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暁の史記  作者: 焚火卯
三章
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第四十六話『駆けて来る』

 ——息をつく間も無く、転移は災いのように降りかかる。

 

「————」

 

 魂だけが先行し、遅れて意識が、剥き出しになっていた魂に再度上塗りされる。

 流石のアレキスも、すぐ出来事に追いつくことは難しかった。

 

「転移……か?」

 

 足元を見つめていた顔を上げて、辺りを見渡してみる。

 まばらに焦げ黒色の木が倒れており、本来なら生えているはずの青々とした葉は見当たらない。

 まるで、この林で大火事が起こったかのように。

 

「——あァ? なんだここはァ」

 

 背後から、粗野な声が怪訝そうに歩いて来る。

 振り返ると、粗野な声から想起される以上の凶暴な三白眼と目が合った。

 

「おォ、テメェもいたのかよォ」

 

 それはこちらに気づくと、三白眼をいくらか丸めて走ってきた。

 

「早速で悪ぃが、ここはどこだァ? 実は前後の記憶があんまりねェんだわ」

 

 困惑気味に三白眼を下げた——ラジアン・フォーミュラは、聞き流せないことを言いながらアレキスの肩を叩いた。

 

「記憶がない?」

 

「まァな。つっても五分十分程度だ。——頭を潰されたら、ポンポン抜けちまうんだわ」

 

「潰されたのか?」

 

「だァから、その記憶がねェんだよ!」

 

 『呪隷』として脅威の再生力を得たラジアンは、頭を潰されても再生できるらしい。

 その弊害として記憶が少し消えてしまうそうだ。その弱点はかなり悪用できそうだが——それはともかく。

 

「どこまで覚えてる?」

 

「……ネイアが降参したところぐれェだな」

 

「なるほどな」

 

 ラジアンの最後の記憶から、ネイアを相当に追い詰めていたらしい。

 逃走ではなく降参を選んだということは、ラジアンは転移封じを成し遂げた。そう考えると、頭を潰されたという事実はそこまで重要ではない。

 転移を使ったのが、ネイアではないということだ。

 候補は四人——レーア、ダイス、アメリ、マルティ。

 だが、それ以上の考察はここから進まない。ダイスの封印問題、アメリ、マルティの内通者問題など、聖地にいた時より情報が圧倒的な増えたわけではないのだから、無論、解決などできない。

 強いていうなら、レーアの可能性は低いとは思っている。

 

「ともあれ、突っ立ていても仕方がない。一応聞いておくが……冷静に見渡してみて気づいたことはあるか?」

 

「ねェな。見覚えってならあるっちゃあるが、こんな林どこの国にもあるだろうからよォ」

 

「そうだな」

 

 林なんて各国にいくらでもある。

 木の葉のつき方や平均的な高さ、土壌の湿り気、生息する生物の気配などから特定しようと思えばできなくもないが——、

 

「ノンダルカス王国と、ファミルド王国が鬼門だな」

 

 地理的にも生物分布的にも、非常に似通っている国なので、それこそ地質学者や生物学者レベルの知識がなければ、特定はできない。

 とはいえこの二つに絞り込めているだけでも大したものではある。

 それはアレキスの知識が豊富ということ以外にもあった。

 気配繰り。

 それを扱えるアレキスは、気配を根拠の一つとして挙げることができた。

 ただ——、

 

「どちらの気配も強い」

 

 いまいち特定しきれないのは、二つの気配が入り交じってるせいだ。ノンダルカス王国と言えばノンダルカス王国だし、ファミルド王国と言われても違和感は全くない。

 だが、国境沿いだからという、単純な交ざりあいではないのだ。要因の一つではあるが、もっと比率の大きななにかが——。

 

「交戦」

 

「なんだァ?」

 

「焼け跡は、戦いの傷だ」

 

 回りの焼け跡はただの火事じゃない。誰かが、ここで戦っていたのだ。

 ならば、誰が。

 

「ここがどこか分かったかもしれない」

 

「———! マジかよォ!」

 

「だが、根拠がない。——だから、探すぞ」

 

「探すって……ちょっ、おォい!」

 

 駆け出そうとするアレキスに、ラジアンはまだ置いてけぼりだ。

 今は一刻が惜しいので、アレキスは端的に指示を出す。

 

「穴もしくは窪みを探せ!」

 

 思い出すのは、それはたった一、二ヶ月でも、なんだかとても遠く感じるほどの話。——アレキスたちが、ファミルド王国に赴くことを決めた頃まで遡る。

 フレン・ヴィヴァーチェを取り巻く諸問題にひと段落がついたとき、一つの報告書が届いた。

 それは、シストル村の近隣の野営地の消失。

 それと同時に、モルトから似たような異変の話を聞き入れた。

 その異変の下手人に関しては、ダイスから既に解を出されているので割愛するが、重要なのは何がロストしたかだ。

 野営地にいたノンダルカス王国の軍人、およそ三十名。林に侵攻した、ファミルド王国の騎士、およそ三百名。

 前者はポーコに、後者はフレン・ヴィヴァーチェによって殺された。

 

 その死体は『魔法国家』に回収されて、『再現者』として利用された。

 どちらとも、全くの偶然だがアレキスは邂逅している。

 だからこそ、思い至りやすかったのかもしれない。

 ここは——、

 

「フレン・ヴィヴァーチェが、一度終わった戦場だ」

 

 彼女は世界に裏切られ、この地で入水自殺を選んだ。

 しかし、川の激流に流され、シストル村付近まで来たところを——アレキスが引き上げたのだ。

 ならば場所は川の付近。そして——、

 

「林道からそう遠くはない」

 

 又聞きだが、窪地の存在をモルトに話した商人は、林道から中を覗きに行ったらしい。だが、そんなに深く潜ったとは考えにくい。

 それなら、林道からそこそこ近く、川の付近と考えると——、

 

「見つけた」

 

 火事の余波が感じられる炭木に囲まれて、大きな大きな穴が開かれていた。

 

「これがテメェの探してたやつかよォ」

 

 後ろから少し遅れてラジアンが到着する。手分けして探すぞと意を込めたので、ここにいるのは、些かおかしいと思ってしまうが、

 

「あんな確信しましたってツラみたらァ、追いかけるだろうがよォ。で、それをして結果オーライってわけだァ」

 

「その言葉、俺はあまり好きじゃないな」

 

 そう言いながら、アレキスは窪地に視線を戻す。

 シストル村の野営地と違って、こっちは穴がまばらに空いているのが特徴だ。だが先ほども述べたように、そこは本質的ではない。

 

「なんだって、ボコボコ穴ァ空いてんだ……ァん?」

 

 ラジアンが異様な光景を観察していると、何かに気づいたように喉を鳴らした。

 

「あっこにいるのは、ハゼルのおっさんだよなァ……? いや、おっさんだな。来てたのかァ」

 

「——悪趣味だな」

 

「あん?」

 

 ボソッと呟きながら、アレキスは窪地の縁で膝をついているハゼルに近づく。

 

「ハゼル」

 

 名を呼ぶと、彼の虚ろな意識が回復し、こちらと目が合う。

 大丈夫ではないが、重篤でもないようだった。

 

「アレキス……。ラジアンも来ていたのか」

 

「一回散っといてって感じだがなァ」

 

「違いない」

 

 聖地に乗り込んでからは別行動を選択したはずなのに、一時間と経たずにまた集合してしまった。

 ハゼルは苦笑しながら、緩やかに立ち上がる。

 

「すまぬ、探させたか?」

 

「いや、オレァ別に。コイツがなにやら気づいたっぽくてなァ。——ここは、いってェどこなんだ?」

 

 シンプルな疑問をラジアンが投げかける。しかし、答えにくい質問だろうとアレキスが代わりに前に出るが、

 

「よい。これは我の口から説明するべきだろう」

 

「そう決めたのなら、そうしろ」

 

「感謝する」

 

 ハゼルの意思を立てて、アレキスは身を引く。

 

「ここは、ノンダルカス王国とファミルド王国の国境近くである。我は一月ほど前ここへフレン・ヴィヴァーチェを殺しにきた」

 

「へェ、あの女を。オレもその辺はレオーネから薄く話を聞いたがァ……。正直、おっさんが勝てるビジョンは見えねェな」

 

 フレン・ヴィヴァーチェの殺害が世界の総意だったのだから、あの一件はノンダルカス王国内で完結しない。

 深い事情までも計れなくとも、レオーネならば情報にある程度アクセスできる。その近くにラジアンがいるなら、伝え聞かされていても変ではない。

 それでも、薄くと形容詞を付けるあたり彼の性格が出ている。本当に大して聞いていなかったのだろう。

 

「実際、手も足も出なかった。引き連れた隊——三百人は首を刎ねられた。——我だけが生き残った。フレン・ヴィヴァーチェが自ら死を選ぶことでな」

 

 まだ記憶に新しい敗戦の記憶をハゼルは告白する。

 あそこでフレン・ヴィヴァーチェがもし本当に死んでいたならば、ハゼルは世界の英雄として持ち上げられていただろう。

 彼にその器量があるかどうかは、ここではあえて論じないが。

 

「だが、フレン・ヴィヴァーチェは生還して、おっさんも流れて流れてここまでってことかよォ」

 

 フレンが川に投身したことを含めた比喩ではないが、彼女は流れ着いた場所で己の価値を再定義した。

 ならば、ハゼルは——、

 

「——そうであるな。そして、過去は我の流れを後追うた」

 

 敗北も敗戦もうたかたとして押し流された。

 しかし、ハゼルはここにいる。

 それはまさしく運命に定められていたのだ。フレンヴィヴァーチェと出会った——否、きっとそれよりももっと前に。

 

 ——小さな因果の泡が、今の運命を形成する。

 

「長話はここまでであろうな」

 

「——ッ!」

 

 突然に発生する無数の気配に、ラジアンが毛を逆立てる。

 本能で、さらに『気配繰り』を習得した彼はその数正確に集計できるだろう。

 

「——三百ってとこかァ」

 

「すなわち、我の罪咎」

 

「まさかッ、おっさん……ッ」

 

 鈍いラジアンにも、彼がなぜ過去の出来事を、この場で何が繰り広げられたかを語ったのか察しただろう。

 この三百は、フレンが斬り伏せ、ハゼルが殺したファミルド王国の騎士の数と一致する。


「アレキス、ラジアン。どうか、ここは我に」

 

「お前の選択に俺が口出しする権利はない」

 

 ハゼルが過去を話し始めた時点で、アレキスの選択は決まっていた。

 彼がそれを選ぶのなら、アレキスはそれを妨げない。

 

「だが、おっさん! この数ァ……」

 

「一人で三百だ。相手の戦力の一角を、一人で抑えられる。それ以上のベストがあるか?」

 

「三人でやりゃァすぐ済むだろうがよォ。おっさんの過去なんざオレにとっちゃ知ったこっちゃねェんだ」

 

「その意見はおおよそ正しい。ならば、質問を変えよう。——貴様は、いったい何のために戦っている?」

 

「……ァ?」

 

 ハゼルの問いかけにラジアンは鼻白む。ポッと頭に空白が生まれて、そして——、

 

「我は今、この時のために闘っていた」

 

 ラジアンが答えられずにいた隙間に、ハゼルが自分の理由を話した。

 しかし、ラジアンはまだ理由を答えられない。

 

「貴様の理由はここにはない。だから、ここにいてはならない」

 

「……ッ、オレァ。——ぶ」

 

 ハゼルの眼光に視線を逸らしたラジアン。——それを不意打ちして、アレキスが剣で彼の頭をかち割った。

 

「彼相手であっても、いささか暴挙であろうな」

 

「今は一刻が惜しい。——それだけでもないがな」

 

 頭のかち割られたラジアンを、アレキスは担ぎ上げる。

 どうやら、頭を潰すと他を潰した時に比べて再生が遅いらしい。記憶も飛ぶと言っていたが、今回は右脳と左脳を繋ぐ部分を断ち切っただけなので、記憶に影響はないかもしれないが——それはともあれ。

 

「こいつが必要な場面はやってくる。その時にこいつが望むパフォーマンスをしてくれるかは、また別の話だがな」

 

「しかし、それを疑ってはいないのだろう?」


「少なくとも、今はな」

 

 何を考えているのか、何を映し出しているのか分からない瞳で、アレキスは身を翻した。

 アレキスならば、三百だろうと三千だろうと包囲網から抜け出すのは容易いだろう。

 

「一つ、言い忘れたことがある」

 

 背を向けたまま、アレキスが口を開いた。

 

「過去とは向き合えるうちに向き合っていた方がいい」

 

「アレキス、貴様は……」

 

 振り返るとそこにもうアレキスはいない。

 寂寥だけをのこして、アレキスは姿を消した。

 

「不思議な男だ」

 

 悪人ではなく、かといって善人ともいえない。雲隠れするまでもなく、掴みどころの乏しい男だ。

 ともあれ——、

 

「——待たせて悪かった」

 

 『黒零』を持ち上げて、ハゼルは震える心を引き締めるように歯を見せた。

 

「貴様らの駆け込み稽古。このハゼル・ルーメイトがしかと受け止めよう」

 

 三百の純心な殺意の真ん中に、ハゼルは躍り出た。

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