農場のおじいさん
大通りからの脇道を通って行くと、住民が住んでいるであろう家々が並んでいる通りへ出た。そこを道沿いに抜けて行く。
途中、ダスティンさんがメモしてくれていたパン屋も発見した。時間が時間だからか閉店していたのでまた今度売り切れていない時間帯にでも来よう。他にも防具ではない普通の服屋のような店、雑貨のようなものを売っている店等があった。ただ、どこも店じまいをしているところだったので、もしかしたら18時で閉まるのかもしれない。お店の人や通りすがりの人と目が合ったら軽く会釈をしておく。
私たちが利用するお店とはまた違って現地の人用のお店ということで興味があるから、また今度パン屋に来るときにでも見てみよう。
そんなことを思いながらそのまま歩いていくと見通しのよいところへ出た。
木でできた柵に囲まれて、青々とした植物が生えているのが遠目でも分かる。
中に人がいないか見たり何が生えているのか見たりしながら柵に沿って歩くと、柵の切れ目、小さな小屋の前にたどり着く。
小屋の前には無人販売所のようなものが置いてある。が、中身はこちらも売り切れになっていた。
チャイムのようなものは勿論ないため、大きすぎない声ですみません、と一声。
あまり大きな声で呼んで寝ているところを起こしてしまったりしたら申し訳ないから、追加で呼ぶかどうか迷う。
建物の中からは物音もしない。
もう一回呼び掛けて、少しだけノックもしてみようか。
そう思って右手を握って扉の前まで上げる。
「おい」
「っ!」
声を出そうと口を開いた瞬間、小屋の陰から低い声で声をかけられた。驚いて吐こうとした息を吸ってしまう。けほ、と少しむせつつ声のした方を見ると、白くてごわっとした髭を蓄えた年配の男性が立っていた。
その表情は不機嫌そうに眉間にしわが寄せられ、こちらを訝しげに見ていた。
「……なんだ。何か用か。見ない面だな」
はっきりとしないこもり気味の話し方だ。聞こえづらくはあるけど、周囲に誰もいないから静かな中だとよく聞こえた。
「あのっ、ダスティンさんと、に、ウサギの解体を教えてもらったときに出た内臓を!持ってきたので、すが」
最初の一声、声がひっくり返った。そのせいでなんだか一気に緊張してしまって、まともに話ができなかった。
こんなこと仕事でも最近はなかったのに、うまく話せなくて情けないやら、声がひっくり返ったことが恥ずかしやら、身長高くガタイのいい男性の不機嫌そうな雰囲気に少しビビッてしまうやらで、最後まで文章を言い切ることができない。
「……」
「……」
無言。
体格差のある年上の男性が怒っているのは苦手だ。そのせいもあり私は下の方を見ておじいさんの顔を見れず、おじいさんからは視線を感じる。どうしよう。
「……そんなに怯えんでも取って食ったりはせん。もう一回落ち着いて話しなさい」
ふぅ、と小さく溜息をついた後、おじいさんからそう言われた。
その声色が、先ほどの不機嫌そうな感じではなかったから、恐る恐る顔を上げる。
おじいさんの顔を見ると、笑顔ではないし眉間にしわはあるままだけど、仕方ないな、というような感じがした。
なんとなくそれで、怒っているわけではないのか、と少し落ち着く。
「あの、ダスティンさんにウサギの解体を教えてもらったのですが、その時にでた内臓を農場に渡しにいくときいたので、興味があって自分で内臓を渡しにきました」
「あぁ」
「……」
「……」
「あの、この時間に来てしまって迷惑ではなかったでしょうか」
「あぁ」
「……」
「……」
「初めまして、チョッキといいます。よろしくお願いします」
「あぁ」
「……」
「……」
ひー!会話が続かないんだが。
何言っても一言で終わってしまう。
「あの、内臓なんですが、今回はウサギ3匹分になります。1匹分は私がやったせいで少しボロボロになってしまっているのですが、大丈夫でしょうか」
「……問題ない」
お?
「内臓は手を加えれば肥料や餌になる」
「餌?」
「あぁ。テイムしたモンスターの餌なんかに使える。この街にはギルドはないが、うちや知り合いのところでもテイムしているモンスターがいくらかおるからの。多すぎなけりゃ使いきれる。加工するときにどのみち細かくすることが多いから、解体が下手でも問題ない」
「ぐっ」
いや、初めてやったし下手なのは確かなんだけど、初対面の人にそうはっきり言われるとちょっとくるな。
「では受け渡しをしてもいいでしょうか」
「あぁ。……いや、ちょっと待ってろ。そのまま渡されてもかなわん」
そう言って小屋の裏手に行き、大きな甕を持ってきた。口が大きいから壺ではなく甕でいいだろう。
甕に入れるように、と言われたので、インベントリから取り出した内臓は全て甕の中に収めた。
それにしてもインベントリにしまうときもそのまましまえたし、売買のときもスライムゼリーとかもそのまま受け渡しできたから全然気にしてなかったけど、確かに内臓そのままむき身で渡されても困るよな。その辺の気遣いできてなかったな。申し訳ない。
「代金は……」
「え?」
「この内臓の代金だ」
「えっ、普通にそのままだったら廃棄してるものなんですし、お互いに得してるんですしいらないですよ。廃棄する手間が省けましたし」
「……」
ダスティンさんと話してたときから、買ってもらうみたいな感じではなかったし、普通に不要なものを引き受けてくれるのだ。むしろありがたいぐらいだった。
そう伝えると、おじいさんはまたしても無言になってしまう。
「……」
「……」
「えーと?」
「少し待ってろ」
今度は小屋の中へ入っていき、少しすると再び現れた。
「手」
「え?」
「これ。内臓は本来捨てるものだ。普段も払っても微々たるものだが、廃棄せず持ってきてくれたことに対して少し渡している。お金がいらないなら、これを持っていけ」
「これは……?」
そう言って出した手にのせられたのは、小さな実が2つだった。
赤色に熟れていて近くに寄せるとすごく甘酸っぱい匂いがする。見た目だとプラム、すももみたいだけどもう少し小さい。
鑑定をすると、ソルダム。レア度2 品質3 熟している。と出た。
相変わらずまだまださらっとした鑑定だ。
「売り物にするには小さいから、ジャムにでもしようかと思ってたもんだ。サイズは小さいが味は問題ないはずだ」
「そんな、農場に興味があっただけで、何かを期待して持ってきたわけでは」
ギロッ
またも眉間にしわを寄せたまま、険しい顔で見られてしまう。
さっきからの流れで怒ったわけじゃないだろうけど顔が怖いんだよなぁ。
「いらないのか」
「いえっ、ありがたくいただきます!」
ありがとうございます。と、貰った実を持ちながら頭を下げる。
「……」
「……えーと」
「……また解体はするつもりなのか?」
「あ、はい。練習も兼ねてまた今度やろうと思います」
「……そのときはまた来い」
「……は、はい!」
顔は怖いままだったけど、声色から拒否されているわけではないと感じた。思わぬ収穫もあったし、顔は怖かったけどそこまで怖い人じゃなくてよかった。顔は怖かったけど。
挨拶をしてから、農場を離れた。
貰ったソルダムをインベントリにしまう。2つ貰ったから1つはクリエイトウォーターでさらっと水をかけてから、そのままかじった。乾くから別にいいけど手が濡れる。早くクリーンが使えるようになるといいなと思った。
かじった瞬間水分が口からこぼれそうになる。すごくみずみずしい。酸味も多少あるけど甘い。ジャムにするって言っていたけど、確かにこれはジャムにしたら美味しいだろうな。
こちらにきて初めての甘いものに、口をもぐもぐと動かしながら表情が緩んでしまう。おいし。
あたりは少しずつ暗くなってきている。見た感じ街灯のようなものはない。ただ、建物の軒下のあたりに小さな石が木枠に囲われているのがちらほら見える。もしかしてあれはライトの魔法石で、暗くなったら明かりがつくのかもしれないな。
そんなことを思いながら元来た道をたどり大通りへと戻った。
次は道具屋だ。




