初めての解体とその後の話。
先ほどメモした束を作業台の端に置き、貸してもらったナイフを右手で握る。
ダスティンさんと私の立ち位置は先ほどとは交代するような形で作業台に向かう。
作業台の上に置いたウサギに向かい、まずは首にナイフを突き刺して息の根を止める。
先ほど説明されたようにウサギは消えず、そのまま横たわった状態になっている。結んであったヒモを外して、皮を剥いでいく。
皮をめくるときは、見ていたときよりは力が必要で最初はうまくいかず思わずダスティンさんの方を見たけど、大丈夫だからそのままいけ、と頷くだけだった。
身長差もあり私には少し高い位置に台があるからか力が入らない。
「あ、ちょっと待て」
「はい」
「ちょっとどいてな」
「?」
手を離してダスティンさんに言われた通りに少し場所を移動すると、ダスティンさんは土魔法を使って踏み台のようなものを作ってくれた。
高さが合わずにやりづらそうだったのを見てやってくれたようだ。
相変わらず詠唱がないけど、多分そういうものが土魔法であるんだろう。何もないところから土が出て、それらが四角く固められていたから複数の魔法を使ったのかもしれない。
土が出たのは水魔法のクリエイトウォーターの土魔法版のようなものかもしれない。
「ほら、とりあえず此処乗って続きしな」
「ありがとうございます」
作ってもらった踏み台の上に立って続きをする。今度はうまく皮をめくることができた。
内臓をとるために切れ目を入れて腕を入れて内臓をとっていく。
ぐにり。
ひぇ、やわらかい。
やわらかく濡れた感触に情けない顔になりながら少しずつ内臓をとる。
やわらかさにひぇぇとなりながら手を突っ込んだまま思わずダスティンさんを見ると、なんつー情けない顔してんだ、とくつくつ笑われた。
これで全部かなと思ったタイミングで取り出したものを鑑定してみると、ウサギの内臓(破損)と出ていた。ダスティンさんみたくは綺麗に取れずにところどころ千切れたりしてしまったからだろう。
「えーと、次は……」
「次は後ろ足。尻の筋肉の分かれ目からナイフを入れて股関節を外す」
メモを見ようとすると、ダスティンさんが説明してくれる。
その際に私の書いたメモを見て、ここちょっと加えとくぞ、と言いながらメモを追加している。言語が違うのに、私が書いた文章は読めるのか。もしかしたら話すのはできるのと同様、文章も住人には同じように読める状態で見えているのかもしれない。
ただ、ちら、と見た感じダスティンさんが加えたメモはやっぱり読めなかったから、後から意味を聞かなければいけない。
そんなことを思いながらナイフをお尻のところに入れて股関節を外そうとすると、うまく外れない。
「ナイフを入れる向きを変えてみな」
そう言われて向きを変えるとそれだけで今度は簡単に外れた。反対側も同じように外す。
次は前足だ。たしか筋肉の分かれ目が触ると分かるって言っていた。
指でつつ、と前足のところを触ると筋肉の筋というか膜のようなものが指を入れると本体から離れたからそこにナイフを入れる。前足も無事切り離し完了。
胴体をカタとロインに分けて作業を続けていく。背骨に沿ってろっ骨を折りながらカットする時だけちょっと体重をかけるみたいにしないとできなかった。勢いをつけて振り下ろすには自分の狙いが正しく振り下ろせるか自信がなくてやめておいた。
「これで終わり、で大丈夫ですか?」
「あぁ、初めてにしては時間かからなかったな。これで終了だ」
そう言ってまた指をパチリ。
先ほども今回も一匹目の時ほど血や肉は飛び散っていないけど、洗浄魔法を使ってくれる。もちろん解体したウサギにも。
相変わらず便利だ。これはぜひとも教えて欲しい。
「ありがとうございます」
「あー、な。今解体したのもとりあえずしまっとけよ」
「あ、はい」
「まだ時間はあるな。……そうだ、チョッキ」
「はい?」
「今スキルとかってどうなってるか見せれるか?」
「スキルですか?」
インベントリに素材をしまいながらダスティンさんに渡す素材の話がしたいなと思っていたら、そう言われた。
ウインドウの見せ方と見せることができるかが分からない。あ、ギルドカードでいいのか、そう思ってギルドカードを取り出してスキル等が見えるようにする。
「えーと、これで見えますか?」
「……はあぁああ」
「えっ違いましたか?見れませんか?」
そう言ってギルドカードをダスティンさんに渡すと、渡されたギルドカードを見てからこちらを見て、大きく溜息をつかれた。
横に避けられていた椅子を2脚引き寄せてダスティンさんがどっかりと座る。もう1脚には座る部分に手をぽんぽんと叩かれて言葉なく座るよう促される。
「あのなぁ。こういうレベルとかステータスとかスキルってーのは大事なの!だから見せろって言われてホイホイ見せるもんじゃねぇの、分かるか?」
まぁ見せろっていった俺が言うことじゃねぇけど。
「お前真面目そうだし年の割にはしっかりしてるように見えるけど素直すぎるな。もし俺が悪いやつだったらどうすんだ」
「ダスティンさん、別に悪い人じゃないでしょう?」
ギルドで働いているなら悪い人っていうくくりには入らないだろう。
はぁ。
もう一つ溜息。
「……。俺が悪い奴かどうかは別として、こういうもんは口頭で自分が伝えてもいいと思った部分だけ伝える方がいい。
全部まるっと見せるなんざ、自分の戦い方や弱点を出して、対策して襲ってくださいって言ってるようなもんだろ。しかも旅人で街の外に出るならなおさら」
「そういうものですか」
「そういうもんだ」
でもPK設定とかも無しになってるし、PLからそんな襲われたりなんかはしないだろう。
「襲われないから大丈夫、とか思ってるんなら間違いだからな」
「え?」
「旅人に襲われなくても他のやつには?モンスターけしかけられたら?善良そうな顔して個人的な依頼をしてきて、それが嘘だったら?詐欺だったら?」
「え」
「……この周辺の街なんかは大丈夫だろうが、もっと大きな街に言ったらそういう奴らだっている。だからどこから漏れるか分からないんだから、そういうことに繋がる可能性は少しでも低くする方がいい」
「そうなんですか……分かりました。…でも、詐欺の可能性があったとしても、困っている人がいたら協力できることだったらお手伝いすると思います」
「そういうのはいい。さっき言ったことだって多いわけじゃない。そういうことも起きることがあるって知っておくだけでもいい。そんで、大っぴらにこういう情報は出すなって話がしたかっただけだ」
「心配してくれたんですね、ありがとうございます」
「……うるせーよ。あんまり抜けてるから心配になっただけだ」
「へへ」
誰かに心配されるって結構くすぐったい。褒められたり心配されたり、嫌がるかもしれないのに忠告のようなことをしてくれたり。
ここで出会う人達は皆やさしい。それが嬉しい。
「……まぁ、いい。次はこっちな」
「はい?」
そう言って渡したギルドカードを一緒に見れるようにしてくれる。
「ここ、見てみな」
「あれっ」
「解体、あるだろ。今解体の説明を受けて、実際に生け捕りにした獲物を解体する。そうすると取れるんだよ、解体スキル」
取得可能になるかもとは思っていたけど、一匹しか解体していないのに取れるとは思っていなかった。
「きちんとした知識のある奴から手ほどきを受ければ取れる。自己流で解体をして取る場合は、正しいやり方をしたときに取得できる素材に近い部位数に分ける、かつそれを何度か行う必要がある」
「なるほど……」
「あと、多分もう何匹か生け捕りにしたらそっちも取れると思うぜ」
「生け捕りのスキルを、ですか?」
「いや、どっちかっつーと捕縛だな」
「そういうのもあるんですね」
「あぁ、だから住人だと捕縛と解体はセットで持ってる奴が多いかな。俺も持ってるし」
「そうなんですか」
「というかお前これ……」
「え?」
どこかを見て反応したみたいだけど、どこを見たのか分からず聞き返す。
「いや、なんでもね。……取ってるスキル、採取、調合、鑑定、料理、錬金、水魔法に掴み、拳、蹴り、投擲って水魔法以外だと素手で戦ってんのか?」
そう言われてスキルの欄をもう一度見る。
解体に意識が向いていたけど、よく見たらスキルが増えていた。
掴み、拳、蹴り、投擲の4種だ。ナイフに関係ありそうなスキルはない。
何一つナイフに関する技能がないのはいっそ笑ってしまう。初期装備素手とかだったっけ?という感じだ。スキルが取れていた理由はスライムやウサギとの戦闘で、殴る、蹴る、掴む、投げるという動作を何度もしていたからだろう。
「いや、ナイフを使ってたんですけど、動けなくした状態じゃないとナイフが当たらなくて……はからずも素手と魔法に……なったというか」
「はぁ?ナイフじゃなくて違う武器とかは?」
「まだ試してないですけど、そういうのは多分すごく下手くそだと思います……」
「……まぁ水魔法とこれだけスキルがあるなら戦えるしな。一応金に余裕があるならギルドの訓練場利用するとかで試してみたらいいんじゃないか?」
「……そうします」
あまりにも悲壮感漂わせていたからか、励ますようにフォローされてしまった。
「……そ、そうだ。アレだ」
「?」
「お前洗浄魔法に興味ありそうだったろ。まだもう少し時間あるしそっちも説明してやるな」
「!!ホントですか!ありがとうございます!」
うなだれて下ろしていた視線を顔ごと上げる。
「後で説明するって言ったしな」
「生活魔法のこととか、詠唱破棄のこととか、農場のこととか他にもいっぱい聞きたいことあるんですけど、そっちも大丈夫ですか?」
「あぁ、そんな話もしたっけか。もし時間が過ぎても今は部屋を使用する奴もいないし、30分ごとに延長できるからお前の時間が大丈夫ならいいぞ。俺も特に予定があるわけじゃないし」
メモ取るなら机によせるか、椅子。
そう言いながら椅子を机の方へ寄せて、載せていたメモ束を渡された。
ペンを握りしめて、話を聞く態勢を取ったのを見てダスティンさんの説明が始まった。




