ユーザーデータを作ろう
Neues Leben Online、通称ノイリオンをプレイすることを決めたとき、リリース日を含むシフトがまだ決まっていなかったから、数日出せる希望休みをリリース日とその次の日に無理くりねじ込んで休みをもぎ取った。
仁奈に言われて水分や食料の用意も十分にしたし、事前に公式のサイトも確認した。β版の情報サイトは存在を教えてもらったものの見慣れない単語や言葉が多くて少しだけしか読めていないけど。
あと寝転がったときに腰とかにできるだけ負担がかからないようにマットレスもついでに買い換えた。そのおかげではからずも睡眠の質が向上したのは生活していく中で嬉しかったことだった。
RPG自体も本当に久しぶりだし、VRを利用したゲームに至っては完全に初めての体験だ。本体自体の登録やソフトのダウンロードは事前に行い、事前にトイレにも行った。水分も一応近くに用意した。ヘッドセットを装着し、ベッドに横になりついにリリースを迎えたのだった。
意識を浮上させると暗闇の中にいた。床があるわけではないけど、なぜか立てている。キョロキョロと周囲を見ても何もない。
『ようこそ。Neues Leben Onlineの世界へ』
「!」
どこからか声が聞こえ、周りを見ると、握りこぶし大ぐらいの光の玉がふわりと浮いていた。
『これから貴方のプレイヤーデータの設定をお手伝いさせていただきます』
喋るのに合わせるようにふわふわと浮いている光の玉がそう言う。
その声は少しハスキーな女性の声に近いものだった。いい声ですね。
「はい。よろしくお願いします。私の名前は一十木夏希(いっとき なつき)と申します。あなたのことはなんとお呼びすればいいですか?」
『私に名前はありませんので、お好きにお呼びください』
「ではヒカリさんとお呼びしますね」
光の玉だからタマさんにしようかとも思ったけどその呼び方だと猫みたいだったからヒカリさん。仁奈や家族には昔からネーミングセンス!!とつっこまれることもあるから、下手にひねらない方がいいだろう。
≪そうですか。それでは一十木さま。今から旅立つ世界、アンブロシアでの貴方の名前を教えてください≫
全く気にしないクールな進行にヒカリさんがつんとしたお姉さんのイメージになってしまいそう。それにしても名前…、オンラインで他の人達もいるなら本名からは変えた方がいいよね。
「ナツ、とかは大丈夫ですか?」
≪同一の名前のユーザーがいます。その名前は使用できません≫
ナツだと名字由来も名前由来でも付けられそうな名前ではあるから予想通りではある。ナツがダメだったら次はこれにしようと思っていた名前を口にした。
「そうですよね。では……」
チョッキ、でお願いします。
『チョッキ様ですね。……同一名のユーザーはいませんので使用可能です。名前を登録しました』
よかった。登録できた。リリースとともにログインするからとあまり名前の候補は考えていなかったからよかった。
一十木夏希(いっとき なつき)。珍しい名字だから初見で読みにくいっていうのはよくあるけど、まさかの一寸木(ちょっき)と間違えられたことがある。思いもしていなかった間違いだったから印象に残っているし、響きも可愛い感じがするし、本名とも違うからネットリテラシー的にも大丈夫だろう。
『チョッキ様の種族は何にいたしますか?』
エルフ、ドワーフ、獣人、人間、と種族の一覧が目の前にウインドウとして現れる。外見と多少の種族値の違いぐらいらしいが、まだどんなことをしたいか、していきたいかは決まっていないため人間を選択する。
『それでは次にチョッキ様のアンブロシアでの姿を決めていきましょう。ユーザーデータを読み込みます』
ヒカリさんがそういうと目の前には自分と同じ姿が現れた。いや、正確にいうなら自分だと分かる範囲でゲームらしくそこそこ見目が整った分身が現れた、が正しいだろう。
著しい変更ではないけど、ちょっと整ったかなーという程度のアバターだ。
事前に説明書を読んでいた通り、アバターの設定は性別の変更は不可。身長や体型の著しい変更は現実とのギャップで問題が起きる可能性があるためオススメしない。髪、瞳、皮膚の色は変更可能。髪型も変更可能だった。
「せっかくだし髪と瞳の色ぐらいは変えようかな」
興味で顔を少し変えてみたけど、バランスが崩れただけのように感じたから、結局元に戻した。このままよりは多少いじった方が知り合いと遭遇したときに身バレの危険がないだろう。それに髪型も現実では少し癖っ毛だからいつも伸ばして結ぶだけの髪型が多いけど、せっかく変えれるならサラサラストレートや、ショートカットもいいかもしれない。現実では結べない長さにするともさっとしてキノコっぽくなった小さい頃の記憶のせいで髪を短く切ったりしてこなかった。多少顔が整ったおかげで、現実では似合わない髪色とかも似合うかもしれない。
サラサラのストレートもいいが、短くしてみたいというのもあり、ショートボブを選択。髪色はオパールグリーンで瞳の色はフォレストグリーンにする。
オパールグリーンは薄い緑でフォレストグリーンはくすんだ青みの緑の色だ。
緑とか赤とか青とかは現実では中々職場によっては難しいから、異世界ならきっとそれほど目立たないだろう。
髪型と色味を変えただけでかなり印象が変わった。これなら親しい人はともかく、一発で私だとバレることはないだろう。
「それでは次に初期装備をお決めください」
ヒカリさんのその言葉に、目の前にウインドウが現れ、武器がずらっと並んだ。項目ごとに剣、刀、長柄武器、打撃武器、斧、弓、杖などがあり、そこから更に細かく分かれる形になっていた。サイトを見ていた感じ、貰えるのは基本的に「旅人の○○」と選んだ武器名が入る、初心者向け、耐久なしの武器のようだ。
出た。武器だ。公式サイトなどを見てから、何がいいだろうと考えてみたけど結局何がいいか決まっていなかった。テレビ画面で行うゲームなどのようにボタン一つで攻撃できるわけではなく、自分で動いて攻撃する。それができるだろうか、と考えてしまい、感覚がリアルなら、切ったり殴ったり、そういった感触が大丈夫かどうか、どのくらいの衝撃があるかがVRゲームをやったことがないためあまり想像がつかない。
本体を買ったんだし、事前にVRで簡単なアクションゲームとかやってみれば多少は参考になったかもしれない。
「うーん……、ヒカリさん、私はこういったものは初めてなので、自分がどう戦うか、そもそも戦えるかどうか想像がまだつかないんです」
『そうなんですか。アンブロシアで何がしたいなどの希望はありますか?それに即して武器を選ぶということもできますよ』
「それが、それもまだないんです。ただ、初めての場所で仕事のこととか考えずに、自由に過ごせたら、と。その中でやりたいことができたら、とも思ってはいるんですけどね」
抽選に応募していたすごい熱意でプレイしたがっていた他の人たちに比べると情けないかもしれないですけど、とへらっと笑いながら頬をかいた。
『……そうなんですね。モンスターと近くで戦いたい、遠くから戦いたい、誰か他の人と組む予定がある、などはありますか?』
「友人もプレイする予定ですが、必ずしも一緒に動くというわけではないです。多分一人で動く方が多いと思います。あ、あまり大きい武器だと身長的にもあまりうまく動かせる気がしないかもしれません。あとは今まで取り扱ったことのあるものに近いと使いやすいかも、とは」
『それだけだと決めるのは大変かもしれませんね』
「困らせてすみません、ヒカリさん」
相手はAIかつ光の玉なのに普通にラグなく話ができるせいで人間と話をしているみたいで思わず謝ってしまう。最近のAIってすごいんだな。どんな返答でも対応できるのって一体どうなってるんだろう‥…いや、今はそんなことは置いとくけど。
『いえ、謝る必要などありません。こうして一緒に決めていくのが役目ですから。
そうですね……この後の話にはなりますが、とりたいスキルなどがあったりはしますか?』
「とりあえずどれくらいとれるかは分からないんですけど、鑑定、採取、料理、調薬、錬金とかが気になります。他の生産系とかも気になるんですけどね。錬金は実験とかみたいで面白いかなって」
『…なるほど、それでしたらそれらに関係あるものを取得するということもいいのではないでしょうか。短剣などでしたら戦闘以外でも生活用ツールとしても使用できますし、サイズも小さいので扱いやすいかと思います。取り扱うのに必要なステータスとしても、生産に必要なものと被っているため育てやすいのでは』
冒険者ギルドで訓練に参加すればある程度の戦い方は教えてもらえますし、そのときに他の武器を体験するのもいいかもしれませんね。
ヒカリさんがそう続けたから、あとから変更もきくならそのまま勧められたものにするのもいいかもな、ということで短剣を選択した。
そこから更に色々な種類の短剣が出てきたけど、違いが分からなかったからそのまま一番上のノーマルっぽいナイフを選んだ。
『それでは次にステータスとスキルを選んでいきましょう。初期のポイントはSTP(ステータスポイント)30Pと、SKP(スキルポイント)30Pで振り分けとスキル取得をしてください』
ステータスはなんとなく事前に把握している感じは次の通りだ。
STR:力の強さ。物理攻撃力に影響する
VIT:丈夫さや持久力。物理防御力
INT:知力。魔法の強さに影響する
MND:魔法防御力
DEX:器用さ。命中などもこれ
AGI:敏捷性。素早さを指す
LUK:幸運値
私は人間を選んだからポイントを振る前のステータスはオール5。生産系に興味があるのと、最悪動きが素早ければ何とかなるかもと思って、DEXとLUKに13ずつ、AGIに残り4を振っておいた。選んだ武器はナイフだし、力の強さもそれほどいらないから。
スキルは最初に取得できる一覧がウインドウに表記されたけど、こちらも武器と同じようにウインドウに現れて戦闘系、生産系、その他というような項目に分かれて、そこから更に選ぶという形だった。ものにもよるけど大体2-5P程度で取れるものが多いようだった
とりあえず採取、調合、鑑定、料理、錬金を選ぶ。他の採取系とか生産系とかも気になるけど、最初から手は広げられないだろう。ポイントの制限もあるし。
「ヒカリさん、今選ばなかったスキルもそのうち取れるようになるんですよね? 」
『はい。それぞれの行動を元に取れるスキルの一覧が更新されていきます。またクエストを通してとるものもあれば、誰かから教えを受けて得るもの、行動によって自然と得られるようなものもあります』
「必ずしもポイントを振らなければいけないわけではないってことですね。なるほど」
そう考えると自分の行動でなんとかなりそうなものもパッと見ただけでもいくつかある。これは後から気が向いたら試してみるとして、魔法に関しては自分の行動如何でっていうのが今の時点では想像しづらいから何か一つ魔法もとってみようかな。水魔法とかなら料理とかで使う水が出せたりするかもしれない。ただ気になるのが一つ。
「ヒカリさん、魔法も何かとろうと思うんですけど、各種魔法以外に魔法操作、魔法感知などもあるんですけどこれらがないと使えないってことありますか?セットでとらないと意味がない……みたいな」
『……、火魔法、水魔法など各種魔法スキルですが、それらはそれらだけでちゃんと発動するから大丈夫です』
「そうですか。なら水魔法もとります」
今の間は何かな?まぁそれだけでもきちんと使えるってことだし水魔法を合わせて取得する。
採取と鑑定が2P、調合、料理、錬金が各3P、水魔法がそれだけで5Pだ。残り12Pだけど必ずしも今振る必要はないみたいだからそのままとっておくことにする。後から必要になるスキルが出てくるかもしれないし。
『戦闘技能は他にはとらなくて大丈夫ですか?』
「水魔法をとりましたし、ナイフの使い方は始まってからヒカリさんの言ってたところで教えてもらおうかなと思いまして。だから大丈夫です」
『そうですか。それではその他の設定についても決めていきましょう』
そうして痛覚設定をはじめ、視覚表示やPKの有無、他PLとの接触判定などを決めていく。
痛覚設定は初期設定は50%で80%以上に設定しようとすると何か問題が起きても自己責任です、と表示が出た。なにこれこわい。とりあえず初期設定は一般的に勧められる設定になってるんだろう、ということで痛覚設定はそのまま50%。
グロ描写等の視覚表示は中間のほどほどを選択。個別に虫やゾンビなど無理な描写も設定できるみたいだけど、とりあえずすぐに思い当たるものはなかったのでそこは放置。
PKは基本的に一人でのんびりやりたいから、そんなところに注意を払いたくないから無し。
他PLとの接触判定は痴漢とかセクハラとかそういうのに対するものみたいだったから、とりあえずフレンド以外は不可にしておいた。
『最後に注意事項などを確認していきます。公式HPやソフトの説明書にも書かれている内容にも同様のものがあるため簡単にですが、大切なことなので』
ゲームを始める前に規定などに承諾したけどその内容を含めつつ、オンラインゲームだということで注意する点や、ゲームシステム的に注意することなどが改めて説明された。
・連続ログインはリアルタイムで6時間まで。アラームが個別に設定できるから必要があれば行うこと。
・時間設定は現実の3倍速のため、現実世界1日でゲーム内で3日が経つこと。
・身体や脈拍等に著しい異変があった場合は強制ログアウトになること。
・ゲームとはいえ犯罪行為などを行った場合は、ゲーム内で捕まるだけでなく、内容によってはアカウント削除などの対応をとること。また状況によっては現実世界で法的措置がとられることもあること。
・ゲーム内で個人を特定するような情報は聞かない・流さないこと
・相手が人だと忘れないこと。
他にもこまごまとしたことを言われたけど、大体こんな感じの内容だった。聞いていて、まぁそりゃそうだよね。と思う内容も多かったから、ザックリいうと常識の範囲内で楽しんでね。ということだと理解した。
『それでは長くなりましたが、これで最初の設定は終了となります。ありがとうございました』
「ヒカリさん、こちらこそ親切に色々説明してくださってありがとうございました」
『それではチョッキ様。貴方のアンブロシアでの人生が素敵なものになるよう』
そんな言葉と共に光に包まれ、思わず目を閉じる。ざわざわとした人の声が聞こえてきて次に目を開けた時にはそこは全く違う世界だった。