十七歳になった月
ファルシオンはハヴィーナ家中でもてあまされた。
以前のように放っておく訳にはいかない。ファルシオンは王子になったのである。しかも、宮廷から剣術指南役と魔導師、複数の従僕や近衛兵をつれて戻った。
しかし、待遇が劇的によくなることはなかった。
王が「王子らしい教養と品位を身につける為に」ファルシオンにつけた剣術指南役と魔導師は、宮廷をはなれて魔力なしの王子のお守りをすることをいやがっていた。
剣術指南役は酒浸りで、鍛錬と称しては丸腰のファルシオンを追いまわし、危うく殺しかけることが何度もあった。魔導師は魔導師で、魔力のないファルシオンに魔法をつかえと命じ、できないからと、理不尽にファルシオンの食事をぬく。
従僕や近衛兵も同じようなもので、宮廷で落ちこぼれた連中が体のいい厄介払いでファルシオンにつけられたのだ。従僕にしても近衛兵にしても、まともに仕事をしようとはしていなかった。近衛兵のなかには、魔法の練習を見せてやると、ファルシオンへ向けて魔法を飛ばしてくる者さえ居た。
宮廷からつれてきた人間はファルシオンの味方ではなく、ファルシオンには死なない程度に食事を与えて放っておけばいいと、ハヴィーナの人間は学んだ。
ファルシオンはそれでも、剣の鍛錬をし、つかえもしない魔法について学んだ。
王子の品位を落とさないようにと、宮廷で散々周囲に脅されていたのもあるし、ファルシオンは伯父とその息子を見てあこがれていたのだ。自分が努力すれば、いずれ父に認めてもらえるかもしれない。いずれ父に、立派な息子だと誉めてもらえるかもしれない。いずれ、宮廷へ呼ばれるかもしれない。
ファルシオンの伯父であるジャーデ辺境伯は、息子達を可愛がっていた。魔法をうまくつかえたといっては誉め、毎日素振りを頑張っているというだけで誉める。生まれ月には盛大な宴を催し、十歳になる頃には特別な剣を与えた。
そういうものすべてが自分にはないことを考えると、ファルシオンはおなかが痛くなった。
ファルシオンは一度も宮廷へ呼ばれることなく、ハヴィーナ家からも顧みられず、十五歳になった。
従兄弟達はファルシオンに「魔法での勝負」を持ちかけては、ファルシオンを追いかけまわして遊んだし、誰もそれを咎めなかった。従姉妹達も侍女達も、伯母も、それを見ると手を叩いて笑う。
ファルシオンがなにも持たない称号だけの王子だというのは皆、知っていたし、死ななければ宮廷からなにもいわれないことは明らかだった。だからファルシオンはいつも、ぼろきれのような服を着ていたし、食事もろくなものは与えられなかった。
のんだくれていても剣術指南役はファルシオンに剣技を教えてくれたし、ファルシオンは王子に相応しい振る舞いを心がけていた。
近衛兵と従僕の半分がいれかわり、あたらしくやってきた者達は、魔力がなくともたしかな剣の腕を持つファルシオンを尊敬し、慕うようになった。ファルシオンははじめて、ひとから尊重された。従兄弟達からも庇ってもらえた。
近衛兵や従僕達と心穏やかにすごせたのは、たった二年だった。
ファルシオンが十七歳になった月、宮廷から使者がやってきた。十七になった祝いだろうかというファルシオンのわずかな期待は、すぐに打ち砕かれた。
「ファルシオン・ハヴィーナに謀反の疑いあり。よって、ファルシオン・ハヴィーナの王子の称号を剥奪し、流刑に処す」。