6:学校生活3
まだ主人公エミリーの独白が続きます。
学院が始まってもう一月近い。だけれども私にはまだ寮の友達以外の友達はいない。学院でもBクラスの彼らとAクラスの私は接点もないし、互いに行き来することもないのだ。
もともとは貴族の一クラスだけだったのが、庶民を受け入れたところ、入学希望者が殺到した。成績で振り落としたものの予想以上に庶民の出来も良く、それならば教室に入る人数受け入れよう、と人数を増やした結果なのだ。
しかし貴族は庶民などと一緒に勉強はできないそうで、彼らと同点以上の成績を取ったものだけはAクラスに入れてもらえるが、正直、小学部から勉強し続けている彼らと同等の成績を取るのは非常に難しく、だからこそ今年2人もAクラスに庶民がいるのが珍しいらしい。
という事でAクラスになってしまった以上、目立ちまくっている私だが、少しでも目立たないようにいつも通りピンクグレーの髪に大きな眼鏡、前髪を降ろしてできるだけ顔も隠して、気配を薄くして授業を受けている。
用務員への変身魔法は一度だけ使った。なんとA組の令嬢ではなく、上級生の庶民のお姉さま方に追いかけまわされたのだ。曰く「あんたなんかが高得点とかあり得ない、どんな手段を使ったのか」と。ちなみにこれはゲーム内イベントにもあった。あの時は同じクラスの婚約者の方々だったけれど、攻略対象に手を出していないからか、相手が変わったようだ。
自慢じゃないけれど賄賂を渡せるようなゆとりある生活などしてきていない。それに受験まで田舎に引きこもっていたただの少女に、色仕掛けなど出来るはずもない。きっと彼らもそれは分かっているのだけれど、貴族たちよりも私の方が上の成績だという事が許せないのだろう。
そういうイベントが発生しないように、いつも一番最初に教室を出ることにしている。たいがいお貴族様たちは授業終了後にパーティやらお出掛けやらの相談をすることが多く、まったく関係のない庶民はさっさと帰るに限るのだ。
その日もさっさと教室を出たら、ちょうど廊下にいたら彼女たちと鉢合わせ、ちょっとこっちへ来なさいよ、と腕を掴まれて校舎裏まで連れて行かれた。
そこで囲まれて上記のようなことを言われたわけだけれど、彼女たちが腕組みをして私を見下しながらあれこれ言っている時に私はさっさと逃げ出した。なにせ全員腕組みをしているから、咄嗟に手を出されることがないと判断したのだ。
それにのんびりと説教など聞いていたら、偶然通りかかった攻略対象に助けられてしまう。そう、イベントが発生してしまう。それを避けるためにもさっさと逃げ出す必要があったのだ。
その判断は正しく、また、多分お説教している間に逃げ出されたことなどなかったであろう彼女たちは、私の行動にあっけに取られ、動くことも出来なかった。その隙に自慢の足でスタコラさっさと校舎に戻り、そのまま手近の教室に駆け込む。運よく鍵のかかっていない無人の教室で私は手早く用務員へと変身し、手持ちのほうき型アクセサリ(こういうこともあろうかと、鞄に色々仕込んでいる。もとは普通のほうきを小さく変化させていた)をもとのほうきに戻して、ゆっくりと教室を出て玄関へと歩いていると、後ろからバタバタと大きな足音を立てながら彼女たちがやってきて、用務員姿の私を邪魔よと突き飛ばして、まったくあの子はどこへ行ったのと口々に言いながら去って行った。
やったね。やっぱり変身魔法は当たりだった。私はニヤリとわらい、そのまま校舎の玄関を出て、門の近くの植え込みに隠れる。
周りには生徒もいたけれど用務員になんぞだれも注意を払わない。
校舎を出てしまえばさすがに上級生たちも追跡を諦めたのか、それともA組のイケメン揃いの攻略対象令息が玄関付近にそろっていたからか、すっかりと大人しい生徒に戻っていた。
私はさらに植え込みに入り込んで、だれも見えないところで変身を解き、いつものグレーの髪の陰気な女子生徒にもどり、気配を薄くして植え込みから出て、素知らぬふりで校門へと向かう。その途中で彼女たちが私に気が付いたようだけど、流石に声は掛けてこなかった。私も知らん顔をしたままそのまま校門を出た。
A組の令息令嬢は私のことを横目で見てはいるけれど絡んでくることはないから、そういう意味では楽だった。彼らからすれば不気味な庶民に、わざわざ声を掛けることもないのだろう。
それでいい。それがいい。このまま三年間、出来るだけ彼らとはかかわりにならないように私は生きるのだから!!
**
それにしても図書館の本と、授業と、実際に上流貴族の皆様と接して、ゲームのヒロインがいかに無礼だったか、この世界での常識をはずれていたかを痛感した。
何といっても、彼女=私は入学式の後の、教室に移動してきてまずはため口を聞いて教室に入った後、すぐに席に着いている皇太子の側に行って、「アルチュールさまって新入生代表だよね。あの、さっきの新入生代表の言葉、素晴らしかったよ!」と話しかけるのだ。
それに周りはあっけに取られる。ゲームでの表記では『皇太子らしいけど、さっきも話しかけてくれたし、同級生になったのだからいいよね、話しかけても』とか地の文が入るのだけれど、ちがう、そうじゃない。
あまりの無礼さにあっけに取られていただけなのだ。
まず、身分が上の者に、下の者から声を掛けてはいけない。もちろん用事があって呼び止めることは可能だけれど、それでも用事もないのに庶民が自分から近づいて、名前を呼ぶだけでなく許可もなく話しかけるなどあってはならない。そもそも苗字ではなく名前を呼ぶなど言語道断!
日本人なら皇室ご一家が目の前を歩いていたとして、走り寄っていって「サインして~」というのがどれだけ無礼かわかるだろう。
もちろん目の前を皇室ご一家が通ったら、思わず声は出るだろうし、それに振り向いてお手振りしてくれたら思わずキャーとか言っちゃうだろうし、スマホも向けてしまうかもしれないけれど、それ以上話しかけたりはしないだろう。学校で同じクラスともなれば多少は違うだろうけれど、この世界では日本と比べ物にならないほど身分差が激しい。
それを思い切り破った。王子本人もあっけに取られただろうけれど、そこは帝王教育のたまもの、顔に出すようなことはせず、にこりと笑って「それはどうもありがとう」と答えてくれたが、それでエミリーはさらに図に乗ってあれこれ話しかけてしまう。
エミリー的には、普通にイケメン男子学生に話しかけている感覚なのだ。
ただそれが、学外以外で行ったらすぐさま不敬罪で処されるほどの行為だと思わずに。
この時にゲーム上では悪役令嬢にあたる、王子の婚約者ティオ・ティオ嬢がヒロインに注意をする。曰く『このかたは皇太子なのですから、不敬ですよ。身分を弁えなさい』と。
それを理解できないエミリーがあっけに取られると、王子が苦笑しながら言うのだ。『いいじゃないか、ここは学校なのだし、縁あってクラスメイトになったのだから、身分など関係ないよ』と。
この殿下の一言で、ティオ嬢も、周りの令嬢令息も『殿下がそうおっしゃるのなら……』と引き下がってしまったのが何よりの間違いだった。
『さすが王子様! 話が分かる! そうよ、身分とか関係ないですよ。私たちはただの高校のクラスメイトなんだから。皆様もよろしくお願いします』
と、それで図に乗ってニコニコと、しかもティオ嬢にまで強引に握手するエミリー。
今になれば開いた口もふさがらないほどの不敬っぷりだ。
殿下は優しく言ってくれたけれど、あの台詞は裏を返せば『常識も知らない子なのだから、面倒だから相手にするな』という事だったのだ。そうして周りはすべてそれに気が付いたから、苦笑しながら引き下がったのだ。
なのに、ヒロインはそれを文字通りに捉え、ここから無礼を働きまくる。
もともと可愛い外見でちやほやされてきたのだ。今までも咎められていないし、聞き入れても来なかった。
この学院でも成績に関しては一目置かれていたし、貴族は庶民などどうでもよかったので放置してしまった結果、エミリーの暴走を穏やかに止める手段が無くなってしまったのだ。
身分差で卑屈になる必要はない。学校では全員がただの学生なのも確かだ。
とはいえ、この世界の基本的な常識は弁えなくてはいけない。
だから、令嬢たちはなんとか常識を分かってもらおうとエミリーに忠告してくれるのだけれど、エミリーにそれを理解する気がないから、暴走は止まらないどころか「彼女たちがいじめるんですぅ~」という暴言にまでつながっていくのだ。
もちろんゲームで現代日本の常識を言っていたら話が進まない。現実的に対応させていたらいつまで経ってもイベントも何も起きない。
だから、エミリーが常識外れでも良いのだ。しかもどれだけ不敬を働こうと、逆にヒロイン補正でそれでも周りに好かれるのだから。
だけどここは現実なのだ。そこであまりに常識外れの行動は出来ないし、ゲームでは癒しの魔法とか言っていたけれど、たぶん魅了魔法を使って誰も自分の行動を止められないように、自分の言動を正当化していたのだろう。
私はそれは絶対に使わない。それよりも私は攻略対象とは接することなく、庶民として幸せな一生を全うするのだ!!
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そんなこんなで、ボッチの学院生活をおくっている私です。
攻略対象者からもうまく逃げられているようです。
学校が始まってもう2か月たちました。来月には初のテスト期間を迎えます。という事で毎日放課後は図書館に籠って勉強をしています!
さすがに2か月も経つと友人も出来る。私はクラスでは基本的にボッチだけど、お昼は寮仲間のオレリーちゃんたちと共に食べていた。そこからB組の何人かともお友達になったのだけど、最近はAクラスにも友達が出来た。
男爵令嬢のミリー・ジュアン嬢と、同じく男爵令嬢のオリビア・ルッリョ嬢だ。ちなみにこの二人は、攻略対象のオースティン・フニオ公爵令息、バートレット・アゴスト男爵令息の婚約者でもある。
こんな令嬢と関わったら、攻略対象とも顔見知りになって大変な事に……!! と最初は青くなったが、庶民がお貴族様に逆らえるわけもない。
それに、ゲームでは彼女たちに嫌われに嫌われる(自分の言動のせいで)わけだが、それを阻止出来れば私の未来も明るくなる、かもしれないと思って、行動を共にしている。基本的にお昼時間だけね。
彼女たちとお付き合いしてみて分かったのだけれど、この世界、ゲームよりも身分関係が厳しい。基本的にお貴族様は、庶民などまっっったく気にもしていないのだ。
それはあの皇太子からしてそうだった。ゲーム内では優しい言葉をかけてくれたが、根本的には庶民などとるにたらない存在だと思っている。
クラスの殆どが貴族だけれど、皇太子はその中でも高位貴族としか話をしない。公爵、侯爵、伯爵が限界で、それ以下子爵や男爵など見向きもしない。そして子爵男爵令嬢令息から、皇太子に話しかけたりなどもしない。
公爵、侯爵、伯爵はこれまた宰相だったり魔法省、司法省の長官の令嬢令息で、皇太子が王になった際は彼を支える人材となる。だから特別枠で仲良くしているだけ、という感じ。
そんなだから大人しくしている庶民の私は、今のところゲームと違って彼らの視界にも入っていない。
彼ら、ふつうに言うからね、「パンが食えないのなら、菓子を食べればよいのではないのか?」とか。それ以前に品物を買う金がねえんだよ! という根本的な事がわかっていない。
ついでに言えば、制服は春季シーズン用、夏季シーズン用とある。この世界は冬がない。花が咲き乱れ、快適な季節と、暑くて困る(しかし湿度は高くない)季節の2季節しかない。夏の終わりに秋っぽい時期が短期間あるが、それを過ぎれば春が来る。
で、その制服を2セットずつ渡される。だがブラウス、スカート、ジャケット、リボンの1セットだけでも5万ジャム(5万円)するのだ。ブラウスはさらに替えが必需だし、ようやくそれらを買っている庶民に対し、お貴族様はオーダーメイドの上、最低でも10セットは持っている。というか使い捨てな方々もいるようだ。そのうえ彼らは学年が変わればすべて新しく作り変えている。
このお貴族様からのおさがりが市内の制服専門店には流れているので、サイズさえ合えば物によっては7割引きとかで買える。かく言う私のジャケットとスカートを7割引きで購入したし、リボンはおまけで5本貰った。ブラウスなんてワゴンに山のように積んであるから、サイズを探し出して5枚買っている。新品も2枚買ったけれど。
彼ら貴族も、自分たちの使用済み制服が庶民に払い下げられているのを知っていて、庶民は俺たちのゴミを着て喜んでいる、と思っている。
ゲームではこの設定はなかったので、この古着屋システムに新鮮に感じたものだけれど、入学が決まり、必要書類を貰いに学院に来たときに、呼ばれていた制服屋がサイズ合わせをしてくれた際に私の服装を見て、それを教えてくれた。
そしてこの学院で、制服について実際に絡まれたこともある。入学して2日目、教室で休み時間中、ひっそりと次の授業の予習をしていた私の元に、クラスの令息たちが4人ほどニヤニヤしながら寄ってきて、お前のその制服、俺らのお下がりなんだろ、と言い始めた。
私が何と答えたものかと考えながらただ彼らを見ていると、それを非難と受け取ったのか『庶民のくせになんだその目は!』と激高し始め、近くにいた令嬢が『わたくしたちが確かめてさしあげますから、お脱ぎなさいな』とか言いだし、ドヤ顔しながら手を伸ばしてきたので、私はゆっくり立ち上がって自分でジャケットを脱ぎ、それを渡した。
彼らは喜色満面で内側にあるであろう貴族の紋章とイニシャルを探したが、残念、あるわけがない。
それは正真正銘、私のジャケットなのだから。どこを探したって私のイニシャルしか入っていない。
真っ赤になった彼らは、私のジャケットを投げ返し、
『たまたま自分の物を着ていただけでしょう! 毎日着替えるほどの制服を持っているわけがないわ! この貧乏人が!』
と、吐き捨ててくれた。だがそのタイミングで殿下たち上級貴族が戻ってきた(そこで初めて彼らが教室にいなかったことにここで気が付いた)ので彼らは慌てて解散し、その場は収まったのだが、そのあともしばらく私を睨みつけていた。
実際、たまたま自分の物を着ていただけだった。本当に運が良かった。ついでにジャケットは毎日は洗わないかな。この季節では汗もかかないし、1日では乾かないし。週末には洗っているけれど。
お下がりを買うのは良いけれど、貴族は必ず紋章とイニシャルを入れ(イニシャルは全員必須)ている。下げ渡された制服は、盗難疑惑防止のために店がタグに独特の切れ目を入れる(全部取ってしまうと盗難品認定される)から、それらを見ればお下がりかどうかわかってしまうのだ。
紋章とイニシャルの刺繍を解いたとしても、タグを見ればお下がりだという事はわかる。
それでも私はそれを買ってすぐに紋章イニシャルを解いて、自分のイニシャルを入れ直し、タグは苦労して綺麗に縫い合わせた。これで一見ではお下がりとは分からない。もちろんタグをよく見れば切り貼り的に縫い合わせているのが分かってしまうけれど、紋章が無ければそこまでは見ないだろう、という楽観的予測を立てた。それもこのクラスになったがゆえの防衛策だ。
この時は本当に自分の物を着ていたから良かったのだけれど。
まあこんな感じで彼らは庶民を下に見ている。私が住んでいた街で受けた仕打ちも言い出したら切りがない。
それに、庶民は教養もなく、それを学ぶ力もないと思い込んでいる。だからこそ自分たちの言うことを聞いてさえいればいいのだと、思っている。
まあ確かにこの学院でもお貴族さまたちの成績を上回る庶民は殆ど出ないけれど、それは庶民が劣っているというよりも、お貴族様は幼少時から家庭教師が付いているからだ。
だが庶民だって学ぶ場があればその能力をしっかりと発揮できるのだ。市井の職人がすべて庶民である事を考えてみろと小一時間説教したい。
そんなお貴族様の実態も知ってしまい、ますます彼らとはお知り合いになりたくないと言う思いを強めている今日この頃。
それなのに彼女たちとお友達とは……と、遠い目になってしまうけれど、これは良い経験となった。
貴族もその身分差が激しい。男爵は一番下の地位だから貴族社会で下に見られて軽んじられる。
そのストレスを庶民である私にぶつけてくる。食事しているだけなのに、いちいちマナーがなってないと嘲わらうのだ。
……非常に勉強になりました。確かに、本で読んだだけでは分からないマナーなどあったので!
彼女たちとしては私を見下して喜んでいたのだろうけれど、私がそれを大人しく受け入れ、その上尊敬して見せた(本当に尊敬したのだけれど)が良かったらしい。
『こんなことも知らないの?』と高飛車に言いつつ、そのじつ丁寧に教えてくれて、しかも私がその通りに出来るとそれはそれは嬉しそうに『あたくしたちが教えたのだから、出来て当然よね』なんて言うのだ。
なんて可愛らしいイキモノなのだろう! と思わず思ってしまっても仕方がないだろう。
だって私は前世ではアラサーのOLで、しかも会社には意地悪な先輩方がいて『あなたがなんとなく気に入らない』という非常に勝手な理由であれこれいじめられていたのだ。教えてもらった通りにやっているのに、こんなことも出来てないのと怒られたり、手柄になれば横取りして自分の成果にしてしまったり。
そんな世界で頑張ってきた私には、令嬢たちの行動はとても素直に見えた。もともとの育ちの良さもあり、悪になり切れないところもまた、かわいい。
そんな風に彼女たちと行動を共にしていたら、他の貴族令嬢なクラスメイトとも少しずつ話が出来るようにはなったけれど、そこは身分の差の激しい世界、基本的に挨拶するだけの関係だ。
とはいえゲームでは令嬢陣にはほぼ無視(嫌がらせもとい、忠告行為以外)されていたから、これは大きな変化だと思う。
さてそんなふうにゲームの世界通りにならないようにするには、さらにイベントごとから逃げ続ければよいのだ。
入学式から始まるイベントは、お茶会、テスト、ダンス、夏休み、秋の芸術祭、建国祭、秋のテストなどがある。それぞれに攻略対象との絡みがあり、1年めで50%以上の好感度に上げることが目標とされている。
対象を誰か一人を決める場合と、逆ハーレムになるためのルート、攻略は一人だけど他の人の好感度も上げておく(そうするとイベントで色々協力してくれる)ルートなどがあり、それぞれに分岐の枝葉が増えていくわけだ。
全てのイベントはすでに攻略しない方向で進行中だ。だがこの次のイベントが来週開かれるお茶会。春の遠足の代わりに、この茶会が学校指定のお庭で開かれるのだ。
ここでヒロインは、そのマナーの無様さから散々な目にあう。そこから逃げ出してさめざめと泣いている所に攻略対象が通りかかって、エミリーに救いの手を差し伸べ、それによりさらに令嬢たちから不評を買うわけだ。
しかし今の私には男爵令嬢たちが付いている! 彼女たちに昼食で教えてもらったマナーがある!
しかも多少不慣れで不格好でも、それを咎めることは男爵令嬢たちをも咎めることとなる。ゆえに茶会でのイベントは発生しない! と思う!
そして茶会の次の週にあるのが、前期のテストだ。私はここに賭けている。
ゲームでもエミリーは高得点で、攻略対象その他に感心と嫉妬をされるのだけれど、ここに私がこのゲームのシナリオから大きく外れるチャンスがあると考えているのだ。
ゲームの中で、このテストに関して先生からの台詞が入る。それが『これなら飛び級も狙えるぞ』というもの。
この学園ではテストで規定点数を突破し、本人が望めばその後に飛び級試験を受けられる。それに合格すれば学年途中でも2年に上がれる。ちなみに飛び級試験の結果次第では2年を飛ばして3年に上がることも出来る。
それに対してエミリーは、『3年間の学院生活(という名の攻略対象との好感度上げ)を楽しみたいから、飛び級はしない』と答えるのだ。
これだ。
飛び級してしまえば、攻略対象者から離れることが出来る。彼らはお貴族様のプライドがあるから、飛び級した庶民に近寄ってくることはないし、出来ないだろう。
今の学院に皇族は1年の彼しかいない。攻略対象者としては2年に脳筋の対象者が一人いるけれど、飛び級で同学年になったとしても、彼もまた同じ理由で声を掛けてくることはないだろう。
私はどうしてもこの学院を卒業する必要がある。
ここを出ておけば就職が確実になるからだ。
しかも飛び級者となれば、超エリート職である城勤めも夢じゃない。出来れば事務職が良い。前世も事務職だったから対応出来るだろう。給料もたっぷり貰えるから、郊外になら家を買うことだって可能だ。
名誉な職でもあるから、入った人はなかなか辞めないので募集自体少ないけれど、学院の成績優秀者——しかも飛び級——となれば、その狭き門も開かれる。
だから何としても私はこの学院は卒業しなければならないし、目指せ高給取り! のためにも成績優秀な必要があるのだ!
勉強をするためには図書館の参考書が必須となってくる。お貴族様なら買えばよいけれど、私には高くて手が出せない。この世界の「本」は印刷技術と流通が現代日本よりも大幅に劣っているので、高級品なのだ。
ゲームでは、図書館でのイベントは2年生にならないと発生しない。ということは1年次の今は図書館に入り浸り放題!
テスト勉強だけでなく、図書館に籠る事で不用意なイベントも避けられるとなれば、入り浸らないという選択肢が見つからない。
という事で、私は最近の放課後は、図書館と学校が閉鎖になる18時まで籠って勉強をしているのだった。
お読みいただきありがとうございます。次からエミリーがしゃべり始めます(笑)。
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