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暁の史記  作者: 焚火卯
第一章
16/123

第十五話『VSルステラ』

 開戦と同時に、屋根が家から切り離されて、形を保ったままフレンに迫る。

 まともな剣を持っているわけじゃなく、ただの木の棒なので真正面から合わせにいくのは愚行。

 窓から家をすぐさま飛び出した。直後、屋根を浴びた家が轟音を立てる。


「これで、いいんだろ?」


「正解。フラムが巻き込まれない位置でやろう」


 家の前のちょっとした広場に二人向かい合う。

 言ってしまえば悪いが、フラムはこんなとこに居合わせたら、一秒とかからずに塵になる。

 故に、最初だけ二人の意見が一致した。


「やはり魔法か」


「この細腕じゃ、剣を振った瞬間に折れちゃうよ」


「私とそんなに変わらんだ、ろっ!」


 会話の終了と同時に、ルステラへ肉薄する。王都へ来たときほどのスピードは出せないが、それでも捉えるのは難しいだろう。

 スピードを残したまま、木棒を振り切って、


「転移……っ!」


「前も見せたけど、そこまで万能なものじゃないから安心していいよ」


 振り切った場所にはすでにルステラはおらず、家のすぐ手前に移動していた。

 これはかつて森からアトリエに移動したときに見せてくれたものだ。


「じゃあ次はわたしから」


 たったそれだけを告げて、ルステラは予備動作なしで火球を連続でフレンにぶつけてくる。

 おそらくは木棒に対してということだろうが、フレンの手にかかれば引火させずに斬ることは容易だ。


「やるね」


 称賛とともに、さらにもう一つ火球が飛んでくる。それも斬り落とそうと━━嫌な予感が身を駆け巡り、斬るのをやめて横っ飛び。

 避けられた火球は何かに引火するでもなく、ただ途上のものを抉り取り消失した。


「見た目に惑わされちゃだめだよ」


「火が火とは限らないってことか」


「いや、あれは火だけど」


 微妙に食い違う会話だったが、ルステラはそれ以上説明しないとばかりに爪先で地面を叩く。

 それに呼応してフレンの足元の地面一メートル四方が深く陥没する。

 踏み込む足場がなくなり逃げることもできず、普通にはまってしまった。


「━━っ!」


 そこへ容赦なく火球が降り落ちる。一発一発が致命傷になりかねないような攻撃に戦慄するが、フレンは木棒で目の前の土へ一閃。その切れ目に強引に指を突っ込んで引き剥がした。


「━━━━」


 引き剥がした土塊が弾丸をゆうに越える速度で火球に迫るが、当然相殺はできない。

 ちょっとだけ相殺してくれたらと思っていたが、フレンの大目標は穴から出ることだったので、それは達成できたので良しとする。

 直後、怒濤の火球がフレンのいた場所を焼き焦がす。


「ルステラは……」


 砂ぼこりに片目を伏せながら、姿をくらませたルステラを探す。

 すると、ちょうど対極の位置に気配を感じて、高速で近づく。その気配の場所にルステラの姿は見えなかったが━━、


「━━いる」


 方法はわからないが、見えないけれど気配だけでなく肉体もそこにある。そう思って振り切ったが空振る。


「透明化、物理無効」


 馬鹿げてる答え合わせとともに、左肩へ激痛が走る。たぶん、関節を外された。

 だが、同時に掴んだ。物理無効の魔力の流れを━━。


「━━これは……もう通じないか」


 距離を空けて実体を取り戻したルステラが、フレンの表情を探ってそんな結論を出した。

 次また同じ手で来たら大きな隙になるから、そこをつけると思ったが、どうやらそこまで簡単にはいかないようだった。


「フレンはさ、すごく顔に出るよね」


「━━━━」


「ほら、今もマジかって顔したし。当たりでしょ?」


 ルステラの言葉に、フレンは図星をつかれているのかそうでないのかすらわからなかった。

 顔に出るから、なんだというのだ。


「━━━っ!」


 木棒を構えてルステラに近づくお馴染みの攻撃。しかし、今回はルステラに到達する前に手前で急ブレーキをかける。足のアウトサイドで砂を巻き起こし━━否、大地を巻き起こす。


「ほらね」


 裏取りしたフレンの顔面に、フレンの回し蹴りが直撃した。

 おそらく魔法で速度を上げているのか、耐えきれず地面に跡をつけながら後ろに下がる。


「魔法使ってるから体術弱いとかいう固着観念は、一生なくなる気がしないよね」


「剣術もか……?」


「いや、そっちはホント。剣はてんでだめ」


 肩をすくめて言い切るルステラは嘘をついてはいなそうだった。確かに、剣を握るルステラというのも想像できない。

 しかし、今の会話でそれなりに調子が戻って━━否、むしろ上がってきている。外された関節も適当に嵌め込み、木棒を握り直した。


「やっぱり魔法じゃなきゃ有効打にならなそうだね」


 やれやれと頭を振るルステラを見届け、フレンはその場から姿を消す。━━消したように見えるほどのスピードでルステラを撹乱する。

 最短距離で近づくのは楽だが、ルステラほどの実力者になると通用しない。

 それに転移とやらで逃げられてしまう可能性が高い。ならば答えは一つ。

 ━━なにかを感知する前に全部終わらせる。


「あんまり大規模にするのは、得策じゃないんだけど……」


 ルステラが周囲をキョロキョロと見渡す。けれど、どうやらフレンを探している感じじゃなくて、範囲を定めているような━━、


「━━嘘だろ」


 ルステラを中心として広範囲の地面が殺傷能力を帯びて盛り上がり、均されて、また範囲を広げて盛り上がる。

 空き家を容赦なく貫通するその技に、フレンは木棒を壊れないよう慎重に使って対処するが━━、


「━━見つけた」


 盛り上がった土が切り落とされていくのをルステラが見落とすわけもなく、一瞬で視認された。

 そして、盛り上がった土が次はそのまま身をさらしたフレンに、土砂災害となって襲いかかる。

 膨大な質量を持つその土塊を受ければ、確実にただでは済まないだろう。


「一回」


 フレンには無理やり道を作ることができる。ただそれをしようとすると、表情で悟られてしまうかもしれない。━━だが、今はお互いの表情が見えない。

 倒せる倒せないは置いといて、ルステラはこの土砂災害がフレンに当たると思っているだろう。


「一回」


 一か八かやる価値はある。フレンは木棒を強く握りしめ、向かってくる土砂災害に打ち据えた。そしてそのまま木棒を振りかざしたまま、土砂災害を潜行し━━、


「━━私の勝ちだ」


 不意をつかれたルステラを押し倒し、そう宣言した。

 どれだけ魔法に精通してようが、どれだけ卓越した武術を身につけていようが、フレンには敵わない。━━だって、フレンは、『暁の戦乙女』は、最強を表す冠なのだから。


「そうだね……これは負けかもね。━━それで?」


 ルステラの手足を半ば不自由にさせて、フレンは優位を取り続ける。

 それなのに、ルステラの眼力がちっとも弱まらなかった。


「それで、なに? フレンが勝ったからなんなの?」


 強く言葉を突きつけられて、フレンはたじろぐ。

 フレンは確かに勝つために勝負を始めたはずだ。そして、勝ったのだ。フレンはルステラに勝った。それじゃあ━━、


「━━わたしを殺すの?」


 ━━コロス。

 コロスってなんだ。ルステラをコロス。━━フレンがルステラを、殺す。

 ルステラがいる限り、フレンの目的は止められる。絶対に、止められてしまうから、その度に負かせるのはとてもとても煩雑なことだから、ここで殺してしまうのが手っ取り早い。


「いいよ」


「え……」


「だってわたしは負けたんでしょ? それとも、第二ラウンドをご所望?」


 ルステラのすべらかな指がフレンの手を掴んで、自身の首にあてがう。力を込めれば、いつでも殺せる状態だ。

 彼女の命は、フレンの采配で簡単に残すか奪うかを決められる。

 フレンが勝者だから。紛れもなくフレンが、自分を勝者に、ルステラを敗者にしたから。


「ちが……っ、私は……」


「━━甘いんじゃない」


 首から離そうとした手を、ルステラは強引に引き寄せて継続させる。


「自分の意思を通すって、そんなに易くていいの?」


「━━━━」


「それとも、その程度の覚悟ってこと?」


「━━━━」


「目の前の障害一つ打ち砕けないくせに、適当なこと言うなんて、無責任にも程がある」


 負けたのだから殺せよと吐き捨てるルステラの姿が━━まるで、死にたがりのフレンと鏡写しになっているみたいで、ひどく恐ろしく感じてしまう。

 少し前、フラムにも同じ感覚を抱いた。

 人生を歪ませる覚悟を決めた人間の目は違う。━━今のルステラも、あのときのフラムも、同じだった。


「適当、じゃない。私は早く死なないと……取り返しのつかないことが……。だから、その責任を……」


「だったら、殺して先にいって。じゃないとわたしはまたフレンの前に立ちはだかるよ。━━わたしはあなたを殺さない。だから、あなたがわたしを殺して。そう話をして……」


「━━してない!」


 ルステラの首に手をかけたまま、フレンの感情が爆発する。


「なんでお前は……お前らは、いつもいつもそうなんだ! 自分勝手に感情を決めつけて、行動を縛って、私を生かそうとする!」


 アレキスとルステラから始まって。エールに守られて、フラムに願われて━━全部、余計なお世話だってのに。


「私は世界に裏切られたんだ! 世界から拒絶されたんだ! アルトもレガートもシュネルも王国のみんなみんな、私のせいで……っ」


 世界に裏切られた。そして、『私の世界』にも裏切られた。

 信じてた場所。大好きだった場所。だから、幸せにしてあげたい。━━だから、死にたい。


「━━部外者のくせに、介入してくるな! 適当なこと言ってるのは━━どっちの方だ!!」


 無責任だと、詰られた。だけど、ルステラの方がよっぽど身勝手だ。

 ━━他人の人生をねじ曲げて、なにがしたいというのだ。


「そうだね……。わたしとフレンが過ごした時間なんて一瞬で、どこまでも知った風なのは否定のしようがないね」


「だから━━!」


「違う。だからこそ、だよ」


 フレンの頬に手を当てて、ルステラは重ねるように呟く。

 慈しみの手であり、それはまた、フレンの行動を縛る枷でもあった。


「わたしはフレンのことを知らない。━━だからこそ、識りたいの」


「━━━━」


「あなたのすべてを、わたしに教えて?」


 フレン・ヴィヴァーチェの始まりから、現在もなお紡がれている歴史を余すことなく、味わわせる。

 だけど、そんなの、


「無理だ……」


 フレンの全てを語るには、それこそフレンが積み重ねた年月が必要だ。

 誰と出会い、何を為して、感じて、歌い、思って、奏でて。夢も希望も、無気力も絶望も、ない交ぜにして注ぎ込む。

 そんなこと、できるわけがない。


「━━それじゃあ、あなたの名前を教えて?」


「……え?」


「すべては無理なんでしょ? だから、ちょっとずつ教えてほしい」


 フレンという名の山を、ルステラは一つ一つ掬って切り崩そうとする。

 そうしていたら、いつかはフレン・ヴィヴァーチェにたどり着くと思っているのか。そんなこと、できるわけがないのに。

 だけど、フレンの口は語り出していた。


「フレン……フレン・ヴィヴァーチェだ」


「あなたの、出身地は?」


「ブラギ村」


「両親の名前は?」


「母がカシス……父がエルド……」


 一つ一つ掬い上げて、吸収して、またその先を促す。

 フレンの足跡をなぞっていれば、いつかは到達するのだろうか。━━いや、無理だ。


「王国で大切な人はできた?」


「……みんな」


「とりわけ、大切な人は?」


「━━━━。レガートとアルトが、唯一の友人だった」


 フレンの挙げる固有名詞は、ルステラにはわからないだろう。

 そして、それだけじゃない。

 フレンがどれだけ救われていたかなんて、言葉の端々に滲みこそすれ、丸ごと全て理解なんてできない。

 だからこそ、その二人にさえ裏切られていると知ったときは、狂いながら平静の体を繕うしかなかった。


「じゃあ、最後の質問」


「━━━━」


「━━あなたの、望みを教えて?」


 いつからだったかは思い出せない。だけど、いつまでも胸に宿っているものがある。

 望みや夢と呼ばれるそれは、転じて贖罪でもあった。

 身に宿る強大な力を振るえずに、むざむざと失ってしまった過去への贖罪。

 フレンは忘れない。血溜まりに波紋を生んだ、あの血の雫を。


「私は、みんなに幸せになってほしい。━━だから、私を殺してほしい」


 それは揺るがぬ決意だった。

 フレン・ヴィヴァーチェは世界に裏切られた。『暁の戦乙女』は世界から疎まれた。だって、世界で一番強いから。

 この世にフレンを心配する人はいない。『暁の戦乙女』は、そういう意味だから。

 誰も殺せないなら、自分から死ぬしかない。

 どうせ誰も、フレンのことを心配なんてしてくれないから、死んだところで興味もないのだから。

 フレンが死ねば、みんなが幸せになる。ただそれだけだから。


「━━本当にそう思うの?」


 表情を読んで、ルステラが心の内側に潜り込んでくる。

 フレンの嘆願を、フレンの懇願を、フレンの哀願を、蔑ろにして潜り込まれる。


「だったら、今までの問答は丸っきり嘘だったってことになるけど、そうなの?」


「嘘なんか、ついてない……」


「━━だったら、なんでわからないの!?」


 ルステラが鋭い犬歯を剥き出しにして、怒りを爆発させながら吠えた。

 そして怒りを露にしながらフレンの胸ぐらを掴んで、口を開く。


「いま決めた。あなたはここで殺す」


 突発的に膨張し、荒れ狂うその感情の名前は━━殺意だった。

 いつ首がはねられてもおかしくないほどの殺意に晒されて、フレンは息を呑む。

 やっと、望んでいた死が、訪れて━━。


『━━フレンと、どうか二人で健やかに』


 ルステラじゃない声が聞こえて━━否、これはフラッシュバックだった。

 フレンを形作る記憶、その断片。

 なんで、こんなものが今さら━━。


『何があっても、私たちはフレンを愛しているから、何があってもそばにいる。━━絶対に忘れないで』


 父の記憶が流れて、次は母の記憶が流れた。優しくて思いやりがあって、でも厳しいときは厳しくて、そんなおかあさんだった。


『いつか大変なことになったら、そのときは三人で助け合おう』


 これを発言したのは、レガートだ。

 あのとき、臆面もなくそんなことを言う彼に気恥ずかしさを覚えて、思わずあんな返しをしてしまった。━━でも、本当はとても嬉しかった。

 フレンは最強なのに、三人で助け合うと言い切ってくれたから。


 ━━アルトは、レガートと違ってそんなことは言わない。

 でも、態度で、行動で、いつも示してくれていた。

 だから、あのときも本当は伝えるつもりがなかったのだろう。

 だけどフレンは目がいいから、わかってしまった。

 世界を構成するなにもかもが失われて、立ち尽くしていたフレンを、爆発が襲う瞬間━━、


『━━生きて』


 と、唇が紡いでいたことを、フレンは見逃さなかった。なのに狂気で強引に抑え込んで、無意識に忘れたふりをしていた。


 だけど、フレンが死なないと、みんなが困って、実際おとうさんもおかあさんもレガートも━━。

 死なないと、釣り合わない。怠惰で愚かだった報いを受けなければならない。

 だから━━、


『いきなさい、フレン。━━いつまでも、幸せでいてね』


 フレンの記憶が、決定的な愛を奏でながら、口を動かした。



「幸せに、なりたい……」


「うん」


 熱を帯びた願いが、フレンの口から告白された。


「幸せになりたい。死にたくない。━━みんなと一緒に笑っていたいよ……っ」



 透明な雫が一滴流れて、すぐにルステラの顔もぼやけるくらいの涙になる。

 本当は自分が恵まれていたことぐらい、知っていた。

 だからもう十分、幸せだったよってはっきり言いながら死ねるんだと━━そんな欺瞞すぐにバレちゃうのに。

 でも、だからこそ、こんな決断をするしかなかった。


「でも、私……王国が、みんなが好きでっ……大好きだから……! みんながそれを望むのならって、そうじゃなくても、私のために死ぬぐらいならって……私……っ」


 フレンはみんなが好きだった。大切な人がいて、大切に思う仲間がいて、だけどフレンの死を望む人がいるのも事実だ。

 フレンは単体で世界のバランスを崩壊させかねない。

 だから世界がより良くなるためには、フレンはいちゃいけないのだ。

 世界がよりよくなれば、みんなは幸せになれるから。


「もう、わからなくなって……、私、馬鹿だから、世界とかそんな大きなもの考えられないのに……でも、一生懸命よりよくしたくて……」


「うん」


「死ななきゃって……でも……!」


 涙と鼻水でルステラの胸をぐちゃぐちゃにしながら、フレンは懸命に心情を吐き出す。

 フレンのせいで、誰かが死ぬのは耐えられない。それをしないためには、そのためには、フレンが死ねばいい。

 

 ━━でも、本当はずっと隠してた。

 燃え盛る戦場を背後に、川へ身を落としたときも、思っていたことがある。欺瞞で本音を押し殺して、目を背けて、とうとうここまで来てしまったけれど。

 フレンはあの日、死を選択した。

 別に、その選択を今さら悔いたりはしない。結果として生き残ってしまったことを、嘆いたりはしない。

 だけど、川岸で目を覚ましたとき、フレンは確かに思ったのだ━━。


「死にたくない……」


『━━ああ、死ななくてよかった』と。

 

 フレンが死ねなかった理由は、それを心の奥底で自覚していたからだ。

 

 だけど、おとうさんとおかあさんが好きだ。ブラギ村のみんなが好きだ。王国のみんなが好きだ。

 世界が敵になっても、それだけは変わらない。

 ━━王国の、みんなのためならフレンは死ねた。それは本当の本当の本音だ。


「だけど、みんなが死ぬのはもっと嫌だ……」


「━━じゃあさ、全部とろうよ」


「え……?」


「『暁の戦乙女』なんて冠は捨ててさ。王国のフレンでも、世界に裏切られちゃったフレンでもなく、ただのフレン・ヴィヴァーチェとして、全部とっちゃおう」


 フレンのアンビバレンスな望みを、ルステラは全取りしちゃおうとフレンに提案する。

 でも━━、


「私は……私のせいで、もう……」


「━━その人たちはフレンの不幸を望んでた?」


「━━━━」


「そんなことないって、フレンが一番わかってるでしょ」


 おとうさんとおかあさんとレガートとその隊員とエールと、フレンが冒した過ちの数。

 本当はその人たちのために、生きなくてはいけないのだろうけど━━、


「フレンはきっと、シュネルの望みも叶えたいって思ってるんでしょ」


「……うん」


「ホント馬鹿。そこがいいところでもあるんだけどね。━━と、まあそれも含めての話だよ。全部とるってのは」


 シュネルだって、フレンの大切な人だ。たとえ、今回の首謀者だったとしても、色んな策謀があったとしても、フレンの大切な人を殺したとしても、フレンの大切な人を誑したとしても、なにもかもうっちゃるのは土台無理なことだった。


「そんなのどうやって……」


 そんな奇跡みたいな方法が、果たして存在するのだろうか。フレンの頭じゃ思いつかなくても、ルステラなら可能なのだろうか━━、


「━━わかんない」


「な……っ」


「でもさ、大丈夫でしょ。━━フレン・ヴィヴァーチェは世界で一番強い、普通の女の子なんだから」


 そっと眦で光涙を拭いながら、ルステラが微笑みかけた。

 たぶんこれが、一番言ってほしかった言葉だと思う。━━ううん、ずっと言われていた言葉なのだと思う。

 『暁の戦乙女』だからといって、一人でなんでもかんでもやらなくていい。心配してくれる人を頼ってもいい。

 ━━たまには、フレン・ヴィヴァーチェでもいい。

 簡単なことに、気づくのが遅すぎた。

 本当に七年間、なにしてたんだろう。


「でも、失敗したら……」


 きっと、命が百や千で足りなくなってしまうかもしれない。一で事足りた命が、いっぱい━━、


「━━そのときは、世界を滅ぼす!」


「━━━━。━━━。え?」


「━━そのときは、世界を滅ぼす!」


「二回も言わなくていい! 聞こえてるよ! その上でだ!」


 尋常でないほど遠大なスケールの返答がきて、フレンは当惑してしまう。

 確かに可能か不可能かと言われれば前者に傾いたりしたりしなかったりしないこともないことはないが━━。


「だってさ、取り返しのつかない失敗したら、もう世界滅ぼしても変わらないでしょ」


「変わ……」


 らないと、フレンは言い切れなかった。そんな極論に一理あると思ってしまったから。

 だから、言葉を変えて、


「いや、そのときはそうする。━━だから、絶対に失敗しない。約束だ」


 泣きじゃくって腫れた赤つきの目を拭いながら、小指を一本立てた。

 人々が約束をする、定番の仕草だ。ルステラもそれをわかって小指を絡めてくる。

 すべらかな指が交わって、ルステラは嫣然と笑みを浮かべた。

 そして、


「言質とったからね」


 この約束が履行されないことを願って、フレン対ルステラはここに決着した。


「……あ」


 途端、身体の力が抜けて、ルステラにもつれるように倒れる。

 ルステラは無理もないと言わんばかりに、フレンの背中を撫でた。


「あんだけ出血したあとに、あんだけ動いたらね……」


 背中を優しくさすられながら、フレンの意識が遠のいていく。

 もう何度目かもわからない気絶。だけど、なんだか、心地よかった。


「あ、そうだ……」


 意識が落ちきる瞬間、ルステラがなにやら口を開いた。そこに最後の力を振り絞って耳を傾ける。


「━━おかえりなさい」


 返事はできなかった。

 だけど、フレンの顔には、かつての少女のようなあどけない笑顔が湛えられていた。





「ふ~、やれやれ、これで一件落着……とは、いかないね」


 深い眠りに入ったフレンを抱き留めながら、ルステラは北の方へ顔を向ける。

 すると、


「ルスちゃん……」


 怯え声のフラムが、静かに歩いてきた。なにせ、


「盗み見るなんて、いやらしい」


「━━黙認と、受け取っていたんですが……」


 シュネル・ハークラマーが、フラムの首に剣を近づけながら一緒に歩いてきたのだから。

 だが━━、


「ま、そういうことにしといたげる。━━だから、その子はなして」


 語気を強めて威圧すると、シュネルはなんの抵抗も見せずにフラムを解放した。


「ルスちゃん! フレたん!」


 二人の名前を呼びながら飛んでくるフラムを、一応ルステラの後ろに下がらせた。


「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。攻撃はしません」


「フラムを人質にして、よく言うよ」


「ですが、そうしないと、壊されていましたから」


 ルステラがシュネルを見つけたのは、最後の波状攻撃の範囲を制定しているときだった。

 そのときすでにフラムは人質にとられていて、迂闊に攻撃ができなかったのだ。

 もちろんやろうと思えばシュネルから解放させることもできたが━━、


「そうすると、フレンに殺されていたかもしれませんね」


「そんなにわたしは弱くないよ。……まあ無いとは言い切れないけど、攻撃しなかったのは別の要因。━━あなた、偽物だもん」


 魔力の流れが少し変で、先ほどの壊されるという発言で確信が持てた。

 どう表現するのが正しいのかわからないけれど、彼は張りぼてのシュネルだ。


「殺す気なら、本物で来るでしょ?」


「そこのお嬢さんぐらいはこれでも殺せますが……ま、お見事です」


「で、賛辞はいいから、目的はなに?」


「目的ですか……」


 シュネルは目をすっと細めて、ルステラの言葉を口の中で転がす。

 なにか大層な理由があるのかと身を固めて━━、


「━━ありませんよ。別に」


「━━━━」


「強いて言うなら……フレンの顔を見に来たのですよ」


 視線を下に落としながら、シュネルはフレンの幸せそうな寝顔を眺める。

 その姿に警戒がさらに深まるが━━、


「ちょっと疑い過ぎです」


「悪の親玉が、そんなこと言い出したら誰でも疑うでしょ」


「ごもっともですね……」


 ルステラの指摘に、シュネルは確かにと肩をすくめた。

 ありとあらゆる仕草になんだかムカついてきたが、呑み込んで会話を続けようとする。


「じゃあもう帰ってくれない? それとも降伏でもする?」


「降伏はしません。━━なので、代わりと言えばなんですが、宣戦布告をしましょうか」


 なにを代えたのかわからないが、シュネルの言葉の先を促す。聞くぐらいならいいだろう。


「フレンは必ず、私の思い通りになる」


「━━━━」


「その子は圧倒的に強いです。しかし、脆すぎる。その脆さは、あなた方……四人に牙を剥く」


 たった今、合流しようと来ている二人も含めて、シュネルは言い切った。それに答える義務は無いけれど、ルステラは悪い顔を浮かべてこう言った。


「だったら、また引き戻す。ただそれだけのことだよ」


「ええ、楽しみにしておきます。それまでは、フレンをお願いしますよ」


 そう言って立ち去ろうと振り返ったシュネルは、すぐに踵を返して「そうそう」と言いながら質問をした。


「これは興味本位で訊くのですが……どうしてそこまでフレンに肩入れするのですか?」


 アレキスにも問われたことのあること。あのときはいい感じに返したけれど、シュネル相手じゃ通用しない。

 だからもう素直に、


「━━教えるわけないじゃん」


「そうですか。ならもう訊きません。━━せいぜい頑張ってみてください。亜人さん」


「━━ルステラだよ」


 名前を教えてあげたが、返事もなしに去ってしまう。

 そんな無礼よりも、修羅場をくぐり抜けた安堵が勝ってしまい長い息を吐く。

 そして、


「アレキス、リゾさん、あとよろしく」


 魔力の使いすぎというよりかは、精神的な疲れがすごくて、とりあえず眠った。

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