迷惑な来訪者
「なんだよ、ポーションもMPポーションも売り切れのままじゃねぇか!どうなってんだ!!」
いつになったら補充すんだよ!ふざけるな!NPCなんだからちゃんと常に商品ぐらい揃えたらどうなんだよ!!
ドアベルの音と扉の開く音で勢いよく入ってきたのが分かる。そしてそのままの勢いで大きい声で怒鳴る声が続いた。突然の大きな声にビクリと身体がはねた。
こちらからは声だけで、その声の主がどんな人かも分からないけど、内容と声から、男性が複数で、かつPLなんだろうということは分かった。
私は普通の会話みたいにやり取りできるからなんとなくここの人達に対しては、NPCではなく住人呼びをしていたけど、やっぱり他の人が言ってるのを聞いているだけでも少しムッとしてしまう言い方だった。それは決してNPC呼びだけの問題ではないけど。
「すみませんね。旅人の方が沢山この街にやってこられて生産が追いついていないんですよ」
明日になったらまた追加されると思うので、
店員さんがそう続けたときにカウンターの中に何かが投げ入れられた。
急に物が飛んできて驚いた。
飛んできたソレはカウンター側の壁に備えられた棚にぶつかり、棚に陳列されてあった物がいくつか落下した。私の足元に転がったソレは、木製のマグカップだった。
いや、危ないし商品投げるなんて何考えてるんだ。当たったらどうするつもりなんだろう。
思わず立ち上がろうとすると、店員さんがこちらに手のひらを向けて止めた。店員さんの方を見ると、こちらには目をやらず、相手に対応していた。でもこちらに出るなと出した手は下ろさない。
確かにこんなに怒ってる中、店員でもない人間がカウンター側から出てきたら余計に文句を言われるかもしれない。でも、直接言われたわけでもないのに、聞いているだけでひどく不快だった。
「お客様、そのように暴れてもらっては困ります。これ以上は警備を呼びますよ」
「ハッ、在庫をきらす方が悪いだろうが!運営も何考えてんだよ。消耗品はいつでも何個でも買えるのが普通だろ!?」
その後も大きな声で文句を言っていたが、警備を呼ばれるのは困るのかそのまま出て行った。ドアベルが再びなり、店内が静かになったことでやっと肩から力が抜けた。
ゲーム内でも悪いことしたら捕まるって最初にヒカリさんも言ってたもんね。完全に営業妨害に罵詈雑言、迷惑客でしかない。
投げられたマグカップと、ぶつかって落ちた商品を拾ってカウンターに置く。
なんとなく声がかけられなくて店員さんの様子を窺ってしまう。
同じ、というくくりには入れたくないけど、同じ旅人のあんな姿見たくなかったし、あんな内容をぶつけられた店員さんに私から言えることなんてすぐにはうまく思い浮かばない。
「あの、ケガとかは……」
「……今みたいなのは初めてじゃないんだ」
「え?」
「今日は朝から普段なら考えられないぐらいの人数がポーションとか消耗品を買いにきて、置いてあった在庫が全てなくなって、かなり不満とか苦情を言われた。……さすがに商品投げるような奴は初めてだけどね」
怒って殴ろうとした奴は容赦なくふん縛ってギルドに引き渡してやったけどさ。
ふん、と怒ったようにそう言われる。
この街だと冒険者ギルドが門番も含めて警察みたいなことをしているらしい。大きいところに行くと、ちゃんとした組織があるみたいだけど。
それにしても殴ろうとした人までいたのか。
消耗品が足りないなら生産できる人から買ったりはできなかったんだろうか。最初に広場をまわったときは売ってたけどそっちも売り切れてたのかな。それにしたって酷い話だけど。
「なんか……すみません」
なんとなく謝ってしまう。
いや、倍率は高くて外れた人も多かったとはいえ、今日からプレイできる人って結構いるからそういう人ばかりではないとは思うけど、なんとなく同じ旅人の中にそういう人達がいると印象も悪いだろう。
「なんでアンタが謝るのさ」
「や、なんとなく……」
「……」
「……」
「……だから」
「?」
「だからアンタが店に来た時も、どうせポーションが目的だろうって思ったからあんな態度とった。こっちこそ態度が悪くて悪かったよ」
「?本読みながら対応したことですか?別にそんなに気にしてないですよ。欲しいもの伝えたら対応してくれましたし」
個人経営のお店だったらそういう感じのところもあるだろうし。昔行った個人経営の古本屋なんかおじいさんとかは一切視線もよこさず挨拶もせずずっと本読んでたし。それよかマシだ。
それになんならウインドウで買うもの決める場合は、こっちは虚空を見つめてるように見えてる可能性あるしね。
「……はぁ。いや、アンタが気にしてないならいいや、もう」
「はい。……このマグカップとか落ちた品物は、大丈夫そうですか?」
「あー、特に欠けとかもないから大丈夫そうかな」
「なら良かったです。……いや、さっきのは全然よくないですけど。止めに入れなくてすみません」
「出てくるなって手で制止したのはボクなんだから気にしなくていいよ。それにあぁいう手合いはアンタみたいなのが出ていったらよけいに悪化しそうだしね」
「そうですか?」
「そうだよ。それじゃあ気を取り直してさっきの続きしようか」
「?」
「解体用ナイフと、あとからお金が用意出来たら生活魔法の魔法石3種、あとロープはどうするの?」
「あ、そうでした。ロープは長さと値段ってどんな感じですか?」
「まずは細さによって強度が違うから、モンスターのサイズによって使うものを変えるといい。長さとしては一つで一匹生け捕りにできる目安で考えるといいかな。大きすぎるもの相手の場合は別だけどね。変なところで切ったりしなければ何度かは使い回せると思う。値段は細い方が5束セットで400ノード、太い方が5束で750ノードだよ」
あぁ、あとウサギぐらいならロープじゃなくてこっちの紐でも十分かな。こっちは5束で250ノード。
そう言って、紐も出してくれる。自分で編んだウサギの皮の紐と同じような感じの細さだ。
「うーん、どうしようかな」
今の手持ちで解体用ナイフを買うと残りが1,650ノード。3種を1セットずつ買うと残りは250ノードになる。心もとないなぁ。
……。
まぁいいか。お金が必要になったらまた狩りに行けばいいんだし。
「とりあえず出してくれたロープと紐、3種類とも1セットずつください」
「まいどあり」
お金のやり取りはウインドウで金額が提示されて、決定を押すと完了する。
ウインドウで買い物をしたときは、勝手に購入したものがインベントリに入ったけど、今回はカウンターの上に出されていたから、なんとなくそのまま自分で手に持って1つずつインベントリにしまっていく。物を実際に受け取ると買ったって感じがするよね。
「あ、そうだ。これに入れなよ。結構買ったしサービスでつけてあげる」
そう言って差し出されたのは頭陀袋。初心者用セットが入っていたのと同じような袋だった。お礼を言って、購入したロープ類を袋に入れた。ナイフは別途でインベントリにしまう。
先ほど作るのを見せたウサギ皮の紐はどうしようかと思ったら、店員さんに思ったよりちゃんとしてたし貰ってもいいか聞かれたからどうぞと返す。
別にウサギの皮は他にもあるし、ロープや紐も買ったから今のところ必要ないしね。
「ありがと。対価というわけでもないけど、よかったらコレも貰ってよ。さすがにそのまま商品にするのは憚られるし。ぶん投げられたもので悪いけどさ」
そう言って差し出されたのは先ほどの迷惑客に投げつけられたマグカップだ。こちらの方がもらい過ぎな気がするけど、商品としては使えないならいいかと素直に受け取った。
「ありがとうございました」
「また来なね」
今は優先的にポーション類を作るように動いてるみたいだし、明日ならまたポーションとかも入荷すると思うから。
にこ、と笑われてカウンター越しに小さく手を振られる。
ポーションかぁ。
「あの」
「?」
扉から出ようとするのを止まって、振り向く。
「まだ一回もキットは使ってないし作ってないんですけど、初心者でもポーションって作れるものですか?」
「生産者ギルドに行けば簡単なものなら基本的なレシピは教えてくれると思うよ。今は作りてが少しでも増えて欲しいだろうしね。まぁ効果は作る人や材料によって変わったりするけど」
「じゃあ、もしも売っても大丈夫なぐらいのものができたら、ここに持ってきたら買ってくれますか?」
「……ちゃんと作れたなら、今なら自分で取引した方が高く売れると思うよ」
「でも、……あ、そうだ、ここで買ってもらえなくても私はギルドとかで買取してもらうと思います」
そもそも、露店の出し方もまだよく分からないし、とりあえずは自分で使う分が作れればいいし、物を高く吹っ掛けたりするのもしたいとは思ってない。お金は欲しいけど面倒そうなものを呼び寄せそうだし。
あと接客とか今はとくにしたいと思わないしどちらかというとしたくない。
供給が追いついていなくて困ってるなら、猫の手ぐらいにはなれるかもしれない。まぁそれもちゃんと作れれば、がつくけど。
「……お金が欲しいなら自分で売った方がいいだろうに、気を使ってるの?損な性格だね」
仕方ないなぁ、というように微笑まれた。
いや、気を使ってるわけじゃなくて、実際接客したくないからなんだけど。元から作ってみようとは思ってたし、売らなかったら多分全部自分用にする。
「それじゃあ基準を満たす物ができたら買うよ」
「はい!それじゃあまた。ありがとうございました」
小さく会釈してからお店を出た。
時間を確認する。まだまだ時間は大丈夫そうだ。実際に何か作るまではできないかもしれないけど、生産者ギルドへ行って話を聞いて来よう。
マップを確認して今度は生産者ギルドへ向かった。