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退屈だな




 アディアは、建物から出てきたファルシオンを見なかった。体の後ろに腕をまわして、外壁へ寄りかかり、足の爪先を見ている。

 きゅう、と、魔物の子どもが鳴いて、とぼとぼと歩いていく。なにかを見付けたようで、広場への道の近くでうずくまるようにし、前肢と鼻面で地面を掘り返しはじめる。

「ファル?」

「……アディア、ごめん」

「謝らないで。仕方がないの」

 アディアはファルシオンを見ようとしない。ファルシオンの謝罪で、魔法でもどうにもならないとわかったのだろう。アディアはそして、そもそも期待してなどいないのだ。彼女は失うことに慣れている。諦めるという言葉を知らなくても、諦めている。

 ジュニが出てきて、静かに扉を閉めた。アディアは父親をしっかりと真正面から見据える。「お父さん、お母さんのことはわたしが見てるから、心配しないで。大丈夫だから。なにかあったら、呼ぶね」

 ジュニはなにも云わず、小さく頭を振って、歩き出す。ファルシオンはアディアの手を一瞬握ってから、彼女の傍を離れた。魔物の子どもは、地面をずっと掘っている。

 退屈、と、アディアが低声(こごえ)で云うのが聴こえた。




 せまい切り通しのような道で、大勢の女達とすれ違った。ジュニと一緒に広場へ戻り、ファルシオンは、食事の時に大きな鍋を置く辺りで、立ち停まった。ジュニは黙って、すたすたと、坑道に二番目に近い小屋へ近付く。彼は一瞬振り向いて、ありがとう、お休み、と云い、小屋へ這入った。その言葉には、ファルシオンに対する配慮があった。ファルシオンを気遣っている、ジュニの心が感じられた。

 ファルシオンは、ふらふらと、森へ向かう。


 森は静かで、魔物がうろついていた。今夜は魔物の夜のようだ、とファルシオンは考える。魔物がよくうろついている日もあれば、まったく魔物を見ない日もある。魔物について、王子に相応であるべく勉強してはいたが、行動に波がある理由はわからない。魔力坑の傍で、魔力がこごっているからか、それとも島全体があたたかいからなのか。この島の魔物達が、よそよりはおとなしいように感じることも、行動が日によって違うことも、魔物の専門家ではないファルシオンには理由はわからない。

 世界のどこであってもはっきりしていることもあった。魔物を殺せば、人間は強くなる。


 魔物というのは、森の神と敵対するものだ。天の神がつくり、所在のわからない神が慈しみ、最終的に森の神がその腕に抱くことを承知した人間を、魔物は脅かす。

 魔物がどこから来たものかはわからないし、神々も語らないが、人間と敵対し、人間を害するものであることは間違いない。人間の最大の庇護者である森の神が、魔物をきらっていることも間違いはない。

 森の神はひとつ、人間達に加護を与えた。ひとつだけだ。人間が魔物を殺せば、その力が増す。


 魔物を殺せば、単純な腕力もだが、魔力がある人間の場合は魔力も増す。

 しかし、魔力は簡単には増えない。特に、ファルシオンのように、ごくわずかな魔力しか持っていない者は、それを伸ばしても、魔力の伸びには限界がある。

 そしてなにより、ここに居るエルブルやアーブルのような魔物達は、群れをつくっている。一頭を相手にして戦う、ということは出来ない。一頭と戦えば、仲間がぞろぞろとやってくるだろう。かといって、群れにならずにぽつんと存在しているスツールは、近寄れば毒の胞子を吹きかけてくる。コンフィチュールは不定形で、殺すのが難しい。危険を考えて、魔物と戦うことは避けていた。


 戦って殺せるかどうか、わからなかったというのもある。人間相手なら、ある程度は戦える自信は、ファルシオンは持っていた。剣でなら戦える。近衛兵という、王家の人間をまもる精鋭兵達と、訓練で戦って、負けることは少なかった。負けなしではないが、負け越したこともやはりない。

 だが、魔物を相手に戦ったことは、ファルシオンはなかった。だから、魔物を相手にして戦って、無事で済むかがわからない。体を癒す魔法はつかえるが、なんにでも有効な訳ではなかった。単純な怪我は癒せる。毒はだめだ。毒、化膿、そういうものにはソワンをつかう必要があった。そして、ファルシオンの魔力では、ソワンはつかえない。

 危険を冒すのは、いやだった。自分の為というよりも、アディアの為に。アディアをここからつれだす為に、簡単にくたばる訳にはいかない。

 だから、魔水晶をなんとかくすねようと思っていた。時間がかかってもいいから、と。自分達にはまだ、時間がある。

 だけれど、アディアの母には時間がない。

 アディアが哀しむのはいやだ。これ以上、彼女がなにかを失うことに慣れ、諦めてしまうのも。


 ファルシオンは息を吐き、素振りにつかっている木の棒をきつく握りしめた。アディアが手にいれてくれたものは、少し前に、折ってしまった。そのあと、握りやすく、かたく重たい木の棒を見付け、つかっている。

 エルブル達には、火の魔法なら幾らか効く。剣があれば切り刻めるが、ないものはない。殴るのでも、少しは効く筈。

「リュミエール」

 それだけで、魔力は相当失われた。ほんの欠片のような、小さな魔水晶ひとつでは、魔法を一・二回つかえばお仕舞の魔力を手にいれられるだけだ。

 だがそれもあるとないとでは天と地の差がある。

 ファルシオンははっきり見えるようになった視野に、ゆらゆらと揺れる、草のような格好のエルブルを捉えた。怪我を治す為に魔力を温存するか、とにかくこいつらを殺して魔力を増やすか、ファルシオンはほんの数瞬考えて、結論した。とにかくこいつらを殺す。殺して、魔力を増やす。アディアに喜んでもらいたいから。アディアにこれ以上、退屈などと云わせたくないから。




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