第8話 サスティナブルとかなんとか
いや、何もないってのは語弊があるな。
無ってわけじゃなくて、つまり目の前が開けてるって言うか、さっきまであったトンネルが無くなって、天井が消えて空が見えているから。
「空――」
夕暮れの美しい空だ。
そして目の前は、延々と長く、真っ直ぐ、さっきまでのトンネルを一回りも二回りも大きくしたみたな形状で削り取られていた。
当然、鼠の群れなんてどこにもない。
「な ――」
何だこれ。
え?
いや、いやいや。
俺の力じゃない。俺の力じゃない。
え? これ全然俺の力じゃないよね?
肩の上でにゃ王様の尻尾がひゅいんと動き、背中を叩いた。
はっ
俺は首を巡らせて肩の上のにゃ王様を見た。
めっちゃ目の前。可愛い。頬ずりしたい――
じゃない。
「にゃ、にゃ……、にゃ王様、これ」
「お前の力にゃ」
「えぇ」
「初めてにしては上出来にゃ」
いや……
上出来って出来じゃないよ?
どういことだ?
全部、消え――
消えている。
「――こ、これ、下手したら世界滅ぼしちゃうんじゃ」
「魔王にゃからにゃ」
にゃからにゃ。
ほわあ。
にゃからにゃ、ってもう意味が伝わりにくいけどただただ可愛い。
じゃない。
「お前に与えた力は『消滅』にゃ」
いやいや。
「怖い」
ぽっと出に簡単に与えていい力と違いますよ?
いやそもそも猫が与えていい力と違いますよ?
せいぜいスカイツリーくらいから飛び降りても無傷、くらいの力にしとかないと。
まあまずスカイツリーから飛び降りたら身体は生きててもジェットコースターすら乗れない俺の精神が死ぬ訳だが、ていうかあれあんな高い所から万が一飛び降りたとしても地面に激突するまでの間に飛び降りたことを三十回くらい後悔しそうで想像するのも遠慮したいけどそれはともかく
「怖いので嫌です」
「今更怖気付いても無駄にゃ」
今更も何も始めから望んでないし。
大体望んで能力もらったんならそもそも厨二技名にしないし。
「せめて名称変えてください」
「嫌にゃ」
断られた。
え、もしかしてお気に入りですか?
にゃ王様がお気に入りなら、まあ……
しかし。
第四の四天王の力が、『消滅』。
ヤバすぎないか?
「――あの、念のためお聞きしますが、他の四天王の能力って」
ナンバー4の俺がこれじゃ他はめっちゃヤバイやつなんじゃ
「第一の四天王トラは『透過』にゃ」
「透過……!?」
まさか、物質を……?
「どんな狭いところでも通り抜けられるにゃ」
は?
猫?
「第二の四天王ミケは『跳躍』にゃ。どんな高いところから飛び降りても着地できるにゃ」
おー。
さすが猫。
それはさっき言ってた途中で失神必至のアレじゃないか。
俺でなくて良かった。
「第三の四天王シマシマは『懐柔』にゃ」
懐柔――
これは、今までと違う。
すごく知略的だ。
「どんな相手でも猫撫で声にしてしまうにゃ」
「……おー……」
「どうだにゃ」
にゃ王様が胸を張る。伸びをしてる感じだ。
得意げだ。
「どれも……とても猫らしい、ですね……」
てか、
「なんで俺だけ殺伐と……?」
四天王の中で俺だけとことんテイスト違うのは何故ですか。
「これまでの四天王の技は戦闘力が皆無だったにゃ」
「あ、はい」
そうでしょうとも。
逆に強い気もしないでもないけど、まず最初にそっちの能力振っちゃうところがにゃ王様、可愛い。
きっと三つ目まで決めちゃってから気付いたんだろうな。
しかし。
しかしだ。
こんなサスティナブルとかSDGsがさんざん叫ばれてるサーキュラーエコノミーでソーシャルエコシステムな現代社会に於いて、このようなリサイクルもリユースもリデュースも地産地消もできない破壊的能力を振るうのとかちょっと遠慮したい。
遠慮しよう。
「にゃ王様、俺、四天王辞めさせて頂きます。辞表書けばいいですか? 幸い生前のブラック企業でさんざん辞表を書く練習をしたので秒で書けます」
出せない辞表を何度書いたか。
あれ。何で出せなかったんだっけ。
メンタルまで隷従してたからかな。
出そうとしたら「最近の若い奴は我慢が足りない」「給料分働いてないくせに」「辞めるなら今の仕事を月末までに終わらせろ」「お前程度を雇うところなんて他にはない」とか散々言われたから。
「受理しないにゃ。目の前で破り棄ててやるにゃ。チリ一つも残さないにゃ」
おっと、こっちは物理。
「さすがはにゃ王様。猫らしい、いえ、魔王らしい行為です」
「魔王って言えてるにゃ?」
「なら転属をお願いします。にゃ王様のお世話係を熱望します」
「不要にゃ」
「いやいや、必要ですよ。周り皆さん猫さんじゃないですか。猫の手は忙しい時にこそ借りたいんであって、日常のお世話は人間タイプがやった方が何かと便利ですよ、絶対」
「もう人間の世話係はいるにゃ」
えっ。
ショック。
「誰ですか?! 俺の方が適任だと思います!」
「見もしないで適当言うにゃ。お前よりアーレの膝の方が圧倒的に癒されるにゃ」
「いえ! 絶対俺が適職です。なんせコンマ1トンですから。ふかふかですよ。愛するにゃ王様のお世話係は絶対に譲れません。コンマ1トンな俺の膝にぜひ!」
俺はにゃ王様の前にスライディング正座してぽんぽんと自分の膝を叩いた。
どうぞ。
「ならここに呼ぶにゃ」
俺の膝スルーされた。