答えがわからなかったからである。

 それに━━、


「━━こちらの疑問は尽きないのですがね……」


 拳を構えて、シュネルに対して臨戦態勢をとる。今回は徒手空拳だ。

 シュネルも会話にはまともに取り合われないことを理解する。

 もっとも、建設的な会話が生まれるとは思えないので正しいだろう。相手も自分も、隠してしまうから。


「約十五回、でしたか」


 少し前に見破られた弱点を突きつけながら、シュネルはこちらへ向かってくる。

 さっきは不可視の刃による攻撃が主体だったが、今回は本人による攻撃が最初だった。


「━━━━」


 単純な横一閃を、跳んでかわす。追撃の返し斬りも、かわし、さらに斬り上げられる刃もかわし━━かわしながら、下がり続ける。


「戻ったところで、武器になるようなものはありませんよ?」


「━━━━」


 武器を得られれば━━とは、シュネルの勝手な推察で、論拠はないし、断言してしまえばそれは見立て違いだ。

 そもそも戻ること自体、困難だろうし。


「━━違うか」


 口の中でぼやきながら、アレキスは回避行動を途中でストップ。転じて、シュネルに向かって足を動かす。

 ほとんど無策の、半ば捨て身のような突撃。━━ちゃんと、迎撃された。


「━━━っ」


 迎え撃つシュネルの突きをかわしきれず左耳を掠める。なんとか皮一枚で繋がったので傷は簡単に治せるが、治癒魔法を使わされた。

 致命傷にはほど遠いが、何度も負っていいダメージでもない。

 距離を開けて、シュネルが問いかける。


「今のはどういうおつもりで? 捨て身にしても、お粗末でしたが」


「ただの攻撃だ」


「そういうことでしたら。━━っ!」


 さらに苛烈さの増した剣撃がアレキスを襲う。

 初撃を避けて、二撃目は二の腕を掠めて、治癒途中の三撃目は腿を深めに切り裂かれ、それも癒してアレキスは耐える。


「━━剣を」


「掴ませませんよ」


 一度見せたものは、確実に通用しないと考えた方がいいだろう。そして、一度見せた技の系譜にあたるものも、使うのは控えるべきだ。

 戦略も戦術も一新しなきゃ勝てない相手。非常に厄介である。

 アレキスは自分の強さを疑うことをしないが、弱みを認められないほど愚かしくもない。

 アレキスは、厄介な相手がすこぶる苦手だ。

 なので、フレンよりはルステラの方が相手をしたくないし、なんならフレンよりポーコの相手の方が遠慮したい。

 搦め手は苦手で、単純な武力に強い。最も得意とするのが治癒魔法である限り、この悩みが解決することはなさそうだ。

 なにせ治癒魔法の脆弱性は即死攻撃なのだから。

 単純な武力で、アレキスを即死させるのは難しいが、搦め手などを使われると一発で届かせられる可能性が高まる。

 ポーコのときは誘い込んだので例にはならないが、参考にはなる。━━あれが、アレキスの慮外で起きたら、結構ピンチだ。

 滅多にそんなことが起きるとは思っていないが━━シュネルはそんなことが、起きうる相手だと、アレキスは判断している。


「『空抜き』『空撥』━━最初は不覚を取りましたが、想定していればなんてことはない」


 『空撥』は、名前からもわかるように『空抜き』と同じ系譜だ。ニコイチの技術というわけではないが、片方しか使えないという人の方が珍しい。そもそもこの二つだけではないし━━という説明は、長くなりすぎるので割愛する。

 ちなみに『空撥』は空気を弾いてぶつける技だ。


「豊富なレパートリーに、驚いてしまうのは止められそうにありませんが」


 述懐するシュネルの剣撃は、驚きとともに止まらない。

 そしてやはり、アレキスはそれを身に刻み込みながら立ち向かう。

 胸を斬られ、脇腹に突き刺さり、喉元で閃く刃はすんでのところで避ける。

 

「━━━━」


 斬られた胸を治した。

 脇腹の刺し傷を治した。

 じわりじわりと削られ続ける。一つ一つは重くないが、重ねられるとやがてゼロになる。

 しかし━━、


「━━途方もない」


 アレキスの余力は、まだまだ有り余っている。

 十五という数字は一見少なく感じるが、一回が規格外なので、実質的にはさらに数倍は攻撃を与えなければならかったりする。

 その反面、アレキスはたった一打で終わらせられる力を秘めているので、有利不利は考えるだけ無駄だろう。


「━━はっ!」


 致命の一撃が閃いて、アレキスは脚を畳んで回避する。━━が、空回った剣撃とはまったく関係のないところからの攻撃が━━肩甲骨を穿った。

 不可視の刃だ。

 アレキスは途中から『風読み』を展開していなかった。

 見えないものに注視すると、見えるものが疎かになってしまうので、選択肢から除外していたのだ。

 最悪、一度受けてしまってからでも、間に合うと思ったのもある。


「『風読み』はシンプルですが、私と相性が悪すぎますね」


 先の一撃から、アレキスの感覚に多数の刃が引っかかる。いよいよ、本気で削りにきたということだろう。

 塵も積もれば山となる。


「━━━━」


 不可視の刃を打ち落とし、打ち払い、打ち合わせ、素手で剣を持っていたときと同じパフォーマンスを出す。もっとも、剣ほどの安定感はないが。

 それに、向かってくるシュネルも同時に相手しなければならない。少しずつだが、確かに削られて━━、


 ━━アレキスは決着がすぐそこまで迫っていることを、感じ取っていた。


「あとは……」


 タイミングと度胸と、大ハッタリだ。

 アレキスはシュネルに対処しながら、機会を窺う。斬り払われる剣が頬をなぜて━━直感的にここだと判断した。

 判断して━━アレキスの左腕がきりきりと舞いながら飛んでいった。

 そして━━、


 そして━━シュネルが大きく体勢を崩して、倒れ込んでいたのだった。


「お前は、用意周到すぎた」


 斬り落とされた腕が接合されていくシーンはいささか気味が悪いが、付けなきゃ大惨事なので目を瞑っていただきたい。


「まったく違和感を抱かないというのは、もはや違和感だろう」


「どこから、ここまで見えて……?」


「俺の治癒に、底をつかせようとしたところからだ」


 十五回と最初に確かめたとき、治癒の限界点に挑むものだと考えた。━━そして、それを間違いだと決めつけるところから始まった。

 シュネルは一度、アレキスと戦っている。そして対策を編み出すには、十分すぎる時間が経過していた。


「『風読み』に引っかからない刃━━元より、異常な大気を正常だと認識させられていたが正解か」


「当たりですよ……。だがしかし、首に攻撃が来ると確信が持てた理由の説明にはならない」


「それは自分が一番、わかっているんじゃないか」


 事の顛末としては━━最後の瞬間、アレキスはわざと隙を作ったのだ。

 皮肉にも、シュネルの猛攻に紛れさせられたので、わざとらしさを隠すのは容易だった。

 ━━そう、シュネルは初めから一撃死を狙っていたのだ。

 回数確認や、細々とした攻撃はそれを悟らせないためのブラフ。

 なので、やるとしたら首か頭か心臓などの、人の急所しかなかった。

 しかし、


「頭や心臓は、常に治せる体勢を取っていましたよね。━━私は、それにまんまと嵌められた」


 アレキスは攻撃を受けて治癒術を発動するときと━━予め攻撃が来るであろう場所に、治癒術を『先行入力』しておくときがある。

 イメージ的には、自動回復といった感じだ。

 シュネルはどういうわけか魔力の流れを感知する能力を持っていて、最初から先行入力の構え自体は見破られていた。

 それを逆手にとって、アレキスは攻撃を誘い込む。━━なので、発想の淵源は、意外と方針を決めたあたりまで遡ったりする。


「来るとわかっていれば後はタイミングだ」


「━━故にそれを図るため、あなたは腕を犠牲にした」


 頬をなぜた剣が、返しで左腕に迫っているのは気づいていて、アレキスはあえて無視した。

 その結果、シュネルは腕をはね飛ばしたタイミングでアレキスに━━『風読み』が通用しない、不可視の刃をうなじから差し込もうとした。

 当然、風ではなくそれを読んでいたアレキスは、


「刃を掴んで投げ、私の大腿部を貫通した。言うは易いですが、やっていることは大気を掴んで投げているのとそう変わりがありませんよ」


 シュネルの例えは言い得て妙で、大気を掴んで投げたと言い換えれば、易々とできる芸当でないことは得心できるだろう。


「━━あなたほどの傑物が、今の今まで鳴りを潜めていたのは甚だ腑に落ちません」


「━━━━」


「特に技術力と安定感。この二つはフレンには無いものですからね。よろしければ……いえ、これはまだ早すぎますか」


 倒れ込んでいる偽シュネルの大腿部は見事に貫通していて血が流れているが━━明らかに、大腿部を穿たれた人間の出血量ではない。

 大体コップ一杯分といったところだろうか。アレキスは万が一に備えて治癒魔法の準備をしていたが、どうやら必要なさそうだった。


「それで私に訊きたいことは……本物の居場所ですね。━━いいですよ。お教えしましょう」


 素直な姿勢にアレキスは怪訝な表情をとるが、一先ず聞く体勢に入る。シュネルの口が開かれて━━先に鳴った声が、どうしてか背後から届いた。


「━━アレキス! 断って!」


「練兵場です」


 二重の声がアレキスに届いて、真っ先に反応したのは前者の━━ルステラの声にだった。

 しかし、それを受けてシュネルの方を見やると、シュネルはすでに人の形を取っていなかった。

 肉体の崩壊。不自然に生み出されたのであれば、この終わり方は至極当然なのだろう。


「逃げられた……」


 近づいてきたルステラが、アレキスの隣に並び立って歯噛みする。


「アレキスさ、ちゃんと術の繋がりを断ってくれないと」


「そんなことできない」


「うそ!? 魔力切ってたから、てっきりできるとばかり……」


 つまりは最初から、ルステラの頼みは叶えられなかったのである。


「逃げられたとは、どういう意味だ?」


「ちょっと色々と解析したくてね。たぶん、それも見越して手放したんだと思うけど。━━まあ重要度は低くなったけれど……」


 崩壊した肉体を眺めながら、ルステラはここから得られるものは何もないと嘆息。

 アレキスも結局、大した情報を得られなかった事に対する申し訳なさはあった。


「最後、練兵場って言ってたよね。自分はそこにいるって」


「ああ」


 意味も意図も推測でしかないので断定はできないが、真偽に関して言えば、真実だと思う。


「わたしが一人でいる時点で薄々察してると思うけど、フレンもたぶん練兵場にいるんだよね。フラムは……」


「━━フラムはおそらくリゾルートといる。どこかまではわからないが」


「リゾさんと……。やっぱり飛ばされちゃってたんだ。でも、それなら合ってる可能性は高いね。あの魔法は、融通利かせられないし」


 魔法のことは特に詳しいわけではないが、ルステラが魔法のことでそう言ったのなら、アレキスはそれを信じる。

 そしてアレキスは、


「リゾルートとフラムは絶対に無事だ」


 半分ハッタリのような形で言ったが、シュネルの反応的にアレキスは自分は間違っていないと判断できた。

 リゾルートとフラムは無事である。大丈夫である。


「そしたらやっぱり、残るのはフレンだよね……」


 おそらく━━否、確定的にシュネルと一対一になっているフレン。

 シュネルは度々顔を出しては、自信を振り撒いて去っていく。切り札がある、鬼札がある。そんな自信をだ。

 シュネルの行動にはきっと『意味がある』。意味があるなら、暴かなければならない━━。


「━━でもさ、わたしたちって必要なのかな」


「━━━━」


「意味とか意図とか目的とか思惑とか、色々と考えながら来たけどさ、なんかもう馬鹿らしって思ってきちゃった」


 しかしながらそれは簡単な行いではない。それはまさに命を賭ける行為だ。


「これはやっぱりさ、全部フレン次第なんだよ。わたしたちは色々と手を貸してきたわけだけどさ、決定権があるわけじゃない」


 始まりは、アレキスの自儘だった。

 だけど、その先を決めてきたのはフレンだったのだ。アレキスたちは、決定する機会を見つけさせただけ。


「だったら、わたしたちがするのは一つだけ」


 相手に不覚を取ったことの負け惜しみではない。考えるのを諦めたのではない。アレキスたちは━━、


「「━━フレンを信じよう」」


 これが最も事が上手く運んでくれる最善手だと結論付けた。

 疑問はある疑念もある。腑に落ちない点もありすぎる。

 だが、それを信頼が打ち砕く。


「さて、わたしたちはフラムとリゾさんでも探しにいこうか」


 誰かが、誰かの思い通りになるなんてことはない。

 人は人の想像を越えていけるのだから。


 ━━それがフレンであればいいなと、今はそう思う。

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