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暁の史記  作者: 焚火卯
三章
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第五十二話『獰猛犬』

 シュネル・ハークラマーの指示は的確かつ迅速である。

 ——彼が好機を見出したとき、物語は留まっていられなくなるのだ。

 

「派手にやってまんな」


 遠くから貧民街を視界に入れて、城壁の際のところで何かが荒れ狂っている。

 

「シュネルはんと、トーシャ。まあ予想できるマッチメイクではあるわな」

 

 フラムの抜けを、シュネルから送られてきた情報で埋めて、さらに実際に確認する三段階認証システム。

 やはり実際に見るというのは大事なことである。

 

「——でしょう? 騎士団長殿」

 

 高台から見下ろす視線はそのままに、メレブンは後ろの気配に声をかける。

 

「オマエの訛りは耳に障るな」

 

 剣先をピトリと背中に当てられながら、メレブンは両手を上げる。

 ノンダルカス王国の騎士団長——ジャイブ・フォーセの圧力を受けながら。

 

「ああ、今日は『そっち』であらはりましたか。有事の際に珍しい」

 

「耳障り」

 

「はいはい、自分も努めるさかい……努めるから、その剣を下ろしてください」

 

 イントネーションは訛ったままだが、言葉はせめて相手の癇に障らないように変える。

 剣が鞘に戻された音に合わせて、隣に人が現れる。

 

「——今回の件、オマエはどれだけ噛んでた。ん?」

 

 メレブンより頭半個分大きい背丈の大男だ。壮年の凛々しさが顔に宿っているが、今日はややひりついている。

 

「噛んでたなんてほどではありません。今回ばかりは、僕も想定外のことが起きすぎました」

 

「それにしては、行動が早かったな。ん?」

 

「人材に恵まれましたからね。せやけど、巡り合わせはまだこちらに及ばずという具合です」

 

 眼下の、空虚な戦いを目に入れながらメレブンは目を細める。

 

「あんな派手に戦わせて、あなたはいったい何を狙ってるんですかね?」

 

 周りの建物などを巻き込んで、破壊するような戦い方で、騎士たちが剣を振るっている。

 イメージする優雅さとは乖離しているように思える。

 

「オマエの言葉が、耳障りだ」

 

「図星だからって、そんな気ぃ悪くしないでください。こっちに咎める意図はないんですよ。実際ね」

 

「————」

 

「言ったでしょう。人材に恵まれてると。あれね、あなたたちのことも含まれてるんですよ? 今戦ってくれてるのもそうですし、王都住民の避難。都市の方の防衛も、強化してくれはったんでしょう? あなたに思惑があったとしても、こちらとしては、動いてくれないってことで考えてましたから、嬉しい誤算なんですよ」

 

 騎士側の協力は、今回の戦いで考えてはいなかった。

 フレンを追い詰める際に騎士をいいように利用したので、当然のことではあるのだけれど。

 

「——どこまでが、オマエの言葉だ」

 

 饒舌に語る姿が不審に映ったのか、ジャイブは嫌疑をかけてくる。

 

「僕の言葉は僕のもんです。たとえ誰かがいようとも、僕が語れば僕の言葉です。邪推やなんて失礼ですよ」

 

「口の減らないヤツだ」

 

「よう、言われます」

 

 皮肉ともつかない居直りで、ジャイブの眉間の皺は深くなる。が、それは一旦無視しておく。

 

「これからのことなんて、今は予想はできません。僕も目の前のことで精一杯や」

 

「シュネル・ハークラマーもか」

 

「彼もまた、ギリギリですよ」

 

 高台から、もう一度貧民街の方に視線を送る。

 

「やから、余裕のある方がこれからのことを、今のうちに考えればいいんやないでしょーか」

 

「————」

 

 決してジャイブと視線は合わさず、独り言めいたトーンで吐き出す。

 

「——やはり、オマエの言葉は耳に障るな」

 

「僕も、『そっち』のあなたはいけすかないですよ」

 

 ジャイブの内面に言及しつつ、探り合いは互いに牽制し合うような形で一旦決着とする。

 

「アレは——エール・オイリアンテはオマエが止めるのか。ん?」

 

「ええまあ、やるだけやりますよ」

 

「なら、騎士たちは退かせてやる」

 

 眼下で、剣戟を繰り広げる騎士たちにジャイブは交ざる。

 指示は速やかに行われ、陣営を組んでいた騎士は三十秒と経たずにはけていく。

 それが実現可能になったのは——、

 

「騎士団長殿、流石です。お強いですね」

 

 背後に降り立ち、その剣力をエールと拮抗させているジャイブに声をかける。

 

「——せやけど、強いだけやあかんねやろ」

 

 エールには勝てればいいという話ではない。

 ——その条件はしっかりと頭に入っている。

 

「——っあぁッ!」

 

 ジャイブが、身軽なエールを弾き飛ばす。威力を殺しきれなかったエールは建物をぶち抜いて見えなくなるところまで行く。

 

「お爺ちゃん姿を見るのは、初めてですかね」

 

「人間誰でも老いる。驚くようなことではない。——ただ、剣の扱い方が気になった」

 

「というと?」

 

「過去の荒々しい——『獰猛犬』と呼ばれていた時代の剣筋を感じる」

 

「あらま」

 

 人間には全盛期というものがある。

 エールの全盛期は、おそらく『獰猛犬』と呼ばれ、何もかもに噛み付いていた時代がそれに当たる。

 その時代の彼に面識はないが、今でも軍の中で話題に上がるような存在だった。

 斬るのではなく叩くような剣捌き。芸などなく、しかし、ただひたすらに強い。

 それだけならば、まだ良かった。

 

「ぬ」

 

 エールと打ち合った剣に罅が入り、砕け散る。

 『核心闘法』と呼ばれる技能で、後年の彼は老いを埋めるように、それを学んでいた。

 『獰猛犬』の時代にはなかった、技術力が今は組み合わされているのだ。

 

「————」

 

 噴煙から、煤に汚れた老人が眼光をギラつかせて現れる。

 双剣を携え、その二振りに収まりきらない暴力性が滲み出ていた。

 

「厄介なもんがインプットされとる」

 

 エールの凄まじい気力に圧倒される。

 

「オマエじゃ勝てない。オマエもそう思うだろ。ん?」

 

「思うてます。でも、勝ち負けの問題やないんです。勝負は、やりたい人が勝手にやっとけばいい」

 

「不愉快な答えだ。オマエらだけの王国じゃない。オマエが負ければ被害が他所に及ぶんだ。ん?」

 

「そのために、あなたが動いた。——だから、騎士たちを退かせた。もう終わったことですよ」

 

 それはジャイブも理解している。

 しかし、彼は確認しておかなければならないのだ。

 ——国への忠誠を、証明し続けるために。

 

「お互いに難儀なのは承知です。せやけど、その上での話は未来の話や。今はただ今を生き、今を越えなあかんのや」

 

 ただいまは真摯に、メレブンは語りかける。

 納得も共感も必要なく、そこに利害だけがあればいい。——そして、その要件は満たしている。

 

「——些かながら、愉快な答えではあるか」

 

 まるで『人』が変わったかのように、棘の取れた口調でジャイブが矛を納めた。

 

「些かもお膳立てはしない。——未来のことは、私が考えておく」

 

「よろしゅう、頼んます」

 

 お辞儀をして顔を上げると、そこにもうジャイブはいなかった。

 彼は立派だ。メレブンなんかよりよっぽど。

 だからこそ、その点においては信頼できる。

 

「——ジジイ待たせて、くたばったらどうするんじゃ」

 

 研ぎ澄まされた眼光と周囲を傷つける荒々しさ。老人とは思えない活気に満ちた、エールが様子見を終わらせる。

 

「むしろ、何でくたばってへんねんが正解やろ」

 

「それもそうじゃな。驚くべきことに、まだこの世にいることを許されとるらしい」

 

 すっかり雰囲気の見違えたエールが、白髪を撫で付けながら不思議さを語る。

 

「そうみたいやな。そんなら、その再び得た天命であんたさんは何を望む?」

 

 どこから仕入れたのか分からない双剣を構えて、エールはかつてのように獰猛に笑う。

 そして、

 

「決まっとるじゃろ。全部ぶち壊しじゃて」

 

 『獰猛犬』エール・オイリアンテは、飢えを満たすように剣嵐を踊り始めた。

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