(四段階あるコミュニケーション & アースルームの二人)
9.『Moon暦726年3月24日(土)』
「BからS二十へ」
「……」
「キャプテンとの話しが終わったので艦の案内をお願いします」
「……」
「大尉は少し遅くなると言ってるけど、いろいろ案内してもらいなさい。私と長話しをしてたら緊張して疲れるでしょう? 夕食は十八時三十分から予定しているのでその前に送ってもらいなさい」
「分かりました。ありがとうございます」
「大尉が来るまでほかに何か聞きたいことがありますか」
「艦長はいつも部屋で食事をするのですか」
私はここでのランチタイムはどうなっているのだろうか、と思いそう尋ねてみた。
「少尉以上は部屋で食事をするのよ。私たちがそばにいると周りの隊員が緊張して、食事が喉に通らなくなるといけないでしょう? 内緒の話しだけどね。私もたまに食堂に行くのよ。制服を変えれば気づかないみたいだけど、私の方が落ち着かないのよね。キャプテンはどうしてるの?」
「私のランチタイムは学年全員で食べてます。私がキャプテンだとは誰も知りません。でも、今度の学年最後のマーシャル隊の集まりで彼女たちに素顔を見せようと思います」
「えっ、そういう計画を立てたの? 理由は何ですか」
「私は新学期からランチタイムを十二時から十四時に変更しようと考えています。十三学年が卒業したこの時期に、マーシャル隊全員でお互いの顔を確認して、マーシャル隊の任務としてコミュニケーションの仲立ちをさせるためです。『ムージュ号』では仲間との会話が少ないです。唯一エクササイズルームでの自由な時間さえ皆は話さないです。それではここに来てから自分の意見が言えないと思います。自分の意見を相手に話して相手の意見を聞く、そのコミュニケーションを練習させようと思います。今は第一段階で学年単位のマーシャル隊からモーシャル隊までの二十五人で、ネットチャットを許可してます。お互いの名前は伏せて花の名前で呼びあってます」
私が今からやろうとしている計画をそう説明してしまった。
「……その後の報告はなかったから知らなかったわね」
彼女がやや驚いているようにそう言う。
「二段階目は新年度のランチタイムの延長です。三段階目は学年別に十八時から二十一時まで自由行動として、週二回の予定で個人の部屋を訪問する許可を出そうと思ってます」
「そういうことまで考えてるの? 素晴らしい発想ね」
彼女がそう言ってくれたから、私の言葉には異議がなさそうなのでよかったと思う。
「ありがとうございます。四段階目はリリーさんの考案した時計の画面を長押しすると数字が出ます。それを押して六桁のプライベートナンバーを入録すると、個人的に会話ができる仕組みなのでそれを教えようと思います。今回のジョナへの発信のことです。これは三段階目の結果をみてから、それから決めようと思ってます。今回のコミュニケーションに関しては四段階で終わりです。今日は艦長に話す機会がありましたから、許可していただけますか」
今回はいい機会なのでそう言って、私は許可を申請したのだ。
「仲間のコミュニケーションのためにそこまで考えてるとは、とても興味深い話しを聞きました。私がランチタイムの延長は許可しましょう。キャプテンの考えているようにしなさい。今日はキャプテンの考えを直接聞けてほんとうによかった」
彼女がそう言ってくれたので、ランチタイムの延長の話しはするつもりはなかったけど、ここで思い切って話してよかったと思った。
艦長はランチタイムに出かけて部下の情報を仕入れていたのだと思うと、私にもそうしなさい、と教えてくれているのだろうか。
私の仲間がそういう状況になると、ほかの人も話しを聞いていることになるので注意しなくては、私もそうやってほかの人の会話を聞いてみようと思い、友達や仲間同士で色んな会話をしているのだろうな。
乗組員の食事の時間帯もバラバラだろうし、同じ人に出会う機会も少ないだろうし、そういう場所でほかの隊員の話しを何気なく聞くことができれば、色んな噂話も飛び交っていそうな気がして、情報収集にはいいのかもしれない、と思ってしまった。
☆ ★ ☆
「遅くなりました。ニッシー大尉です。キャプテンを迎えに来ました」
彼は私たちの話しの途中でやってきたのだ。
「ありがとう。忙しいのに悪いわね。遅くても十八時二十分までには送ってください。キャプテン、続きは後から聞きますから案内してもらいなさい」
艦長がそう言ってくれたので、『了解しました』と彼が嬉しそうな表情でそう言ったので、私は『ありがとうございます』と二人で返事をしてからこの部屋を後にした。
☆ ★ ☆
「キャプテン、さっきはもう少しで言いそびれるとこでしたよ」
「私もいつ言い出すのかと心配しました」
「私は艦長に話しするときは、いつも文章を書き出して暗記します。緊張して言い忘れのないように練習もします」
彼が突然そういうことを話したので、私は信じられないと思った。
「流ちょうに話してるように思いましたけど」
私はそう言ったけど、信じられない感情を押し殺してこういう言葉を使ってしまった。
「まさか、声が引きつってませんか」
彼がそう言ったので、やはり相当に彼女の前では緊張するのだと思い、彼の心の中では艦長の立場をこれほどまでに重要視されていたのか、と改めて認識し直し、逆に考えると私も同じことが言えるので、そういう艦長の立場になりたいと強く思ったのだ。
「……普通に話してると思いますけど」
「キャプテンは冷静に話ができるのですね。感心しました」
「私は思ったことを話してるだけです。感心されるようなことではないと思います」
「私の場合は緊張してるとその思ったことが口に出ないです。練習しないと言葉が出ないのです。だから肝心なことを話せばすぐ引き上げます。考えてもないことを言われたら最悪でしょう」
彼がそう言ったから、確かに考えてもないことを聞かれたら、この前のボディーの話しのように言葉が詰まってしまうと思ったのだ。
「『ムージュ号』に来て話しをしたときも文章に書いたのですか」
「最初は書きました。でも、お二人の会話につられて徐々に慣れてきました。でも……いうことは大まかに書き出しましたよ」
彼がそういう言葉を使ったので、大尉は正直な人なのだ、とよけいに思ってしまう。
「……あそこでは会話の勉強もしたのですね」
私はこういう言葉を使ってしまった。
「そういうことになります。ほかの人に会話がうまくなったと言われました。お二人のお陰です。ありがとうございました」
彼はこういうことまで話してくれる。私は彼の話し方を聞いていると、太尉の階級である人間がこの私に話す言葉ではない、と思ったけど、艦長から直にボディーのことや『ムージュ号』の話しを聞かされて、私に対してこういう言葉遣いをしているのだろうか、と意味が少し分からないのだ。
「どういたしまして、リリーさんにもこのことを伝えますね。緊張するのは艦長の前だけなのですか。お仕事の話しとかは平気なのでしょう?」
「もう艦長の立場が私の中では大きすぎて、中には艦長の行動に意義を唱える噂話も聞きますけど、私はそういう話しは個人的な意見だと無視してます。仕事の話しはしゃべるよりも聞く方が多いですが、一概にそうとも言えませんけどね」
「それでは私と話しをするときも緊張するのですか」
「えっ、どうしてですか、声が変ですか、時と場合です。あまり緊張、緊張と言わないでください。今はリラックスして話そうと努力してますので」
彼は少し焦ったみたいな声の響きである。それってやはり緊張しているだと思い、そう思うと、今までの彼と違った側面を見いだせて、この緊張感は彼の弱みみたいな気がするけど、いずれこの弱みを突いてやろうかな、なんて意地悪な発想をしてしまった。
「……話題を変えましょうか、ここは大尉の管轄区域なのですか」
「えっ、どうしてですか」
「大尉に挨拶する人が多いからです。トランスミットルームから艦長の部屋に行くときは数人でした」
「キャプテンはそこまで見てるのですか。階級とはそういうことです。挨拶は気にしなくてもいいですから」
彼はそう言いながらさっさか歩いていたので、艦長の部屋へ行くときも思ったけど、歩くのは意外と早かった。
たわいもない話しをしながら、二人で一緒に歩いてアースルームに到着すると、ドアの上にその言葉が小さなプレートに書かれていて、地球は自転しているし太陽の周りを公転していると教えてもらったけど、いつもこの部屋から地球が見えるのだろうか、このサームナッカ号は動いていないのだろうか、この艦の立ち位置が地球に対してどこに位置しているのだろうか、と思いを巡らしたが、私にはそれが理解できない。
ドアを入ると誰もいなくて、ガラス越しに小さな地球が見え、私がジュピターティーの図書館で見た写真の色とは違っていて、全体的に灰色がかりこんなにも色が違うのだ、と落胆が大きくて、私が図書館で見た写真では過去の地球は緑色だった……暫く二人で並んで地球を見ていたのだ。
「地球の姿はどうですか」
「初めて自分の目で見ました。私がシティーの図書館でやっと探し出して見つけた地球は緑色をしてました。今の地球は薄い灰色ですね。私は地球を緑色に戻したいです。ここから見える地球を緑色にしてみせます」
私は断言するかのようにそう言ってしまい、これが私の夢なのだ、とその時に閃き、艦長の気持ちが少し理解できたような気がした。
「……どういうことですか」
彼の言葉の響きは、驚いているような声だ。
「えっ、変ですか」
私がそう言うと、彼は私の話した言葉を頭の中で復唱しているみたいだった。
「……キャプテンは考えることが大きいですね。変というよりも夢があっていいです」
「えっ、夢ですか」
私は即座にそう言ったけど、私が考えていたことが彼にも伝わったようだと思える。
「二人で地球を緑色にしましょうよ。大尉は技術屋として、私は別なことで、ひとりよりも二人の方がいいと思いませんか」
「えっ?」
私は大尉にも壮大な夢を一緒に持って欲しくて、リリーさんみたいに仲間として一緒に叶えられたらいい、とただ単純にそう思っただけの言葉であったが、後から聞いた話しでは、大尉の受け取り方は違っていたそうで、大尉は大人であった。
☆ ★ ☆
「大尉、今日はありがとうございました。明日もお話できるといいですね」
「二人で大きな夢を叶えましょうか。それでは時間ですので」
彼はそう言って、艦長の部屋の前でまた大きく深呼吸をしてブザーを押したのだ。
「キャプテンをお連れしました」
彼がそう言うとドアがすぐ開く。
「大尉、十八時二十分ジャストですね。今日は午後からお疲れさまでした」
「とんでもないです。また何かありましたら声をかけてください。艦長のお手伝いができることは私にとっては光栄なことです。キャプテン、またお会いしましょう」
「今日はお忙しいのにありがとうございました」
私がそう言うと、「艦長、それでは失礼します」と彼はそう言って立ち去った。
「キャプテン、こっちに座って」
「はい。失礼します」
「艦内を案内してもらった話しも聞きたいけど、私はさっきの話しの続きに興味あるからそちらを優先してもいいかしら?」
「はい。よろしくお願いします」
「その……タイ機能というのはどうなってるの?」
彼女は突然こういう質問をしてきたのだ。
「はい。タイ機能とは部屋の時間を十秒間停止させる機能です。各部屋は内面防御壁を使用してるので時間の停止が可能です。今回の巨大ミミズ事件ではタイ・タイ機能ですので二倍の二十秒間の停止になります。隊員の浮揚ベルトに装備してある左右のスイッチを両方の手で同時に押すと効果が出ます。だからアルーファは使用停止になります」
「両手を使えば当然アルーファは使えないわね」
彼女とそういう話していると部屋のブザーが鳴り、私は艦長の部屋のベルを初めて聞く。
「夕食をお持ちしました」
男性の声が聞こえてドアが開く。
私が見ると、一人の隊員が二段になったカートを押して入ってきたが、ドアの外には別の隊員が見え、その彼は中には入ってこなかった。
「失礼します」
「そこのテーブルにお願いね。メインの蓋は取らなくていいからそのままで並べて」
「了解しました」
彼はそう言ってから手際よく並べていた。
★ ☆ ★
「艦長、セッティングが終了しました」
「ご苦労さまです」
「それでは失礼します」
彼はそう言ってから、入り口に戻ると深々と頭を下げて出ていった。
私たちはその間はなにも話さずに、私はその隊員の動きを見ていたが、彼女も私の視線の動きに気づいたと思い、二人のやり取りの言動がしっかり私の頭の中に記憶として貯蓄され、その間はドアがずっと開いていて、そこにいる隊員も彼の言動を見ていると思った。
「いい匂いがしてきましたね。お腹が空いたでしょう?」
「はい。今日は午後からたくさん歩いたのでお腹が空きました」
「たくさん歩いて緊張もして、若者はお腹が空きますね。さぁいただきましょう。おしゃべりをしていてもお腹はいっぱいにならないわね」
そう言った彼女の言葉を聞いて、よほど彼女はお腹が空いているのだろうか、と思いながらも私たちは食事の前準備をしていた。
「今日はニッシー大尉にアースルームに案内していただき、初めて地球をこの目で見て感動しました」
「それはよかったですね」
「地球が薄い灰色をしてました。私は灰色の地球を緑色に変えようと思います。私が変えることができると思いますか」
私がそう言うと、サラダにフォークを伸ばした彼女の手が一瞬止まったのだ。
「……おいしそうな食事の一口目を口に入れられませんね。これは難しい問題です。挑戦するとできるかできないかの結果が出ますが……挑戦しなくては結果が出ませんね。それを……キャプテンがどう捕らえるかです。夢は大きい方がいいというけど、これは大きすぎて……その……難しそうね」
彼女がそうコメントしたけど、顔つきがいつもよりは真剣だったような気がした。
「……やはりそうですよね。難しいですよね」
私はそういうふうにしか言えなかったけど、リリーさんは何と言ってくれるのだろうか。誰に話しても大きすぎると言うとは思うけど、私はこれに挑戦します、とはこの時点でははっきりとは言えない。
「先に食べてから続きの話しを聞きましょうか。キャプテンの話しを聞いてると落ち着いて食べられなさそうね」
「申し訳ありません」
私はそう言ってから二人で食べ始める。
艦長が最初に口にしたサラダをちらりと見ると軽くまぶして食べていたが、緑の濃い葉野菜や薄い色も入り黄色くてスライスした物もあり、私はそのままフォークで刺して口の中に入れると、ドレッシングが甘酸っぱく粒のような物が入っていたがそれが香りの元となっているようで、何が入っているなんて分からないが、軽いすっぱみの中でとても香りがよくて、意外に葉野菜が少なくてすぐ食べ終わりそうだと思うと、底の方に白くて茹でられたようなお肉が見えたので、下の方にドレッシングが溜まって漬け込むようになっていたのか、と思ってしまい、それで艦長が少し混ぜて一緒に食べようとしていたのか、とも思い、その見つけたお肉をフォークで上の方に取りだし単品で食べてみると、ドレッシングの甘酢をしっかり吸い込んでいるようで、それだけで食べても味がしみこみ歯ごたえもあり、噛んでいると口全体に葉野菜を食べているよりも酸っぱさが感じられとてもおいしくて、その肉は以外とたくさん底に敷かれているように存在し、それを少ない野菜で隠していたのか、と思ってしまった。
艦長がサラダを食べ終わり、次は深めの皿というのか白い大きなカップみたいなスープの皿を目の前に置き直し、右手にスプーンを持ち食べ始めたので、私もサラダを食べ終わりその皿を手前に置いて、少し赤い色をしたそのスープの中を見ると、コロコロとしたカラフルな野菜がたくさん入っているがとても柔らかそうで、スープと一緒に口の中に入れると噛むこともなく、舌の上に乗せて上顎で押さえただけで潰れてしまうような柔らかさでとてもおいしくて、彼女がミネストローネだと名前を教えてくれ、トマトがベースになっていると話してくれたけど、私はトマトが嫌いなのに、あの赤いトマトをどうすればこういうふうにおいしい味になるのだろうか、と疑問に思ってしまい、これであれば私でもトマトが食べられるのだ、と思ったほどにおいしかったのだ。
今度は右上にあったチキンに手を伸ばすと、このチキンは家畜専用の中型船の中で飼育されていると説明してくれ、色んな食材専用の小型船や中型船が存在しているとも教えてくれ、サームナッカ号にはその艦で加工された食材が運ばれてくるの、とかも話してくれ、そういう艦の存在を知ることができるのは少将以上の階級の知識なのよ、とか教えてくれたけど、ここで私に話してもいいのだろうか、と心配をしたけど、それがどこにあるのかなんて聞いた訳ではないので、そういう専用の艦が存在しているということだけの知識だが、『ムージュ号』で食べるランチはどういう作りになっているのだろうか、と思ってしまった。
私はこういう骨付き肉が好きなのよ、と彼女はそう話してくれたけど、今まで食べたチキンマースの肉は骨などなくて食べやすいしおいしいし、『ムージュ号』のランチと比べられないほどにおいしくて、などと考えながらこのチキンにナイフを入れて、骨から身を外して白くてドロリとしたソースを絡めて口に入れると、ナイフで切るときに感じた以上に柔らかく、ホワイトソースの味が絶妙ね、と彼女がそう言ったけど、噛んでいるとこのソースが肉と絡まり優し味がしてとてもおいしくて、彼女はいつもこういう食事をしているのかと思うと、たまにこういう食事をすると幸せな気分になるわね、とかいうので驚いてしまい、私のためにこういう食事を用意してくれたのかな、とか思ったが、そこまで聞くわけにはいかず、のど越しに感じた幸せ感を私も味わってしまった。
最初は一言二言みたいな会話で食べていたけど、彼女の説明は短文だか的を射ているような気がして、この場で話せることと話せないことをうまく使い分けているような気がするし、食材に関する話し以外はしないので、その場その場の会話のやり方があるのだろうか、とかも思い、『ムージュ号』のランチしか知らなければ、私はこの夕食におったまげていたと思うが、ホテルのルームサービスや朝食のバイキングを経験していたので落ち着いておいしく食べられ、お互いにチキンを食べ終わったころからまた話しを始めたのだ。
読んでいただき、ありがとうございます。
引き続き次話もよろしくお願いいたします。