表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の史記  作者: 焚火卯
三章
124/124

第六十四話『陥落』

 ヒタヒタと、押し寄せてくるモノがいる。

 

 ——いやだ。

 

 ヒタヒタと、にじり寄ってくるモノがいる。

 

 ——いやだ。

 

 ヒタヒタと、核を侵そうとしてくるモノがいる。

 

 ——来るな!!

 

 最後の砦を『◼️◼️◼️』は必死に、必死に守る。

 ここは、自己だけが回帰していい場所なのだから。

 だから、ぁ、

 

「————」

 

 あ、あ、あ。

 

 あ。

 

 

 

 

 冷酷な鎖と氷が打ち合わされて、甲高い音を散らし続ける。

 戦況は拮抗しているが、わずかばかりの焦りが——セーラ・ミルヒカペラにはあった。

 

「級数……は、分かる」

 

 病弱だった頃に、時間だけはやたらあったので勉強していたのが功を奏した。

 しかし、

 

「最初は、あの魔法についてだけかと思ってた」

 

 ネイアの魔法は二つある。

 一つは、今も戦闘に使用している氷魔法。

 もう一つは、不可視の謎の魔法。

 だが、

 

「まだ、何か……」

 

 その二つだけと言えば、それで十分な気もするが、もう少し深く踏み込める気がする。

 そして、踏み込まなければ、勝てない。

 

「———っ」

 

 飛んでくる二枚の氷の円盤を、鎖で逸らす。

 セーラは張り巡らせた鎖を伝い、ネイアに近づく。

 

「たあっ!」

 

 右腕に鎖を巻き付けて、膨大な質量となった腕を振り下ろす。

 しかし、それはネイアを中心に破壊され、上を向いた彼女と目が合う。

 

「————」

 

 右巻きの花と左巻きの花を重ねて、螺旋を結んだどす黒い瞳。

 その特徴的な瞳が閃いていて——、

 

「————」

 

 ネイアを打ち抜いた鎖の腕が、凍らされていく。セーラは咄嗟に根本から手を抜いて、脱出するが、

 

「——っ」

 

 凍らされた鎖の根元が急速に伸びて、セーラを猛追する。

 直線的な追従に、セーラは背後の張り巡らせた鎖の一本を掴み身を捻ろうとするが、

 

「っ」

 

 それの端っこを、返ってきた二枚の円盤が切り取り、力が入らなくなる。

 自由に空中に放り出されて、セーラは咄嗟に鎖の防護を纏った。

 

「———う」

 

 防護の中にまで響く衝撃に苦鳴を漏らしながら、セーラは吹き飛んでいく。

 しかし、その横向きの方向を、腰に回した鎖で強引に殺した。

 

「今のは、氷魔法の方に適用してた……」

 

 ある一定の長さまで、魔法の範囲を伸ばした。

 簡単なことだし、悩むようなことじゃない。

 ネイアの周りだけ鎖が消えたのだって、マイナスを足し合わせただけのこと。

 説明はつく。しかし、まだ、違和感が——、

 

「考える暇も、与えてほしいね……っ」

 

 宙ぶらりんのセーラを打ち抜くための氷杭が、ざっと三十。打ち落とし、打ち砕き、受け流し、対処する。

 彼女の物量に負けないように、セーラも鎖の数を増やしていく。

 

「見てますね〜」

 

 砂埃に紛れようとする、ネイアもしっかりと見逃さない。

 だが、

 

「届きませんから〜」

 

 彼女に伸ばした鎖は、彼女を掴まず切り落とされる。

 とはいえ、牽制程度には役立っていてほしいと、セーラは思うが、

 

「高望みか……」

 

 雑な鎖での攻撃は意味がない。それが悲しい現実だった。

 

「———っ!」

 

 氷杭の最後の一本を叩いた時だった。

 それが真ん中で放射状に分かれて、網のようにセーラを捕まえた。ガチガチに固められたそれはびくともせず、セーラは完全に籠絡させられる。

 それが上昇し、上で待ち構えるは、氷の処女——串刺しを目的とした、冷徹な器具だった。

 

「リグレ・メイデン」

 

 自らのドメインを施行し、眼下でネイアが嗤う。

 セーラは檻ごと押し込められて、針山の中に閉じ込められる。

 そのまま、扉が閉まれば、鮮血が舞い——、

 

「『恒火鎖』」

 

 セーラを串刺しにするメイデンが、融解する。

 メイデンの中からは、恒星のように煌々と光を放つ蛹が現れる。

 それはすぐさま羽化し、眩い瞳をさらに燃え上がらせた。

 

「あたしの力さ」

 

 それはかつて、全てを終わらせた力。暴走、アンコントロール。もちろん恐怖は急には消えてくれない。

 だけど、今は止めてくれる自慢の息子がいるのだ。

 恐怖はあっても、躊躇いはなかった。

 

「——可哀想ですね〜」

 

 ネイアが、セーラを見て——否、その奥側を瞳に投影して哀れむ。

 彼女には、セーラの抱える二十あまりの大精霊が見えているようで——。

 

「ともあれ、その瞳が捉えるものを暴かないと、届かなさそうだ」

 

 そのためには——、

 

「————」

 

 足元の鎖の熱を消しながら、鎖の上を走る。

 両手からジャラジャラ鎖を出して、下に流していた。

 その全てが熱を帯びているため、触れられないネイアは距離を取る。

 

「物量が一番厄介ですね〜」

 

 氷のチョーカーを撫でながら、ネイアは氷柱を立てて鎖の波濤から逃れる。

 しかし、地面を流れる鎖は、ネイアの乗る氷柱を足元から誘拐していく。

 

「おっとっと〜」

 

 倒れそうになりながら、ネイアは気の抜けた声を出しながらバランスを取る。

 その身体にベールをかけるように、面状の鎖を落とす。

 

「だから〜、——っ!」

 

 呆れるようにネイアが呟くが、その呆れがすぐに塗り替えられる。

 一枚目の鎖は見事に穿たれたが、その上にピッタリと重ねられた茨がネイアに襲いかかっていた。

 

「鎖はただの一手段さ」

 

 自分を縛っておくという戒めのために鎖を用いていたが、その気になれば何でも出せる。茨でも、蔦でも、糸でも、黄金でも、筋肉でも、革でも。

 だが、鎖が一番馴染む。だから使っていただけということだ。

 

「————」

 

 熱を帯びた茨という、物理法則にやや反している攻撃を実行して、セーラはネイアの対処を分析する。

 ネイアは一枚目の鎖こそ穿ったが、二枚目の茨には驚きを見せた。

 それどころか——、

 

「いっったい、ですよ〜」

 

 ネイアはくず折れる氷柱を伸ばし自分にぶつけ、強引に茨の範囲から逃れたのだった。

 同じように穴を開ければ良いのに、そんな強引な方法をとったのか。

 

「後者の魔法は、単一の対象にしか実行できない……?」

 

 鎖と茨。根底の部分では、セーラの内側の大精霊の力を使っているという点で同じだ。

 ただもちろん物体として認識するのなら、それらは違うものである。

 しかし、そういう単一性ではないだろう。

 魔法に自認が大きく乗るのは、セーラもよくわかる。

 しかしながら、ネイアほどの大魔法使いならば、そこの曖昧な弱さは持っていないと考えられる。

 単一とみなしているのは、おそらく魔力だ。魔力を見て判断している。

 ならば——、

 

「あたしの中に流れる魔力は、あたしだけのものじゃない」

 

 自分、二十あまりの大精霊、そして、最も愛しい親友の魔力。

 内側に抱えている魔力の種類では、セーラを超えるものはいないだろう。

 あくまでも、まだ仮説だが、もう少しそれを押し付けてみても良いかもしれない。

 

「——舐めないでください、ジブンを」

 

 ネイアは宙で身を翻して、氷結を撒き散らす。

 それが天井にくっつき、伸びる氷柱の先で無数のゴンドラが作られる。

 鎖の合間を縫うようなゴンドラが揺れて、空を回り出した。

 熱鎖に触れて切断されても、自然落下が始まる前に、天井との繋がりが保たれる。

 その天空船の一つに乗る、ネイアと瞳が合って——、

 

「深度ニです」

 

 ネイアの瞳の螺旋。その奥が拡張される。その意味は——、

 

「分からないけど、とにかく——っ」

 

 ひとまず自分の仮説を検証するため、セーラは飛び出した。

 ——それが、誤りだとは知らずに。

 

「———っ」

 

 鎖の装甲を纏い、セーラはネイアに肉迫した。

 しかし、ただの吶喊ではない。

 装甲は、鎖という部分が共通しているが、頼っている大精霊の魔力が違う。

 また、張り巡らせた鎖も、幾本か構築する魔力を内生的に変換した。

 つまり、ネイアは今、数十人と戦っているに等しいのだ。

 

 彼女に近づいて、鎖の剛腕を、鎖の剛脚を振り回す。その背後からは放射状に伸びた鎖が、大口を開けた大蛇のようにネイアに襲いかかる。

 四面楚歌どころか、十六面楚歌ぐらいの状況で、ネイアの対処を再び確認して——、

 

「言いましたよ〜」

 

 窮地のネイアが嗤う。

 

「ジブンを舐めない方がいいですよって」

 

 閃いた瞳に呼応して、全てがゼロになった。

 鎖の装甲も、大蛇の様な鎖の脅威も、セーラの次の行動さえも、先から崩されていった。

 

「——リグレ・トラベル」

 

 セーラの背後に大きな柱と、それにくっつくクロスした短い柱が出現する。

 

「ばん」

 

 ネイアが指を振ると、不可視の圧力に押されてセーラが柱に押しつけられる。

 両手両足が柱のクロスした部分に当てられて、拘束される。

 

「それでは〜、おやすみなさい」

 

 足先から凍らされて、すぐに脳にまで浸透する。

 セーラは、生きたまま冷凍保存された。——すなわち、コールドスリープ。

 決して覚めない夢へと、陥落する。

 

「————」

 

 そして、暴走が、始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ