運命の花嫁は幸せなのか
純粋なシンデレラストーリーではありません。
もやもやな終わり方です。
何でも良い方向け。
世の中には、“姉妹格差”と言う言葉があるらしい。
妹か、姉か。
どっちかが優遇されて、もう片方が蔑ろにされる。
単語として世間に認知される程には、ままある現象なのだろう。
家族内で行われるえこひいき。
それは何処でもあり得るのではないだろうか。
大なり小なり。
何しろ完全なる平等というのは難しい。
人によって感じ方の違いもある。
だが、度を過ぎると、虐めや虐待と名が変わる。
非難の対象となる。
親なのに子供に平等に愛を注げないのか。
母性は?
父性は?
そういう意見があるのは当然だ。
肉親の情が無いのか。
声高に糾弾する人達。
良識が無いと、非難する有識者達。
だが、私は、そう言う人達に物申したい。
家族と言っても血が繋がっているだけの他人なのだ。
相性と言う物があるのではないだろうか。
後は、家庭の事情も。
相性、事情。
そんな温い事を語るのは私も格差を体験しているからだ。
自分としては結構な目にあったつもりだが、五体満足で18歳の今まで生きて来れたし、学校も行けたから、そんなに酷くは無いと思う。
姉妹格差。
という単語で一括りにされても、その実情は各家庭で全く異なるのだ。
私の場合は、欲しいものが買えない程度。
私が我慢すれば良い話だったから、ソフト姉妹格差とでも言うべきだろうか。
何しろ、我が家は貧乏だった。
理由は妹にもの凄いお金がかかったから。
妹は、所謂、芸能活動をしていた。
事の起こりは赤ちゃんだった時。
私が生まれたばかりの時は不細工赤ちゃんで、それはそれは可愛くなかったらしい。
顔立ちも今ひとつだったし、愛想もなく、陰気な雰囲気だったと。
両親は、何とも言えない気持ちになったと良く口にしていた。
だから、早々に妹を作ったのだとも言った。
私も、両親と会うと何とも言えない気持ち、不快な気持ちになるのでそれは分かってしまう。
私が口にするのはともかく、両親がそれを口にするのは如何かとも思うが。
・・・・話が逸れた。
本題に戻りたい。
両親の妊活の成果が現れ、直ぐさま生まれた妹はそれはそれは可愛い赤ちゃんだった。
周りに褒められ、私の時の反動もあった母は、ふと目にした、おむつパッケージか何か赤ちゃんモデルの募集に応募したらしい。
それに合格して両親は、更に浮かれてしまった。
他のオーディションにも応募して、妹は合格した。
報酬と、我が子が色々な物に印刷されているの優越感みたいなものに両親は取り付かれた。問題は、妹が赤ちゃんモデルを卒業しても止められなかった事。
いわゆる子役枠に入ってからもボチボチ仕事があったのも良く無かったのだろう。
赤ちゃんと子役では求められる事が違う。
小さい子でも求められる仕事をこなさなくてはいけない。
その為には訓練が必要だ。
レッスン代、オーディション代、宣伝用写真代、衣装代、お付き合い代・・・・。
とにかくお金がかかる。
当然、赤字だ。
仕事はボチボチ。
出費は常に。
段々大赤字になっていく。
けど、一度良い思いをした人は止められないのだろうか、
つぎ込んだ分だけ、止める踏ん切りがつかないのか。
「次のオーディションこそ。」
「この大口の契約が決まれば。」
なんて、まるでギャンブルのような事を口にして両親はあっちこっちへと飛び回った。
その頃まで、一応、両親は仕事をしていた。
だが、子役・・未成年と言うのは親が付き添わなくてはならない事が多い。
母は仕事を辞め、父は出世を諦めた。
自分達の将来を、妹に賭けたのだ。
何とも無謀な賭けだと、振り返ってみれば思うかも知れない。
だけど、あの当時の両親、今もかもしれないが正常な判断力が無かった。
擁護する訳ではないが、何も引っかからなければ諦められたのかもしれない。
妹は、本当にたまに小さな仕事を得ることが出来た。
だから、夢を見続けてしまったのかもしれない。
後、妹の所属する芸能事務所の社長が両親と妹を唆したのもいけなかった。
社長は芸能活動以外の、餌を投げたのだ。
唐突だが、この世には妖と言う物がいるらしい。
妖怪図鑑とかに出て来るようなアレ。
この世でも人間に擬態して、その能力でこの世を裏で取り仕切っている。
それは世間一般に知られている話だ。
ただ、眉唾物のおとぎ話的な扱いだ。
“ある。”
と、されてはいるが、実際に見たことは無い。
だから、本当かどうか疑わしい。
それが、一般市民の認識で、敢えて人前で口にするような事では無い。
だが、社長は熱心に両親に語ったのだと言う。
赤ちゃんの頃から花嫁候補を集め、しかるべき教育を与え、妖の花嫁候補を育てる。
そして、ある程度ふるいにかけ、年頃になったらお見合いパーティへ参加権を与える。
芸能事務所業は副業で、妖の花嫁候補育成が本業だと社長は言った。
更に妹はその最有力候補だ。
と。
更に、実際に妖の花嫁に選ばれセレブとなった事務所の先輩の名前を挙げた。
何人も。
両親はそれはそれは浮かれた。
浮かれきった。
勧められるレッスンは全て受ける程に。
何故、そんな詳細を私が知っているかと言うと、話を漏れ聞いてしまったからだ。
両親はお金が足りなくなると、隣町に住む祖父母に借金にやってきた。
「あの子(妹)が花嫁になるために出資して。」
と。
私は妹が生まれてすぐに祖父母宅に預けられていて、祖父母宅が実家のようになっていた。そこから保育園に通い、小学校に通った。
両親が来るとすぐわかった。
わかったからと言って、両親への嫌悪はあれど思慕はない。
同席したい訳も無かったが、気になるから盗み聞きしてしまった。
もちろん良くない事をしている自覚はあった。
だが、聞いておくべきだと、その時の私は感じたのだ。
聞いたことを私は後悔していない。
お陰で、両親が赤ちゃんの私を嫌った事。
妹が両親と一緒にいる事。
私が、祖父母宅に預けられっぱなしの理由を知れたのだ。
両親が帰ると、祖父母は決まって肩を落としていた。
『多分、事務所所属の人、もれなく全員に“君が最有力候補”と言ってレッスン料や、その他諸経費をかすめ取るのが狙いなんだろうな。妖なんて本当にいるのか。居ても選ばれるかどうかもわからないのに。』
そんな嘆きは、舞い上がった両親には届くことは無かった。
その代わり、私は世の中の世知辛さ、聞こえの良い言葉に踊らされる人間の弱さを両親の姿から学んだ。
私はそうはなるまい。
おとぎ話など信じない。
堅実に生きよう。
・・・なんて、他人事みたいに見ていられたら良かった。
少なくとも祖父母の家で暮らしていた時は良かったのだが、年月が経てば状況は変わる。
私が中学生になった時、祖父母が倒れたのだ。
それも二人続けてポックリポックリと。
苦しまなかった事だけが幸いだろう。
葬式の時も両親は最低限しか来なかった。
妹の芸能活動に忙しかったからだ。
私は親戚連中の間で一人、ずっと肩身の狭い思いをしていた。
大人の事情が分かる年齢だけに、親戚の誹りが理解出来てしまったのだ。
どれもこれも反論のしようがないくらい正論で、私は身の置き所が無かった。
だが、両親は全く気にしなかった。
その上、お金が欲しかった両親は遺産配分で取り分を主張し、他の親戚から絶縁されてしまった。
親戚から多少は同情的に見られていた私だが、絶縁により完全に頼る所を無くした。
ここから私の人生が変わった。
私は祖父母宅を出て、両親の家に戻らされた。
戻らされたと言っても、過ごした記憶が無い実家だ。
私の部屋も無い。
何も無い。
おまけに、両親は妹につききりで家事をしない。
と、言うか、家に居ない。
帰ってきたと思ったら洗濯物の山を置いて、また何処かに行ってしまうのだ。
だからと言って、両親と妹に居て欲しい訳では無かった。
家に帰ってきたら、私を家政婦扱いして働かせて、掃除が行き届いていないとか色々文句を言われた。
妹も両親も上手くいかない、芸能活動・・いや今は花嫁候補の為のレッスンで疲れていたのだろう。
私に当たり散らしてきた。
だから、留守の方が良かった。
幸い、家事は祖父母が教えてくれたから何とかこなせた。
そこは問題無いし、両親が居ない方が良かったが、ただ、お金だけは困った。
定期的に、机の上にお金を置いていってはくれたが時々忘れられた。
お金が無ければ、食べ物も買えない。
最初は、祖父母がくれていたお小遣いで食いつないでいた。
だけど、すぐ底を突いた。
仕方なく、私は、隣町まで自転車(祖父母がくれた)で通って、祖父母宅の近所の農家でお手伝いをさせてもらった。
売り物にならないクズ野菜をもらい、何とか食事を作った。
しばらくすると親に知られて、怒られてしまった。
『妖の花嫁候補の親族が農作業をしているなんて外聞が悪い。』
らしい。
それで、
『働くのが好きなら良いところを紹介してやる。』
と、言われて、何か不法っぽいバイトに行かされる事になった。
多分、それも事務所の社長の口利きだったと思う。
“ちょっと薄暗いお店で、知らないオジサンとお話とスキンシップを取る簡単なお仕事”だった。
農作業より体は楽だったが、精神的には削れた。
オジサン達は、私の手を撫でて、背中を摩って、
「生理って来た?」
「脇毛ってどう処理してるの?」
みたいな事を聞いて、私が顔を顰めるのを見て喜んでいた。
店には私以外にも、女の子が何人も居て、同じような目にあって、中には上手にあしらってチップを貰っている子もいた。
世の中には色んな人がいるのだと驚いた。
私は全く上手に出来なかった。
無反応の私に客は全くつかなかった。
それでも幾ばくかお金は入ったらしい。
悲しいことに、私は幾ら稼いだのかも知らないが、私の最低限生活費をさっ引いて妹につぎ込むくらいには収入を得ていたらしい。
こんな後ろ暗いバイトをしてる方が、“妖の花嫁候補の親族”として相応しく無いと思う
が両親は気にならなかったようだった。
親が気にならない。
私の不満は通らない。
こんなバイトを、ずっと続けなくてはいけないのかと辟易していたが、お店のコンセプトは”若い子と交流を楽しみたい紳士の為のお店”だったから中学を卒業すると止めさせてもらえた。
その後は普通のバイトをした。
いや、させられた。
両親は、似たようなお店で働かせたかったようだが、私の容姿が良くなかったのと、陰気な雰囲気が嫌われてお店側から断られたようだ。
しかし、普通のバイトは時給が高くない。
お陰で、かけもちで、いくつもさせられた。
その報酬も、最低限の生活費以外は私の手元には残らなかった。
これが、私の受けた姉妹格差の内情だ。
纏めると“放置と搾取”だろうか。
途中まで、祖父母が育ててくれたし、肉体的に暴力を振るわれたとか、そういう事は無い。
だから、生きて来られた。
祖父母が私の面倒を見てくれた事。
両親が妹にかかり切りで同じ空間に居ない状態だったこと。
その感謝をして、私は今を生きている。
私と、両親の相性は本当に悪い。
一瞬たりとも会話すると嫌悪感がわいてくるのだ。
向こうも同じで手を上げられそうになった事だってある。
前振りも無く突然にだ。
だから同じ家でずっと一緒に居たら、私は五体満足では無かった気がする。
どうしても気に入らない。
そんな相手が両親だった。
本当に相性が悪いとしか表しようが無い。
話が戻ってしまうが、
前述で、“相性”と言ったのは、私の体験の話だ。
全ては相性から始まった。
生まれた瞬間から気に入らない子を育てる。
そんな苦痛を感じた両親。
生まれた瞬間から気に入らない親の視線を感じる子供。
幸運を得て、何とか生きながらえた、そんな私の、一応、格差を体験した者として、私の家庭の事情に対しての私の意見。
“相性”。
他の家庭に対しては私は言う言葉は無い。
もっと言うなら、虐待を擁護する訳では無い。
私の立場とは比べものにならないくらい辛い思い。
そう、生命の危機に瀕している人達だっているのだから。
だから、幸運だ。
まだまだ温い。
そう思っている。
そう言い聞かせている。
でも、温い姉妹格差でも、何も感じない訳では無い。
それなりに傷ついたり、落ち込んだりもするのだ。
例えばクラスメイトが楽しそうに家族の思い出を話していたり、親子げんかをした話をしたりしていれば、胸が締め付けられるような感じがする。
普通の家族は、旅行に行ったり記念撮影をするらしい。
普通の家族は、思いっきりケンカしたり、仲直りできたりするらしい。
私の家族、両親と問題なくやっていくためには。
とにかく、疎遠。
そうしなければ、刃傷沙汰になってたかもしれない。
それを避けてくれるだけでも有り難いのだ。
何しろ、両親と私は相性が悪いのだから。
このまま住み続けるのはお互いにとって良くない。
だから、解決するには、離れるしかないだろう。
私が祖父母宅に居た時のように。
私はようやく18になり、成人出来た。
20歳が成人だった時期ではなくて本当に良かった。
就職先も決まったし、高校を卒業したら、この家を出て行く。
後数ヶ月。
後少しの我慢だ。
全く未練は無い。
いや、本音を言えば学べなくなるのは寂しい。
進学したかったが、許して貰えなかったから就職するしか無かったのだ。
就きたい職種など選べるはずもなく、就職候補の中で、一番収入の良い、尚且つ遠く離れている所を悩みつつ選んだ。
後、寮があったりとか一人でも生活しやすそうな所を。
面接では
「どんな所でも行きます。何でもします。」
と、アピールした。
もちろん、そのアピールは親には内緒だ。
私というお手伝いがいなくなる事に難色を示した両親に仕送りをする約束をして、許しを貰った。
そうしたら、親に何を言いつけられても、妹に無駄なパシリをさせられても何も思わなくなった。
「はい!喜んで!」
みたいな感じで即返事ができてしまう。
本当にせいせいする。
妹も、私がいると両親がピリピリするのがわかっているからか、嬉しそうにしている。
後、最近、妖の旦那様とお見合いしたり、“妖の何とか様”が、スポンサーについてくれそうだとか、良い話があるらしい。
だから、妹はとてもご機嫌だ。
妹が嬉しそうだと両親も嬉しそう。
出て行く私の事なんか全く気にもしていない。
素晴らしい、正のスパイラルが我が家を満たしている。
こんなに穏やかな日々は無かった。
是非、このまま何も思われずに出発したい。
願い事が通じて、アッサリと数ヶ月経ち、卒業して、次の日には出発することになった。
旅立ちの日は、特別な事は無かった。
見送りも無かったし、と、言うか妹は久しぶりの仕事で、両親と共に出かけていた。
スポンサー様が手を回してくれたらしい。
妖かどうか、なんて私は知らないし、興味も無い。
ホンモノかどうか知らない存在にずっと現を抜かして居れば良い。
私の事を忘れるくらいに。
心の底から願いながら、いつも通りに自分の食べた後の食器を片付けて、軽く掃除して、最低限の荷物を持って家を出た。
最低限と言っても、元々そんなに荷物は無かった。
鍵をかけ、郵便ポストに入れた。
両親の指示だ。
安全性は低いだろうが、もう私の知ったことでは無い。
コトンと鍵が落ちた音がして、とても心の中が軽くなった気がした。
私とこの家との決別の音。
将来、この音を忘れる事は無いだろう。
二度と戻ってくるつもりも無いが、振り返って家を見返したりとかそんな気持ちは全く沸き上がらなかった。
駅に向かう足取りも軽く、電車の時間に充分間に合うのに、走り出してしまったくらいだった。
走りながら、私はこれからの生活に思いを馳せた。
堅実に仕事をして、ちゃんと貯金して。
最初の数年は仕送りして、しばらくしたら行方をくらまそう。
学校も行けたらいいな。
なんて夢膨らませていたのが、甘かったのだろうか。
駅では妹が撮影をしていた。
タウン誌だったか、駅前の店を紹介する仕事みたいな事を言ってたような気がする。
走ってしまって出発までの時間が大幅に空いて手持ち無沙汰なのもいけなかった。
最後だし。
と、妹の仕事っぷりをぼんやりと見てしまった。
カメラの前でポーズを取る妹は確かにかわいい。
かわいいが、私には何も感じない。
手入れのされたサラサラした髪。
有名サロンに定期的に通い、お高いトリートメントを常用して保っているものだ。
綺麗なポーズはポージング教室に通ったせいか。
あれも、それも、私の稼ぎがつぎ込まれている。
労力の搾取で取り繕った、妹の美貌。
今更だが、私は芸能人と言うのが嫌いだ。
自分の境遇を思い知らされてしまうから苦手だ。
テレビを見る余裕も無かったし、ポスターなどで顔の整った人を見ると、その後ろで搾取されている人がいるのではないかと勘ぐってしまうからだ。
だから、私はそういう世界を見ないようにしている。
見ないのは難しいから、出来る範囲で目を背けている。
だけど、今日は、私は敢えて妹を見た。
最後の最後だ。
目に焼き付けてやろうと思った。
そうすれば、この先どんな事があっても私はへこたれずに自分の思いを貫けるんじゃ無いかと思った。
絶対に、私はあいつらから逃げてやる。
絶対に。
絶対に。
思いを込めて、妹や、その後ろを見ていると、妹の後ろの関係者らしい人達が集まっている中に母親がいるのが見えた。
何と父親も。
仕事に行けよ。
と、舌打ちしそうなのを堪えていると、母と目が合ってしまった。
母親は私に気づくと、凄い目でにらみ付けてきた。
母は舌打ちした。
私は堪えたのに、本当にこらえ性の無い人だ。
最後の最後に嫌なモノ見た。
そう思って視線を逸らしたその横。
母が熱心に話しかけていた人。
その人と目があった。
背の高い、体の大きな男の人。
顔は整っていて、ただ者じゃ無い雰囲気を漂わせている。
その人の熱視線を感じてしまって、つい目を向けてしまった。
目と目が合った瞬間。
変な感じがした。
まるで前から知っているかのような。
微妙な既視感。
その人はカッと目を見開いた。
次に、私に向かって一直線に歩いてきた。
直線上はまだ撮影中だと言うのに。
妹は
「やだ。金城さん。撮影中ですぅ。」
なんて甘い声をあげた。
体をくねらせている。
その仕草に、カメラマンは
「かわいいけど、ダメだよ♡」
なんて言っているが、私には軟体動物にしか見えない。
気持ち悪い生き物だ。
と、思っていたら、その男の人は妹を素通りして私の前にやってきた。
ガッと両肩を掴まれる。
ちょっと怖い。
「見つけた。私の・・花嫁。」
ウットリとした顔で言われる。
もの凄い怖い。
けど、触れられた所がホワンと熱を持っている。
ポーッとしてしまいそうだが、後ろから駆けつけた妹が、凄い顔してこっちを見てくれたお陰で冷静になれた。
「ちょっと離して貰えますか?」
言うと、
「あっ。すまない。」
と、言って離してくれる。
「何してるんですか!」
母の叫び声がして、妹の後ろにいた母と関係者一行もこっちにやってきてた。
撮影はいいのだろうか。
「いたんだ。私の運命が。」
金城さんと言われた人が私に熱視線をくれながら言った。
「運命?もしや運命の花嫁ですか?」
「そうだ。一目見てわかった。」
「一目でわかるって、本当なんですね!!?」
「すばらしい!」
母と一緒にいた関係者らしき人がどよめいた。
「なんで?!なんでよ!!」
「金城さん、娘の事に興味を持ってくれていたんじゃないですか?」
「そうですよ。」
妹が叫び、両親も金城さんに詰め寄っている。
私はジリジリと後ろに下がった。
あんまり近くにいると変な気持ちになるし、何より、出発の時間が迫っている。
私は、新幹線とか乗れるだけのお金が無かったから、鈍行乗り継ぎで目的地まで行かないといけないのだ。
一本乗り過ごすと予定が狂ってしまう。
幸い、両親達が詰め寄ってくれているので、数歩下がっても気づかれない。
初めてあの人達に感謝した。
私は十分な距離を取ったと判断してから、くるりと回れ右をして走り出した。
ヤバい。
ギリギリだ。
「あっ。待ってくれ!」
何か叫んでいる。
しかし、待つわけが無い。
私は走った。
色んなバイトのお陰か、人混みを避けて走るのは得意だ。
数少ない特技のお陰で滑り込みで電車に乗り込めた。
と、同時に後ろから例の男の人、金城さんも乗り込んできた。
マジか。
と、驚く。
周りも驚いている。
そりゃそうだ。
見るからに電車など使わなそうな感じの人が駆け込み乗車してきたのだ。
私は、素知らぬ顔をして、車両を移った。
一つだけ空いた座席を見つけて座った。
今後の乗り継ぎをメモった紙を取り出して復習してると、当然のように、金城さんもついてきて、私の横に座った。
なんていうか、私の横の人に席を替わって欲しいなんて言って座ったのだ。
酷い。
折角座った席を取られる苛つきは電車利用者しかわからないだろう。
金城さんは私の横に座ると、色々話しかけてきた。
私の名前とか、どこに行くのかとか。
私が車内で答えることは出来ないと言ったら、込み入った話をしたいから電車を降りるように言ってきた。
「いや。無理です。」
「何故?!」
私が断ることなど微塵も考えていないような返答だった。
「私には予定があるので。」
そう。
凄い乗り継ぎをしないといけないのだ。
金城さんは私の握りしめている紙を取り上げて中を見た。
「ちょっ。止めて下さい!」
一緒にいるとちょっとは心地良いような気もする。
だが、すること、することがドン引きなのだ。
湧き上がる好感度を上回る嫌悪感。
「ここに行くのか?何故こんな遠くに?鈍行ばかりで、何でこんなに乗り継ぎをするんだ?」
そんな詰問をされる。
「送ってあげよう。次の駅で降りて。」
「いえ!結構です。」
きっぱりと断る。
「何故?」
一緒にいたいけど居たくない。
私の行動に逐一何かを言われたくない。
なんて答えても、揚げ足とられそう。
「私は、鈍行が好きなんです。」
考えた挙げ句、出た言葉がそれだ。
「そ・・そうか。」
金城さんは、それで黙り込んでしまった。
もしや・・・と、思い、続けて言ってみた。
「後、私は、電車でお話するのが好きではありません。静かに過ごしたいのです。」
「そうなんだ。」
また、金城さんは頷いた。
どうやら、私が好きな事を優先してくれるらしい。
ただ、ついてこないで欲しい。
と、言う要望には応えて貰えなかった。
私が心配で付き添いたいらしい。
凄い目立つ金城さんがローカル線を乗り換えまくる私に黙ってついてくる。
途中でコンビニ飯を食べたりするのにも付き合ってくる。
それで、二人揃っての変な旅は続き、夕方に私は自分の就職先に到着した。
門のインタホンを鳴らすと中から守衛さんみたいな人が出てきてくれた。
「あぁ、連絡受けてますよ。無事についたみたいで良かったですね。このまま事務棟の方に向かって下さい。」
案内してくれた守衛さんに私は礼を言った。
「じゃあ、私はここで。」
金城さんは、呆然と私を見ていたが私は気にせず会社の方へと向かった。
そこで挨拶をして、これから生活をしよう。
変な事に巻き込まれたけど、気持ちを切り替えよう。
私は全てを忘れることにした。
しかし、数時間後、私は会社の応接間に居た。
寮で寛いでいたのに、急に呼び出されたのだ。
そこには金城さんと、他の何か黒服の人がいた。
向かいに社長がいて、私に嘆くような言葉をかけてくる。
「妖様の番に選ばれたのなら、こんな所で働かなくても。」
そんな風に言われて私は何となく状況を悟った。
多分、何らかの圧力をかけたのだろう。
金城さんは、私を迎えに来たと笑顔で言った。
そして、私の荷物が誰かに纏めてもらったと言って届けられた。
もう、確定。
折角、就活して、悩んで就職先決めて、一日かけてここまで辿り着いたのに。
もう、ここで働くことは無理だろう。
私は、頭を下げた。
「大変ご迷惑をおかけしました。折角採用して頂いたのに、申し訳ありません。出来る事ならここで働きたかったです。」
私は失望していた。
心底がっかりした。
折角、頑張ろうとしていたのに。
今日から、私の新しい人生の門出なのに。
今、私は、何故か妹が狙っていた妖様の運命の花嫁として金城さんの車に乗せられて移動している。
鈍行を乗り継いで、途中準急くらいも乗ったけど、ちまちま移動してきた道を高級車で、高速で超特急で帰っている。
そこで、金城さんが色々言ってきた。
金城さんが妖で、私が運命の花嫁で、妹の事が気になっていたのは、私と血が繋がっていたからだと思う、とか。
私の事を調べたとか、あんな所で働かなくても良い。とか。
所々、失礼で、何となく不快になる話だった。
私はなるべく耳に入れないようにした。
それで、晴れ晴れとした気持ちで出てきた家に数時間で戻らされてリビングに座らされて
話し合いをさせられた。
普段、私が一人で過ごすことの多いリビング。
両親がいれば私は座ることの無かった場所に座らされて、今後の話というか私の身売りの話だった。
妹はショックで部屋に引きこもっていなかった。
両親は、何とも言えない表情を浮かべていた。
ただ金銭的援助や妹の芸能活動の後ろ盾をしてくれるという約束を聞いて、私の事を金城さんに委ねてしまった。
そのまま私は行く先も無く、金城さんの家につれて行かれた。
そうじゃないかな。
と、思っていたような豪邸だった。
鹿威しとか聞こえてきた。
本当に心が安まらない。
それで、私の部屋と言うところに案内された。
広すぎて落ち着かない。
金城さんは、もう蕩けそうな声で、何か私への思いを語ってくれた。
何となく嬉しい気持ちはわき上がるが、どうしても失望は隠せない。
ぼんやりと失望感に打ちひしがれている私に、金城さんは
「疲れているだろう。早く休むと良い。」
と、言って、部屋から出てくれた。
一人きりになってから私は、泣いた。
思いっきり泣いた。
何とも整理が出来ない気持ちに涙が止まらない。
正直、運命の花嫁様と言うのはわからない。
金城さんと一緒にいるとちょっと嬉しい気持ちが湧いてくる。
だけど、私は、私の力で自立しようと思ったのに、あっさりと攫われるようにあの家から決別することになってしまった。
その事が自分の中で納得できない。
出来ないまま私は泣き続けた。
泣いても別に状況が変わる訳もない。
しばらくして、メイド服の人が部屋に入ってきた。
その人は、私が困っていることが無いか、休めているかを確認しにきたらしい。
それで号泣している私を見て、びっくりして金城さんに伝えたらしい。
金城さんは休めと言ったのに、部屋に駆け込んできた。
「何があったのか?」
と、私に詰め寄る。
何があったって。
何もかもだ。
泣きすぎて言葉が上手く出ない私に金城さんは慰めの言葉をくれる。
私に何も心配はいらないと。
この後の事は金城さんが全部何もかもしてくれると。
私のすることは、ただこの家でゆっくりと今までの疲れを取ることだ。
と。
金城さんは
私の事を調べて、私の不遇を嘆いて、もっと早くに気づいて救い出してあげたかった。
これからは不自由はさせない。
とも言ってきた。
私が返せたのは、
「一人にして欲しい。誰も入ってこないで欲しい。」
それだけだった。
だけど、その願いも叶わなかった。
嘆いている花嫁を放置できない。
そう、金城さんは言う。
私は、また泣いた。
私を大事にすると言って、この人は私の気持ちを蔑ろにしている。
私はまだ自分の気持ちを、測りかねている。
妖の花嫁様なんて私はなりたい訳では無かった。
そんなおとぎ話的な事に夢中になっている、両親と妹を内心バカにして、それで折り合いをつけて日々を過ごしてきたのに。
そんなモノに私がなるなんて。
そんな事望んでいない。
私は、おとぎ話的な事や、上手い話を心底嫌っているのだ。
そういう話の犠牲になってきたのだから。
だから、堅実に、地味に生きていきたいと願ってきたのだ。
それと真逆な生活を送ると言われて受け入れられるだろうか。
現に金城さんは、妖と言う身の上を嵩に懸かって、色々な所に圧力をかけた。
就職先の社長は人が良かった。
私の家庭の事情まで分かって受け入れてくれたのだ。
なのにあんな風に圧力をかけて。
申し訳なくて仕方が無い。
出来ることなら、あの時に帰りたい。
家を出て駅についたあの瞬間に。
そうしたら妹の撮影なんて見ない。
すぐ駅のホームに向かった。
もっと言えば、昨日の内に家を出れば良かった。
悔しい。
悲しい。
自分で何とかしようと努力した事を、全部無しにされた事に無力感しか沸いてこない。
私がいなくなって、仕送りも無くなって、妹たちが困れば良いと思っていたのに、私を家から出すために金城さんは金銭的援助も約束してしまった。
結局、妹たちは困らない。
妖の花嫁になると言う目的が達成できなくて悔しがるかもしれないが、あの人達の生活は困窮しないのだ。
そんなずるい事。
許せない。
だけど、そうしなければ私は家から出れなかった。
色んな事情や私の気持ちがぐちゃぐちゃに渦巻いて、支離滅裂な言葉となって口から出る。
金城さんはそれを聞いて。
ただ、謝り続けてた。
謝ってもらっても、何も変わらない。
私は、金城さんの花嫁なのだろう。
一緒にいれば居るほど、気持ちは惹かれていくのだから。
なのに、悔しい気持ちは消えていかない。
私の忍耐を、時間を、将来への夢を潰してしまった事への恨みが残っている。
金城さんは時間をかけて私を癒やすといってくれた。
私には休養が必要だと言って。
ソレを聞いて私が感じるのは脱力感だった。
普通はそれで嬉しいのだろう。
だけど、私は、私の足で、力で、将来を切り開きたかった。
それを潰されたと怒っているのだ。
それを理解してもらえないのだ。
きっと、この人は私を理解できないだろう。
なのに、私はこの人の花嫁なのだ。
わかり合えない人の花嫁。
それは幸せなのか。
どうなのか。
疲れ果てたこの気持ちは、一眠りしたら整理できるのだろうか。
今、私が欲しいのは、何だろう。
この家から逃亡できる力?
それとも一服の睡眠薬?
望んだ物はすぐ手に入るだろう。
だけど、それは私の力で手に入れる、真に私の物ではないのだ。
それって、どうなんだろう。
私は考えすぎて痛む頭を抱えることしか出来なかった。
読んで下さってありがとうございます。
すごい久しぶりに投稿します。
運命の花嫁は幸せなのだろうか?
と言う趣旨で話を書き始めて、2ヶ月余り。
話が分裂して非常に苦しんで切り貼りして何とか今日の更新にこぎつけてみました。
切り貼りなのでおかしいと思います。
これから修正もすると思います。