宮廷でのこと
ファルシオンはある日突然、あたらしい服を与えられ、馬車へのせられた。馬車は不気味に揺れて、気分が悪くなるが、一緒に居る大人達が気色悪いほど優しく食糧を与えてくれるので、ファルシオンは吐いてもそれを食べた。生まれて初めて心ゆくまでなにかを食べた。
何度もの夜が来て、ファルシオンは馬車をおろされ、ハヴィーナ家の城の数倍も立派な城へ這入った。ファルシオンはただただ、その存在感に圧倒された。
ファルシオンは侍女達に体を洗われ、あたらしい服を着せられ、テーブルいっぱいの食事を好きなだけ食べていいといわれた。手掴みで食事する彼に侍女達は眉をひそめ、早速指導がはじまった。
食事は匙をつかってすること。文字を覚えること。つかえなくても魔法を学ぶこと。剣の鍛錬をすること。
ファルシオンが課せられたのは、王子としての教養を身につけることだった。病に伏した父王が、ファルシオンに王子の称号を与え、まかり間違っても王弟に玉座が渡らぬように工作していたのだ。
ファルシオンの存在価値というのはそういうものだった。
ファルシオンは必死に文字を覚え、魔法について書かれた本を読み、剣技を習得した。いつの間にか彼は第三王子になっていて、周囲から殿下と呼ばれた。
魔力の豊かな人間が多い王家では、魔法に関しての多くの書物を宮廷図書室に所蔵しており、王子達はそこで魔法について学ぶ。ファルシオンは魔力がないが、魔導師達の指導をうけ、本を読んだ。
魔法について学ぶには本を読むのが必須なので、文字を読めない王子などもってのほかなのだ。ファルシオンは魔導師達にひっぱたかれ、鞭で掌を叩かれて皮膚が弾けても、くらいついて勉強した。その日の分、きちんと学んだと判断されなかったら、食事がなくなるからだ。
剣技に関しても同じようなもので、宮廷の剣術指南役にしごかれた。木剣を振りまわしていたのは最初の数日だけで、すぐに真剣での打ち合い稽古に移行した。つらかったのは、指南役が「殿下は怠けている」と思ったら、稽古後に魔導師の治療をうけられないことだ。
魔導師にしても、剣術指南役にしても、魔力なしのファルシオンを軽んじていた。王子といえ魔力なしの人間の指導をするのを、彼らがいやがっているのは、ファルシオンには明白だった。
もともと彼らは、病に倒れた第一王子や第二王子の指導にあたっていたのだ。大きな魔力を持つ王子の指南役であることは、彼らにとって誇りだった。
ファルシオンは自分がきらわれていること、侮られていること、ばかにされていることに気付いたが、なによりも日々の糧を得ることが重要だった。
まず第二王子が、そして第一王子が快癒した。その間にいつの間にか病になっていた王妃はひっそりと息をひきとり、ファルシオンは母をひと目も見ることがなかった。
半年後、父王もまた床払いし、ファルシオンはハヴィーナ家の城へ戻された。だが、王子の称号がなくなることはなかった。父王が称号をとりあげなかったのだ。なにかあった時に備えて。