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花と薬




 魔水晶をくすねることができるようになるには、掘削担当になる必要がある。それには長い時間がかかるだろう。

 ファルシオンはそう結論した。だが、ゼフトンが云っていたことも頭にはあった。年齢だ。

 自分もアディアも、まだ十七だ。これから数年かけて、魔水晶の掘削に直に関われるようになっても、まだ二十代。

 そこで少しずつ魔水晶をくすねて、アディアをつれて島を抜け出せるほどの魔力を得るのに、やはり数年はかかるだろう。

 アディアをつれて外へ逃げ出して、そのまま逃げ続けられれば、十年から二十年くらいなら、アディアとふたりで旅暮らしをできるかもしれない。わたし達は、まだ若い……。

 世界に、スブムンド王国だけしかない、という訳ではないのだ。ほかの国へ逃げれば、或いは。


 それまでに怪我や病で死ぬ、という可能性も、考えてはいた。

 病はどうしようもない。ここには医者は居ないし、ファルシオンには専門的な知識はなく、薬もない。

 女達が乏しい知識でつくる虫下しや、貧血の薬、熱冷ましならあるが、その効能も虫下し以外は怪しいものだった。だから、重い病になればお仕舞だと考えたほうがいい。運がよければ生きていられるだろうが、こんなところへ送られる時点で誰も幸運ではないのだ。

 反対に、怪我に関してはさほどおそろしくはないと考えていた。以前ならおそれていたが、今は違う。ファルシオンは魔力があり、体を癒す魔法の知識があった。




 ファルシオンはゼフトンに、毎日少しずつ質問し、会話を重ねて、魔水晶についてききだしていった。

 ゼフトンはジュニがここへ来るよりも前から島に居るらしく、だから、アディアが生まれる十七年前よりも昔から、魔水晶堀りをしていることになる。長く掘削担当をしているだけあって、彼は魔水晶にかなりくわしかった。

 つかいかたではなく、どのような魔水晶がよいもので、どのような場所に魔水晶があって、どういう掘り出しかたをしたら魔水晶が傷付きにくいかに、だ。ここに居る人間が、魔水晶を自分でつかう可能性は、限りなく低い。


 ファルシオンはゼフトンからききだした諸々を、できる限り記憶した。ゼフトンはファルシオンが熱心に聞いても、怪しんだふうはない。

 クズ石やつちくれを捨てに、せまい坑道を往復するのは、ファルシオンのような大柄な者にはつらい。だから、ファルシオンが一箇所でずっとつるはしを振っていればいい掘削係をやりたがるのはおかしなことではないし、その為に魔水晶についてくわしく知ろうとするのもやはり、おかしくはない。魔水晶にくわしく、扱いを誤らないだろう者が、ジュニによって掘削係に指名されるからだ。


 夜、皆が寝静まった頃に、森へ行くことも続けていた。重たいものを選んで木の枝ををふり、剣の感覚をできるだけ忘れないようにしていた。本物の剣とはまったく違うが、なにもしないよりはずっといい。




 毎晩こっそり出て行くことを、同じ小屋で寝起きしている男達が変に思うのではないか、と、気になった。気になりはじめると、疑われているかもしれないと不安になってくる。

 ファルシオンは虐げられていた期間が長く、ひとを完全に信じることに慣れていない。誰かが自分を疑っているのではないかと思うと、それが頭から離れなくなった。疑われるのはいやだった。自分の為というよりも、アディアをここから逃がす為に。


 ファルシオンは先程まで振りまわしていた木の枝を置き、拳で汗を拭って、息を整えた。薪拾いをしていた、といいのがれすればいいと思い付き、小枝を拾う。「……リュミエール」

 とはいえ、月光のさしこまない森のなかは、とてもくらい。ファルシオンは小さくささやいて、くらいところでもものを見やすくなる魔法をつかった。

 この魔法のいいのは、まわりの人間には魔法をつかっているのかいないのか、わからないところだ。当人は明るさを感じるが、実際になにかが明るくなる訳でも、灯があらわれる訳でもない。

 ファルシオンは小枝を拾い集め、それからはっとして、半分ほど捨てた。くらい夜の森で、こんなにも沢山の小枝を拾い集めるのはおかしい。

 片手で持てるくらいの小枝だけ持って、その場をはなれようとしたファルシオンは、ふと足を停めた。


 翌朝、ファルシオンは日の出の前に小屋を出て、昨夜素振りをしたところまで移動した。さほどの距離はない。

 あまりにも広場を離れ、()()()が起こった時にひとりで居るのがいやだからだ。ひとりで森に行っているのが露見するのもいやだったし、アディアになにかあったら、すぐに駈けつけることのできる場所に居たかった。

 だから、その場所まではすぐに辿りついたし、目的のものは昨夜と同じ場所にあった。

 花……だ。それがなんという名前か、知らない。

 ファルシオンは、伯父が伯母へ、花を贈っていたのを見たことがあった。意地の悪い連中の真似になるのは癪だったが、アディアにこれを送りたいと思ったのだ。昨夜は開いていなかった花も、日がのぼりはじめた今は、かすかに開いている。

 ファルシオンはそれをむしりとって、幾らかまとめ、来た道を戻った。


 アディアは火の番をしていた。鍋のなかでは、粥がふつふつと煮えている。

 彼女はファルシオンに気付いて、にこっと笑う。「ファル、おはよう」

「おはよう。アディア、これ……」

 どう云って渡すのが適切なのか、わからない。だからファルシオンは、もぐもぐと口ごもりながら、ただ花をちぎっただけの花束を、彼女へさしだした。

 アディアは小首を傾げ、それから花束をうけとる。

「ありがとう、ファルシオン」

「いや、ああ、うん……」

 アディアは頷いて、花をちぎり、口へいれた。「これ、食べられるって、知ってたんだね」

 知らなかったが、アディアが嬉しそうなので、ファルシオンは云わなかった。否定も肯定もせず、彼女が粥へ花をまぜるのを見ている。

「アディアは……」

「うん」

「そういうのを、学んでるの」

「うん。お薬のつくりかたは、お母さんに教わってるの。近頃は、お母さん、元気がなくて、教えてもらえてないけれど。これは、一番最初に教えてもらった、食べられる花」

 彼女はファルシオンを見、微笑む。「ありがとう、ファル」

 粥はおいしく炊きあがり、花を摘んできたファルシオンは仲間に感謝された。




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