第百話『存暁無益』
まとめを除くと、これが百話目です。
——あの日、血濡れの少女は武器を取った。
母と父を守れないだけの力で、全てを救おうと誓った。
その選択は間違っていなかった。
たくさんの出会いがあり、それが幸福となり、空虚だった私を満たしてくれたんだ。
——暁のように燃ゆる私の身体が、強かに水面を打った音を、今も忘れずに思い出せる。
もうこれまでだと悟り、諦め、身を投げ出した。自分の人生に価値なんてなかったんだって思い知った。
生きて、生き足掻いて、その結果が——報われない。
でも、その潰えたはずの物語の先で、私は私になれた。——フレン・ヴィヴァーチェになれた。
私は私のまま、ここにいて良いんだって気づけた。
生きてて良かった。生き足掻いて良かった。武器を取り、剣を握ったフレン・ヴィヴァーチェの先に幸せはあったんだ。
——じゃあ、それを選ばなければ、幸せになれなかったの?
「——七年ぶりだな。里帰りにしては、かなり突飛にはなったが……」
ブラギ村にいると気がついてすぐは取り乱したが、どうにも出来ぬと理解できれば心の波紋は消えていた。
今はフレンの動くターンじゃない。
むしろブラギ村を散策し、フレンは過去に思いを馳せる。
ブラギ村の『魔獣強襲』で死者数は村民軍人ともにゼロだった。
フレンが救った。
それでも、村の壊滅は免れなかった。家屋は破壊され、七年経った今も復興の兆しはない。
村民のその後を、フレンは十四か十五の時に聞き入れた。
難民となった彼らは、何かに突き動かされるように、ほとんどが自ら命を絶ったらしい。
『そうか』と、不思議なことに大した感慨は湧かなかった。
だが、それでも生まれ故郷である村が、ずっとこう荒廃していることには痛痒を覚えなくもない。
「——ただいま」
辛うじて残る塀を跨いで、フレンは敷地に入る。
フレンの家は村のはずれにあったため、最も魔獣の被害を受けた。当時のまま残されている。
草が繁茂し、過去を風化させるように軒を彩っていた。
あの日を偲び、フレンは祷る。
父母は王都郊外の墓に埋葬された。
——私はまだ、一度も行けていない。
フレンは『禁域』から無意識に目を逸らし、村の中心部に歩いていった。
何度も通った道だ。舗装されていないのに、恐ろしいほど歩きやすい。
自然と弾むように動き、感情の乗った足元が地面を色付ける。——それが不意にピタッと止まった。
少女がそこにいた。
その少女は足を止めたフレンに気づいたかのようにこちらへ振り向いて、齢十の少女が内包するには激しすぎる感情を背負って口を開いた。
「あなたは、誰?」
その一言目にフレンは面食らって、すぐに拒むことのできない理解が瞳を揺らす。
彼女は、あの日の血濡れの少女と瓜二つ。
——だけど『フレン・ヴィヴァーチェ』じゃない。
しかし、彼女の問いかけは自己の定義が為されているが故の、他者への関心だ。
その根幹を揺らがせる残酷さを、目の前の『再現者』は強いてくる。
それは殺人よりも惨たらしく、冒涜よりも悍ましい。
しかし、通告しなければならない。フレン・ヴィヴァーチェはこの世に一人だけだ。彼女は決してフレン・ヴィヴァーチェにはなれない。
だって私が、私だけが——、
「フレン・ヴィヴァーチェ」
「————」
「だから、お前を殺さなくちゃいけない」
フレン・ヴィヴァーチェになれない血濡れの少女の生に、意味なんてないと私は言い切る。
彼女の生に意味がないのなら、せめて私が終わらせよう。
——それがフレン・ヴィヴァーチェの使命なのだと定めて。
前後の繋がりぶち壊して第百話にしていますがご愛嬌ということで。次回は第四十三話です。




