場にそぐわない少女
坑道はせまく、土埃で咽や目が痛む。
年配の男に指示され、ファルシオンは濡らした布で口許を覆っていたが、それでも咳が出た。
「魔法があれば、爆破して掘り進められるんだが」
年配の男は申し訳なそうだった。
ファルシオンはなんにもならない邪魔なだけの石を運び、坑道を往復した。休む時間はない。石をいれたかごは重く、それをひっかけてある天秤棒が肩にくいこむ。
意識がもうろうとしてきたところで、夜が来た。
「今日の作業は終わりだ」
年配の男が云い、罪人達は道具を持って外へ出た。ファルシオンはかごのなかの石を、石捨て場へ置き、年配の男へ訊く。
「夜は、作業しないんですか」
「ああ。俺達は魔法をつかえないからな」
「坑道に、たいまつを点していたじゃないか」
ファルシオンと同じ船でやってきた男が云った。何度も行き来したので、ファルシオンもそれは見ている。
年配の男は頷いた。
「ああ。だが、夜は魔物が元気になるからな。それに、魔水晶か、ただの宝石かは、日の光にあてるのが一番わかりやすいんだ。選別ができないと、くず石のなかに間違って魔水晶をいれちまうことがある。それをしたら死人が出る」
ファルシオンは口を噤む。死人が出るというのが、不首尾の責任で死ななければならないという意味だというのは、説明がなくともわかった。
「飯だよ!」
ひび割れた女の声がして、ファルシオン達はそちらへ向かう。坑道前に広場のようなところがあって、そこに幾つかの大鍋が用意され、粥が煮えていた。移動中にもらっていたものよりも幾分、濃い。
坑夫達が並び、ファルシオンもそれにならった。小さな茶碗に一杯だけだが、なにもないよりはずっといい。
湯気のたつ熱い粥を、ファルシオンはすすった。リーダーらしい男が声を張り上げる。
「食事は一日二回、朝と夜だ。鍋にあるだけだが、食べたいなら二杯目を食べるといい」
新人達が鍋へ群がる。ファルシオンも二杯目を食べたかったが、間に合わなかった。
もともと兵士だったとか、都でなにか商売をしていたというほかの男達とは話題もなく、ファルシオンは広場の隅のほうに立っていた。
坑夫のリーダーらしい男は、ジュニというらしい。顔は若く見えるのだが、せなかがまるまっていた。せまい坑道での長年の作業がたたっているのだろう。ファルシオンの印象どおり、まとめ役であるらしい。
彼は広場を取り巻くようにある掘立小屋を示した。
「家はどこでも、好きなのをつかってくれ。同じ坑道に這入る連中でまとまっておいたほうがいいとだけ助言しておく。それと、女達の寝起きしているのはあっちだから、あの道へは這入らないこと」
「女もここへ送られているのか?」
都で商人をしていたという痩せた男が云うと、ジュニは頷いた。
「先に云っておくが、俺は妻とここへ送られた。ここで子どもが生まれることもある。なにをしたかは訊かないでほしい。そうだ、それも云っておかないとな。なにをしてここへ送られたか、自分のことを話すのはいいが、ひとへしつこく訊くのは御法度だ。人間、誰だって喋りたくないことのひとつやふたつある。それに、俺達があまり親しくしていると、監督官さまがいやがる」
「監督官?」
ジュニは肩をすくめる。「今はここに居ないが、朝いらっしゃる。俺達が逃げていないことを確認して、前日掘り出した魔水晶をたしかめたら、監督官さまの仕事はお仕舞だ」
見張りが居るのは当然だが、ファルシオンは息苦しさを感じた。「だいじょうぶ?」
かすかな声に目を向けると、少女が居た。
脂っぽい濃い金髪で、緑色の瞳をしている。垢じみた顔だが、造作は整っていた。十四・五歳だろうか。中途半端に短い袖から出た手首が細く、今にも折れそうだ。
少女は不思議そうにファルシオンを見ていた。ファルシオンは口を半分開いている。どうしてこんな少女がここに居るのだろう、と思った。
「これ、あげる」
彼女はまだ中身のある茶碗をファルシオンの手へおしつけ、さっとはなれていった。「あの」
思わず声をかけると、彼女は振り返った。
「ありがとう」
彼女は頭を振り、先程ジュニが説明していた、女達が暮らしているところへつながる道へと這入っていった。