第四十三話『I’mitation』
「堕ちたか……」
下座で展開されていたレーアたちの戦闘は、レーアが『星王の啓示』に支配されて敗着となった。
彼らがレーアを欲するとは一つの可能性——それも大きい割合で考えてはいたが、
「どういう使い方をするのか見ものなのだよ」
転移も万能ではない。レーア一人、メレブン一人、それだけで状況は大きく変わらない。
ダイスは首謀者が故、王国のことも聖地のことも、今どうなっているかは把握している。
しかし、相手はそうではない。誰が来ていて、どこに転移させられているのかは分からない。致命的なのは前者か。
もっとも、
「あのプリズムの少女がなんとか……っと」
四角く切り出した土のキューブに乗って、ダイスは目の前のプリズム——ルステラから距離を取る。
まずは暴走列車と化した彼女をどうにかしなければならない。
彼女の激情は嬉しさ半分、勘弁半分だった。
なりふり構わない彼女は、有体に言えば強すぎる。考えなしは敵じゃないが、激昂しながらも彼女は高い水準で賢明さを残しているのだ。
これ以上、厄介な性質がどこにあろうか。
「——さっき攻撃を当てたのはマズったのだよ」
転移してくる時、ダイスはルステラに不可視の攻撃を当てた。
——ネイアの魔法をパクったのだ。
あれは本来ネイアにしか扱えない代物で、故にダイスが扱えば模倣品になる。
それでも本質的な部分は利用できると踏んでいたのだが——、
「まさか、一回でたどり着くか」
事前に見ていたのもあるだろうが、一度受けただけでルステラは答えにたどり着いた。
あの時、激昂に正常な判断が隠されたと踏んでの攻撃だったが、少し早とちりしてしまった。
もしくは、顔面を撃ち抜くのではなく陥没させていれば——、
「本末転倒なのだよ」
ダイスの見たいものが、一生見れなくなってしまう。それは避けたい。
もちろん『再現者』を用いる方法もあるが、あんなのは所詮紛い物。
ダイスは本物を求めてここまで走ってきたんだ。
「アル・ファナー」
先ほど変更したドメインに一般的な詠唱を組み合わせて、魔法を実行する。
蒼炎が足元の土のキューブから、ルステラ目掛けて射出される。
しかし、彼女はその炎上に土の礫を散布し、走りながらダイスに蹴りをぶち込む。
「——ふむ」
ダイスは水のバッグを作って蹴りの威力を弱めようとするが、水の中でも蹴りの速度は変わらず、避けるなんて身体能力を有していないダイスは蹴りにぶち抜かれる。
ダイスは顎に手を当て思案しながら、地面をもんどり打つ。
「『不変』や『保存』、『無効』辺りに類する何かな気がするのだよ」
色々と試してみたが、ルステラの『歪』はその辺りだろうと考察する。『加速』の線もあるが、それは前例があるので微妙なラインだ。
ダイスは『歪』とは固有のモノと考えているので、同じ人間がいないように、『歪』もまた同じものが発現することはない。——もっとも、仮説ではあるが。
「それよりも、なのだ」
ダイスは顔面で地面を削りながら目視せず、指を鳴らす。
すると大気の震撼と共に轟音が鳴った。
——水蒸気爆発である。
蹴りを防げなかった水のバッグと、乗っていた土のキューブ——その外殻に隠された内包される熱球が反応したのだ。
だが、そんなことはどうでもいい。元より殺せるつもりはないし、殺すつもりもない。
それよりも——、
「ワタシにも『歪』が発現しているはずなのだけれどね」
傷のない身体で立ち上がり、ダイスは思惟する。
いまだにダイスは自身が得た『歪』が何なのか分かっていない。
もしかしたらプリズムの身体を得た時に、天啓のように知らされるかもとも思っていたが、世界はそう甘くないらしい。
「もっと、論理の外側へ」
『歪』とはその名の示す通り、理を歪めているのだ。プリズムとヒトとでは生まれながらに視座が違う。
後天的なプリズムという特異なダイスがその視座に到達するには、同じ発想でいられない。
さっきの爆発も論理的すぎた。もっと柔軟に、もっと自由に——。
「世界を転回させるのだよ」
決意を満たし、己の魂を鼓舞する。
「ワタシはダイス・アル=ジェブラなのだから」
爆発の影から、白髪の麗人が姿を現す。その清流のような蒼い瞳を、ぐつぐつと滾らせながら彼女はこちらを見る。——片方を失っていても。
「左眼を捨てたか。その躊躇いのなさは尊敬するのだよ」
彼女は治癒魔法を使えるが、むしろ半端に使えるが故に、自分で治せない度合いの怪我を避けたがるのは魔法使いあるあるだ。
その躊躇いがルステラにはない。それはクレバーであるとも言える。
——それでは、いけない。
「出目の再抽選が必要なのだよ」
そのためにも、至急『歪』を解き明かす必要がある。
それの如何で出来ることの範囲が変わってくのだ。範囲が変われば方針も変わってくる。
発想の源から常識を除外しろ。
「魔法とは何か」
左眼の欠けたルステラはインファイトでは分が悪いと判断し、中距離攻撃にシフトする。
四色の魔法が次々と飛んできて、ダイスは的確に対応する。
ちなみにダイスはプリズムに変身する際、自らの魔法の波長を弄って適性を増やした。とはいえ、何でもかんでも出来るようになったわけでもないが。
事実として、ネイアの魔法はそのままでは御しきれない。
「火、水、風、土」
順繰りに描いてダイスは、魔力に奇妙な繋がりを見つける。
魔法は実行した時点で手ずから離れている。もちろん魔力を繋げてか細いコネクトを継続することはできる。
——それとは、また別種のもの。
魔法の実行がまだされていない——否、実行した後の、再変——、
「————」
遠くでメラメラと燃焼している炎。その火の粉が風に乗って、ルステラの周りに舞う。
ダイスはその繋がりを捕まえて——、
「アル・ファンクション」
固有のドメインを用いて、新しい魔法を——否、『歪』を扱った。
小さな種火が、景色に埋もれてしまうような火花が、直後、灼熱となって万物を飲み込む。
ダイスの『歪』は、
「魔力の任意の出入力」
すなわち——『関数』。
魔法における自己を中心とした考え方はもういらない。中心から見上げていた円環の外側から、ダイスは魔法を使用する。
「————」
両手に深い火傷を負ったルステラが、炎の中から転がり出てくる。
その止まったところの地面を陥没させて、ルステラを落とす。そこを水で満たし上から石杭で串刺しにした。
石杭を操作し地面を掘り進める。それは、何もルステラへの攻撃だけではなかった。
「下は限りがあるか」
掘り進めてもずっと手応えがあり——下側はループの対象になっていないと判断する。
ループ。
練兵場が上にも奥にも手前にも、空間が無限に続いているのだ。天井を壊せばまた上に誰もいない練兵場が。壁を壊せばまた奥に誰もいない練兵場が。
すなわち、空間のループ。レーアが連れていかれる間際にやった小細工だ。——メレブンの入れ知恵だろうが。
つまり、セーラ、ネイア、ダイス、ルステラは果てのない空間に閉じ込められているのだ。
だが、それは何も悲観ばかりではない。むしろ、ダイスにとって都合がいい。
自らの『歪』を活かせるフィールドなのだから。
「————」
足元が地鳴りと共に割れて、そここから炎刃が飛んでくる。
ダイスは石杭から伸ばしたツタで地割れから飛び退いた。その時に落とした火種に魔力を込めて、逃げ場のないルステラを焼き焦がす。
タンパク質の焼ける臭いが漂い、よもや死んだのではと疑ってしまうが——、
「———っ!」
ダイスの背後を取ったルステラが熱線を放つ。留まらせた空気に魔力を入力し、ルステラを吹き飛ばしたが、熱線はダイスの右肩を撃ち抜いた。
飛んでいくルステラを見れば、彼女の腰ほどまであった髪が、肩口ぐらいまで切られている。
「『歪』を用いて即席の盾にした、といったところか」
彼女の『歪』の方向性も大方分かってきた。
左眼を失い、髪を切り離し——まだ彼女は切り札を使わない。
あるいは、それはダイスの勝手な思い込みで、切り札を持っていないのか。
「——それもあるから怖いのだよ」
肩をすくめようとするが、右肩が撃ち抜かれて上がらないので左肩だけで示す。
全てが空回っているパターンも往々にしてある。
「その時は君に進化してもらうとするのだよ」
求めるものが手に入らないなんてつまらない結果はナンセンスなので、何とかして新たな未知の果実を実らせてもらうしかない。
ルステラを吹き飛ばした風に水滴を乗せて、彼女を撃ち抜く散弾に変える。
彼女は炎の膜を展開し霧散させようとするが、ダイスはさっきの風を流用して、散弾に即席の保護膜を纏わせる。
彼女は咄嗟に体勢をずらすが、散弾は狐耳全体に穴を空ける。
「————」
感覚が鋭敏な耳を撃ち抜かれ、反射的な涙で彼女の右目が潤む。
痛みに頬を押さえながら、彼女は雑に土砂を波状に流した。
眼前に転移を入力し、それをいなす。
上に逃げなかったのは、彼女の意識を出来るだけ下向きにしておきたかったからだ。
「アル——いや、いい」
詠唱を口に出し、ダイスは中断する。ここは耐え忍ぶことを選んだ。
土砂の中で立ちすくんでいると、潜航してきたルステラの踵に鼻面を粉砕される。
しかし、身体はあるべき物理法則を無視し、その場から動かない。
ルステラは踵を引っ掛けて、跳んで、空で身体を捻りダイスの肩に両足を乗せた。
——命に手がかかった。
それを感じて、ダイスは不敵に笑う。
「——君がどれだけ望めども、ワタシは決して滅びない」
ダイスの肩に乗るルステラが、上を見上げて息を詰めたのを感じた。
動かない身体で、ダイスも同じように見上げることはできない。
それでも、上から招来する青白い輝きは、爛々と滾るガラス玉に乱反射する。
「さあさあさあ、ワタシの『歪』は君に新たな天地を齎すか!?」
——恒星が、堕ちてくる。
「ダイスは散弾の変数を変えて、風の刃に変換した。」ここは原理が難解すぎるので、後の展開も鑑みて修正しました。




