2.『Moon暦726年1月25日(水)』
2.『Moon暦726年1月25日(水)』
ホールに何かが激突したようだ。
リリーさんが緊急事態のスイッチを入れたと同時に十二学年の窓が開き、左手の時計が赤く輝き点滅してバイブレーターの振動も感じた。
『全員アルーファ準備、浮揚ベルト装着、十二学年マーシャル隊はホールに急行。ホールに火球が激突。外部から侵入あり』
ものすごい音が聞こえたから訓練ではないことが一目瞭然、十二学年Aクラスから私が最初に外に飛び出しサリーが飛び出すのを確認し、ほかのクラスのマーシャル隊も一斉に飛び出したようだ。
浮揚ベルトはリリーさんが考案してアルーファと共に装着の訓練は常時している。私は窓に近いがサリーは廊下側の席だった。
「マギー、どうして飛びだしたの?」
着地したときにサリーが叫ぶ。
「リリーさんから要請が出た」
私はすかさず答えた。
「……了解」
彼女は納得したように無言で私の隣を走る。
浮揚ベルトは窓から飛び出すための装置であり、体を真上に持ち上げて着地の衝撃を和らげ、走行してジャンプするとその方向に飛び出せる。
☆ ★ ☆
ホールの外壁に穴が開いていたので、私は中に入る前に穴の入り口を見回し助走をつけて飛び上がる。
『マギーとコールは中に入ってチェック』
「「了解」」
二人で同時にそう答え、私たちはアルーファを右手に持っている。
「入り口から見た限りでは動きのある物は発見できません」
コールは不思議そうに答えている。
『リリーさん何も見つけられない。下には壁の残骸しかない。隕石でもない。ここ以外に床や壁に穴もない。おかしい。何かが瞬間移動したのかもね』
『コールは入り口で待機』
「了解」
『マギー、下方をチェック』
「了解」
私が残骸の飛び散った床をチェックしながら下にゆっくり移動して行くと、上から何かがバシッと私の背中に命中し、そのまま前面に叩きつけられる。
「マギー、落下」
コールは私が海老反り状態で落下するのを見てそう叫んだようだ。
『コールは側面、ジェミは穴の入り口から上方をチェック』
「了解」
『サリーとジャスは入り口で待機』
「了解」
『マギー、大丈夫?』
頭の中でリリーさんの声が響く。
『一瞬頭がクラクラしたけど大丈夫。上から誰かに押されたのよ』
私のアルーファは落ちた瞬間に右手から離れ前面のドアにぶつかり、私はアルーファを取るためにドアの方に這っていき、頭が少しクラクラしていたが、今はドアを背にして座り下から上方を眺めた。
「上方異常ありません」
ジェミは天井から側面の方に目を移しながらそう言っていた。
「側面異常ありません。マギーが下に落下」
コールの目線は私を追っていたようだ。
『周りを確認して二人で着地』
「「了解」」
『ミッチ、入り口で待機』
「了解」
「マギー、大丈夫?」
コールはそう言って、周りに注意しながら私のそばに来る。
「上からドンと背中を押されたのよ」
「マギーが落ちたときに見てたけど、ほかに何にも見えなかったよ」
コールはそう言ったのだ。
おかしい。
確かに上から押されたのだ。
私は天井の中央にある窓を見て、次に穴を見た。
おかしい。
何か落ちたとしても穴の大きさからして残骸が少ないのは変だ。
考えられない。
私は立ち上がりながら今度は穴の下の方をまた確認したが、壁にぶつかった衝撃で粉々になったとしても、それらしき残骸は確認できない。コールも下での残骸を見て、火球の残骸を確認できないのはおかしい、とそう言ったのだ。
『サリー、下で集中』
「了解」
サリーが私とコールのそばで集中している。
十秒ほどして『何も感じません』とサリーがそう言ったので、彼女が何も感じないなんてよけいにおかしい。
『マギー、中は危険かもよ。電気系統がやられてホールのドアロックが解除できない。予備電源を入れるから今すぐ浮揚できる?』
リリーさんが慌てたようにそう言ったので、『大丈夫です』と私はそう答える。
『全員浮揚し外で待機』
私が最後で助走して外に出ようとしたときに、『十一E全員アルーファ準備、浮揚』と突然リリーさんの声が私の頭の中に響いたのだ。
☆ ★ ☆
十一学年Eクラスの床下から、突然『異様な物』が飛び出してきた。
「わあーっ」
タニアの声で彼女の方に『異様な物』が向きを変える。
「なにーっ」
キューピも叫んで彼女の方に向きが変わる。
ジョナは冷静であり、アルーファをレベル1に切り替えて壁にあて、その『異様な物』の頭のような部分が壁の方に向くのを確認し、もう一度違う場所にあてるとまた向きが変わったので、彼女はこの『異様な物』は音に反応すると思ったのだ。
「ジュワーーーッ」
何か吐き出してアルーファをあてた壁が溶けだした。
「音に反応する巨大ミミズ出現」
ジョナはそう叫んで壁を蹴りつけ移動し、その瞬時に吐き出された物が彼女のいた場所に飛んできた。
「壁が溶けてます」
彼女はもう一度叫んで少し右の方に移動すると、彼女がいた場所にまた確実に飛んできた。
『アルーファ発射』
リリーさんの緊迫した声の響きが私には聞こえた。
この巨大ミミズには十人分のアルーファが効かず、吐き出し口が閉じられたと同時に下の方で大きく膨らみ、皆はアルーファを操作してるが心拍数がどんどん早まっている。
「アルーファ効果なし。巨大化してます」
またジョナが叫んで移動する。
『隊員、タイ・タイ機能準備』
一斉に教室の窓が開いた。
隊員五人は機能を準備するためにアルーファの発射を止め、残り五人は天井や壁を蹴りつけて窓際に移動しながら発射をしている。
窓が閉まった。
『三・二・一(停止)』
一瞬部屋が静かになったと同時だと思うが、私はリリーさんの声が聞こえた。
空間すべてが二十秒間停止する。
ミミズの口が半分開いてジョナの方に向いている。
危機一髪だったのだ。
『巨大ミミズ出現。アルーファ効果なし。五人脱出。タイ・タイ機能中。ここで食い止めなければ危険です。ここにはアルーファ以外に対戦機能がありません。隊員と一緒に自爆させます。キャプテン、許可をお願いします』
私は一瞬言葉に詰まったが、リリーさんの切迫した言葉から判断して『了解』と言ってしまった。
『三(終了)・二・一(自爆)』
終了の合図と共にジョナは足で蹴りつけ移動し、その瞬間に吐き出された物が飛んだと同時に目の前が赤く輝いたのだ。
☆ ★ ☆
タイ機能とは部屋の時間を十秒間停止させる機能であり、今回のタイ・タイ機能では二十秒間になるが、彼女たちはこの二十秒間は自ら呼吸を停止しする。
隊員とはマーシャル隊、ミーシャル隊、ムーシャル隊、メーシャル隊、モーシャル隊の五人であり、残り五名はカウントの前に窓から外に飛び出したのだ。
☆ ★ ☆
この船の各学年の部屋は内面防御壁で造られて、現在十一学年Eクラスを中心に、上下左右と斜めの部屋は立ち入り禁止で、私は彼女たちの追悼の意味を兼ねて『巨大ミミズ事件』と呼ぶことにした。
五人の隊員と『巨大ミミズ』はこの自爆で吹き飛んだ、と私は思っていたが、私が発した『了解』の言葉から私の『未来』が動き出したようだ。
読んでいただき、ありがとうございます。
引き続き次話もよろしくお願いいたします。