少女の名前
監督官は不機嫌そうな、痩せた男だった。まともな服を着ているだけで、坑夫達とさほど違いがあるようには見えない。
適当な小屋で一晩過ごしたファルシオンは、監督官が腰に剣を佩いているのをじっと見ていた。とてもいい剣のようだ。
ジュニが監督官に、前日分の魔水晶を見せ、監督官は頷いていなくなった。ここからはなれたところに家があり、そこに住んでいるらしい。
「ああ、アディアだな」
ファルシオンはひとと話すのは苦手なのだが、今日も一緒に作業をすることになった年配の男に、昨日の少女のことを訊ねてみた。
男はつるはしで土を叩く。
「ジュニの娘だ。ここで生まれた」
「ここで」
「ああ。昨夜、話してただろう? ジュニは夫婦でここへ送られた。アディアはここで生まれた」
「いいんですか、子どもができても」
年配の男は頭を振る。「いや、普通はだめだ。とりあげられる。別の魔力坑へ送られるか、よくても修道院行きだな。だが、アディアは魔力がなかった。ジュニの妻が監督官に頼み込んで、アディアを手許に置いたんだ」
「それで……」
自分以外の魔力なしの人間を、ファルシオンは見たことがなかった。昨夜の優しい少女がそうだと知って、なんだか嬉しかった。
年配の男は項垂れる。
「今となっちゃ、ジュニの妻も後悔してるんじゃないだろうか。運よく修道院に送られていたら、自由になれたかもしれなかったのに」
魔力なしに自由はないと、ファルシオンは知っていた。だが、云わなかった。自分の境遇を語ることがいやだったのだ。
それからファルシオンは、判で押したような毎日を送った。
目が覚めたら、女達が用意している粥を食べ、監督官の見回りの間はじっと立っている。監督官が居なくなったら坑道へ這入って、石を運び出す係をやる。ファルシオンは身長が高いので、屈まないと通れないような場所のある坑道を行ったり来たりするのはつらかった。
たまに魔物が出るが、相手も賢くて、多少の食糧を得られたらそれでいいらしい。同じ坑道に這入る組の誰かが魔物用に干し肉やチーズを持っていて、それを投げるとおとなしく持っていく。人間が襲われることは稀らしい。ただ、魔水晶の傍に居る魔物は、凶暴なこともあるそうだ。
監督官以外は魔力がなく、魔法をつかえない。だから、怪我をしないように、と、ジュニに何度も注意された。
三日に一度、兵士がやってきて、魔水晶を持っていった。たまに、罪人をつれてくることがある。
魔水晶は、ジュニの指示で、見付けてもしばらく坑道のなかへ隠しておくことがあった。
魔水晶を運ぶ為にやってくる兵士には、気前がいいのとしぶいのとが居る。気前のいい兵士が来る時に魔水晶を多くしておくと、次にその兵士が来る時には穀物の大袋や酒の壜、魔物を追い払うのに必要な干し肉、布などが一緒なのだ。ジュニのそういう外交的手腕のおかげで、大勢の坑夫達が満足とまでは行かないが、食事をとれていた。