第十六話『指針』
この世に生誕したというのは確かに人の始まりではあるけれど、人生の始まりかと言われればそうでもない気がする。
もちろんこの世に生を享けたことを始まりではないと否定しているわけじゃない。むしろ、そっちの方が多いだろう。
フレンとて例外じゃない。
母━━カシスと、父━━エルドの間に生れ落ちた瞬間に産声を上げて生を実感した。それは事実であり、紛れもない始まりだ。
だけど、始まりが一回である理由も道理もありはしない。
フレンには、まだ始まりがある。
それは、シュネルの手をとった血濡れの少女が、『暁の戦乙女』へと成った始まり。
これがきっと、フレンの二回目なのだと思う。
おかあさんとおとうさんに祝福されて生誕したフレン・ヴィヴァーチェが、やがて『暁の戦乙女』と成り━━そして、三回目の始まりが訪れる。
━━フレンは『フレン・ヴィヴァーチェ』という人生の、主人公となった。
目が覚めて一番最初に感じたのは、腹部に触れる温もりだ。初めてのときはとても驚いたけれど、この感覚にはもう慣れてしまった。
「フラム……」
この子にもたくさん助けてもらった。傍にいてくれたこと、本当はとっても心が救われていた。
「もっと早く、素直に認めてあげればよかったな」
ハネがすごい癖毛を撫でながら、慈しむように目尻を緩めた。
過ちが消えてなくなることはない。フラムだってそれはわかってるはずだ。
それでもまたここへ来てくれたこと━━本当に、心強かった。
「起きるまで一緒にいてあげたいが……」
ぐっすり眠っているフラムをそっとどかして、起こさないようゆっくり離れる。
布を幾重にも重ねただけの布団擬きなので、寝心地の面から鑑みてもいてあげた方がいい気がするが━━そもそも、人の上って寝心地かいいのだろうか。
今度フラムに問うとして、疑問はすぐ内に秘めて立ち上がる。
フレンたちがいる場所は、当然のことながらルステラが屋根を引き剥がした家ではなくなっていた。
おそらくはまた別の空き家に移動している。もっとも、空き家だからといって勝手に住み着いていいわけではないが。
しかしまあ、ちょっとだけ目を瞑っててくれたらうれしい。
「冷えるな……」
まともな格好になったとはいえ、家の隙間風が尋常でないため寒さの話をすればあまり変化がない。
太陽が出ればもう少しましになると思うが、むしろそれまで布団のなかで籠るのが得策だと思うが、なんとなく足が外へ向かう。
立て付けの悪い扉に苦心しながら外に出ると━━、
「━━起きたか」
家の前で座り込んでいたアレキスに声をかけられた。
ルステラ単身で王都まで来たわけじゃないと思っていたのでいることに驚きはないが、少し居たたまれない気持ちを抱いてしまう。
八つ当たりをしてしまったのが最後なので、かなりばつが悪いのだ。
なので一言謝りたいのだが、アレキスの正面にいた緑髪の男を視認して、フレンは言葉を失ってしまった。
「━━こうして対面するというのは初めてですな、フレン女史。小職はリゾルートと申します」
隊員はてっきりポーコによって全滅してしまったと信じ込んでいた。だが、アレキスは救ってくれていたのだ。
そう理解すると、自然と声が出てきてくれた。
「リゾルート」
「はい」
「━━生きててくれて、ありがとう」
そして、もう一人、言わなくてはいけない相手がいる。
「アレキスも、ありがとう」
胸に手を当て、愛しむような声音で言った。
失敗もあった、恥もかいた、過ちも冒した。━━だけど、全部それで埋められたわけじゃなかった。
「……それを受け取れるほどのことはしていない」
「いいや、強制だ。私のお礼はもらわせるぞ」
「━━いつかな」
ごうつくばりのアレキスの結論に、フレンは手を引いた。━━なんとなく、謝ったりするのは違う気がしたし、たぶんこれでいい気がする。
そんな感慨を抱いていると━━、
「━━あ、フレン起きたんだ」
横合いから聞き覚えのある声が飛んできて、視線を持っていくと、薄暗い小道に蒼い瞳が浮かんでいた。━━ルステラだ。
しかしながら彼女と鉢合わせるのも、またアレキスと違った居たたまれなさがある。
顔面をぐちょぐちょにしながらルステラの胸で泣いたことに悔悟はないけれど、羞恥は顔に出てしまう。
「そんなに気まずい顔しないでよ。誰かの胸で泣きたいときぐらい、誰にだってあるんだから。ね、アレキス、リゾさん」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら二人に振ったルステラを、両者どう返事すればいいのか困っている顔で目をそらす。
「……気まずさが加速してないか?」
「なんでだろね」
「なんでって……ふ」
ルステラのあっけらかんとした態度に毒気を抜かれて、フレンは思わず笑みがこぼれてしまう。
大笑いには至らないけれど、色々とあった感情がそれに掻き消された。
「━━いい顔するようになったね」
「そんな……いや、そうかもな。━━ルステラ」
「ん?」
「ありがとう」
そして、返せなかったあの言葉。
「━━ただいま」
ただいまと言える場所がほしくて、ルステラに導かれてアトリエまで行った。
もう押し殺す必要はない。フレンはただここにいたいのだと。
「やっぱ、いい顔」
「……ましになったな」
もう一度同じことを連ねたルステラに、今度はアレキスも賛同した。
「お前……そういうこと言わないやつだと思ってたぞ」
「俺をなんだと思ってる……。事実ぐらいちゃんと言う」
呆れまじりにアレキスは顔を背けた。
照れ隠しか興味のなさの表れか、たぶん後者だろうなと思いつつも、新鮮な反応には違いない。
二人から表情の改善を告げられて、無意識にリゾルートにも目線で反応を求めてしまう。
「……小職はお見かけする機会が少なかった故、難しいところではあります。ですが━━」
「━━━━」
「憑き物が落ちた、という印象は確かに感じられますな」
恭しく述べるリゾルートに、フレンは一層自分の表情が良くなっていることに対する確度を高めた。
あと、それとは別に、リゾルートへ言いたいことを思い出す。
「━━リゾルート、今の私に畏まる必要はないぞ」
「━━━━」
「総帥という肩書きを捨てたわけではないが、今の情況を見るに権威など無意味に等しい。それに……」
「━━━?」
「一人だけ対応が違うってのは、なんだ……ちょっと嫌だ」
上司と部下という関係性で語るなら、フレンの行動は威厳を失う悪手にしかならないが、リゾルートならばその辺も心配いらないだろう。
もっとも、フレンの身に振りかかっている事件の終着点がわからない以上、あるいは前提が根底から崩される可能性もあるが。
「それを望むのでしたら……であれば、小職もそれに応えるまで。━━これで、よろしいかな?」
「ああ。それに実際、年齢的な話をすれば私が一番下ということになる気がするしな……なるよな?」
「なるんじゃない。今、十……」
「七だ」
従軍可能年齢が、ノンダルカス王国では十五歳からなので、実は最初の頃は盛大に規約違反を犯していた。もっともそれはレガートもアルトも同じことなので、フレンだけが責められる筋合いはない。
特例や例外というのは何事においても発生する。何でもありを奨励しているわけではないが。
「ちなみにわたしの年齢は禁則事項なので、話せません」
「俺も、公開するつもりはない」
「ならば小職も、だんまりを決め込もう」
「おい!」
年齢を聞くだけ聞いて放置とは、連帯もへったくれもない。
個人的にはルステラに最年長の貫禄を感じたりするが━━、
「━━フレたん!」
思考を途絶するのように通過したのは、可愛らしい声━━ずっと眠っていたフラムの声だった。
フラムは半身だけ扉から出ていた身体を全身にして、フレンへと一直線にダイブする。
フレンはそれを危なげなくキャッチし、頭を撫でた。
「そういや、最年少はフラムだったな」
「━━? なんの話?」
「いや、愛いやつだなって話だ」
「でも、フレたんの方が胸デカイ!」
いい匂いと同程度フラムに言われた言葉。いい匂いに母親と類似しているという意味が孕んであった以上、これも何か意味がある気がする。
なので、ちょっとだけ探ってみようと、返しを変えた。
「━━じゃあ、ルステラはどうだ?」
「ルスちゃん? ルスちゃんはね……」
「胸が広い! でもデカくもある」
「じゃあ、おっさん二人はどうだ?」
「アレキはフレたんの腕くっつけてくれたから、いいと思う。リゾさんはルスちゃんにさんってつけられてるからスゴい」
フレンの腕に抱かれながら、フラムは次々と評価を下していく。
だけど、反応を見るに━━、
「これ、本当にサイズの話なのでは……」
「━━サイズも包含されてるけど、たぶん、違うかな……?」
胸が広くてデカイらしいルステラが、フラムの語彙を噛み砕く。
「━━頼りがいがあると包容力があるってことかな。どう?」
「そんな感じ!」
フラムの肯定に、ルステラは両手で狐を作ってフレンに喜びをアピール。でかいと言われたわりには慎ましい胸も張って、えっへんと幻聴が聞こえた。
「フラムのセンスには脱帽だな」
「フレンもそういう路線でいってみる?」
「どういう路線だ!」
しかし思い返せば、幼少の頃のフレンは、フラムと性格的に似通っている部分があったかもしれない。いや、フラムほどの美的センスはなかった。━━どういう意味かは、別に言明したりしないけれど。
ともあれ━━、
「私は私で、そこはねじ曲がらない」
ずっとフレンの意思は決まっていた。それが表面化していなかったというだけで。
しかし、たったそれだけのことに、多大なものを費やしてしまった。
━━人々はそれを、失敗なんて呼ぶのかもしれない。
それでも失意はしていないから━━フレンは、みんなに支えられて立ち上がったから━━、
「━━それを通すための話し合いをしよっか」
「私のセリフをかっさらっていくな。……ともあれ、概ねそんなとこだ」
「━━━━」
「五人で、色々なんとかしよう」
ひどく漠然とした提案で、だけど異を唱える人もいない提案で、フレンは口火を切る。
○
話し合いにするにしても、なんにしても、最重要事項がある。
序破急あるいは起承転結におけるラストの項目。大目標なんてさんざん使ってきた言い回しがベストだろうか、それの設定だ。
高すぎず、理想を回収できる目標。あたら失敗でしたは、通用しないのだ。
「━━私は、シュネルと話がしたい」
一番最初に持ちかけたのは、そんな願望だった。
結局のところ、シュネルの目的がいまいち判然としない。
もちろんフレンを殺そうとしているのは確実だが、フレンも素直に死んでやったりはしないが、それでは平行線である。
「それはわたしも賛成。……だけど、相手が顔を見せてこないと思う。この集団を攻撃するほど、考えなしとは思えないし」
「だったら、私が一人になって……」
「━━それは反対」
ルステラは鼻頭に指を突きつけて、フレンの言葉を遮断する。
「不意打ちとはいえ、フレンは腕切られてるんだよ?」
「だが、ずっと警戒してたら」
「それでも、だし。それ故にでもあるよ」
フレンが腕を切られたのは、警戒を解いていたことが大きい。もちろんシュネルの実力ありきではあるけれど。
「ずっと警戒なんて疲労が溜まるだけだよ。今みたいに認識阻害で誤魔化しはできるけどさ、限界はある。……ここは相手のホームグラウンドなんだし」
ルステラの言葉は理に適っていて、フレンはそれ以上言えなかった。
加えて、絶望的な援護射撃もきて━━、
「ハークラマー氏は持久戦や遅滞戦が得意と聞く。あまり時間をかけるのは得策とは言いがたい」
「それに相手は本気で命を取りに来るが、こっちはそうじゃない。……俺は時間をかけるやり方は苦手だ」
もう無血開城を謳ったりはしないが、不殺は絶対に譲れない。
それをわかっているからこそ、疲労を溜めるやり方はバッドなのだ。
「短期決戦……できるなら今すぐにでも動き出した方がいいくらいかもね」
「……だったら、三・二でどうだ?」
「少数で互いに補完するってのはいいね。そしたら治癒魔法を使えるわたしとアレキスは分けるのが妥当かな」
一人じゃだめなら複数で。
それに五人で動いたところで、シュネルやらによって分断させられてしまう可能性が高い。
だとしたら、最初から最適な編成を組んでおく方が安心できるというものだ。
「バランスを考えて組分けるとしたら、わたしフレンフラムのチーム、アレキスリゾさんのチームになるかな」
「それがよいであろうな。小職もアレキス殿と二人の方が動きやすい」
「……なにかするのか?」
「少し調べ事をな。希望は薄く、そもそんなことしていられる余裕はないかもしれんが。━━余計な混乱を招きたくない故、これ以上はすまないが話しかねる」
反射的に内容を問おうとしたフレンに先駆けて、リゾルートは最後の文言を付け足した。
ここで問い詰めても話してくれなさそうだ。それに、ちゃんとした理由があってやろうとしてくれているのだろう。
信用とも信頼ともまた微妙に違ってくるが、フレンは意思を尊重して、先を進める。
「まあ動きかたは決まったわけだが、無目的に練り歩く━━主に私たちのチームはだが、そういうわけにはいかないだろう」
「確かにね。歩いていたら有象無象の騎士とエンカウントはするだろうから━━まあ、果たして認識阻害を突破できる者が何人いるか……」
「━━侮りではないが、おそらく一人もいないと思うぞ」
「やっぱり?」
認識阻害を突破できるのは魔力の流れに鋭敏な人、五感が強い人と前に教えてもらったが、それほどの能力を持っている人間は稀だ。
一応、魔法騎士みたいな存在はいるにはいるのだが、ルステラの言う『魔力の流れに鋭敏な人』の水準がだいぶ高い気がするので、どうせ気づかれない。
「やっぱりというか、ルステラの術が優秀すぎるんだ」
「それは同感である。小職も明かされるまでまったく亜人と気づけなかった。━━だが、素人の感覚ではあるが……」
「━━━━」
「ハークラマー氏、並びに宮廷魔術師である━━メレブン・ラプソード氏ならば、あるいはと。アレキス殿もそのような旨を述べていたというのもある」
「……後者の方はな」
フレンはメレブンのことをあんまりちゃんと知らないが、魔法の知識に関して言えばそれこそルステラな匹敵する。
それとシュネルとは長い付き合いがあるらしい。いつだったか話していた。
「前者もそう。シュネルはできる側だよ」
言い切るルステラの根拠の出所がわからないが、魔法に口出しできるほどフレンは魔法に詳しくない。
「だったら普通に変装してみるのはどうだ?」
「お金ないし、普通に意味無いと思うけど……」
「言ってみただけだ」
即却下されるが、半ばダメもとの案だったのでフレンもまあそうだろうなという感想しかわかない。
というか、そもそも━━、
「そう言えば、まだ肝心なところが決まってないんだが」
「まあ脱線気味だよね。……でも、中部をどうするかって簡単に決まるもんじゃないしね」
「ああ……」
シュネルと話し合いをするというのはあくまでも過程の間に発生するイベントであり、そこでどうにかなるのが理想だが、現実的な案とは言えない。
シュネルを越えて━━、
「━━フレたんさ、王さまには会えないの?」
話し合いが始まってからずっと沈黙を貫いていたフラムが、口を開いた。
ここはノンダルカス王国なのだから、当然、王様は存在している。王不在の王国なんて大問題だ。
なので、王城にいけば会えるだろうが━━、
「王城なんて行ったら全面戦争まったなしだろう……。こっちが崩すのはただ一人でいいんだ」
「でも、王さまの方が上に立ってるよ?」
「権威権力的な話をすれば、その通りだが……」
今回の一件を引き起こしたのは確実にシュネルだが、個人で始めたにしては規模がおかしい。
それはずっと考えていたが、やはりシュネルを直接なんとかするしかない。━━それは、変わらないと思っていたが。
「いいじゃん王様。世界に介入できるできないって話になれば、シュネルよりよっぽどだと思うけど」
「それは私もわかる。しかし、王城なんて簡単に侵入できる場所じゃない。それに、来ると読んで罠を仕掛けている可能性だって大いにある。━━まさか転移魔法?」
「そんな目されても、無理だよ。そんなに便利なものじゃない。やるなら正面突破しかないけど、それを許してくれるほど甘くはないよね」
「━━━━」
「でも、やるしかないよ」
実際のところ、どういう思惑が働いていているかなんてわからない。意思も理念もはっきりわかっているなら苦労はしないだろう。
故に、やるしかないのだ。
行動なき者に与えられるのは死しかないのだから。
「王に会いに行くというのは賛成だ」
「━━━━」
「━━だが、正面突破はなし。もっといいアプローチで侵入しよう」
騎士を何百人も相手なんかしてられないし、市民に被害が及ぶのであればなおのことダメだ。
安全で最少手を心がける━━。
「と、代案がすぐに浮かんでくれればよかったのだが……」
「空でも飛ぼうか?」
「もう、驚かんぞ。━━それに、空路でも正面突破には変わりないだろう。あと目立ちすぎるし、なにより高いところは苦手なんだ」
「最後思いっきり私情だったね……」
もちろんそれしかないのなら高いところへ行くのも吝かではないが、今回はそのときではない。
空路━━というのは面白い発想だが。
「ならば、積み荷に紛れてというのはどうであろうか。検問はあるだろうが、ルステラ女史の術を使えば突破できるのでは?」
「おお━━っ!」
「━━いや、わたしはやめといた方がいいと思うな」
リゾルートの完璧すぎる提案に一盛り上がりしたフレンを、ルステラが諌める。
個人的に非の打ち所がない案だと思うのだが━━。
「シュネルと……メレブンだっけ? その二人は確実に見破れて、数多の騎士達は見破れないってさっき予想立てたでしょ?」
「あ、ああ……」
「でもさ、相手はそれだけじゃないじゃん。━━実を言うとさ、わたしシュネルに存在バレてるんだよね」
「へー……え!?」
唐突なカミングアウトにフレンは目を剥く。
確かにあれだけ派手なことをしておいて悟られない方がおかしいぐらいだが、認識阻害がすごいのだと勝手に納得していた。戦いのとき、周囲にかけられていることはわかっていたから。
でも、それだと━━、
「━━どう? 混乱するでしょ?」
シュネルが何を考えているのか欠片もわからない。ルステラの言葉に嘘が無い分、むしろ悪質になっている気がする。
「まあ、言いたいのは、あんまりわたしに頼りすぎるのは避けた方がいいよってこと。自分で言うのもなんだけどね」
「━━━。だったら積み荷作戦は……」
「却下かな。リゾさんもごめんね」
名案だと思ったが、用心するに越したことはない。
しかしそれでは進まない。━━すると、次にアレキスが口を開いた。
「壁抜け」
「━━論外! それアレキスしかできないやつでしょ!」
警備の手薄である位置から王城周りの壁を越えるのではなく、壁を抜ける。
壁を越えると専用の警報装置が鳴り響くので、抜けるのは合理的な方法だ。━━不可能という点を度外視すれば。
しかしながら、発案して却下して、立案して粗をついて、一進一退の話し合いが続く。長くはできないので、そろそろ何かほしいが━━。
「━━地下水路」
不意に口を開いたのは、フラムだった。
『地下水路』というのが、フレンの━━全員の耳を転がり駆ける。そして示し合わせたわけでもなしに、皆が先の言葉を黙って待っていた。
「お助けジジイが、むかし教えてくれた! 王都の西と東に一つずつ、王城に繋がる地下水路の入り口があるって」
「それは誠か!? 小職は噂すらも耳にしたことがないが……」
「私も統帥という地位にいるが……聞いたことないな」
王都にもっとも詳しいであろう二人が、必死に記憶を呼び起こそうとして思案するが該当の記憶はなかった。
「なんか歴史がなんたらって言ってた。よく覚えてないけど……あ、場所はわかるよっ!」
ぴょこんと癖毛をハネさせながら、小さな身体で大きく主張する。
同時に、リゾルートが如才なさを発揮して王都の地図を取り出した。
「この辺と、この辺! 通りの床にハッチがあって、そこからいけるって」
フラムが指差した辺りは、あまり人が住んでいない地区で、入り口を隠すのにはうってつけだった。━━いや、歴史があると言っていたから、そこの想定はされていなかったのだろうか。
まあ、なんにせよこれ以上ない収穫だった。
「東の方は少し距離があるが、西の方なら結構近いな」
「……でも、これって本当に知られてないのかな?」
ルステラが懸念を口に出した。
秘密の地下水路。確かに知名度が低いことは自分やリゾルートの記憶に裏付けされてはいるが、しかし、相手が知らないこととは結び付かない。
だが━━、
「そんなこと言ってたら、一生進まんだろう! 私はこれに賭けたい」
やっと舞い降りた光明なのだ。代案があるのなら話は別だが━━、
「まあ……これが一番ましかな。この水路を使って、王城に乗り込もうか」
全員の意見と意思が一致して、なんとか纏まった。
とにもかくにも王様に会いに行き、道中でシュネルを掻い潜りながら、できれば王様と話した後にシュネルとも話したい。
世界が敵になったフレンに、一体どんな結末が訪れるかは知るよしもないが━━、
「━━五人で、往こう」
━━一行は、王城を目指す。




