7:ジャーノ侯爵令嬢、ティオ
ゲーム内での皇太子の婚約者であり、悪役令嬢のティオ嬢の登場です。
そんな風に毎日勉強を頑張っているある日。
図書館で勉強をして、遅くならないうちに帰ろうと校舎を出るべく廊下を歩いていた時に、窓から校舎裏にあたる裏庭を、女子生徒が走っている姿が見えた。
あの印象的な金髪縦巻きロールはティオ・ジャーノ嬢では? いや、令嬢が裏庭にいるなどということがまずはあり得ないし、その上、走るなどということがあるわけがない、ともう一度よく見たが、やっぱりティオ嬢にしか見えない。そうして彼女は後ろを振り向き振り向き走っている。
これは何かがあったのだ、と直感的に思って、私はその窓から外に飛び出した。
***
金髪縦巻きロールはティオ・ジャーノ嬢は、ゲームの中ではいわゆる悪役令嬢扱いだった。でも彼女はまったく間違ったことは言ってないし、していなかった。
彼女が画面に出てくるたびに、地の文では『なんで彼女はこんなに意地悪なんだろう(ぷんすか)』とかエミリーは言っていたけれど、私はその時からエミリーの方が間違っていると思っていた。
エミリーがお馬鹿な事を言うたびに、お前が間違っているんだ! 彼女は教えてくれているだけだ! っていうか皇太子! エミリーよりもティオ様の方が断然良いじゃないか! 女の見る目なさすぎだろう! と吠えまくっていたくらいだ。
そしてこの世界に来てその思いはますます強くなっている。元々まっすぐな強さの彼女が好きだったから、彼女を泣かせるようなことは絶対にしないし、誰にもさせない。
そんな思いが強くて思わず飛び出してしまったのだ。
距離はあったけれど、彼女の特徴的な金髪は遠目にもよくわかる。誰かいれば助けを求められるのに、こんな時に限って周りに誰もいない。私は焦りながら速度を上げた。
なにせヒロイン特権で私は足だって速い。見失うことなく、校舎の裏で彼女を見付けることが出来た。だが何という事だろう、彼女はすでに黒づくめの集団に囲まれているではないか!
黒づくめと言っても推理アニメのような全身黒タイツではない。オビワンケノービのような頭からすっぽり覆うようなマントというかコートを着ている集団だ。あんなものを着ていたら暑くていられないような季節なのに。
どう見たって普通じゃない。お家の方が迎えに来ているとかでは絶対にない。
彼女を助けなくては! でもどうやって!?
なにより私がこのまま飛び出したら目立ってしまう! それで彼女と仲良くなれたとしても、それは嫌だ! そこからゲームのストーリーが始まったらどうする! 何せ彼女の婚約者は王子なのだ! 恩人よと紹介されたら王子に見初められることも考えられる。そんな王子様ルート、絶対に避けなければいけない。
黒づくめは彼女を取り囲んでいるけれど、まだ手を出したりはしていない。聞こえないけれど何か話合っているようだ。それにティオ嬢が青ざめた顔を横に振っている。
そうだ! 変身しよう。それで彼女を助ければいい!
私の魔法はヒロイン補正で攻撃、防御、回復のオールマイティだ。普通はどれかに特化するものだけれど、私は全部が上級なのだ。
あとは身分がばれないように変身すればいい。いつも通り用務員に……と思ったけれど、助けた後に『名乗るほどのものではございません』と去ったとして、しかし用務員の服を着ていたとなれば本物の用務員さんたちに迷惑が掛かってしまうかもしれないし、本物でない用務員がいるとわかったら、ちょくちょく変身できなくなってしまうかもしれない。
どうしよう、でも早く助けないと!! ああっ、黒づくめがとうとうティオ嬢に手を伸ばして、ティオ嬢も倒れそうなほど真っ青な顔になっている! 捕まるのが早いか、気を失ってしまうのが先か!
ええい、ままよ!!
****
「そこまでよ! その方を放しなさい!」
「だ、誰だ!!」
魔女っ娘もののお約束のやり取りが校舎裏に響く。ティオ嬢と黒づくめたちは慌てて周りを見回し、そうして、校舎の屋根から飛び降りてきた人物を見付けた。
ふわふわとしたピンクゴールドのふわふわな髪はツインテールに結ばれ、動きと共にかろやかに揺れる。
「な、なにやつ!」
「ひと~つ。人の世の生き血をすすり~~」
膝上10㎝のフレアたっぷりの学院の制服と同じ柄のミニスカートに10㎝のレースを付けて、チュチュで思い切り膨らませている。膝上までのハイソックスに、上着は胸元に大きなリボンを付け、ミニ丈のジャケット。袖は思い切り姫袖で、こちらもフリルふりふりだ。
「な、なんだコイツは!」
「ふた~つ。不埒な悪行ざんまい~」
アクセサリで買った、宝石風の飾りが付いているおしゃれペン。それの先端に桜っぽい花をかたどった飾りが付いているのでその中にさらに赤い宝珠的な石を配置して、持ち手部分もあれこれデコってみたらこの世界ではあり得ない杖になった。いやペンだけれども。大きな紙があったらちゃんと文字をかけるけれども! それを巨大化させれば、パッと見は杖に見える。
「コイツ、なにを言っているんだ!?」
「み~っつ。醜い浮世の悪を」
ドドン!
「学院に代わって成敗いたしますわよ! 美少女仮面、ミリー参上!」
顔には、鼻より上に狐っぽい面をつけ、ピンクのルージュで彩った唇は甲を描く。このお面もアクセサリの巨大化です。ちなみに自分で作りました。レイヤーはハンドメイドもお得意よ!
ドドン!
あ、ドドンはそういう効果音が鳴っていると思ってください。
ちなみに名前と口上は、おばあちゃんの家で見た時代劇から借りています! 名前は今決めました!
私の登場に黒づくめたちは明らかに狼狽えた。そりゃあそうだろう。その中でティオ嬢は真っ蒼な顔をしつつも、気丈に立っている。
ティオ嬢を中心点として黒ずくめは円を狭める形で彼女を追い詰めていたのだが、私は彼女の前に降り立ち、ニコリと笑って彼女に話しかけた。
「そこのお嬢さん。そこの黒ずくめはあなたのお知り合いで、これはただのお話し合いか、何かの打ち合わせ中ですか? それとも、お助けいたしましょうか?」
「知らない人たちです! 助けて!」
「かしこまりました!」
万が一にも誤解で相手を攻撃してはならないと確認してみたけれど、やはり敵で間違いないようだ。
私は手に持っている魔法の杖を、彼女の一番近くにいるリーダーらしき者に向け、視線でその周りの黒づくめを捕らえた。
「さあ、その人を放しなさい。いまティオ嬢を解放すれば手荒なことは致しませんわよ」
「なんだお前は! 引っ込んでいろ!」
「そうはいきません。しかしあなた方の言い分も聞きましょう。どのような理由でその方を襲っているのですか」
「お前も貴族か……? いや、貴族がそんな破廉恥な恰好をしているわけがないな」
「破廉恥とは失礼な! 可愛いでしょうが!」
まあこの世界のお嬢様たちは絶対にしないような恰好だけれども。いわゆる魔法少女姿だからね!
「かわいい……? い、いや、そんな事はどうでも良い! お前のその奇妙な服をどこで作ったか知らないが、どうせ一回着ただけで捨てているんだろう!? その女のように!」
「はあ?」
「服を1回で捨てて何が悪いというの?」
私とティオ嬢の疑問の声が、ほぼ同時に上がった。返答的には真逆の意味だけれど。そしてそれに激昂したらしい黒づくめの唸るような声がした。
「俺たち庶民はなあ! 擦り切れるほど同じ服を着て、擦り切れたって何度も何度もあて布をしてをして直して! どうにも直せなくなったら、雑巾にして、最後まで無駄にしないんだよ!」
「雑巾……って何かしら?」
「汚れたものを拭くのに使う、タオルのようなものですわ」
「それをわざわざ服から作るのですか? よくわからないですけれど、汚れたタオルから作ればよろしいのではないの?」
「普通はそうなのですけれども」
この国は平和で豊かだし生活保護制度も充実しているので、そこまで服を使い切らないと生活できない人はいないと思うのだけれど。私が知らないだけでそういう人もいるのかもしれない。
相手を無視して私がティオ嬢と話をしていると、どうやら聞こえたらしい黒づくめが叫んだ。
「タオルを買えない庶民もいるんだよ!!」
いるのか。
「ほらな! お前ら貴族はそうやって庶民を下に見ているんだ! おおかたタオルなんてどこでも手に入ると思っているんだろうよ!」
「えっ? タオルって畑に生えているのではないのですか?」
うん、ティオ嬢はいきなり何を言っているんだろうね。さすがに黒づくめもこの返答にはあっけに取られて、反論も出来ないようだ。
「だって、小さい時にお兄様にタオルは畑で育てていると教えていただいたので、てっきり……」
私も15年この世界で生きてきた記憶があるし、図書館で植物の本も読みまくったけどそんな畑は聞いたことも見たこともない。だが、ふと思いついた。
「もしかすると、それは綿花の事かもしれませんね」
私がそう言うと、ティオ嬢だけでなく、黒づくめも一斉に私を見た。結構不気味だからやめていただきたい。
「綿花?」
「タオルの元となる繊維の事です。一年草のそれを育てると、ふわふわの繊維を纏った種が出来るんですけれども、このふわふわ繊維を紡ぐと、木綿糸になります。それを紡いで織ったのが確かにタオルなので、畑で育てるというのはあながち間違いではないですわね」
「糸というものは、魔山羊の毛で出来ているのではなくって?」
「そちらも糸ですけれども、木綿糸は植物から出来る糸なのですよ」
魔山羊というのは前世の世界で言う所の羊みたいな動物だ。ただし魔という名前が付いているのからも分かるように、魔物の一種である。とはいえ狂暴などではなく、非常に可愛らしい。ただし怒らせたら怖いし、その歯には毒があるので噛まれると最悪、死を迎えることになる。
そしてそのモッフモフの毛は、毎年春と秋に生え変わりで、脱皮のようにズルリと剥ける。その毛はウールではなく、化繊繊維に似たものになる。ポリエステルとウールを混ぜたような感じ。軽くて丈夫で暖かいので、服だけでなくドレスの生地にも使われている。
「でも、畑に生らないにしてもタオルがあるのに、わざわざお洋服でタオルを作るの?」
おっと話が戻ってしまった。
「捨てる前の最後の働きで、服の一部を切り取って、お掃除に使ってから捨てる、という事ですわ」
「そ、そうだ! 俺たちがそうやって苦労に苦労を重ねているのに、お前らは制服でさえ使い捨てる! そうやって俺達からむしり取った税金を無駄遣いしているんだ!!」
「流石に制服は1回で捨てたりはしませんわ。何度かは使っていますし、着ないものはお洋服屋さんがまとめて持って行って、庶民のお店で活用してくれているはずですわ。確かに社交界で使ったドレスは一度きりしか着ませんけれども」
私、黒づくめ、ティオ嬢の順の会話だ。
基本的にティオ嬢は何を責められているのか分かっておらず、それに黒づくめがさらに激昂して、というスパイラルに陥っている。このままではこの話は延々に続いてしまうだろう。彼らには早急に、穏便にお引き取り願いたい。私は黒づくめに向かって話しかけた。
「あなた方は、王様をはじめとした貴族も庶民同様の服を着るべきだと言うのですか?」
「そうだ! ドレスなんて必要ない! そうすれば税金も安くなるし、俺たちの気持ちもわかるだろう!」
「そんな……!」
黒づくめが我が意を得たりとばかりにドヤって言い、それに対して悲鳴のような声でティオ嬢が叫んだ。
「ではあなたが例えば大きな取引をしに行ったとしましょう。取引相手が雨漏りしているような家で、着古してつぎはぎだらけの服を着て、出がらしのお茶を欠けた茶碗で出してきたとしたら、大口の取引をしますか?」
「なんだと? 馬鹿かお前! するわけがないだろう!」
「そういう事です」
「な、何がだ!」
「人は見かけで相手を判断してしまいます。みすぼらしい王侯貴族と対等に取引しようなどという国が現れるでしょうか? 一方的に下に見られて不利な取引しかできませんよ。むしろそんなトップがいたら鴨葱とばかりに攻め込まれて侵略されるでしょう。ですからそうならないために他国に劣らない、立派な屋敷に住み、美しい衣装をまとって挑むのです。国を背負う決意を込めて。その代わりに彼らには自由がない」
「ないわけがないだろう!」
「彼らは伴侶さえ自由に決められません。そして常に、命を狙われる危険と隣り合わせです。まさに今のこの状況のように」
「うるさい! どんな理由があろうとも、贅沢は敵だ! やつらがいる限りこの国は豊かにはならない!」
「酷いわ! ちゃんと使い終わった服を、あなたたちに払い下げているでしょう!?」
黒づくめから日本の古いスローガンが飛び出してきたよ? そしてティオ嬢はどうして彼らをあおるかな。現に彼らは一様に額に怒りマークを浮かべて戦いの構えを取り始めた。
ダメだ。話し合いでは解決できそうにない。
彼らが言う事が全て間違っているとは思わない。私自身、ティオ嬢を庇うためにこんな発言をしているけれど、贅沢過ぎる行為には反対なのは、彼らと同じだ。
一応先のような理由で貴族行動の理解はできるけれど、共感性はイマイチというか。
だからと言って黒づくめに共感することも出来ない。
私はため息をつきながら、彼らの前に一歩踏み出し、手の杖で黒づくめを指した。
「どのような理由があろうとも、多勢でか弱い女性一人を襲うなど言語道断! あなた方が力ずくで彼女を襲うなら、こちらも力ずくでもその方を返していただきますわよ」
「やれるものならやってみろ! お前のような破廉恥な恰好をした娘なんぞに我々がやられるものか!」
やかましいわ! この可愛さが分からないとは、すなわち悪!
「お人さまをお助けするのに、服装など関係ありません。ご自分たちの悪行を反省するどころか正当化するのならば、遠慮はしません。行きます! とぅ!」
先ずはティオ嬢を保護しなくてはと、私はジャンプ一発で彼らの真上まで飛んで見せた。もちろん脚力だけでなく、ジャンプした瞬間に風魔法を使って飛び立っているわけだけど、視覚効果もあって彼らは唖然としている。
その隙に、私はティオ嬢の隣にいる黒づくめのリーダーに狙いを定め、風の魔法を調節して、筋肉強化魔法をかけた足での回し蹴でソイツを蹴り飛ばす。落ちてきた勢いと魔法の効果で、面白いように吹っ飛んだ。
蹴り飛ばした勢いを利用して、さらに隣にいた黒づくめを両足で蹴り、そいつも吹き飛ばす。
着地と同時に杖もといステッキを反対隣にいた黒づくめに向けて、炎の魔法で吹っ飛ばす。
直ぐ近くにいる一人には野球ボール大の氷塊をぶつけ、ティオ嬢の元へと飛び、彼女の前に立って、残っている四人全てに氷塊を降らせ、肉体強化魔法を自分に掛けてティオ嬢をお姫様抱っこして飛び上がり、彼らから離れた場所に飛んだ。
そして私の着地と同時に、背後で黒づくめたちがドサリと倒れた。
ふっふっふ。完璧なタイミングだわ。さすがヒロイン補正! なんでもできるわ! デビュー戦としても完璧ね! と言ってもそんな何度も正義の味方をするつもりはなくってよ!!
「あ、あの……」
おっとティオ嬢を忘れていた。私はにっこりと笑って抱えていた彼女をそっと降ろした。
「彼らから逃げているように見えたのでお声を掛けてしまいましたが、ご迷惑ではありませんでしたか?」
「とんでもない! 帰ろうと校舎を出たら、いきなり彼らの一人に強引に腕を引かれて、慌てて振りほどいて必死に走ったら、こちらの方に追い詰められてしまったのです。あなたが助けてくれて本当に良かった、ありがとうございます!」
ティオ嬢はそう言って、涙目で私に頭を下げた。
彼女はゲームの中ではいわゆる悪役令嬢だった。私はゲーム内で彼女から婚約者である皇太子を奪う立場にいた。だからこの世界では彼女に接触することのないよう、教室でも絶対に彼女には近づかないようにしていた。そしてティオ嬢には前世のプレイ中にも思ったことだが、やはりいい人だ! こんないきなり現れた訳の分からない人にまで、きちんと感謝してくれるのだから!
「あなた様のお役に立てたのであれば嬉しいですわ。お迎えの方は、正門にいらしているのでしょうか?」
「ええ」
「ではお近くまで護衛をいたしますわね」
「あ、ありがとう……。そ、そのあなたは一体……? い、いえ、そんな事よりも窮地をお救いいただいたのですから、ぜひとも御礼を……!」
いきなり現れた魔法少女が「そんなこと」かーい、と内心ツッコみつつ、短いスカートをちょっと摘んで、カーテシーを披露してみた。これねえ、ミニスカートでやると足が見えて、私のような慣れてないものだと美しさ皆無なのよね。
「たんなる通りすがりの者です、お気になさらず。それよりも早く行きましょう。皆様もきっと、心配されていますよ」
「あ、ええ、そうね」
「では失礼して」
「きゃっ!!」
お嬢様は足が遅い。ついでに先ほどの襲撃で、彼女の足も震えているようだったので、私はティオ嬢を再びお姫様抱っこして、そのまま風魔法を使って飛び上がった。
可愛らしい悲鳴が上がり、ティオ嬢が私にしがみつく。その大きなお胸がたゆんと私のあごにあたり、ちょっと役得、と思ってしまい、苦笑する。
そのまま一気に3階建て校舎の屋根を超えて、表の庭へ着地する。校舎の表ではあるけれど、正門から外れたここは、この時間、校舎内にも庭にも人影はほぼないから見られる確率は低い。毎日、私はこの時間に帰るし、嫌がらせから逃げる時のポイントもすべて調べてあるから間違いない。そうして実際にちょっと離れたところに生徒たちの姿はあるものの、こちらを見ている人はいないし、周りに人影もない。
足がガクガクになってしまっているティオ嬢をそのままお姫様抱で少しだけ進み、校舎の脇の花壇の所で降ろして、ハンカチを取り出して花壇を取り囲むレンガの上に敷いて、手を引いてティオ嬢をそこに座らせた。
「ここならすぐに誰かが来てくれますわ。数々のご無礼をお許しくださいませね。ではごきげんよう」
今度は騎士のような挨拶をして、彼女が、あ、まって、お礼を、とか言うのににこりと笑って、私はまた風魔法を纏ってジャンプをして、校舎に向かって飛び上がった。
お読みいただきありがとうございます。面白かったと思っていただけましたら、イイネをぽちっとな!