解体練習再び 2
「ダスティンさん、これは?」
「前回は急で手持ちになくて用意できなかったが、今回は荷物に入れておいた。解体用のハンガー。イノシシの解体は今回はこれ使ってやってみるか」
そう言って出されたのは獲物をぶら下げて解体する用の金属製の枠のようなものだった。
左右と下の三方面にで長方形の枠になっており、後ろの部分は何本かの鉄の棒が渡されて固定されている。上部には解体する動物をひっかけるための棒と道具が取り付けられている。
簡単な作りだけど結構丈夫そうだ。
そもそもダスティンさんの鞄からそれが出てきたことに驚いた。前回つけていたものよりは大きいとはいえ、どう見ても入る大きさではない。
私たちとは違いインベントリがあるわけでもないのに、鞄にはかなりの量が入るようだ。その鞄の口からどうやってそれを取り出したか見たかった。確か前回は鞄についてまでは聞けなかったんだよな。
「これは鍛冶ギルドとかで依頼をかけると作ってくれるな。木工で作ったものでも使えなくはないが、すぐに駄目になるから何回も使うなら金属で作ってある方がいい」
「なるほど……」
私の場合は解体をきちんとしたら次からはスキルで自動で解体されるし、難しそうな形でもないから木工で作るのもありかもな。そう思いながらハンガーを見る。
形を覚えておこうと試しに今まで使っていなかったスクショ機能を使ってみたけど、ぱしゃりと音はしたけどシステム的な音で自分にしか聞こえないのかダスティンさんには特に反応されなかった。
「力に自信のあるやつが近くにいるならそいつにずっと持ってて貰うってのもなくはないが、そんなこと進んでやってくれるような奴は俺の見てきた中でそうそういないから現実的ではないよな」
「まぁ刃物使うから危ないですしね」
イッチあたりは頼んでみたらいいぞ!の一言で了承されそうな気もするけど、まぁそんなことに協力してもらうつもりは今のところはない。
「外で解体するときもそうだが、今回も血抜き代わりにクリーンの魔法石を使用する。体表に付着した泥などを水に洗い流す必要があるがこれもクリーンで代用できる」
そうして狼やウサギのときにもされた内容も含めて説明してくれる。
イノシシはウサギ以上に毛皮部分にかなりのダニがいるせいで、より気を付けて洗浄する必要があるからそれもあるからだろう。
「例えばクリーンの魔法石がない時はどうするんですか?」
「これがないときは吊り下げて頸動脈か心臓から放血する。この辺りな」
そうしてハンガーにひっかける方法を説明しつつ、血抜きをする場合のナイフの入れ方も教えてくれる。前回は台に寝かせたまま、かつ、ダスティンさんのクリーンありきで、解体スキルを覚えるための説明と実演という感じだったから、少し新鮮だ。
「内臓を摘出するときは、膀胱や内臓を破らないように注意する。クリーンが使える場合は失敗してもそれなりになんとかなるが、それがない場合は、破れてしまった場合は匂いがかなり付着するため廃棄する部位が増える」
「ふむふむ」
「肝臓、心臓、腸などは食べられる部位だから廃棄用の部分とは別に分けておく。腸は切り開いて糞などを洗い出しておく必要がある」
「……」
「嫌そうな顔すんなよ。これもクリーンがあれば簡単に洗えるからな」
「ホントクリーンの生活魔法の汎用性の高さすごいですね」
最初に買って正解だったな。
「ハンガーには後ろ足をそれぞれ左右に開くようにしてひっかけて、皮を剥いでいく」
「皮を剥いでいくのはウサギや狼とおんなじ感じですね」
「まぁな。このときにお湯が使える状況なら肉が煮えない程度のお湯をかけながら剥ぐとやりやすいかな。俺は面倒だからそんなことしないで力で剥くけど」
「お湯はすぐに用意できるものでもないですもんね」
「それも水魔法と火魔法が使えりゃお湯ぐらいなら出せるようになるけどな」
「え」
「次な。後ろ足から頭の方に向かってナイフで少しずつ皮を剥いでいく。頭の付け根付近まで皮を剥いだら頭骨と脊椎の間か頸椎と頸椎の間の軟骨部分をナイフで切り離す」
気になる部分もあったけどそのまま話が続いたから説明を聞く方を優先する。
ハンガーにイノシシをひっかけるのは力的には問題なかったけど、身長的にひっかけにくかったから手伝ってもらった。それ以外は狼のときと同じように指や手の動きを見せながら口頭で説明されて、自分で作業していく。
グロ描写は中程度にしているとはいえ、そこそこな描写だとは思うけど、最終的にはお肉部分は調理して食べたりもするし、無駄なく使うと考えるとこれも必要なことだろう。
落とした頭の頬肉や舌もうまいから切り取っておこうな、と言われたので、その部分も切り取って分けておく。
この段階で吊り下げる前に切った部分の汚れや損傷した部分をトリミングするらしいけど、クリーンを使えばそんなに気にしなくていいと言われたから、クリーンを使用する。
雑な扱い方をして無駄に損傷させた場合は切り取らないといけないらしいけど、今回の自分の解体の感じでも問題ないなら結構な損傷じゃない限り問題なさそうだった。
その後はいくつかに分割してからまな板の上で骨を取り小分けにしていく。
ここまでの流れで道具屋で購入したときの使用回数はとうに終わってるけど、途中で魔法石を握ってダスティンさんと話をしつつ力をこめるのをイメージしていたらなんとなく魔力の補充はうまくいった。
言葉で他の人には説明できないけど、感覚的にはできる。そんな感じだった。
それと共にスキルのところに魔力操作が現れていた。魔力感知はないのに先に魔力操作がくるのはおかしいと胡乱げな表情をされたけど、自分でもよく分からないから魔力感知についてはまた今度練習することにした。
ウサギ肉だと部位ごとにまとまった肉だったけど、イノシシ肉は個体が大きいからか、ブロックごとに切り分けられてかなりの数量のお肉になった。
ドロップした場合のイノシシ肉の塊よりは小さいけどその分数が多い。そんな感じの獲得量だった。別に大きい塊のままでも問題ないけど、結局使うときに一回でそれだけ大きい肉は使わないから小分けにしておいた方が使いやすい。インベントリ内の表記も部位ごとに表記されるものと、イノシシ肉(中)とか(小)というような表記になるものとに分かれていた。
紙にくるんで交換しながら冷やして保存すると熟成が進んで抜き切れていない血や余分な体液なども除去できてより美味しい肉になるらしいけど、そのあたりはクリーンで余計な血や体液も綺麗にできているから熟成以外は問題ない。熟成……気になるところではあるけどキッチンペーパー的な紙や布を持っていないから今はとりあえずそのままインベントリに突っ込んでいく感じで保管だ。
熟成もしないけど鮮度が落ちたりもしない。
一頭解体が終わったら、狼のときと同じようにメモをしてから二匹目で復習。
二匹目のときはイノシシ肉の特徴なんかも説明されて、色々知ってる上にプラスアルファで色々教えてくれるダスティンさんって口は悪いけど優しいよな、なんて思った。
ポロっと零した別件の気になることは説明してくれたり説明してくれなかったりとマチマチだけど。
イノシシの脂身はきちんと処理さえされていれば豚の脂身とちがってしつこさも少なく栄養価も高いこと。
きちんと血抜きと冷却を行うことでイノシシ肉特有の匂いも出ないこと。
生、加熱が不十分な肉を食べるのは避けること。
料理前に塩水でよく洗ったり、酒につけることで臭みが無くなるだけでなく肉質がやわらかくなるから試すといいけど、お酒は勿体ないから塩水一択なこと。
ダスティンさんは料理にお酒を使うなら自分で飲みたい派らしかった。というか料理はできないわけではないけど他人が作った美味しい料理を食べる方が好きだと言っていた。それはちょっと分かる。
解体以外にもこういうことを話ながらイノシシ二頭の解体が終わった。