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それはお前のものだ




 音は聴こえなかった。嵐がそれをかきけしたからだ。

 マティブは何故アンシューを襲ったか、話さなかった。

 ただ、倒れ伏し、石榴のように割れたアンシューの頭を見て、ちょっと笑っただけだ。それからつるはしをほうりなげて、のみを掴んだ。作業道具は、その辺りに置いてある。アンシューが持ち込んだものもあれば、嵐ならば坑道のほうが安全だと放置されたものもある。

 マティブは黙って、魔水晶を掘り起こした。見事な手際だ。ファルシオンが数回、深呼吸する間に、そして、かすかに動いていたアンシューの体がまったく動かなくなるまでに、マティブは魔水晶を掘り出していた。


 それは、(てのひら)でぎりぎり包み込める程の、大きなものだった。紺碧に鈍く光り、膿のような色がところどころにまざっている。汚らしい、とは思わなかった。頼りないたいまつの明かりで見ても、それは綺麗だった。

「それはお前のものだ、ファル」

 マティブはそう云って、ぎこちなく魔水晶をさしだし、にやりと笑った。どことなく、親しみをこめようとしているような、けれどそれに失敗しているような、そんな表情だった。

 ファルシオンは、マティブの意図がわからなかったけれど、魔水晶をうけとった。ただ、こわかったのだ。目の前でアンシューを一撃の下に沈め、平然と魔水晶をとりだしたマティブが、おそろしかったのだ。

 マティブは子どものような顔でにっこりして、倒れたアンシューの体をふりかえり、もう一度つるはしを掴む。ファルシオンは今度は目を瞑ったので、マティブがなにをしたかは見なかった。




 マティブが、アンシューが用意した粗末なたいまつを手に、戻ろう、と云ったので、ファルシオンはそれに従うことにした。いずれにせよ、アンシューは死んでしまった。ここに長居する必要はない。

 右手で握りこんだ魔水晶が、脈打っているみたいに感じる。

 これを額へおしあてれば、魔力は増える。それは確実だ。だが、マティブに見られる。かりに、マティブと別れてから(今、マティブとは別の坑道で働いているから、寝起きする建物も別だ)つかうとしても、彼はファルシオンがその魔水晶を持っていることを知っている。ジュニへ報告しないことを不審に思うだろう。魔水晶を着服したことを監督官へご注進されてはかなわない。

 夜、寝床をぬけだしてどこかへ行っているとか、不自然に森へ這入っているとか、そういう話ではない。魔水晶の着服は、当人だけでなくほかの流刑人も危険にさらす。監督官がそれをどう思うか、ファルシオンだってわかった。――こいつは魔水晶の数をごまかした。ほかのやつがそれをしていない証拠はない。どうせ流刑人だから、補充するのに金もかからない。怪しいやつは排除したほうがいい……。


 魔水晶関連の()()()については、かりに監督官へ伝えたとしても、その人間が告げ口屋扱いされることはない。流刑人が「身をまもる」為の行動だ。それでしかない。

 マティブがたいまつを捨てた。嵐のなかでは、それは意味を持たない。持っていても仕方のないものだから置いていく。それだけのことだ。

 ほうりすてられたたいまつは、濡れた地面へ落ち、じゅっと小さな音をたてて光を失った。

「アンシューは、たいまつをつくるのが下手なんだ」

 マティブはなんでもないみたいに、云う。

「あいつは、魔法でなんでもしてたんだって。よく自慢してるよ」

 まだアンシューが生きているみたいに、アンシューを殺したマティブは、小さく笑った。「ファル、お前の小屋に行ってもいいかな? こんな嵐じゃ、自分の小屋へ戻れない。悪いけど、お邪魔させてもらう」

 あまりにもあっさりしたものいいは、ファルシオンから思考力を奪った。ファルシオンは頷いて、くらくてそんなものは見えないのだと思い、小さく、ごく小さく、はい、と云った。




 戻ると、ファルシオンは心配げな仲間達に迎えられた。嵐なのもあって、普段はそんなことをしないけれど、建物のなかで灯を点している。飲み水はうすよごれた桶に汲んであり、唯一の食糧であるチーズは布にくるまれ、あいたベッドへ置いてあった。

 ファルシオンはなにも云わなかったが、マティブが喋った。いつものような、どこか茫洋とした声だ。

「魔水晶をとらないと監督官がこわいだろ。おれは魔水晶を採ろうと思ってた。ファルも来たんだ。それで、ファルがこれを見付けた」

 ファルが持っている魔水晶を見て、仲間達は悲鳴みたいな声をあげた。それも、嵐でかきけされた。




 嵐は次の日も続いた。魔水晶は、チーズをいれていた布に包まれ、置いてあった。誰も近寄ろうとしない。誤って触れたら、と、皆おそれているのだ。すでに魔力を奪われた者達は、額に魔水晶をおしあてたら死ぬ可能性がある。近くに居れば、なにかの拍子でそうならないとも限らない。

 マティブは平然とチーズを食べ、水を飲み、のんびりとベッドへ横になっていた。いまいち年齢のわからない男だが、そうやって寝ていると、子どものように見えた。或いは、老人のようにも。

 普段からファルシオンと一緒に寝起きしている仲間は、マティブの平然とした態度に、ちょっとこわがるような素振りを見せた。同じ空間に大きな魔水晶があるのに、それを気にしていないことに、なんとも云えないおそろしさを覚えているのだろう。その感覚はファルシオンも持っているので、仲間達の気持ちは理解できた。


 ファルシオンは仲間達よりも多くのことを知っているから、余計に気味が悪く、余計にこわかった。マティブは顔色もかえずにアンシューを殺し、平然と魔水晶を掘り出して、ファルシオンに与えた。意図がわからない。自分が魔水晶をつかいたくてアンシューを殺し、横取りするのならわかる。単に、功名心で、というのも、理解できた。大きな魔水晶を手にいれたから、掘削担当にしてほしい、というのなら。もしくは、食事を増やしてほしい、とでもいうのなら。

 だが、マティブはアンシューを殺し、手柄はすべてファルシオンへ渡した。嵐がやめば、坑道にあるアンシューの死体が見付かる。つるはしで殴られたのは、見ればわかるだろう。ぬけがけしようとして落盤事故で死んだ、とか、魔物に襲われた、といういいぬけは、できまい。嵐だとしても、溶岩流へ運んでいってしまうべきだったと、今になって思う。

 マティブはなにも心配していないみたいに、穏やかな寝顔を見せている。彼はどんな罪でここへ送られたのだろうかと、考えてみたけれど、なにも思い付かなかった。




 嵐がやんだのはまるまる二日(ふつか)経ってからで、チーズと水(汲んだ水は足りなくなって、結局雨水に頼った)だけですごしたファルシオンは、空腹を抱えて外へ出た。外は、嵐のあととは思えないくらいに、整然としていた。なにかが散らばっているとか、壊れているとかは、ない。

 魔水晶をジュニへ持っていくと、彼は怯えた顔でそれを見た。ゼフトンが呼ばれ、魔水晶は調べられた。このところ出たもののなかでは、一番品質がいいらしい。

 アディアは父親とゼフトンのやりとりを横目に見ながら、多くの粥をファルシオンによそってくれた。


 その日も、仕事がなくなる訳ではない。魔水晶を掘り出したからって、なにかが免除されることはなかった。ファルシオンは相変わらず、クズ石を運んだ。

 例の坑道でアンシューの死体が見付かったが、誰もファルシオンやマティブを追及することはなかった。ジュニとゼフトンでマティブと話していたが、それだけだ。ファルシオンはなにも云われなかった。訊かれなかった。


 戻ってきたゼフトンは、小さな魔水晶を、のみをつかって丁寧に土をとりのぞき、とりだした。クズ石を外へ運び出し、戻ってきたファルシオンは、またクズ石をひろっている。ざるのなかへ、黙々といれる。

「マティブはいいやつだ。ファル」

 手を停めた。

 顔をあげると、ゼフトンは項垂れていた。表情は、ファルシオンからは見えない。ゼフトンは見もせずに、ひび割れた指先で、土を触っている。そこにある、欠片のような小さな魔水晶を、それ以上傷付けずにとりだそうとしている。その辺りの土は粘りがあり、ゼフトンの指にまとわりついている。

「不甲斐ないな」

「……え……」

「アンシューになにか云われたら、俺かジュニに報せろと云ったよな。俺達を信じてくれなかったんだろう」

 ファルシオンは口を噤む。ゼフトンにも、勿論ジュニにも、アンシューとのことは知られたくなかった。アンシューが、ファルシオンが第三王子だと知っているからだ。それを、仲間達に話されたくなかった。王家の為に延々と魔水晶を彫らされているひと達が、王子に対してどんな感情を持つのかは、自分がその立場にならなくてもわかる。


 ゼフトンは哀しげな目でファルシオンを見た。「マティブは、我慢していたがほかのやつが()()されたのを見てはらが立った、と云ってる」

 意味がわかって、衝撃をうけた。

 ゼフトンは小さな、爪程もない大きさの魔水晶を、首尾よくとりだした。




 クズ石を捨て、坑道内を綺麗にした。アンシューの死体は、数人で運んで、溶岩流へ落としてしまったようだ。マティブのしたことは誰も咎めない。マティブ自身も、もう忘れてしまったようだった。数日経って、マティブがどうして流刑にされたか、ゼフトンから教えられた。彼は弟が兵士に殴られ、殴った兵士を殺したのだそうだ。その弟も、死んでしまったらしい。

 それを聴いた日のことだ。いつもと同じくやってきた監督官が、ファルシオンを呼びつけた。いつもと違い、あの女をつれて。




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[良い点] 更新ありがとうございます [一言] 緊迫してまいりました!
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