2:寮生活開始!
一気に学院の寮に入った所から、話が始まります。
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「いやあ、我ながら地味な女の子だわ」
私は寮の部屋に備え付けられている姿見を見ている。そこに映る、魔法で姿を変えた私を。
ピンクゴールドの髪をくすんだブラウンに変えた。前髪を厚めに作り、丸眼鏡の上にかぶさる位の長さに切りそろえ、目の印象を隠す。全体的な長さは胸元程度で、ふわふわの癖っ毛だけはそのままだが、ここに来てからはいつも二つに分けてのみつあみで、非常に地味にしている。さらに顔は化粧でそばかすを散らしてみた。
アニメでの地味キャラを参考にしてみました! 眼鏡をはずして前髪をあげたら美少女、というお約束もいれてみました的な。
なんでわざわざ容姿を変えたのかと言えば、他でもない。
ゲームのシナリオ通り、首席入学を果たしてしまったからだ。
思わず鏡に手をついて、トホホとため息をついてしまう。
おかげで特待生(学費完全無料)になれたけれど。
全教科満点、魔法資質に剣技まで「まれにみる」高得点だったという通知を見て、思わず『こんなところでヒロインスキル発動しないで!』と崩れ落ちてしまいましたよ。
だって、このおかげで入学当初から注目を集めるのだもの。
けれども私は決めているのだ。ひっそりと学院生活を送る。だれも攻略したりしない。断じてゲームとは同じ行動はしないと。
そのためには、元の目を引くヒロイン的美少女ではなく、存在感の薄い地味キャラの方が良いだろうと考えた。
なので、王都に入ってからこの姿に変身したのだ!
ちなみに受験と容姿が違うけど平気かって?
この世界には写真がないのですよ。受験票には名前と身分証明書代わりに街の学校から発行された受験票許可証さえあればいいのです!
いわゆる替え玉受験もあるらしいけれど、それで入ったとしても授業についてこれなければ辞めることになるし、入学後に猛勉強して付いて来るのならそれでよし、というゆるいことになっているらしい。過去に実際替え玉受験があったけれど、結局それで入ってきた人は授業についてこれずに自主退学したらしい。高得点で入ってきたのにおかしいとヒソヒソされたのも効いたようだ。
さてこの学院の寮は、庶民は無料で入れるという素晴らしいものだ。
学院からほど近い、広い敷地の奥にある3階立てのいわばマンションのような建物で、1階に食堂と共同浴場、洗濯場があり、2階と3階が寮生の部屋である。庶民は2階で、3階は貴族や上流階級の生徒用らしい。
貴族は普通は自宅から通うが、王都から遠い場合などに王都周辺に居住地が出来るまで一次的にここに入る場合があるのだ。一次的にしか使わないのに家を立てちゃうとか、金持ちはやることが違うね!
貴族以外の、商人などの一般庶民の金持ちの場合は、社会勉強と人とのつながりを作るためにわざと寮に入る人が多いという。3階の部屋は広く、各部屋にシャワーとトイレが付いているそうだ。
2階は1室二人部屋。ただトイレは共同であり、風呂は1階に入りに行くようになる。
この世界では貴族くらいしかこまめに風呂に入らないのだけど、その彼らと一緒に勉強するのだから、庶民でも清潔でなければいけないと、寮には風呂があるそうだ。その上、朝晩の食事付きで無料というのだから、感謝しかない。
さらに私は庶民なので2階なのだが、特待生ということで特別に2階の個室に入れてもらえることになっていた。部屋は二人部屋よりは狭いけれど、家の自室より十分に広い部屋だった。
ちなみにこの建物は女性用で、男性用は大通りを挟んだ反対側にある。同じ敷地にすらないのは、やはり貴族の未婚の男女が同じ敷地にいてはいけないとかいうマナー?があるかららしい。中の作りは基本的に同じという。見てないから伝聞です。
広くて日当たりの良い部屋で、日本人の感覚で行けば8畳という所だろうか。一人なら十分な広さだ。窓にはレースのカーテンと分厚いカーテンがかかっていて、ベッドと勉強机とクローゼット、姿見の大きな鏡が備え付けられている。
窓の外は庭に面していて、その見事な庭が一望できる。これはもう少し暖かい花のシーズンは見事なのではないだろうか。お花見とかできたらいいなあと、元日本人らしく思ってしまった。
そこに引っ越してきて、荷物を整理して、今年入学の同級生3人とあいさつをしたりしてあっという間に日にちが過ぎたが、ひっそり生活のために私はこの寮に来た時から変身魔法を使っている。それが冒頭の私の姿で、我ながら別人のようだと感心してしまう出来だ。
今は学院の制服を身に着けている。白いブラウスに紺色の、ひざ下5センチのフリルたっぷりAラインジャンパースカート、同色の短めジャケットに、太ももまでのハイソックス。ジャケットの縁やポケットには白いラインが入っている。
とてもかわいい。スカートが長めなのは、お貴族様対応らしい。本当は足首までの長さが欲しいけれど、それだと学院では動きにくいので多少短く。その分ハイソックスをしっかり履く。スカートはデザインのお陰か上品な長さになっている。
だけど今、鏡に映っている私が着ると、非常にもっさりして見える。羨ましいくらいにスタイルも良いのに、首から上の印象でここまで変わるのか、と思うほどもっさりしている。わざとひとサイズ大きくしているのもあるが。
「だけどまあ、魔法を使えば……」
眼鏡を机において入学時に支給される40センチくらいの魔法杖を一振り。この杖もただの木の棒で、非常にシンプル。
シャラララ~~~と口で効果音をつけて、くるりと回ってみれば、あら不思議。
もともとの目立つピンクゴールドのフワフワ髪を大きなリボンで高い位置でツインテール。唇にはピンクのルージュを引き、長袖ワンピースの袖は、肘くらいから姫袖に、スカートは裾にレースをたっぷり足してパニエで膨らませたようにふんわりと、膝上の長さに変化。
「魔法少女、降臨~☆」
ビシっとポーズも決めてみる。
完璧だ。しかも可愛い。ヒロインってば半端ない!
「レイヤーの血が騒ぐわ!!」
あのゲームのキャラクターを魔法少女にしたら、というコンセプトで変身してみました!
ヒロインの魔法能力。エミリーはゲームの中では攻撃魔法系と回復魔法系に特化していたけれど、現実には物理変化と変身魔法も使えたのだ。ゲームの中では使っていなかったけれど!
物理変化の魔法とは、物の形を変化させる魔法だ。鉄を金に変えることは出来ないけれど、鉄球の形を猫チャンにすることは出来る。
要はイメージだ。質量はどうなっているのかと思わなくもないけれど、魔法だから気にしない☆
例えば魔法を使うときには補助道具として、杖を使う。これは基本的に魔法発動の鍵となる精神集中をしやすくするためのものだ。慣れればなくても使えるけれど、やはり魔法使いたるもの、杖は必需だと思う。
杖自体にアミュレットなどのアイテムを仕込めば魔法強化や発動の補助などにもなる。お貴族様の杖はアミュレット多めのおしゃれ杖が多いけれど、無料で生徒に配られる杖は、元の枝の曲がりがある程度のシンプルなものだ。
この硬い木でできた杖に魔法をかけて変化させれば、ただの直線の棒を、ネジネジ仕様のおしゃれステッキのようにすることだってできてしまう便利な魔法なのだ!
「もういっちょ、変身~~~☆」
再びシャランラ~と口で効果音を付けながら、くるくると回る。
「じゃん!!」
姿見に映っているのは、地味も地味。キングオブ地味な、用務員さん!!
色は紺色だけれど、スカートはストンとしたズボンになり、短かくもふんわりしていたジャケットもストンとした上着へと変化している。
ついでに髪色はくすんだブラウンに、二つのみつあみは変わらないけれど、近くに置いておいた帽子をかぶってその中に入れてしまえば、目を隠す長さの前髪でしか色も分からない。これで眼鏡をしてしまえば、用務員のおじさんぽく見えるはず!!
「これなら絶対に私だとは思わないから、逃げられるはず!」
ゲームでは同級生の令嬢たちに囲まれたり、無理やり人気のない場所に連れて行かれたりしたので(原因は私の言動なのだが)、そうなった際に逃げられるように、その為の変装も考えてみました!
「でもやっぱり魔法少女よね」
もう一度杖を振り、くるくるくると回って、先ほどの魔法少女へと変身する。
別に回る必要はないのだけれど、アニメでの変身シーンを真似してます。
「でもこの可愛さに杖だけ地味とか許せないよね。それにこの杖使ってたら、庶民の生徒だってバレバレだし」
私は机の引き出しから安いアクセサリ店で宝石風の飾りが付いているおしゃれペンを取り出した。
そうしてそのペンに杖を向けて『えいっ』と魔法をかければ、あらまびっくり、魔法少女風ステッキに変身!
物理魔法でただの木を魔法少女特有のアミュレット付きのキラキラステッキに変化させることは無理だが、大きさを変えることは出来る。それならばとこのペンを大きくすれば簡単にまるで魔法少女のステッキ風に変身! というわけだ。
ペンを制服の胸ポケットに差しておけば、いつでもどこでもステッキに出来る。これで私は完璧な魔法少女だ。
あの冴えない少女から、この目立つ魔法少女への変身。
完璧だ。ヒロインってば半端ない。ああ、この姿、イベントで皆に見てもらいたかった~~~!! 思わず鏡に懐いてしまう。
「まあでも、かわいいけれど使うことはないけれどもね~~」
こんな目立つことをしたら、ひっそり暮らす計画が台無しになってしまう。
ちなみに、転生? しても問題なく暮らしているように思われるかもしれないが、実際はそんな事はない。
あの玉ねぎハンバークの夕飯後に、私は頭痛を起こして寝込んだ。2日後に一気に頭痛と熱が引きあっさり体調が戻ったが、やはり融合による反応のようなものだろう。
そしてどうやらエミリーとしての意識は、私、えみりが目覚めたことで完全に沈黙してしまったようだ。
まあ本当なら、せっかく15歳に若返った状態で前世の記憶が戻ったのだから、学院生活を謳歌したい気持ちもあるのだけれど、今を全力で楽しんでしまったら、将来の自由が手に入らないのだから、我慢するしかない。
それにこうして純粋に楽しむ時間もある。たった3年の我慢だ。この高校時代でしかイベントは発生しないのだから。
「これはこれで、部屋でひっそり楽しもう」
可愛らしい姿とはおさらばして、グレーの髪色に戻し、大きな眼鏡をかける。魔法で華やかにした制服も元にもどして、寝巻に着替えた。一気にモサい少女の出来上がりだ。よしよし。
さてそろそろ寝ないと。明日も朝から学院なのだから。
そんな風に気楽に考えていたのに、あんな騒動に巻き込まれるとは、この時は知る由もないのだった。
お読みいただきありがとうございます。次回は学院生活開始です。