9:第2の事件?
そうして一週間後、ティオ嬢は学校に戻ってきた。
怪我がないのは分かっていたけれど、きっと襲われたことがショックだったに違いない、ティオ嬢はどことなく憔悴しているように見えた。
彼女の周りには既に友人令嬢たちが集まっている。
「まだ犯人は分からないのですか?」
「ええ、なにせ黒ずくめという分かりやすい悪役ぶりなのに、そんな集団が見つからないらしいの」
その言い草に思わず吹き出しそうになって、慌てて咳払いをしてごまかした。盗み聞きしていたことがばれるのも嫌だし、回りの令嬢もまじめな顔をしているのに、何も知らない私が笑ったらおかしいから。
幸いにも誰にも気が付かれなかったようで、彼女たちは話を続けていた。
「犯人が分からないと言うのは不気味ですわね」
「本当に。狙いもよく分からないから、お父様なんて、家の庭にも出てはいけないなんて言うのよ」
「まあ。でもティオ様を狙っているのなら、お庭でも危ないかもしれませんからね」
「わたくしもそう思って大人しくしていたのですけれど、もう限界。せめて学校には行かせてとお願いして、ようやく今日来られたのですわ」
「そうでしたの。でも今、学院は警備が強化されていますし、わたくしたちもいますから、お家よりも安全かもしれませんね」
「ええ、ウーノ殿下もそう言ってお父様を説得してくださったの。それに王宮付きの騎士様も2名、わたくしの護衛に回していただいたの。これ以上に安全な事はないわ」
なるほど。箱入り娘は箱入り娘で大変な事もあるのね、と思いながら教科書を用意する。
それに婚約者が皇太子となれば、最高の警備も回してもらえる。ある意味、彼女はいま最強に安全なのではないだろうか。この状態で襲うのであれば、よほどティオ嬢に恨みがあるか、狙いたい理由があるという事になる。
と、そこへ殿下がやってきた。とたんにティオ嬢の顔が輝き、ふんわりと笑った。
「ティオ嬢。お元気そうで何よりだ」
「殿下。お久しぶりでございます。警備の方を回していただいたおかげで、ようやく登校できましたわ」
「良かった。私もあなたを守るから、どうか安心して授業を受けて欲しい」
「ありがとうございます。そういたしますわ」
そうして見つめあって手に手を取っている、という目の前でキラキラとした仲良しシーンが展開されている。地味な学院制服を着ていても、彼、彼女たちは煌めいて見える。なにせ二人とも金髪の上、美男美女。うおお、眩しい。
と、こっそり眼福していたら、どうやら周りの生徒も同じだったらしくて、目を細めて二人を見ていた。
「エミリーさま」
「はぃぃぃい!?」
びっくりしたびっくりした!! 後ろからいきなり声を掛けられて完全に油断していたからびっくりした!
それでも何とか飛び上がらずに振り向けば、男爵令嬢のセクス嬢とフュ嬢がなんとも微妙な表情で立っていた。
「そのように大きな声を出すなんて、はしたないですわよ」
「は、はい、申し訳ございません」
急に声を掛けるからだろうが、と思わなくもないけれど、いついかなる時も表情を変えず冷静に、が淑女であるから、彼女たちが眉を顰めるのも無理はない。けれども私は庶民なのだから、多少は大目に見て欲しいが、多めに見てくれた結果が、この程度のお咎めなのだ。
「もう少しマナーを磨きなさいな。……それはともかく、エミリー様はいつも放課後図書館にいらしてたわよね?」
「は、はい」
「これから閉鎖されてしまうようだけど、あなた、それで勉強は大丈夫なのかしら? 参考書を買えないのでしょう? 次のテストでクラス替えにならなければよいけれど」
なんて失礼な、などと怒ってはいけない。これは彼女たちにとっては最上級の心配の言葉だ。『本がないのに勉強できる? 大丈夫? なんなら一緒に勉強してもよくってよ? これが原因で点数が落ちたりしないとよいけれど』という意味なのだ。
ちなみにゲームではこれを他の場面で言われて、ヒロインは『本も買えない貧乏人と言われた、バカにされた』と思ってなんて彼女たちは意地悪なの! と逆切れするわけだけれど。
お貴族様の立場を理解していれば、これは意地悪でも何でもなく、本心から心配してくれている言葉だとわかるのだ。
まあ『言い方ァ!』とは正直思うけれども。
だから私はにっこりと笑って、立ち上がって淑女の礼をするのだ。
「ご心配をありがとうございます。でも図書館の閉鎖は放課後だけのようですから、必要な本はその前までに借りておくことにいたします」
「そう? でも図書館自体、危険では?」
そう言ったのはフュ嬢だ。それにセクス嬢が少し考えてからこう言った。
「エミリー様は庶民だから、襲われることなど、あるわけがないでしょう?」
「それもそうですわね」
「わたくしもそう思いますわ」
まあ実際、貴族と庶民が一緒にいる場面で、あえて庶民を狙うわけがないのだが、言い方ぁ! と内心思いつつも、完全同意しておく。
それに二人は頷いて、ニコリと笑って言った。
「まあ、何か必要なものがあったらおっしゃいなさいな。多少の事なら助けて差し上げてよ」
「ありがとうございます。必要な時にはよろしくお願いいたしますね」
ヒロインだったらまた貧乏人だと思って馬鹿にして! と怒る所だろうけれど、彼女たちは本当に親切心で言ってるのだから、こちらも感謝しておく。それに言葉だけでなく、本当に私が必要なものならば、彼女たちは尽力してくれるだろう。
「セクス様とフュ様はお気をつけくださいね。私も微力ながらお守りいたしますから」
「まあ、あなたに護衛など出来るとは思えないけれど」
「そうよ、私たちには護衛がついているのよ。それなのにあなたに怪我でもされたら迷惑だわ。妙な気なんて使わなくていいから、私たちのあとに付いていらっしゃいな。私たちのついでに護衛が守ってくれるから」
「そ、そうですね」
セクス嬢、フュ嬢の順に言葉が返ってくる。ティオ嬢を守ったのがこの私なんだけどね、と思いながらも、これにも素直に頷いておいた。それに満足したのか、彼女たちはニコリと笑って、自分たちの席に戻っていった。
私は自分の席に座って、考える。
万が一にも彼女たちが襲われた時に私が一緒にいれば、なんとか出来るから、なるべくそばにいるのもいいかもしれない。
まあ事件など起こらないに越したことはないけれど。
その時、ティオ嬢が私の事を見ているのに気が付いた。
え、なに、どうしたの?
思わず狼狽えてしまう。今まで教室で目が合うどころか私がいる事を認識しているかも怪しかったのに。
まさか、昨日のが私だと気が付いた? いや、顔は殆ど分からないはずだし、髪の色だって違う。バレるはずがない。
私は冷や汗をかきつつ、視線を少しだけずらして、軽く頭を下げた。
これでマナーは間違っていないはず。いや、立ち上がったほうが良かった? しかしそうすると周りの注目を集めてしまうし……。
ぐるぐると考え込みながら目の端でティオ嬢を確認すると、少しだけ首をかしげて、私から視線を外してくれた。
と、とりあえず、乗り切った……?
接触したくない女子NO1の彼女なのだ。できれば私を認識してほしくないほどに。
私はそっと『存在を薄く』スキルを発動させた。
そのタイミングで、教室の入り口が開き、先生が入ってきた。
授業開始だ。全員が自分の席に戻り、そしていつもの学院が始まった。
********
しかし平和な日は続かなかった。ティオ嬢が復帰して3日後、明日が茶会、という日にまたしても黒ずくめの者たちによる令嬢襲撃が起きたのだ。そしてまたもや、私がその場に居合わせることとなった。
今度は昼休みだった。食堂で食べるのが普通だが、天気が良くて気温もちょうど良いとなれば、広い庭でご飯を食べる者も出てくる。しかもこの学校の庭は校庭なんていうレベルではなく広い。裏庭のほうでさえ、日本のいわゆる校庭の二倍はあろうかという広さだし、表にいたっては速足で一周しただけで10分はかかるのでは?という広さだ。違いは運動場ではない、という事。綺麗に芝生が植えられているし、丘があったり、植木が上手く配置されていて、ちょっとした公園のようだ。東屋なんてものまである。これはマナーの授業でお茶会を開くときに使われるという。
そんな表庭でシューゲ・エット令嬢が昼時に襲われたのだ。
その時私は、昼休みに入ったと同時に図書館に走り、本を借り、昼食を買おうと食堂へ向かうのに、近道として表庭を突っ切っていたのだ。
この学院の図書館は、校舎とは別の場所にある。学院構内をざっと説明すると、校門から直線にのびる道が校舎の入り口と繋がっている。校舎は縦に作られていて、建物に向かって右側に教室があり、廊下が伸びている。
3階建ての校舎の1階は小学部と食堂が、2階は中学部と音楽室や理科室が、そうして3階は私の在籍する高等学部と生徒会室(別名サロン)がある。
廊下側には窓があり、ここから見えるのが裏庭になる。前回のティオ嬢の時はこの窓から裏庭をみていたのだ。
図書館は校舎の突き当り、1階の裏口から外に出て、教室側の表庭へと2分ほど歩くと出てくる。ちなみに食堂はその裏口に近い部分に位置している。とはいえ、裏口は基本的にその食堂の人が使う所で、学生は玄関側から校舎伝いに下っていって、食堂付近からのびる図書館への道を進むのだ。
普段、この食堂からの表庭にはテラス席もあり、また、その近くの表庭にはあちこちにテーブルと椅子も用意されており、昼食をとる生徒で賑わっている。まあ外で食事をするのはお貴族様が中心だが。私もセクス嬢、フュ嬢に誘われて、表庭でピクニック的に昼食を取った事もある。
だがさすがに今は庭で食事をしている生徒はいない。皆、食堂の中かそのテラス席、解放されている音楽室とサロンを使っている。まあさすがにサロンは生徒会に関係している人たちだけだけれど。
そんな中、お昼も取らずに(放課後は図書館が締まってしまうとなれば、この時間帯しか借りられない)図書館へ行く生徒は実は少なくない。テストも近いので、少なくとも庶民は図書館を利用するのだ。
ちなみにお貴族様たちは各自のお屋敷に立派な図書室を持っているし、必要ならすぐに買うから、学院の図書館にこだわることはない。彼らにとっては放課後の優雅な時間つぶし的な意味合いしかない。もちろん、中には絶版されている本や、本学の講師が書いた本、貴重な文献もあるから、それを読みに来ている生徒もいるが、この時期わざわざ図書館に立ち寄るお貴族様は少ないのだ。
私はこの図書館の本が命綱みたいなものだから日参しては参考書になりそうなものや、将来の資格取得に使えそうなものなど、片っ端から借りて、帰宅後に自室で読む毎日を過ごしているのだ。
その日課の図書館参りの帰りだ。ご飯を食べてからでは本を選ぶ時間が無くなることがままある。一人で食べるならともかく、令嬢たちと一緒に昼食を取ったら、確実に無理だ。寮の友人とでも盛り上がってしまうからやはり時間が厳しくなる。とはいえここで一人で食べるのは前世以上に厳しい目をむけられるし、今の警護状況ではなるべく一人では食べないようにとお達しも出ている。でも先に図書館に行くと言っておけば、白い目で見られることもしつこく誘われることもない。いざとなったら昼食は抜いても良いしね。
その日も本を借りて、急いで戻る所だった。それでももう昼休みの2/3は過ぎていて、サンドイッチを口に詰め込むような時間しかないけれど、食べないよりはマシ、と小走りで少しでも早く食堂にたどり着こうと校庭を突っ切っていた。
突っ切っていた、とはいえ、だだっ広いグランドではなく、緑の多い公園みたいな場所だ。こちらから校舎を見ても木々に隠れてよくは見えない、みたいな。
そこに黒い人たちがいるのが見えた。
この学院の制服は、上着を白を基調としているから、黒い服は先生か護衛しかいない。そしてその護衛はこんなところに集団ではいない。ならば先生か? しかし先生方もこの時間は昼食をとっているはず。学院の決まりとして、先生方は外での食事は禁止となっている。だから先生の確率も非常に低い。
ならば、彼らは一体何だ?
嫌な予感がしたのでそのままスルーしようと思ったのだが、聞こえてしまったのだ。『誰か助けて!』というか細い声が。
***
聞こえてしまったら無視することは出来ない。だが助けを呼びに行くにも周りに人がいない。いつもの昼時なら誰かしら周りにいただろうに、外での食事を禁止されている今はだれもいない。
呼びに行く時間もおそらくない。だったら、私が行動するしかないじゃないか。
私は全速で走りながら、変身魔法を唱えた。
校舎と図書館、そして通路から死角になっている木陰に、いくつかの人影と押し殺したような話声というか、争っている声。
ヒロインスキルの『気配を消す』を使い、音がしないように(消せるのは気配だけで音は消せないから)慎重に、しかし素早く近づく。図書館の本を入れたバッグをその場にそっと降ろして、様子を窺った。
立木に囲まれていながら開けた空間にいたのは、シューゲ・エット令嬢と黒ずくめの人たちだった。黒ずくめ6人は令嬢を一本の木に追い詰めている。青ざめた令嬢は今にも気絶しそうだ。
一刻の猶予もない。私はすうと息を吸い込むと、声を張り上げた。
「そこまでですわよ!」
「だ、だれだ!」
私はわざと飛んで、彼らの前に軽やかに着地した。効果的だと思ったのだけれど、枝にぶつかるかと思って冷や汗をかいたのは秘密だ。
「ひと~つ。人の世の生き血をすすり~~」
「ああっ、お前は!?」
おっとどうやら私のことを知っている者がいるようだ。という事は前回と同じ人物ということか。
「ふた~つ。不埒な悪行ざんまい~」
「ま、またそのわけの分からない台詞だと!?」
まあ昭和の日本のドラマの台詞ですから、わけが分からないでしょうねえ。
「お前ら、アレを知っているのか!?」
「み~っつ。醜い浮世の悪を」
「あいつだ、前回、アイツに邪魔をされたんだ!」
ドドン!
「学院に代わって成敗いたしますわよ! 美少女仮面、ミリー参上!」
「お前ら、油断するなよ! あんなのでも相当な手練れだぞ!」
なるほどね、前回いなかったメンバーも入っていると。ついでに手練れとかいう相手の台詞も時代劇くさい気もするけれど、気のせいかしら?
完全に彼らと対峙した私は、前回同様、確認をする。
「そこのお嬢さん。そこの黒ずくめはあなたのお知り合いで、これはただのお話し合いでしょうか? それとも、お困りの状態で、助けが必要でしょうか?」
「知らない人たちです! 助けて!」
「かしこまりました!」
エット嬢からも、ティオ嬢と同じ答えが返ってきた。
どう見たって黒ずくめが怪しいだろうということなかれ。貴族優位の社会では、たとえ黒でも白くなる。
黒ずくめの彼らが貴族に虐げられていて、その改善を求めて令嬢にただ接触している、という可能性だってあるのだから。
だが黒ずくめも反論してこないから、令嬢が正しいという判断になる。
まあただ直訴するだけの人が黒ずくめの扮装して、人目のつかないところで追い詰めたりしないけどね! だけれども念のためね!
私は黒ずくめを睨みつけた。とはいっても仮面越しだからどこまで眼力が通用するかは分からないけれど、雰囲気大事!
「あなた方、また服を無駄にしているとクレームをつけているのですか?」
「ふ、服?」
「そいつらが粗末に扱うのは服だけじゃない! 貴族以外はゴミと思っていやがる、その態度だ!」
「具体的にはどのような?」
服? と目を丸くしたシューゲ嬢の様子から、今回は服の話題ではないらしい。では、今回は何なのだろう。
「今のこの学院を見てみろ! 貴族の護衛で溢れているが、庶民には護衛は付いていないんだぞ!」
「それはそうでしょう。護衛を雇うにはお金がかかります。狙われる確率の低い庶民が、わざわざ雇う必要がありませんから」
「ち、違う! だからこそ学院が警備を雇って、全員を護衛すべきなんだ!」
「貴族付きの騎士以外の警備は、全生徒を護衛してくれていますわよ」
「ええい! うるさい!」
ああこれはだめだ。聞く耳を持たないタイプだ。前回でわかってはいたけれど、やっぱり話し合いには持ち込めないか。ならば仕方がない。
「手を引くなら今のうちですわよ?」
「うるさい! 小娘が!」
令嬢の一番側にいた黒ずくめのリーダーらしき人物がそう言って、周りに手で身振りをすると、彼らはさっと二手に分かれて、令嬢を捕まえようとするものと、私に向かってくるもので対応してきた。
流石に前回は油断してくれていたけれど、今回はしっかり警戒してきている。
だが甘い。ヒロイン補正を持つ私に、そんな少人数で対戦しようとは。
勢いよく向かってきた3人を、私は強度最強までに強化した杖のひと振りで倒した。見た目だけではないのよ、この杖は。
ちなみに今回の杖は、まっすぐな金属の棒の頭にひし形っぽいアミュレットっぽい宝石もどきが付いているアクセサリーを巨大化したものだ。この棒とアミュレットに強化魔法をかけて金属バット並みの強度にしてあるのよ。オホホホ!
でもそれを一振りしただけで倒れるとは、やだ、普通に弱いわ、この人たち。
そしてその光景に唖然として立ちすくんでいる、令嬢の側にいる3人にダッシュで近寄ると、これも杖を一閃して倒す。そうして倒れたリーダーらしき男(声が男だった)にだけ聞こえるような小声でささやいた。
「安心してくださいな。峰打ちですから」
すみません、言ってみたかっただけです。峰打ちも何も、杖で殴っただけですから。刃物でも何でもないですから。ただボコっただけですから。粉砕骨折はしないくらいには手加減した、という意味です。はい。
「す、すごい……」
リーダーらしき人物も倒れたところで、ボソッというつぶやきで我に返ると、令嬢が呆然と私を見ていた。
いけない、すっかり彼女を忘れていた。私はにこりと笑って、彼女に手を差し出した。
「お怪我はありませんか?」
「え、ええ、大丈夫です」
「それならよかった。ところで護衛の方は?」
令嬢令息には授業時間外は護衛が付いていたはず、と小首をかしげながら聞くと、食堂でお昼を買うだけだからと連れてこなかったという返事が返ってきた。いや良いのか護衛がそれで!
「護衛の彼は今日、ちょっと体調を崩していましたの。ですから休息所で休んでいてもらってと思ったのですけれど……」
彼らは護衛中は飲食をしないから、私たちが授業中に護衛待機場所の一つである休息所で持参の食事をとる。令嬢は友人と行動を共にするから、護衛の一人くらい居なくても問題ないと考えたそうだ。
だが、いざ食堂に来てみたら、小学部の生徒らしき子供が『お庭(校庭)に落とし物をしてしまった』と泣きそうになっているのを発見、子供に先導されて落としたとおぼしき場所で、別れて探していたところ、いきなり黒ずくめが出てきたのだという。そして子供はいつの間にかいなくなっていた。
「……その子供は本当にここの生徒だったのですか?」
「制服を着ていましたから、そうだとばかり」
小学部はほぼ貴族の令嬢令息だから、貴族仲間なら見知っているはずなのだが、中には接触の少ない貴族の子供もいるので、彼らとて全員を把握しているわけではない。この学院内で制服を来ていれば、生徒だと思うのは無理ないことだ。
「その子も彼らに利用されたのかもしれませんわね。何よりも早くここを離れましょう。他に仲間が来るといけない」
「ええ、そうですわね」
「私はこの人たちを動けないように縛り付けてから行きますから、あなたは先に行って、先生方か護衛の方を呼んできてください」
「え、いやよ、怖いわ! 一緒に来て!」
「えっ!?」
彼女は私の手をガシッとつかむと、潤んだ瞳で私を見上げてきた。身長にそんなに差はないのだけれど、うまい具合に見上げてくるものだから、その可憐さに思わずキュンとしてしまう。
確かに騙されてここに連れてこられた上、一人で行けというのは令嬢にはキツイかもしれない。とはいえ私がこの扮装のまま校舎まで行くことは出来ない。行けないけれど。
「……分かりました、一緒に行きましょう」
「ありがとうございます!」
令嬢は微笑んで私の手を取りなおす。私も苦笑しながら、彼女の手を引くように歩き出した。
そうして、校舎が見えるところまで一緒に歩いて、彼女が生徒を見付けて思わず私の手を離したのと同時に、足に風の魔法を纏わせてジャンプして一瞬で見えない距離まで戻った。
彼女が気が付いて周りを見回すころには、私は先ほどの木立の中へと戻っていた。
そうしてまた、そこには誰もいないことに愕然とした。ここを離れたのは時間にして2~3分だというのに。
しかも全員気絶していたはずなのに、誰も周りにいないとは。
「他にも仲間がいたという事?」
素早く辺りを見回しても、誰もいないし気配もない。
丹念に調べたいところだけれど、きっと令嬢が先生や護衛を連れて戻ってくる。その前に私もここを去らないといけない。
私はもう一度足に風の魔法を纏わせて、ジャンプした。空中で変装を解き、木々を飛び越えて図書館近くに人気のない通路に降り立つ。そのままもう一度図書館に入り込んだ。
受付のお姉さんが少しだけ、さっき出て行ったばかりなのに、何をしに来たんだろうと言わんばかりの不思議そうな顔をしたけれど、にこりと笑って棚に急ぎ、適当に選んだ参考書をカウンターに出せば、借り忘れたのねと勝手に推測してくれたので助かった。
その時、外から慌てた様子で先生の一人が入ってきて、急だけど図書館は閉鎖になりました、生徒の皆さんは速やかに集まってくださいと声を張り上げた。
図書館は静かに! が基本だから先生の声はよく通り、数少ない(食事時間だから)利用者は、慌てて必要な本を手にカウンターに集まった。その数、4人。私を入れて5人。
先生は私たちを連れて図書館を出て、通路を通って校舎まで誘導してくれた。
その途中、先ほどの襲撃現場付近に人が集まっているのがちらりと見えた。
何か手掛かりが落ちていたりすれば、彼らが見つけてくれるだろう。私は素知らぬふりでその場を立ち去った。
お読みいただきありがとうございます。面白かったらイイネをぽちっとお願いいたします。