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暁の史記  作者: 焚火卯
三章
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第五十七話『僻花』

 この世には歪めちゃいけないものが三つある。

 大罪、歴史——そして、血縁だ。

 子を捨てようが亡くそうが、親は親で在り続け、親を捨てようが亡くそうが、子は子で在り続ける。

 不可変な、この世の理であり、大事な掟だった。

 

「——あなたは右から回ってあぶり出して!」

 

「は、はい!」

 

 アルトからの『——あなたはいつまでボーっとしてるの?』というキツイ言葉を受けたせいか、弟は素直に指示を受け入れた。

 右から回り込む弟に『コンサート』の一枚を追随させて、アルトも別角度から動く。

 背後の木の幹を足裏で押して跳躍。枝先に足の甲を引っ掛けて前に飛んだ。

 

「——まずは一人」

 

 ブラスは木を切り倒し、待機していた『魔法連盟』の魔法使いが飛び出してくる。

 アルトはジャストタイミングで、中で回し蹴りを首に繰り出し地面に叩き落とす。

 だが——、

 

「やっぱり囮ってわけね」

 

 あからさまに気づかれやすい位置にいた魔法使いは囮で、アルトを空中に留めおく役割だった。

 無防備になったアルトに四方八方から、投石が飛んでくる。

 だが、『コンサート』よりかは遅い。

 弟につけていない、残りの十一枚を引き戻し——、

 

「危ないっ!」

 

「——っ、バカっ!」

 

 囮の後ろを追って、弟がアルトを守るために飛び出してくる。

 アルトを射線から逸らすつもりだろうが、弟の目測は甘く間に合わない。

 それどころか、弟の身体が邪魔でその背後の射線がが見えなくなった。

 だから、さっきの刹那の瞬間視を頼りに感覚で『コンサート』を差し込んだ。

 

「————」

 

 弾丸を全て撃ち落とし、二人とも無傷だ。

 だが、

 

「まだだ」

 

「見えてるわよ」

 

 ストリートの報告に、悪態をつくように返す。

 眼下にいる、さっき蹴り落とした囮が、アルトたちを狙う。しかし、そこには弟に付けた『コンサート』の一枚を滑り込ませて対処する。

 囮はストリートに切り伏せられて、今度こそ撃沈する。

 

「迂闊だったな、ブラス」

 

「すみません、お父様」

 

 軽い叱責を受けて、弟はしゅんと項垂れた。

 

「だが、先ほどの挺身は悪くなかった。騎士道がよく馴染んできた証拠だ」

 

「っ、はいっ!」

 

 項垂れた弟は、ストリートの称賛に翻って顔を明るくする。

 アルトは見たことのないストリートの優しげな顔に瞠目した。しかし不思議と怒りは沸いてこず、代わりに、まだ名前の見つからない感情が沸々と蟠る。

 

「そちらの方にも話すことがある」

 

 ストリートの優しげな顔がこちらを向いて、アルトは驚きで息を呑む。

 まさか——しかし、そんなのは幻想だった。

 

「あまり指揮官のように振る舞うのはやめていただきたい。ここは私たちの領地で、君は『部外者』なのだから」

 

 目元を厳しく細めて、アルトに注意をする。

 アルトにあったのは、失望すらしない冷めた心だけだった。

 

「そ。なら、勝手に使いなさいよ。そしたら、わたくしの有用さに気づくわ。きっと気づけば——」

 

「————」

 

「——なんでもないわ」

 

 髪を払って、言いかけた言葉を直前で飲み込む。

 

「さて、どう動くのをご所望?」

 

「いや、動かなくてよい」

 

 アルトは不動を指示される。だが、それは戦力外通告ではない。

 アルトの真価を発揮する最も有効な手立てだからだ。

 的確に見抜かれて、的確に指示されて——、

 

「最悪ね」

 

 その頬が僅かに緩んでいたことは、誰も気づくことがなかった。

 

「くるぞ」

 

「ええ」

 

 直上から落下してくる岩石を『コンサート』四枚で支える。

 同時に横合いから高圧に射出された水柱が、背後からは倒木が大砲のように飛んでくる。それで残りの八枚も消費する。

 最後に無防備な正面から、格子状に風の刃が飛んできて、逃げ場は完全に防がれた。

 

「なんてね」

 

 横側のコンサートを正面に当てて、水柱は背中と地面がくっつくほどスレスレに膝を曲げて回避する。

 次に背後の倒木に当てていた『コンサート』を水柱の中断に変える。

 倒木が頭上を抜ける前に、地面に着いた手を支点に身体を逆さに起こし、飛んできた倒木を蹴り返す。

 

「一人」

 

 微妙に射角を上向きに変えて、油断しきった敵を撃ち抜く。

 その顛末を見届けることもせず、逆立ちの状態で風の刃の来ている正面を向き、展開した『コンサート』ごと風の刃を踏み潰す。

 ——まだまだ、アルトの舞踏は終わらない。

 

「————」

 

 必要なくなった四枚を足場にして、頭上の岩石に飛び乗る。

 てっぺんに足場にしていた『コンサート』を差し込んで踵落とし。簡単に縦に割れた岩石を、両脚で横に蹴飛ばす。

 それは水柱からアルトを守る盾となる。

 『コンサート』十二枚がフリーになり、アルトはまた同じ『舞台』に戻った。

 

「八人殺ったわよね!?」

 

「七人です! 一人取り逃しました!」

 

「いいや、八人だ」

 

 ストリートが当たり前のように斬撃を飛ばし、弟が取り逃した一人を斬った。

 

「————」

 

 現状は、こうしてちまちま削っていくしかない。

 アルトはまた同じ『舞台』で、右腕を前に左脚を後ろに下げる構えをとった。

 

「……さっきもそうですがお父様、あれは……?」

 

「『祭国』の舞踏『楽欲』だ。まさか戦闘技術に昇華するとはな。アレもよく考えたものだ」

 

「———?」

 

 してやられたとストリートが歯を見せる。

 その理由がわからず弟は困惑気味だ。

 

「————」

 

 アルトの『楽欲』は自らが設定した『舞台』の上から逸脱しないようにコンパクトに闘うスタイルだ。不用意にその『舞台』に踏み入れば、鉄のブーツを履いたアルトに蹴り殺される。

 さらに不安な防御面は『コンサート』で補うのである。

 完璧に扱えれば、『暁の戦乙女』にすら届きうるのではないかとストリートは考え——。

 

「とかく、あの女を軸にして削っていくぞ。——取り逃してもいいが、強気に攻めていけ」

 

「はい!」

 

 弟は半ば盲目的にストリートに従う。

 一連の会話を聞きながら攻撃の対処をしていたアルトは、気分が悪くなった。

 だが——、

 

「———っ!?」

 

 唐突に眩暈を引き起こし、アルトは思わず膝をついてしまう。

 さっきの気持ちの悪さじゃない、もっと外側から脳をかき混ぜられるような感覚だ。

 情報と記憶が混ざり合って濁り続ける。ノンダルカス王国の全てが、『魔法国家』の全てが広範に行き渡り——たった一つを拾った。

 

「——フレン」

 

 その最愛の友達の名前を呼ぶだけで、アルトは眩暈なんて吹き飛ばせた。

 

「続けて!」

 

 水圧カッターに『コンサート』の面ではなく辺を合わせて、爪先で押し込む。

 それから身体を回転させながら他の致命打を避けていく。

 

「——フレン」

 

 もう一度彼女の名前を呼ぶ。

 今、彼女がブラギ村にいることが判明した。

 アルトはフレンの過去を詳しく知っているわけではないが、そこがフレンにとって大事な場所であることは知っている。——大事だからこそ、傷つき崩れやすい。

 だから、一人で戦わせたくない。

 『転移権』を使って今すぐ彼女のところに行きたい。

 でも——、

 

「危ないっ」

 

 『コンサート』を二枚消費して、弟の防護に当てた。

 断言するが、この戦場はアルトが抜ければ破綻する。

 魔法使い相手にこの森はあまりにも分が悪すぎるからだ。

 フレンを助けに行きたい。でも、『家族』が優先だ。『家族』なのだから、アルトが弟を守ってあげないと。

 そしたらストリートも見返してくれる。アルトの成果を認めてくれる。

 ——本当に?

 

「————」

 

 ——もっと簡単な方法があるんじゃないのか。

 ——本当は逆なんじゃないのか。

 

「弟を……」

 

 弟はストリートに怒られて褒められて成長を喜ばれる。

 さっきからずっと目障りだった。

 アルトにはないくせに、それどころか部外者呼ばわり。弟ばっかり妬ましい。

 アルトだって——。

 

「そうよ」

 

 弟を守るのじゃない。きっと弟を殺せば、ストリートはアルトを見るしかなくなる。守る必要がないからフレンを助けに行ける。

 脳が作り変えられたみたいに、急に弟のことが羨ましく、そして妬ましくなる。

 ずっと才能が憎かった。アルトの持てなかったものを、誇示する様に反吐が出る。

 ——あの子を殺せば、お父様はわたくしに振り向いてくれるかしら。


「そうよね」

 

 決まりだ。

 ——弟を殺そう。

 

「それで——」

 

「——ボサッとするな!!」

 

「———ぇ」

 

 ストリートの鋭い声に意識が跳ね起きる。

 しかし、それは遅すぎる気づきだった。

 頭上から手を組んだ敵が落ちてくる。敵は組んだ手に口づけをすると、爆発的なエネルギーが敵の内側から溢れ出す。

 ——人間爆弾。

 悪趣味なんて思う間もなく——、

 

「————」

 

 アルトは花のように広がる爆風に飲み込まれた。

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