必要なもの
八日経って、ファルシオンは外へ出た。
仲間達はファルシオンの驚異的な回復力に驚いたけれど、体が大きく、力も強いので、納得していた。
魔法で怪我を治療することに慣れている人間ばかりだから、なにもしないでいたらどれくらいで怪我が治るのか、治らないのか、わからないのだ。
「ファル、うまいことやったな」
ファルシオンは、仲間の男達に小突かれ、首をすくめた。思わずにやにや笑ってしまう。
アディアはあのあとすぐ、みんなに、ファルシオンに求婚されたと伝えた。ジュニはまだ認めてくれないが、アディアはファルシオンの思いを受け容れてくれたし、仲間達もファルシオンとアディアのことを応援してくれている。
ジュニがやってきた。
「ファル、早速だが、石運びをしてもらえるか?」
「はい」
頷く。
小屋でじっとしているだけだと体がなまるし、剣の扱いをそろそろ忘れそうになっていた。そこで、アディアに頼んで木の枝を持ってきてもらい、素振りをしておいた。足の筋肉の衰えはどうにもできなかったが、剣を振る感覚はだいぶ戻ってきている。
これからは、夜に素振りをするつもりだ。監督官は坑道に、朝はやくにしか来ない。それに、魔物が外に出てこないようにたいまつを絶やさない坑道内や、魔物避けにたいまつをたく小屋近くと違い、女達が水汲みに行く川や薪拾いに行く森は、夜になればまっくらだ。
夜、ファルシオンがその辺りで隠れて素振りをしていても、監督官は気付かないし、仲間も気付かない。仮に仲間が気付いたとしても、監督官へご注進することはないだろう。
皆、決して解けることのない流刑に処された身だ。ファルシオンが剣の稽古をしていたと監督官へ云ったところで、この島を出られる見込みはない。告げ口屋としてその後、きらわれるだけだ。そんな危険を冒すことはない。
石運びをしていると、前よりも体が軽いことに気付いた。
魔力を奪われるのはとても大切なものをなくす感じだ、とジュニが云っていたらしいが、たしかにそうなのかもしれないとファルシオンは思う。魔力それ自体が腕力に作用する筈はないのに、かご一杯に石をいれても前のように重くは感じないし、足もすいすい動く。
「しばらく休んだのがよかったみたいだな」いつも同じ組になる年配の男、ゼフトンが、目を半月の形にして笑う。「だが、無理をするとあとに響くぞ。あまりはしゃがないほうがいい」
「はい」
「いいな、若いって云うのは」
ゼフトンはつるはしへ寄りかかる。不意に目が真剣になり、彼は声を低めた。「あれだけの落盤事故にまきこまれて無事だったお前には、きっと神のご加護がある。なあアディアは俺にとっても、孫みたいな子なんだ。あの子は俺達の希望だよ。ファルシオン、俺みたいな年寄りが云うのもなんだが、アディアをまもってやってくれ。あの子をしあわせにしてやってくれ」
ファルシオンはなにか、答えたかったが、こみあげてくるもので咽が詰まってできなかった。涙をこらえて頷くのが精一杯だ。
アディアは多くのひとに大切にされている。そのアディアがわたしを死なせまいとしてくれた。こんな幸運があるだろうか? わたしを求めてくれたひとは彼女がはじめてだ。
これからも彼女だけかもしれない。
日が暮れると外へ出て、アディアと話しながら粥を食べた。ジュニは認めていないが、ふたりが話すのを邪魔する人間はない。
魔水晶は、人間の体の特定の部分に触れない限りは、とても安定した物質だ。ここに居る人間にとっては、くすねても意味がないものだ。死ぬかもしれない賭けをする覚悟があるなら別だが、そういうことをする人間は多くはないし、賭けに勝ったのも今のところファルシオン、というかファルシオンに魔水晶を与えたアディアだけだった。
翌日やってくる兵士に渡す分は、むしろの上に無造作に置いている。誰もそちらへ近寄らないし、ほとんど興味を持たない。選り分けるのは女達だが、昼間にしかやらないので、女達もはなれていた。
日の光で選別しないと失敗があるというのは事実だ。
魔水晶は、含まれている魔力の濃度に差がある。大きさは問題ではなくて、大きいが魔力がうすいものもあれば、小さいがたっぷりの魔力を秘めているものもあるし、小さくてうすいもの、大きくて濃いものもある。
ひとつひとつ、濃度がまちまちで、質のいい魔水晶が出た鉱脈でまた、同じくらいのものが出るとも限らない。反対に、もう枯れたと思われていた鉱脈に、また魔力がこごり、魔水晶ができていることがある。
だから、ある程度掘ってなにもなくなった場所は、苦労して埋め戻す。そういう時は夜でも働いた。土や石を運び込むだけだから、魔物が出た時には走って逃げればいい。
むしろの上の魔水晶は、みっつほど、星明かりできらきらとかがやいている。
魔水晶はそのかがやきようが、普通の宝石や鉱石とは違う。なんとも云えない光りかたをする。
それは、日の光の下だと顕著だ。どんなに魔力のうすい魔水晶でも、はっきりわかる。魔水晶だと誰が見てもわかる光だ。
魔水晶でも特に質がいいものは、星明かりでもきらきらと光を放つ。含まれている魔力が多いのだと、ファルシオンは聴いた。そういうものを持っていくと、魔水晶を運ぶ係の兵士が上官に誉められるので、ジュニはいいものは坑道に隠しておいて、気前のいい兵士の時に監督官に見せる。
質が悪いものでいいから、少しでも手にはいらないだろうか、と、ファルシオンは考えた。石運びではなく、掘削担当になれば、魔水晶を手にいれられるかもしれない。もっと魔力を増やせば、アディアをつれてここから逃げられるかもしれない。
ファルシオンは、どうにかしてアディアをここからつれだそうと思っていた。手段は選ばない。どうせ流刑人だ。どこへ行っても困難はある。なら、ここに居る必要はない。
剣さえ手にはいれば、魔水晶を運んでいく船をのっとれる。あの監督官は、どれくらい魔法をつかえるんだろう?