8:事件の次の日
説明回です。
「はああぁあ! 正義の味方って、気持ちいい!!」
魔法少女もどきが悪役をぶっ飛ばす。それは思った以上に気持ちが良かった。
こういう時の行動力はエミリー自身のものだなあと思う。えみりなら逃げ出すだけだから。
私はあの後、気配を消してあの黒ずくめをやっつけた所へと戻ってみた。だけどその場所にはすでに誰もいなかった。暫くは気絶しているかと思ったのに。
特に証拠となるものも落ちてなかったので、誰かに見られる前にもう一度飛び上がり、屋根の上で変装を解いて、そのまま屋根の上を移動して、自分が校舎から出てきた窓付近に誰もいない事を確認して着地。校舎から飛び出た時に持っていた荷物をこの窓の外に全部置いて行っていたのよね。という事でそれらを回収し、ついでに気配を消す魔法を使いつつ、校内にも誰もいないのを確認して、窓から廊下に戻り、そのまま何食わぬ顔で正面玄関から校舎を出た。
歩きながらティオ嬢を座らせた辺りを窺うと、従者らしき人たちが彼女を支えながら校門に向かっていた。良かった、ちゃんと合流できたのね、と安どのため息をこっそりとつきながら私は寮の部屋に戻ってきた。
そうして部屋に防音の魔法をかけて、ずっと我慢してきた先ほどの台詞を叫んだのだ。
「やっぱりティオ嬢可愛い! なんだかすごくいい匂いもしてた! あんな子が悪役令嬢になるとか、ヒロインどれだけあくどい事をしていたのか! ってあたしか! いやしないけど! 絶対!」
ちょっと接しただけでも彼女がいかに良家のお嬢様かが分かった。アレをフるとか、王子は全く見る目がない。やっぱりヒロイン役の私は、彼らに近づかない方が良い。うん。ヘタに近づくとだれも幸せになれないから。
ちなみに引きこもり気味のコミュ障な廣井えみりだった私が、こんな大胆な動きを出来たのは、コスプレをしていたおかげだ。
『自分ではないキャラクター』の姿になる事で、大胆に行動できるようになるのだ。
だから前世の私がコスプレを好きだった、という一面もあるほどに。
しばらくベッドの上でゴロンゴロンとあの時の興奮を思い出して悶えていたが、ふと気が付いた。
結局あの黒ずくめの集団は一体何だったのだろう。
あの時はティオ嬢がおかしな集団に追われている、助けなきゃ、という一心だった。
だが考えれば考えるほどおかしい。
まず学院に不審者が入れるわけがないのだ。
何せ各貴族の令息令嬢、なにより皇太子を預かっている学校だ、セキュリティの厳しさははんぱない。まず校門には騎士の中でも腕利きの者たちが立ち番をしている。
学校をぐるりと取り囲んでいる塀にも、各所に警備の者が立って目を光らせている。学生は門に立っている教師たちが顔を覚えているからそのまま入れるが、1年生は先生方が全員の顔を覚えるまで、生徒手帳の携帯が必須になる。構内には警備の者はいないのだが、門の所には目を光らせる受付があるから、来訪者はそこで身分証を見せて、入校手続きをしてからでないと入れない。
だいたい塀の周りの警備だけでも外からの人間がこっそり入るのは不可能だ。それに警備にふんして不審者が入らないように、警備の人たちも身分の確かな人たちばかりだし、構内には最低限の警備しかいないのだ。
そんな学校に完全なる部外者、それもあんなどう見たって怪しい黒ずくめが簡単に入れるわけがない。
それに相手が何にせよ、何故ティオ嬢を狙ったのか。
彼らの目的は、誘拐だったのか、それとも彼女の命だったのか。はたまたただのクレーマー集団だったのか。
ゲームではこのような荒事は起きなかった。ヒロインの恋愛メインだったし、そのわきで事件など起きてはいなかったはずだ。
私が攻略対象と関わらないから、シナリオに変化が現れたのだろうか。
それにしても物騒な話になってきてしまった。誘拐金目的ならば私が狙われることはないだろうけれど、同級生がさらわれるとか見過ごすわけにはいかない。
「少し探りを入れてみた方が良いかもね」
私はそう独り言ちた。
*************************************
次の日、学院に行ってみると昨日の話が一気に広まって学院内中うわさでもちきり!
なんてことはなかった。そこに広がっているのは、いつも通りの日常だった。もしかすると、ティオ嬢の家が無責任な話が広まらないように手を打ったのかもしれない。令嬢がおそわれたなど、公表しにくいものだろうから。
私は教室の自分の机に腰掛け、そっと教室内を見回した。いつもはもう席に着いているはずのティオ嬢はいない。さすがに昨日の今日で休みなのだろうか。
その婚約者である皇太子もまだ教室には来ていない。ふと気が付いてよくよく見たら、他の攻略対象もいない。
ああこれは、もしかしてサロンとかに集まっているパターンかもしれない。
彼らは周りに聞かれたくない話があるときはそこに籠るから。
さりげなく近づいて彼らの会話を聞く計画がさっそくダメになってしまった。そう思っていた時、女子生徒の声が聞こえてきた。
「今日はティオ様、お休みだそうね」
「そのようね。昨日なにかあったとか聞きましたけれど」
「ええ、大丈夫なのかしら」
そう心配そうに小声で話す彼女たちは、攻略対象の婚約者たちでもある令嬢たちだ。ティオ嬢とも仲が良い。
ゲーム内では彼女たちにもヒロインの常識のなさをたしなめられたものだけれど、学校で接する彼女たちは優しい立派な令嬢だと思う。多少態度がでかい所はあるけれど、それは貴族令嬢として当たり前の振る舞いだし。
私が教室の片隅の机でひっそりと回りの様子を窺っていると、皇太子一行が担任の先生と一緒に教室に入ってきた。立ち話をしていた生徒たちもそれぞれの席に着席する。
「授業の前に皆に話がある。詳しくはウーノ殿下から」
先生はそう言うと、教卓を殿下に譲った。そうして殿下が先生に一礼してから教卓に、その周りに攻略対象の令息たちが立つ。殿下は席に座っている皆を見回すと、直立して話し始めた。
「これはまだ機密事項なのだが、この教室の皆を信じて話すことにする。だからこの話は他言無用で頼む」
そう言うと教室内をぐるりと見回す。その途中で私とも一瞬だけ目があった。全員の反応を見ているようだ。思わず息をつめていて正解だったと思う。そうして殿下は一息ついてから、話の核心に入った。
「昨日、ティオ嬢が校内で何者かに襲われた」
途端に息を吸う音のような小さな悲鳴がいくつも上がる。令嬢たちは口を両手で覆い、顔を青くした。私も同じように口を両手で覆う。
周りはなにかがあったと噂で聞いていても、まさか校内で襲われたとは思わなかったようだ。
「幸い、ティオ嬢は無事に保護された。だが犯人と目的は不明だ」
殿下はもう一度教室内をぐるりと見渡した。
「彼女は見知らぬ女生徒に助けられたと言っていた。お陰で彼女は無傷だが、暫くは念のために学院は休むことになった」
周りの生徒たちから安心したとため息が漏れる。本当に彼女が無事で良かった。しかしティオ様、よくあの姿の私がここの生徒だと思ったな。まあ制服アレンジした衣装だったからなあ。
「本来は先生から伝えてもらう内容なのだが、今回はティオ嬢が狙われているので私が話をさせてもらうことにした。皆も知っての通り、彼女は私の婚約者でもあるからその関係で狙われたのかもしれない。そこで今後警備を強化する必要が出てきた。皆にも迷惑をかけることもあるかもしれないが、皆の安全のためだと理解してほしい」
殿下はもう一度ぐるりと教室内を見回してから、先生に一礼して教壇から離れて並んだ。入れ替わりに先生が教壇に立つ。
「今回狙われたのはティオ嬢だったが、他の生徒が狙われていないとは断言出来ない。だからいま殿下からあった通り、今後構内の警備を強化することになった。表の庭、裏庭それぞれの入り口、それと校舎入り口にも警備員が配置される。各自護衛をつける生徒は、一人につき護衛一人は校舎内に配置してよいことになった。授業中は護衛は廊下か待機部屋での待機となる。それと生徒は全員、授業終了後、速やかに帰宅するように。あわせて放課後の図書館を始めとした施設は、しばらくのあいだ閉鎖となる。皆には落ち着かない学院生活になるかと思うが、理解してほしい」
先生の言葉に全員が頷く。命あっての物種だ。協力しないわけがない。
私にとっては図書館を使えないのは痛いけれど、犯人さえ捕まれば必要以上の警備は解除されるのだから、しばらくの我慢だろう。
それに私は目撃者だ。表立っては捜査に協力は出来ないけれど、自分でも情報を集めて犯人逮捕に協力したいと思っているのだ。
「それと、体験学習の女子のお茶会と、そのあとのテストがそれぞれ一週間ずつ延期となる。テスト範囲は同じままだから、各自用意を怠らないように」
先生の話が終わると、殿下たちもそれぞれ席に戻って、授業が始まった。
この状態で今週茶会を開くのは無理だろう。中止にならなかったのが不思議なくらいだが、このAクラスはともかく、Bクラスは茶会を楽しみにしている生徒が多いからゆえの配慮だろうか。
Bクラスはほぼ庶民だから、お茶会というもの自体が楽しみなのだ。かく言う私も楽しみだけれど、Aクラスでの茶会は遠慮したい。Bクラスに交ぜて欲しいと切に願っているのだけれど、これがクラス単位だから仕方がない。クラス単位で時間をずらしての開催なのだ。
その日から、廊下に警備の騎士たちが立つようになった。人数を制限しているとはいえ、帯刀して騎士服で立たれるとそれだけで圧が凄い。Aクラスは貴族ばかりだから警備がいるという状況にも慣れている生徒ばかりだけど、Bクラスは浮足立っているようだ。まあ騎士は非常に人気の職種だし、結構イケメンだし、若いしね。教室内でも騎士様の話で持ち切りだったというのを、寮で教えてもらった。
犯人が早く捕まってくれるのを心から願うけれど、騎士様たちは残ってもらいたいと言っているのよ、とオレリーちゃんは苦笑していた。
そうね、と私も応えた。いてくれるだけで安心出来るというのは、本当に良いものだから。
お読みいただきありがとうございます。次はどんな展開かなと興味を持っていただけましたら、イイネをぽちっとお願いいたします。