占い師の女
ファルシオンは体が大きく、力も強い。だが、掘削担当は、腕力があればいいというものではない。
魔水晶を見付ける目がないといけないのだ。魔水晶は、たいまつの光では、あの独特のかがやきを見せない。その為、魔水晶の鉱脈を見付けたのに気付かなかったり、質のいい魔水晶の大きな塊をつるはしで叩き割ってしまったり、そういうことが起こった。
勿論、魔水晶を掘り出したところで、流刑人達に得はない。ないが、あまりにも魔水晶の採掘量が少ないと、それはそれで問題が起こる。
監督官には、国へおさめる魔水晶の下限値があるのだ。それを下回ると監督官にとっては失点になる。そのことでひとが死にはしないが――魔水晶をそうと気付かずに捨てそうになった、というのと違って実害はないからだ――、「意欲に乏しい」流刑人が、別の流刑地へ移動させられることもあった。
ここには、夫婦で送られた流刑人も多い。以前、魔水晶の採掘量が少ないと、流刑人が半分ほどいれかえられた。その為に、別れ別れになった夫婦も居る。
だから、つるはしを持って土を掘りおこしているのは、長いことこの島に居る連中がほとんどだった。そういう者でも見逃すことはあるが、魔水晶を見慣れていない者よりはその可能性は低い。ゼフトンほどになると、日の光がなくても魔水晶かそうでないかの違いがなんとなくわかるらしい。それも、確実ではないから、失敗がないように夜は働かないのだが。
たまにファルシオンのような新参者がつるはしを握ることがあるが、魔水晶がほぼないだろうと考えられる部分を堀る時だけだ。
何故かごくまれに、監督官が思い出したようにやってきて、「ここの奥のどれくらいの位置にどのくらいの量の魔水晶がある」と云う。そのとおりに掘ると、実際、魔水晶が出てくるのだ。そういう時は、監督官が云う場所の手前にはなにもないので、ただ腕力があるだけの連中がそこまで掘り進める。
「占い師がついてるんだ。エミリルという」
また、思い出しように監督官がやってきて、不機嫌な顔で命じたとおりにファルシオン達が掘り進めたあと、繊細な作業が必要になったところでゼフトン達と交代した。いつも組んでいるゼフトンの傍で石やつちくれを拾いながら、監督官がどうして魔水晶の場所を知ることができるのか訊くと、そんな答えが返ってくる。
ゼフトンは振り向かずに続ける。
「気色の悪い女でな。よくできた像みたいで、人間には見えない。気持ちの悪い目をしてるし、俺はたしかに見たが、あいつは普通の人間よりも歯の数が多いな。まあ、魔物や妖精の類だろう。少なくともその血をひいている」
ゼフトンは一旦手を停め、自分の言葉に自分で頷いた。息を整え、また手を動かす。
「監督官はあの女を信用していて、エミリルがこれこれこういう場所に魔水晶があるというと俺達を働かせる」
「占いで、そんなことがわかるんですか」
「ああ。五年程前の話だが」
ゼフトンは言葉を切る。
ファルシオンはゼフトンが喋らないので、いっぱいになったかごを担ぎ、外へ出た。かごをからにし、すぐに戻る。もう一往復しても、ゼフトンはまだ喋らなかった。
また、かごがいっぱいになった辺りで、ゼフトンが手を停めた。口許を覆う布をまくり上げて鼻の下を拳で拭い、布を戻す。
「ファルシオン?」
「はい」
「五年くらい前の話だ。もと兵士という連中が大勢送られてきた」
ファルシオンは手を停め、ゼフトンを仰いだ。兵士、というのは、自分と関わりがあると云えなくもない存在だ。謀反の疑いをかけられたわたしの、近衛兵達は、どうしているんだろう?
「そいつらが何度も繰り返すんで覚えちまったが、ああ。第二王子と第一王子は、仲が悪いらしいな。次の王になるのはどちらかで喧嘩をしてる。大勢の人間をまきこむ喧嘩をな」
ファルシオンは息を詰めた。
ここで、兄達の話を聴くとは思わなかった。
ゼフトンは頷く。
「お前がこういうことを口外しないやつだとわかってるから、云う。王家にはクズしか居ないと俺は思ってる。俺はラーゴとの戦争に動員された。あのむだな戦争に。もとは、田舎の村で墓守をしてた。やっとこ、戻ったら、妻が病で死んでたよ。そのことで政庁へ文句を云ったら、このざまだ。近所のばあさんが足を滑らせて死んだのが俺の所為だってことになった。半分崩れたような家に住んでるばあさんだったが、金を貯め込んでいて俺がそれを盗んだってことにもなってな。俺が持っていた金は、二年間の兵役で稼いだものだったのに」
ゼフトンは声を低くする。「王がむだに戦争をして、王家は儲かったよな。武器商人達からたんまり、付け届けをもらってる。その為に俺はこんな目にあってる。だから俺は、その兵士達にも同情的だった。第一王子と第二王子が喧嘩するんで、国の南のほうでは内戦が起こってるとも聴いたしな。だが、協力はしなかった。俺は外の世界になんにも期待を持っちゃいない。いずれにせよ、外へ出たって俺は歳をとりすぎてる。ああ、そのもと兵士達は、この島をぬけだす計画を立ててたんだ」
「それは……」
うまくいったのか、と訊こうとしたが、ファルシオンは口を噤んだ。その訊きかたは、それを企てているように聴こえるのではないかと思ったのだ。
ゼフトンは頭を振った。
「監督官が来て、そいつらのまとめ役だったもと兵士を殺した。まとめ役が居なくなったらだめになるって、エミリルがご注進したんだ。そのとおり、ほかのやつらは意欲を失った。おおかた、事故でひとり死んだっていうふうに報告しているんだろう。監督官は、脱走計画があっただけでも自分の失態になるから、まとめ役を殺すだけであとはなにもしなかった。それで充分だからな。この五年で、事故もあって、誰も残ってないが」
エミリル、という占い師。
そいつは、邪魔だ。そいつを殺すか、占いができない状態にしなくては。
こうやってそいつをどうにかしようと考えているのも、相手にはわかっているのだろう。監督官が来たら殺してしまおうか。そうして、採掘されているだけの魔水晶をとりこみ、アディアと外へ逃げる。
うまくいきそうにないな、と、ファルシオンは苦笑いした。ゼフトンはその苦笑いをどうとったのか、同じように苦笑して、つるはしをふりあげた。
「お前達は、まだ希望を持ってるだろう? お前と、アディアは?」
ゼフトンは自然に、ファルシオンとアディアをまとめて表現した。ファルシオンはそれが無性に嬉しかった。
日が暮れて、外に出ると、めずらしいことにまだ監督官が居た。一度帰って、またやってきたのだろうか。
痩せた、貧弱な体格の男だ。顔色が悪く、剣の重みで体が傾いている。飛びかかれば勝てるかもしれないな、と思ったが、ファルシオンはそんなことはしなかった。
体格や腕力で勝っていても、魔法がある。監督官がどんな魔法をつかうかがわからない以上、不用意に襲いかかって無駄に怪我をすることはできない。
魔法というのは、不可能なようなことでもできてしまう、ありえない現象を起こすものなのだ。腕力のなそうな不健康に見える小男が、炎の巨人や氷の魔物を呼び出すことはありうる。
ファルシオン達は顔を伏せて監督官の前を通った。ゼフトンが低声で毒づいたので、話題に上ったエミリルという占い師が居るらしいとわかる。ファルシオンはそっと、監督官の様子をうかがった。
監督官の傍には、頭に淡い青の布を被った女が居た。額部分をまもるように、金属製の装飾品をつけている。体の線のはっきりしない、古風なドレス姿で、どうやら裸足らしい。あれがエミリルだろう。
女は左手に魔水晶を持っていた。不透明な黄色とオレンジがまざった色合いのもので、星明かりでもきらきらと光、魔水晶であるのがはっきりわかる。あれを奪えたら、魔力が一気に増えるだろう。反対に、あれを胸におしつけられたら、魔力はすぐに消えてなくなるだろう。
エミリルがファルシオンを見た。
たまたまこちらを向いた訳ではないのはわかった。ファルシオンは足を停める。
汗がふきだしていた。いやな雰囲気だ。ゼフトンが云っていたことがわかった。エミリルの瞳は、人間と考えると不自然に大きかった。
目そのものは人間と同じくらいなのだが、白目が少ないのだ。どこを見ているかいまいちわからないし、なにを考えているかも読み取れない。
エミリルはしばらくファルシオンを見ていたが、すっと目を伏せた。傍らの監督官に、なにやら耳打ちする。監督官もやはり、ファルシオンを見て、かすかに頷いた。
監督官がジュニを呼び、三人で広場を出て行った。
「ファル?」
アディアに呼ばれ、ファルシオンは停めていた呼吸を再開した。あの女はよくない。得体の知れないなにかだ。なにか、おそろしいものだ。
アディアが心配そうにこちらを見ている。ファルシオンは無理に微笑んだ。彼女に弱った姿を見せたくない。彼女を不安にさせたくない。