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魔物の子




 アディアの母は長く、伏せっていて、食事の準備にもほとんど顔を見せることはない。薬草や毒草にくわしく、虫下しなどもアディアの母が女達につくりかたを教えてきたそうだ。

 ファルシオンは、アディアの母の名前を知らなかった。ここではジュニの妻や、アディアの母としか呼ばれない。そういう罪人はほかにも居た。繕いものの女だとか、選別上手だとか、そういう呼びかたをされるのだ。

 今のところファルシオンにはそういう呼び名はなく、ただ「ファル」と呼ばれていた。それが、ファルシオンには新鮮で、嬉しかった。

 これまでは、殿下だとか、ファルシオンさまと呼ばれていても、敬われている、尊敬されているという感覚はなかった。なにかを指さして「あれ」というような呼ばれかたしかしてこなかったのだ。

 それと比べて、ここの流刑人達は、ファルシオンをファルシオンとしてみていた。余分な、王の子どもであるとか、第三王子だったとか、そういうものが介在しない。それが、ファルシオンには気楽で、心地よかった。


「ファル、一緒に来てくれない?」

 夕食後、アディアが魔物の子どもを抱えてやってきた。

 少し前に、坑道のなかで親とはぐれ、泣いていたやつだ。黒と茶色をまぜたような色で、四つ足で、首がふたつある。可愛い見た目ではないが、可愛い声できゅうきゅうと鳴いて、このところアディアのまわりをうろついている。

 落盤事故の時に、どうやら親が死んだらしい。ファルシオンは生き埋めになってしまってなにも記憶がないのだが、魔物の死骸がしばらくあとに掘り出されたと聴いた。それが、四つ足で首がふたつある大きな魔物だったらしいのだ。

 魔物の子どもは、親を失ってどうしようもなくなったのか、坑道からさまよいでてきた。殺してもなんにもならない、というか、魔物を怒らせると仲間を呼ぶこともあるので、流刑人達はそいつを放っている。そいつはどういう訳だかアディアになついていて、彼女についてまわった。

 ファルシオンがアディアへ近付いていくと、魔物の子どもは嬉しそうにきゅうきゅうと鳴いた。アディアの次に、ファルシオンになついているのだ。

「どこへ行くの?」

「この子の食べものを、とりに行こうと思って……お粥は食べたがらないの。草も苦手みたい。森へ行けば、虫が居るから」

「僕がとってくるよ」

「ううん。狩りの仕方を覚えさせなくちゃ」




 ふたりは並んで、ゆっくりと、森のなかを歩いていた。すでに日は落ち、周囲はくらい。だが、ファルシオンが周囲を見やすくする魔法をつかい、アディアにもそれをかけたので、不都合はなかった。

「変な感じだね」

「そうかな……そうだね」

 たしかに、くらい筈なのにものがはっきり見えるのは、なんだか変な感じだ。アディアの場合、自分で魔法をつかったことも、ひとに魔法をかけてもらったこともないので、尚更()()()()感じがするのだろう。

 ファルシオンは、治癒の魔法なら何度もかけられてきた。できが悪いと、指南役達に頻繁に殴られ、鞭で叩かれてきたからだ。すぐに治療してもらえるのならましで、数日放っておかれることもめずらしくなかった。


 魔物の子どもがくーっと鳴いた。匂いを感じとったようだ。ファルシオンは石を拾い、少しはなれたところにある木めがけて投げた。木の幹には大きめのとんぼがとまっていて、石はそれへぶつかり、どちらも落ちる。

 アディアが走っていって、とんぼを拾い、魔物の子どもの口許へ持っていった。魔物の子どもは半分を片方の頭で食べ、残りをもう片方が食べるという奇妙な食事をした。狩りを教えなくてはいけないと云っていた割に、アディアはファルシオンが手出ししても怒らなかった。

「もういいみたい」

「あまり、食べないね」

「うん……ファルシオン、この子、なんていう魔物なの?」

 この島の、坑道近くにあらわれる魔物は、ほんの数種類だ。切り株に似て毒をまき散らすスツール。不定形で人間のような形をとることもある、日光に弱いコンフィチュール。坑道のなかに不自然に生えている木のような、アーブル。森のなかをうろついているエルブル。

 王子として、魔物についても勉強してきた。だから、ファルシオンは、流刑人達が「魔物」と大体ひとくくりにするそれらの名前を、どれも知っている。


 ファルシオンは魔物の子どもを見て、頷く。

「ドゥブル、だと思う。頭がふたつあるから」

「この子、らんぼうもの?」

「わからない……ここの魔物は、おとなしいと、思う。ほかの場所だと、魔物はひとを襲うけど、ここのはそうでもない、よね」

 アディアが頷く。実際のところ、この島の坑道付近の魔物達は、どういう訳かおとなしかった。ジュニがチーズや干し肉で追い払っているからか、人間を見てもすぐさま襲いかかってくることはない。動かずに近寄ってきたものを捕食するスツールだけは、ジュニでもどうしようもないらしいが、それ以外の魔物達は、手懐けているようだった。


 魔物の子どもは、きゅうきゅうと鳴く。向かって左の頭の、また向かって左の耳が、垂れていた。怪我をして、もとに戻らなかったのだ。

「監督官さま、いやがるかな」

 アディアがぽつりとささやき、ファルシオンは答えに窮した。あの占い師の女が、頭をよぎった。

 ファルシオンは苦労して、ゆるく頭を振った。アディアが嬉しそうに微笑む。危険は、ある。魔物の子どもを飼育することで、脱走を企てていると云われるかもしれない。今は小さくても、ドゥブルであればいずれは大型犬ほどの大きさになり、弱い人間ならひと嚙みで殺すようになる。

 監督官に警戒させることになるのはわかっている。だが、アディアの身の安全を思うと、魔物の子どもはありがたい存在だった。自分が魔水晶掘りに従事している間、アディアに危険が迫ったらと思うと、ファルシオンはいつも心配でたまらないのだ。だが、魔物の子どもが居てくれれば、少しは安心できる。

 それに、本当に脱走するとなれば、貴重な戦力になるのは間違いない。監督官に目をつけられないよう、アディアは朝の見回りの時には魔物の子どもを坑道へ隠しているし、監督官は坑道のなかまで覗くことはない。しばらくは大丈夫だろうとファルシオンは考えていた。そして、できることなら占い師の女が魔物の子どもの存在に気付かないでくれたらいい、と。アディアの為に、こいつは必要だ……。




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