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暁の史記  作者: 焚火卯
三章
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第五十五話『Not knockout knots』

 他人をの不幸にしていることを自覚せずに、のうのうと生きている奴を見ると、怒りが収まらなくなる。

 そういう奴は一人残さず縊り殺し、世界から無自覚な加害者を消し去りたかった。

 ——それが『七躙』が『陸』、『憤怒』ブーリン・フロートの性だった。

 

「———は」

 

 爆死した身体が継ぎ接ぎされて、ブーリンは息を吹き返す。

 

「お〜、起きた起きた」

 

 ブーリンの線形の瞳孔を、紫髪の優男が覗き込んでいた。

 口角が緩いせいで、常ににやけているような印象を感じさせる男だ。

 彼は『七躙』の『武』——アルファ・カサノヴァだった。

 

「————」

 

 目をぱちくりとさせて、ブーリンは状況を整理する。

 たしか、レガート、セーラ、レクトの三人に追い詰められて自爆して——、

 

「オレがユーを復活させたってわけ。ま、『再現者』はオレが作ったわけじゃねぇけど。他人の褌で威張んなって話か。ウケんね」

 

 へらへら笑いながらアルファは手を伸ばす。それを掴んでブーリンは立ち上がった。

 

「そういや前もこんなことあったよな。フツーに既視感なんだけど。マジ」

 

「『七躙』に勧誘された時ンに、同じ状況ンになりましたかね」

 

「それだ! いやぁあん時はオレがたまたま居てグッジョブすぎる。おかげで優秀な人材が拾えてよかった。なあ?」

 

 アルファが肩を掴んで馴れ馴れしく詰め寄ってくる。

 そして——、

 

「——で、何負けてんの? オマエ」

 

 先ほどまでの親しみはかき消えて、冷たいナイフのような声を突き立てられる。

 ブーリンは返答に窮した。恐ろしかったからではない。

 本当にその通り返す言葉もなかったからだ。

 

「まあまあまあまあ、別に責めることじゃないか。うん。たぶん、いまいち興が乗らなかったんだろ? あるある。オレも楽しくないことはやりたくないしね。ガチ」

 

「……そういえば、どうして僕ンところンに?」

 

「いや、たまたま通りがかって、見つけたら死んでてワロタみたいな感じ? まあせっかくだし起こしとくか的な?」

 

 真面目に答える気がないのか、それとも真実なのかブーリンには判別がつかなかった。

 

「で、起こしたからにはちゃんと仕事してほしいなぁ〜ってのが今のオレの気持ち。できる?」

 

 その問いかけにもブーリンは即答できなかった。

 なにせやる気が出ない。何か動機づけがあれば——、

 

「——レガートってやつは、グテン様を不幸にしてる」

 

 芳しい声音で、アルファが耳元で囁く。その瞬間、ブーリンのスイッチが切り替わった。

 無自覚な加害者なら、縊り殺さなければならないのだから。

 

「僕ンはどこに行けばそいつを殺せますかね」

 

「ブラギ村までの道中にいれば、ユーの『気配繰り』で補足できるよ。流石に。ただまあ、生捕りとか〜——とと」

 

 ふざけたことを言い始めたアルファの首に縄をかける。

 

「お前ンも僕ンの加害者ンになるのか?」

 

「ならないならない、嘘嘘、ジョーダンジョーダン。どんどん殺しちゃって」

 

 アルファは親指を立てながら、ブーリンの背中を押す。

 分かればいいのだ。

 

「じゃあ僕ンは準備します」

 

「行ってらっしゃ〜い」

 

 アルファの首から縄を外して、ブーリンは無自覚な加害者を消すために再始動する。

 

「————」

 

 何故か、何が不幸になっているのかなどは全く気にならなかった。

 

 

 

 

 レガートを縊り殺した時、興奮が止まらなかった。

 また一人、この世界から無自覚な加害者を消し去った。

 凝り固まった結び目のような憤怒が、急速に解けていく。

 彼はなにやら特殊な事情を抱えているようだが、所詮はこの程度だったというわけだ。一対一の相性ではブーリンに軍配が上がる。

 気配を消していたブーリンは、金髪の後ろ側にある死に顔を拝もうとようやく姿を見せて——、

 

「——見せてくれたね」

 

 聞こえないはずの声が聞こえて、ブーリンは瞬きをする。

 次の瞬間、吊り下がっていたはずのレガートが消えていた。

 どこに行ったのかは——探すまでもなかった。

 

「言ったでしょ。掴んでれば距離感とか関係ないって」

 

 肩を掴んだレガートが目の前に出現する。

 抜けられないように結び目を絞った。手枷もつけた。しかし、その拘束のことごとくから解き放たれている。

 何故。何故。何故。

 現象の答えを探すための思考と、敵を排除する本能が同時に発生して、後者が優先される。

 何故の解より、先に身体が動いた。

 しかし、

 

「が——」

 

 鷹が全速力で飛んできたような手刀を喉に食らって、柔らかい部分がいとも簡単に破れる。

 

「ごぶ、ぇ」

 

 血が逆流して口から塊を吐き出す。しかし、血は止まらない。むしろ量が増していく。

 ダクダクと垂れ流しながら、ブーリンは前方に倒れた。

 最期に力を振り絞って、何故と視線で訴えかける。

 

「君は認識をいじくれるようだけど、僕は現実を『歪』められる」

 

「————」

 

「一言で言うなら、絞まってない」

 

 一切の絞め跡が残っていない首をさすりながら、レガートはいまいち焦点の合ってない目でブーリンを見つめる。

 何故なら、『気配繰り』はまだ解いていないからだ。だから、深淵を嵌め込んだような瞳になっているのだ。

 

「手枷のロープを解いて上の枝に括り付けて自分を支えるのは、なかなかしんどくはあったけどね。——本当に申し訳ないけど、僕に拘束は効かないんだ。そういう体質でね」

 

「————」

 

「悪いけど、君は僕にとって障害ではない」

 

 レガートの足音が遠ざかっていく。その方角は一直線にブラギ村へと向かっていた。

 レガートとブーリン。相性は最悪だった。——レガートがブーリンの特効だった。

 

「————」

 

 二度目の今生も潰えていく。

 その前に、グテン様に、無自覚な加害者がいまだ存在していることをお伝えしなければ。

 他人を不幸にしてへらへらしているやつは許さない。

 

『悪いけど、君は僕にとって障害ではない』

 

 最後の捨て台詞は、本当に許せなかった。

 最初だってそうだ。ブーリンを自爆に追い込んだ、加害者のあいつを——違う。違う違う違う。

 ブーリンを死に追い込んだ無自覚な加害者は、グテン様の『面』だった。

 思い出した。思い出した。思い出した。

 

 ——『面』が、笑っていたんだ。

 

 

 

 

「あった」

 

 レガートは感覚の戻った視界で林を歩き回り、早々に吹き飛ばされた剣を見つける。

 

「んー、んー、んんっ」

 

 剣を鞘に戻しながら、レガートは発声を確かめる。

 『陸』には絞まっていないと強がりはしたが、実はわずかの時間だが縄に首をかけて吊り下がったのだ。

 一秒二秒の時間だったとはいえ、あんな苦しい思いは二度としたくはなかった。

 

「でも、少しの無茶はやらないとここまで早く終わらなかった」

 

 気配を消して遠くから攻撃してくる相手を誘き出すには、自らが釣り餌となる方法が最善だった。

 相手の得意に乗ってやることで、成功確率を押し上げる。全部、必要なことだ。

 キツくてもフレンのためを思えばへっちゃらである。

 

「待ってて」

 

 ブラギ村の方向を向いて、自らの『領域』の中で現実を『歪』ませる。

 爆発的なスピードとともに、その戦場を後にした。

 

 ——『七躙』が『陸』ブーリン・フロートVSレガート。

 勝者、レガート。

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