ハーブとの再会
「…」
街の建造物のなかで一番、立派な屋敷の門の前で凪斗は棒立ちになっていた。
この屋敷で間違いないようだ。
黄金のドラゴンだ…。
「…」
それが剣に巻きつき、なおかつ盾になっている。その紋章は嫌でも目に入った。
「…」
…この何がしたいのか、解らない紋章に口角が引くつくのは仕方ない。
剣なんかに巻きついたら痛いし斬れるじゃないか…!しかも盾にされてる?!
…もうドラゴンに対して嫌がらせとしか思えない。
しかも見たことある気がするのは何故なのか。…かなり嫌な予感しかなかった。
その予感は正しい。凪斗はここで逃げれば良かった。
「…住むところ無いから…仕方ないけど…」
先生のバカー!と心中、愚痴っても仕方ない。この際、屋根裏でもいい。いや、納屋でもいい。それか…出来れば追い出して欲しいー!と願っていたら、凪斗は屋敷の執事に迎えられてしまった。
貴族は嫌いだと…凪斗は高そうな装飾品を眺めながら応接間でここの主人を待った。その間、考えるのは悪い事ばかり。きっと、また見下した目で見られるに違いないのだ。
ところが凪斗が思ってた事は起こらなかった。
「私がレイラーレ家の主だ、君の事は聞いているよ。我が家と思って過ごしてくれ」
恰幅の良い好印象な男性はそう名乗ると「君はドラゴンと人の間にできた子だ。君は人とドラゴンの間の架け橋となる存在だ、本っ当に素晴らしい!」と褒め称え始めた。
はぁ、どうも…と凪斗は応える。
何故、こんなにもキラキラした目で見られてるのだろうか?今までに無い反応に逆に困り果てた。そして考える。
きっと先生だな…俺の何を伝えてるんだ…?
「実はね。君のお父様は私の上司でね。どーしても我が子をお願い…いやいや、嬉しい限りだよ。私を頼ってくれるなんて…ふふふ。これは信頼されてるということだ。ところで、うちには息子がいてね…」
先生だけでなく父さんまで関わっていたのか。それにしても…嫌に父さんに変な憧れ持ってないか、この人。大丈夫なのだろうか、こんな部下がいてさ…と余計な心配が増えた。一方的に話を聞かされ続けて、疲れ始めた時に部屋の扉をノックされた。
「ちょうどいい、凪斗くん。うちの息子のハーブだ!」
「は…?」
その名前に凪斗は悲鳴をあげそうになった。少年の姿が視界に入った途端に我慢してたが「ヒュッ」と変な声が出てしまったのは、どうしようも無かった。
よりによって…あれほど願っていたのにーーーーー!
部屋の灯りでさえ、その輝きを味方にする黄金の髪。まるで沈む夕陽のような幻想的な瞳と真っ白な肌。にこりと微笑めばその姿は、まるで天使のようだと皆が口をそろえて言う。誰もが彼に魅了されるだろう、そんな美少年が入ってきた。
だが、そんな美少年を見て蒼白なるのは凪斗だけだろう。
お、お、俺の首をーーーはねた奴だ!
恐怖しかないのだ。
そう、あの紋章も名前も、どこかで…見たと思ってた。何で早く気がつかなったんだろうか。
ハーブだ!ああああ!!!!
彼の紅の眼差しに捕まった。蛇に睨まれた蛙状態になってしまった凪斗。
「…。…僕の名前はハーブ。何か判らない事があれば遠慮無く言ってくれ」
彼は、まるで華が咲いたような笑顔だったが凪斗は真っ青な顔と真っ白な頭の中、なんとかでた言葉はカタコトな「…ヨロシク」だけだった。
納屋か屋根裏でもいいのでと凪斗は訴えたが上司の息子をそんな所に住ませる訳にはいかない!と、やはり聞き入れては貰えず最悪な事にハーブの隣の部屋に通されてしまった。
「…どーして…こうなるんだ…!!」与えられた部屋で地団駄を踏む。
時系列が違うことで油断していたのもあった。あの紋章を見た時に逃げていれば!野生の勘が危険を知らせていたのに!!!!後悔先に立たずとは、このことだー!
前世では両親を失い私生児なった凪斗は施設へと送られた。そこに研修生としてハーブが現れたのが、そもそも二人の出逢いだったのだ。
あの頃は施設でも虐めを受け大人にも暴力を振るわれ誰も味方がいない凪斗は孤独により卑屈と自分を常に追い詰める日々の状態だった。そんな凪斗を救ったのは誰でも無いハーブだ。あの容姿に騙されたのもあるが彼は本当に優しく、灰色の世界で生きていた凪斗は親友になれる相手だと信じていた。
そう、ティアラが現れるまでは凪斗にとって世界はハーブ中心だった。ハーブも凪斗を親友だと思っていたに違いない。いつしか、それは変わってしまった。どうして変わったのか。
「ティアラのせい…?」
やはり…恋敵になってしまったからか。いや、一方的にハーブを恋敵だと決めつけたのは自分だ。彼に負けたくない。彼女の一番になりたかった。だがハーブと過ごす幸せの日々も確かにあった。
「…」
もしかして半分、人間のくせに守護獣になったのが一番の原因なのだろうか。
「だって…」
彼女を護りたかった。
彼女の望む事はできるだけ叶えてあげたかった。だがハーブは既に凪斗より強く支えてくれる仲間がいて…総てにおいてパーフェクトだった。
当たり前だ。凪斗が過ごした環境はあまりにも悪かったのだから。しかも全て諦め、なおかつ努力さえもしてなかったのだからハーブに敵う筈が無かった。
敵わない相手。全てを手に入れ彼女の心まで奪っていく。
勝つための手段は禁忌魔法しか無かった。そのせいで身体に呪いがかかってしまった。
魔法は強力だったが使えば使うほど身体が腐っていっていた。それさえも彼女に尽くしていると幸せに浸っていた。自己犠牲が愛の証だった。
だが、ティアラは手のひらを返したように凪斗を穢れ者扱いし始めたのだ。
優しかった瞳が蔑む眼差しに変わっていく。思い出すとカタカタ…と身体が震えた。
「…ティアラには…会っても恋なんかしない。もちろん禁忌魔法なんて手を出さない。それに前の俺とは違う…今度の俺は頑張ってる…そうだ!これからだ!」
うんうんと頷く。
どうせ学園も違うのだ。彼女は聖女だ。ハーブと同じ学園だろう。
それに…もし偶然、彼女と街で出会っても無視すればいい。
あとハーブも極力、会わないように…うん、これは同じ家だから難しいかもしれない。
コンコンとノックとともに「凪斗、入ってもいいかい?」とハーブの声。
どーして人が決心してるのに!と早くも崩れ始めた事に泣きそうになった。
「…」
「凪斗?」
嫌だとは言えず「…どうぞ」としか応えようが無い。居候の身なのだ。
「荷物の整理してるのかい?これ君のお父様から荷物が届いてたから」
ありがとうと受け取る。わざわざ届けにきてくれたのか、貴族の坊ちゃんが。
どーしても凪斗が、ひねくれた考えなるのは仕方ない。受け取ったのにハーブは部屋から出て行かない。じっ…と凪斗を見つめている。出てけ!と叫びたい。
「…」
見つめられ続け、居心地が悪くなった凪斗は箱を開ける事にした。
制服かな…「ん?」と凪斗は固まった。
…なに、このエンブレム?
凪斗が望んだ商業の学校には特別なエンブレムは入って無かったはずだ。
あれ?それとも俺の見落としかな?
「ああ、学園の制服だ。同じクラスになれるといいね」
「は?」
ハーブは、どうしたの?と首を傾げる。さらりと金の髪が揺れる。いちいち、そんな描写いらないと思いながらもハーブの勘違いに笑いそうになった。次の言葉までは。
「ブォルト学園だよ。君、推薦で入ってるんだろう?」
ーーーーーはい????
「すい、す?????…」
ガタガタと震え始めた凪斗。聖騎士の卵達の巣窟に??!俺が???推薦??
なんで?どうしてだ??面接もしてねーよ!!!!
「凪斗、大丈夫かい??え?ちょっ、血の気が引いてる!真っ青だ!ええええ??」
…プツンと何かが切れる。暗闇の中で父親がピースして笑っていた。その姿がぐるぐると廻る。
父さーーーーん!!
推薦で入ってる???なにそれーーー?!
父さんはエリート中のエリート、いや、聖騎士の隊長だ!例え血が繋がっていても、まさか…そんな特例な事をするはずはないと思ってたのに!
というか、しちゃ駄目だろーーー!父さんーーー!あんた、隊長じゃねーのかぁぁ!なにしてんの?!バカなの?!やっては駄目なことして、これまでの人生に傷を付けてどーすんのぉおお!!
うあああああ!
あっさり商業の学校の手続きしたと聞いた時に可笑しいと気がつけば良かったー!!!父は最初から凪斗の望む学校へは手続きしてなかったのだ。だから先生が首を傾げてたのか!!!
…謀られた……!!!
しかも血の繋がった親にーーー!
「凪斗…」
ハッと気がつけばハーブの腕の中だった。どうやら数分、怒りで気絶してたらしい。
「わ、悪ぃ…」
腕の中から逃れようとしたら、ぎゅっと抱き寄せられた。
「?…」
なんか最近、よく同性に抱きしめられるな?
「…あの頃と変わらないね。…黒髪って神秘的だ…凄く綺麗だよ…」
「????」
何を言ってるのだろうか。ハーブの黄金の髪の方がよほど綺麗なのに。
というか俺、今回は初めて出会ったよね???
それよりも…と凪斗はハーブの手付きが気になった。凪斗の頭を撫でていた手は、ゆっくりと下りていき…身体を撫で回してきたからだ。
さわさわ…。
何だろう…、なんか…変だ。
「…、…、…」
覗き込むように瞳を見つめてくる。ふふ…と微笑む。
「凪斗って…綺麗な瞳だよね…?」
そして囁くように耳元で言われ…ぞわ…っと悪寒が走った。
「…ハーブ?」
「名前で呼んでくれるの、嬉しいな」
微笑む彼。誰もが惚れる笑顔だろうが凪斗は身体中に鳥肌が、ブワーッっとたった。
うおおおお??
「あのさ、離れようぜ…」
ああ、ごめん。可愛くて…とハーブの囁きが聞こえたが聞こえないふりをした。
聞こえない、聞こえない。おまけに離してくれないー。
なんだ、これ。なんか可笑しい…まず距離感が可笑しいだろう。こいつ…こんなにベタベタする奴だっけ?
ハーブの凪斗を見つめる瞳には熱がこもっている。もう居心地が悪くて仕方ない。離れようと言っても離してくれないし、何故か首元の匂いまでスンスンと嗅がれた。
「…?!」
「凪斗、香水でも付けてるの?凄く…そそられる香りだ…」
んなもん、付けてねーよ!そそるって、何だよーーーー!!!
変な雰囲気なりかけた時、ドアのノックで救われた。執事が食事の用意ができた事を教えてくれた。
助かったー!
しかし食事の最中もハーブの熱い視線は変わらなかった。それが怖すぎて結局、凪斗は何を食べたか本当に食べ物が喉に通ったか覚えて無かった。