春休み
蒼は2年生からスカートという事実は常に頭の片隅にあったものの、スキンケアと髪を伸ばし続けること以外は、1年生の間は普通の男子高校生と同じよう過ごしていた。学校に行って、勉強して、休み時間に数少ないほかの男子生徒と遊んで、クラスメイトの女子生徒にときめいて1年生が終わった。
桜も散り3月も終わりに近づいたころ、蒼がリビングで春休みの課題をしていると、
「蒼、そろそろ制服着てみて~。丈直しとかあると始業式に間に合わないから。ブレザーの合わせは女子用に直しておいたよ。」
とベランダで洗濯物を干していた母から声がかかった。
あえて現実から目をそらすために、昨年受け取ってからずっとクローゼットにしまっていたスカートと女子用ブラウス、リボンを取り出す。
紺色のブレザーはボタンの位置を入れ替えられるようになっており男女共通だが、えんじ色のプリーツスカート、うすいピンクのブラウス、スカートと同じえんじ色のリボン、学校では見慣れた制服ではあるが、いざ自分が着るとなると抵抗がある。
とはいえ母の言うように丈直しがあると始業式に間に合わないので、覚悟を決めて蒼は着替え始めた。
採寸のとき以来履いていなったスカートを履き、合わせの違うブラウスに違和感を覚えながらも着て、リボンをつけてみる。着替えがおわり、クローゼットの内側についている姿見でみてみるが、漫画のように男がスカートを着たら美少女に変身とはいかず、あきらかに男とわかる。
スカート裏地が気持ちいと感じながらも、ふとももが直接触れ合ういままでにない感触を感じつつ蒼がその姿に落胆していると、
「そろそろ着替え終わった~」と母がノックもせずに部屋に入ってきた。
着替え終わった蒼を一目見て、
「やっぱりハクジョの制服はかわいいね。」
「母さん、やっぱり似合わないよ。」
「スカートの位置が女子はもう少し高めよ。スカートは腰で着るの。」とスカートの位置を調整し始めた。
そして猫背気味の背中を伸ばして、脇をしめて、足を内また気味にしてと細かく姿勢を矯正して、再び姿見をみてみると少しは女子高生らしく見えるようになってきた。
そのあとも歩き方や椅子に座るときにスカートのしわを伸ばしながら座るなど、母からの女の子としてのしぐさを学んびながら、女の子って大変と蒼は思った。
昼ごはん食べた後も、母の女の子講座はつづいた。
「歩幅を小さくして、股は開かず平均台をイメージして歩いて」
いわれ歩いてみるが、なかなか上手くいかない。
「ちょっとこれに着替えてみて。」と母がよく着ているレースのタイトロングスカートを渡してきた。それに着替えて、再び歩き方の練習をしてみる。
タイトスカートだと自然と歩幅が制限されるので、言われた通りの歩き方が自然とできるようになった。
母からようやく合格点がもらえたところで、休憩となった。
椅子に座るときも言われたようにスカートにしわがつかないように、お尻をおさえながらゆっくりと腰かけた。
「だいぶん女の子らしくなってきたね。スカートになれるために、明日から家の中ではスカート着るようにしようか。あとそれと、15時から美容院予約してあるから、もう一度制服に着替えて。美容院行って、それから買い物に行きましょ。」
「美容院行くの?それになんで制服?」
「もうすこし女の子らしい髪型にしてもらうためよ。母さんの行きつけの美容室で話はしてあるから大丈夫、心配しないで。それに女の子になりに行くのに、男の格好だと変でしょ。蒼の年頃に合う服お母さん持っていないから、制服の方がいいのよ。服は年恰好にあっていないと、不自然で目立っちゃう。」
去年説明会でいわれてから髪を伸ばし始めて、いまではようやく後ろですこし結べるぐらいまでは伸びていた。確かに女子みたいにカットしてもらったら、今まで来ていた男物の服は逆に似合わなくなるだろう。
母の運転する車に乗り、母の行きつけの美容室へと向かう。美容室の入っているビルの駐車場に車をとめ、美容室の入っているフロアまでエレベーターで上がり、美容室のドアを開ける。
「いらっしゃいませ。」
「予約してあった森田です。」と母が受付をすませてくれたので、蒼は案内された椅子に腰かける。
母も担当している島田さんという女性が挨拶してくれ、母の女の子らしくして下さいというリクエストにも、とくに驚くことなくカットに入る。
島田さんがカットしながら、美容師業界はわりとLGBTな人が多いとか、お客さんでも男性なのに女性っぽく切ってほしいという人は結構いるとか話してくれた。
母がどう説明していたかわからないが、完全に僕のことをトランスジェンダーと思われているようだ。訂正しようと思ったところで、カットが終わった。
「こんな感じでいいですか?」
島田さんが鏡をもって全体が見えるようにしてくれている。いままでただ伸ばしてあるだけだった髪の毛が、女の子らしくかわいくショートボブに整えられいる。
女子が「触覚」と言っている顔の横に垂らした前髪で、気になっていたあごのラインもかくれて、すこし女の子っぽくなってきたのが自分でもよくわかる。
結ぶときはハーフアップした方がいいといわれ、そのやり方もならった。島田さんに結び方を習っている蒼の姿を、微笑んでみている母の姿が鏡越しに見えた。やっぱり母は息子が娘に変わる、このシチュエーションを楽しんでいる。
美容院を出て、
「さて、これから買い物に行こう。」と嬉しそうな声で母は言った。
「買い物って、なにを買うの?」と蒼が言うと
「靴とか服とかよ。その髪型だと男物はもう似合わないでしょ。」
と母は嬉しそうに応えた。
美容室へは車で来て地下駐車場にとめそのままエレベータで美容室に入る間、誰ともすれちがわなかったので、店員以外には見られずに済んだが、ショッピングモールで買い物となると、他人に見られてしまう。
そんな蒼の心配を察したのか母は、
「大丈夫だって。その制服で、その髪型で、教えた通り女の子っぽく歩いていれば気づかれないって。それに、蒼が思うほど他人は自分をみてないものよ。」
ショッピングモールの駐車場に車を止め、店内へと歩き出す。
朝からスカート着ていたが、初めての屋外で外気を直接ふとももに感じて、スカートの心細さを感じた。女子ってこんなに頼りないものを着てで外を歩いていたんだと思う。
店内に入るためのエスカレーターでも、下から下着が見えていないか気になってしょうがない。
店内に入ると休日ということもあり、買い物する人で混雑している。そんな中、女子高生の格好して歩くのはすごく恥ずかしい。すれ違う人がみんな自分を見ているような気がする。
「蒼、下向いて猫背だと逆に目立つから、さっき教えた通り歩きなさい。」
母から言われ、家で教えてもらったように背筋を伸ばして、歩幅を狭くひざをあわせるように歩いてみる。すれ違う人も特に蒼のことを見ることもなく過ぎ去って行く、確かに母が言ったように誰も気にしてないようだ。
まずは靴からと、モールの中の靴屋に入り、ローファーと呼ばれる女子が履いている革靴とレディースのスニーカーを購入した。
店員との会話はほとんど母がやってくれたおかげで、25cmというサイズですこし不思議がられたが多分男だとばれずに済んだと思う。
つづいて母に下着売り場に連れていかれた。蒼はおもわず「下着も買うの?」と聞いてしまう。
「やっぱり胸のふくらみがないと、不自然だからつけた方がいいよ。」
何を?と聞くまでもそれがブラジャーを指していることぐらい、蒼はわかった。
男の時は女性の下着売り場は恥ずかしくて、足速に通り過ぎていたが、今日は自分のための下着を買うためにきているが、それでも落ち着かない。売り場を見てみると、男性用の下着にはない、ピンクや紫などの華やかな色と花柄やレースなどのデザインに目が奪われる。
「やっぱりサイズ測った方がいいわね。メジャー借りてくるね」
母はそう言って、店員にメジャーを借りに行った。数分後、母は店員と一緒に戻ってきた。
「やっぱりプロにもらった方がいいから。」
と母は言うが、息子が女性用下着を買うのを面白がっている。
ブレザーを脱いで店員さんに胸のサイズをはかってもらう。流石に筋肉質の平べったい体で店員も男であらことには気づいたみたいだが、
「サイズは80でカップはBぐらいですかね。」とビジネスライクに対応してくれたと思いきや、
「お客様のような場合は、ワンサイズ下のほうがいいといわれていますので、75Bで探された方がいいと思われます。」
とプロらしいアドバイスまでもらってしまった。
母に下着選びは任せてなにげなく売り場を見てみると、花柄のかわいいブラが目に入った。見とれていると、とりあえず3セットでいいかなと選び終わった母がやってきた。花柄のブラをみていた蒼に気づいたみたいで、「蒼も女の子になったね。」といいながら、そのブラも一緒に買ってくれた。
今日の朝までは普通の男の子だったのに、朝からスカートはいて、女の子の練習をしているうちに、少しずつ心も女の子になってきていることに自分でも気づき始めた。