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暁の史記  作者: 焚火卯
三章
120/124

第六十話『Just among the Three of us』

 フレン・ヴィヴァーチェは知っている。

 過去の——幼童の自分より、今の自分が遥かに強いことを。

 フレン・ヴィヴァーチェは知っている。

 ——あの日、あの瞬間の自分をまだ超えられていないことを。

 

「————」

 

 その戦場は最も苛烈だった。

 おおよそ人同士が戦っているとは思えない音が鳴り、一手刻むごとに大気が震える。

 

「————」


 フレンは再現者——『フレン』に徒手空拳で対抗する。

 アルトのように華麗でも、レガートのように流麗でもないが、天性の勘で削り続ける。

 あの日のように小枝を握った『フレン』から、致命的な一撃は受けていない。

 ——だが、フレンは知っている。

 

「———っ」

 

 『フレン』の刺突を、スレスレのところでかわす。顔を狙ったそれは逸れて、フレンの右耳に突き刺さろうとするが——、

 

「生憎と、先の戦いで欠けていてな」

 

 本来あるはずの右耳の下半分がなく、『フレン』の刺突は空振った。

 勢いを殺せなかった『フレン』は、置かれている右拳に吸い込まれ、鳩尾を抉られた。苦悶に表情を浮かべながら、しかし、負けじと刺突から横薙ぎに変えた。

 

「————」

 

 その腕を捻って、フレンは後ろに投げる。しかし、『フレン』は空で思い切り身を回転させ、逆にフレンの身体が浮き上がる。

 二人、逆さ違いに見合い刹那間が生まれた。

 直後、『フレン』は左手で手刀を、フレンは低空で腹筋を折り、手刀に足裏を合わせる。

 砲撃がかちあったような音が鳴り、互いに吹き飛ばされた。

 

「———っっ」

 

 『フレン』は背後に朽ちた鉄柵があったためにすぐ勢いを殺せたが、フレンは背後に空間が広がっていたために飛ばされていく。

 横向きに自由落下するフレンは隙だらけ。『フレン』は地を蹴り追いついてくる。

 電光石火で近づき、小枝を両手で掴んで一刀両断。木目が閃くような錯覚を帯びて——、

 

「————」

 

 空で白刃取りをして、小枝を半ばでへし折る。体勢を崩した『フレン』を抱きながら、後ろの廃家に突っ込んだ。

 

「やっと、捕まえ……だっ!」

 

 仰向けに組み伏せざるを得なかったせいで、『フレン』の頭突きを食らって仰反る。

 その一瞬の弛緩を抜けられ、距離が再び空いてしまう。

 的確な戦闘判断、驚異的な戦闘センス、嚇怒を宿しながら冷静さは欠かない。

 紛れもなく、フレン・ヴィヴァーチェが爆誕して以降、最も強い相手だった。

 

「おい、話しを……」

 

「話はない」

 

「————」

 

「私から全てを奪って、まだそれすら奪おうとするお前とは絶対に」

 

「————」

 

「——私にはもう私しかいないから」

 

 やっぱりだとフレンは思う。彼女は『魔獣強襲』の、シュネルの手を取る前の少女だ。

 そして、彼女は自分自身がフレン・ヴィヴァーチェだと信じている。——フレンはそれを否定したのだ。

 否定しなければ、こうして戦うことも無かったのではないか。もっと別の言い方をすれば、彼女の逆鱗に触れずに済んだ。

 だけど、

 

「無理だ」

 

 それだけは言ってはいけなかった。

 たとえ、戦うことになっても。

 ——たとえ、フレンに勝ち目がなかったとしても。

 

「知ってるさ。昔、私はあいつだったんだから」

 

 あの日の、あの瞬間の『フレン』は、今のフレンより遥かに強いのだ。

 それでも、フレンに引く選択肢はなかった。だから——、

 

「———っっ!」

 

 覚悟で引き締めた表情が一瞬でぶれる。理由は——、

 

「——っく」

 

 脳内を整理する前に『フレン』が飛び出してくる。側頭葉を押さえるフレンに回避は難しいが——、

 

「お前もか……」

 

 『フレン』も同じように頭を抑えて動きを止めた。

 理由は簡単だ。——一度に受け取った情報量が多すぎたのだ。

 情報の転移。

 例に漏れずフレンも浴びるが、『フレン』も魂が同質のため浴びてしまったのである。

 

「フラムは、私の『再現者』がいるなんて知らないだろうからな……」

 

 魂の同質性でカテゴライズして捉えているフラムに、フレンと『フレン』の区別は実質的に無い。

 だが、それに救われたと同時に——、

 

「——ふー」

 

 脳内の整理を済ませながら息を吐き、『フレン』と向き合う。

 今、彼女にも転移権が付与された。

 それが、あまりにも強烈なネガティヴだった。

 

「あいつが好機を見出した時、私は負ける」

 

 敗北の二文字はフレンの人生にはなかった。だって勝つことでしか価値を提示できなかったから。

 だから、フレンは勝ち続けた。

 

「でも、最近負けてしまったからな」

 

 追い詰められて、思い知らされて、それを敗北と呼ばずして何と呼ぶ。

 しかし、得たものはあった。むしろ、根底から作り直された気分だった。

 まるで、あの日の血濡れの少女が嘘の歴史に——真っ赤な嘘がついた史記のようになったかのようだ。


「ははは、あははっ!」

 

「なにが、おかしいの……」

 

 目の前に過去を対峙させて、そう嘯けるようになった自分の胆力に笑ってしまう。

 それはきっと——あなたたちがいると教えてもらったから。

 だから、フレンの『フレン』への役割はそこにある。

 

「決めたよ」

 

「何を……」

 

「——アルト」

 

 遠く離れた親友に向かって、フレンは転移権を使用した。

 どれだけ遠くにいても、同じ太陽の輝きの下で、フレンたちは繋がれる。

 

「私を助けてくれ」

 

 フレンたちだけじゃない。みんな同じ太陽の輝きの下で戦っている。

 『フレン』と違って、情報としてだけじゃない。

 フレンは心でそれを感じている。

 それがフレンの現在であり、揺るぎない真実だ。

 

「助けを呼んでも無駄。——だれも、私には勝てない」

 

 悲しげに呟いた『フレン』が素手を命を刈り取るように尖らせ、空を切る。

 生み出された真空波が廃材を巻き上げながらフレンに襲いかかる。

 それ自体の殺傷能力も脅威だが、一番は——、

 

「正面——っ!」

 

 『フレン』が子供の小さな身体というアドバンテージを生かして、真空波の真ん中を背面跳びで突っ切ってきた。

 不用意に対応すると真空波で身体がズタボロにされかねないので、一拍遅れながらフレンは横に跳ぶ。

 

「っじ——」

 

 『フレン』は空を蹴りながら横に逃げたフレンを追従し、硬い足裏がフレンの肩に突き刺さった。

 

「っ」

 

 その脚を掴もうとして、しかし、空回る。

 隙をついた攻撃が返ってくるが、なんとか前腕で防ぐ。だが、衝撃は殺しきれず吹き飛んだ。

 

「私にできない芸当ばっか見せてくるな……!」

 

 フレンは中空で身体を翻して、直線上の木の幹に足裏をくっつけて停止。そこから隣の廃屋に窓から侵入する。

 存外、中は綺麗なまま残っており、当時の生活の片鱗がまだ香る。光に暴かれた埃に覆われ、今まで眠っていたのだ。

 一抹の寂寥が胸に落ちるが、『フレン』はそれを考慮しない。


「——っ!」

 

 先ほど足場に使った木の幹が、大砲のように飛んできて、フレンのいた場所を蹂躙した。

 スライディングしながら、間一髪でかわす。

 すかさず『フレン』が入ってくるが、爪先に引っかかった木のボウルを蹴り飛ばすことで刹那の時間を稼ぐ。

 

「————」

 

 横の体勢から踵を落とし、腐食している床を叩き割る。

 フレンはその物理法則に任せて階下に落ちていくが、『フレン』は——、

 

「おしまい」

 

 空を蹴り、フレンの直上で両手を構えた。そして、それを振り下ろそうと、

 

「———っ!」

 

 突然、空中で跳んだフレンに驚いた『フレン』は、組んだ両手を裏返してバスケットを作った。

 フレンその中心をぶち抜いて、『フレン』を直上に飛ばす。

 

「流石に空中は蹴れないけどな」

 

 存命の二階の床に転がりながら、飛んでいく『フレン』に呟く。

 フレンが足場にしたのは破片だ。床の破片を蹴って空中で跳んだように見せたのだ。

 

「これで……」

 

 かなりの時間を稼げたはずだ。

 フレンは、さっき木が貫いていって穴の空いたところから家屋の外に出ようとする。

 その一歩目が空回った。

 

「……気づいたか」

 

 フレンは高い空から落下していた。眼上には『フレン』が、不都合な事実を噛み殺すような顔で手刀を構えていた。

 

「言っただろ。お前は私なんだ」

 

「違う」

 

「お母さんも、お父さんも、おんなじだ」

 

「違う」

 

「魂だって、同じだ!」

 

「違う!!」

 

 突然フレンが空中に投げ出されたのは、『フレン』がフレンの魂を使って転移権を引き起こしたからに他ならない。

 つまり、お互いの同質性に気がついたのだ。

 だが、それは本物と偽物を確定させない。

 

「お前が、『私』なんだ!」

 

 太陽を背に『フレン』が吠える。

 きっとそれを叫ぶのには、大きな力が必要だっただろう。

 しかし、彼女はそれをしてみせた。

 

「やっぱりお前は強いよ」

 

 忌憚なく彼女を称賛する。

 『フレン』は強い。

 だから、なおさらフレンが情けない未来として君臨はできない。

 そのために、

 

「誰もお前に勝てない。——だけど、私は——私たちはお前に負けない」

 

 『フレン』の手刀がフレンを引き裂こうと迫る。

 反対にフレンは、両手を広げて笑った。死を覚悟して、そして尚、笑えたのは——、

 

「ありがとう」

 

 手刀の脅威が、フレンの眼前から消えてなくなる。

 ——フレンが移動したのだ。

 きっと『フレン』でもギリギリの視認だっただろう。フレンを浚った影は。

 しかし、フレンはこの手の逞さを知っている。

 

「ありがとう、レガート」

 

「間一髪、間に合ってよかったよ。フレン」

 

 抱えられたフレンは、落ちないように彼——レガートの首に腕を回す。

 そして、それから頭上を仰ぎ見た。

 

「ありがとう、アルト」

 

「ええ、どういたしまして、っ」

 

 アルトは『コンサート』の土台に手をついて、空で『フレン』の手刀と足をかち合わせていた。

 拮抗の軍配はアルトに上がった。

 手刀を跳ね上げて、返す踵で胸を穿とうとするが、『フレン』は膝を胸の前に持ち上げてそれを防いだ。

 

「ほんと、フレンそっくりね」

 

 地上に落とされる彼女を見ながら、アルトは髪を払った。

 そして、『コンサート』で器用に速度を落としながら地上に降りてくる。

 同時にフレンもレガートから降りた。

 

「フレ——わぶっ」

 

 高まる感情に任せて、フレンはアルトに抱きつく。

 

「もう、苦しいわよ……」

 

 アルトが優しくフレンの背中を撫でつけて、組み付く腕に指を滑らせた。

 

「色々と、話したいことはあるけど、今はあっちに集中しなきゃね」

 

「あら、フレンが抱きついてきてくれなかったことの僻みかしら?」

 

「違うって! 今そんな冗談も言ってられない状況だから!」

 

「……小癪だけど、一理あるわね」

 

 組み付くフレンの腕をほどきながら、三人で立ち上がる『フレン』の方を向く。

 

「あれはフレンの『再現者』ってことでいいのよね」

 

「そうらしいな」

 

「らしいって……。まあ、フレンらしいけど」

 

 他人事ようのように言うフレンに、アルトが嘆息する。

 

「なんにせよ、あれが『魔法連盟』の切り札ってわけだ」

 

「フレンを作るなんて腹が立つわ」

 

 アルトは下手をするとフレンより憤懣を露わにしていた。

 

「だけど、フレンのことだから彼女も見捨てられないのでしょう?」

 

「ふっ、よく分かってるな」

 

「当たり前じゃない親友なんだから」

 

 『フレン』を倒して、おしまいの戦いじゃない。フレンが倒れておしまいの戦いでもない。

 

「そっか。そのために僕たちを——ん」

 

「そこら先は、しーっ、だ」

 

 レガートの唇に指を当てて、意図を暴かせない。

 フレンたちの間に言葉は、いらない。

 

「ただ、見せてやればいい」

 

 フレンたち三人だけが知っている。

 

「私たちが一番強いんだってことを」

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