第五十五話『Not knockout knots』
他人をの不幸にしていることを自覚せずに、のうのうと生きている奴を見ると、怒りが収まらなくなる。
そういう奴は一人残さず縊り殺し、世界から無自覚な加害者を消し去りたかった。
——それが『七躙』が『陸』、『憤怒』ブーリン・フロートの性だった。
「———は」
爆死した身体が継ぎ接ぎされて、ブーリンは息を吹き返す。
「お〜、起きた起きた」
ブーリンの線形の瞳孔を、紫髪の優男が覗き込んでいた。
口角が緩いせいで、常ににやけているような印象を感じさせる男だ。
彼は『七躙』の『武』——アルファ・カサノヴァだった。
「————」
目をぱちくりとさせて、ブーリンは状況を整理する。
たしか、レガート、セーラ、レクトの三人に追い詰められて自爆して——、
「オレがユーを復活させたってわけ。ま、『再現者』はオレが作ったわけじゃねぇけど。他人の褌で威張んなって話か。ウケんね」
へらへら笑いながらアルファは手を伸ばす。それを掴んでブーリンは立ち上がった。
「そういや前もこんなことあったよな。フツーに既視感なんだけど。マジ」
「『七躙』に勧誘された時ンに、同じ状況ンになりましたかね」
「それだ! いやぁあん時はオレがたまたま居てグッジョブすぎる。おかげで優秀な人材が拾えてよかった。なあ?」
アルファが肩を掴んで馴れ馴れしく詰め寄ってくる。
そして——、
「——で、何負けてんの? オマエ」
先ほどまでの親しみはかき消えて、冷たいナイフのような声を突き立てられる。
ブーリンは返答に窮した。恐ろしかったからではない。
本当にその通り返す言葉もなかったからだ。
「まあまあまあまあ、別に責めることじゃないか。うん。たぶん、いまいち興が乗らなかったんだろ? あるある。オレも楽しくないことはやりたくないしね。ガチ」
「……そういえば、どうして僕ンところンに?」
「いや、たまたま通りがかって、見つけたら死んでてワロタみたいな感じ? まあせっかくだし起こしとくか的な?」
真面目に答える気がないのか、それとも真実なのかブーリンには判別がつかなかった。
「で、起こしたからにはちゃんと仕事してほしいなぁ〜ってのが今のオレの気持ち。できる?」
その問いかけにもブーリンは即答できなかった。
なにせやる気が出ない。何か動機づけがあれば——、
「——レガートってやつは、グテン様を不幸にしてる」
芳しい声音で、アルファが耳元で囁く。その瞬間、ブーリンのスイッチが切り替わった。
無自覚な加害者なら、縊り殺さなければならないのだから。
「僕ンはどこに行けばそいつを殺せますかね」
「ブラギ村までの道中にいれば、ユーの『気配繰り』で補足できるよ。流石に。ただまあ、生捕りとか〜——とと」
ふざけたことを言い始めたアルファの首に縄をかける。
「お前ンも僕ンの加害者ンになるのか?」
「ならないならない、嘘嘘、ジョーダンジョーダン。どんどん殺しちゃって」
アルファは親指を立てながら、ブーリンの背中を押す。
分かればいいのだ。
「じゃあ僕ンは準備します」
「行ってらっしゃ〜い」
アルファの首から縄を外して、ブーリンは無自覚な加害者を消すために再始動する。
「————」
何故か、何が不幸になっているのかなどは全く気にならなかった。
◯
レガートを縊り殺した時、興奮が止まらなかった。
また一人、この世界から無自覚な加害者を消し去った。
凝り固まった結び目のような憤怒が、急速に解けていく。
彼はなにやら特殊な事情を抱えているようだが、所詮はこの程度だったというわけだ。一対一の相性ではブーリンに軍配が上がる。
気配を消していたブーリンは、金髪の後ろ側にある死に顔を拝もうとようやく姿を見せて——、
「——見せてくれたね」
聞こえないはずの声が聞こえて、ブーリンは瞬きをする。
次の瞬間、吊り下がっていたはずのレガートが消えていた。
どこに行ったのかは——探すまでもなかった。
「言ったでしょ。掴んでれば距離感とか関係ないって」
肩を掴んだレガートが目の前に出現する。
抜けられないように結び目を絞った。手枷もつけた。しかし、その拘束のことごとくから解き放たれている。
何故。何故。何故。
現象の答えを探すための思考と、敵を排除する本能が同時に発生して、後者が優先される。
何故の解より、先に身体が動いた。
しかし、
「が——」
鷹が全速力で飛んできたような手刀を喉に食らって、柔らかい部分がいとも簡単に破れる。
「ごぶ、ぇ」
血が逆流して口から塊を吐き出す。しかし、血は止まらない。むしろ量が増していく。
ダクダクと垂れ流しながら、ブーリンは前方に倒れた。
最期に力を振り絞って、何故と視線で訴えかける。
「君は認識をいじくれるようだけど、僕は現実を『歪』められる」
「————」
「一言で言うなら、絞まってない」
一切の絞め跡が残っていない首をさすりながら、レガートはいまいち焦点の合ってない目でブーリンを見つめる。
何故なら、『気配繰り』はまだ解いていないからだ。だから、深淵を嵌め込んだような瞳になっているのだ。
「手枷のロープを解いて上の枝に括り付けて自分を支えるのは、なかなかしんどくはあったけどね。——本当に申し訳ないけど、僕に拘束は効かないんだ。そういう体質でね」
「————」
「悪いけど、君は僕にとって障害ではない」
レガートの足音が遠ざかっていく。その方角は一直線にブラギ村へと向かっていた。
レガートとブーリン。相性は最悪だった。——レガートがブーリンの特効だった。
「————」
二度目の今生も潰えていく。
その前に、グテン様に、無自覚な加害者がいまだ存在していることをお伝えしなければ。
他人を不幸にしてへらへらしているやつは許さない。
『悪いけど、君は僕にとって障害ではない』
最後の捨て台詞は、本当に許せなかった。
最初だってそうだ。ブーリンを自爆に追い込んだ、加害者のあいつを——違う。違う違う違う。
ブーリンを死に追い込んだ無自覚な加害者は、グテン様の『面』だった。
思い出した。思い出した。思い出した。
——『面』が、笑っていたんだ。
◯
「あった」
レガートは感覚の戻った視界で林を歩き回り、早々に吹き飛ばされた剣を見つける。
「んー、んー、んんっ」
剣を鞘に戻しながら、レガートは発声を確かめる。
『陸』には絞まっていないと強がりはしたが、実はわずかの時間だが縄に首をかけて吊り下がったのだ。
一秒二秒の時間だったとはいえ、あんな苦しい思いは二度としたくはなかった。
「でも、少しの無茶はやらないとここまで早く終わらなかった」
気配を消して遠くから攻撃してくる相手を誘き出すには、自らが釣り餌となる方法が最善だった。
相手の得意に乗ってやることで、成功確率を押し上げる。全部、必要なことだ。
キツくてもフレンのためを思えばへっちゃらである。
「待ってて」
ブラギ村の方向を向いて、自らの『領域』の中で現実を『歪』ませる。
爆発的なスピードとともに、その戦場を後にした。
——『七躙』が『陸』ブーリン・フロートVSレガート。
勝者、レガート。