第7話 技のニャは
めっさつ しほうかいじん
めっさつ
しほうかいじん
めっ……目……芽……飯……めから始まる漢字って意外と少なくない?
ある意味めっさつってオンリーワン?
しほうはさ、司法とか至宝とか、まあいいか、四方でも。脂肪とかなると俺に突き刺さるけどね。
でも社会人としては司法を重視したいね。
かいじんは、そうだな。
怪人じゃ世界征服競合企業だし、改竄じゃ社会人としてヤバすぎだしっつーか既に改竄してるし。かいじん。
かいじんかぁー
「変換、難しいですねぇ」
にゃ王様が俺を見つめている。
そんなに熱心に見つめられたら照れちゃうじゃないですかー。へへ。
「唱えるにゃ。滅殺、四方灰燼と唱えるにゃ」
……嫌です。
「唱えるにゃ」
嫌です。
「唱えるにゃ」
いやですぅぅうううぅぅうう!!
何か色々嫌だ!
何か取り返しがつかないことになりそう!
命の危機じゃなくて俺は今! メンタルの危機を覚えている!
ていうかにゃ王様、その言葉のセンスはどこから持ってきたんですか。
うちじゃ飼えませんよ。返してきてください。
「死んでもいいんですか。次はありませんよ」
クール猫が言うと本当に次が無いって思えるな。
俺は一度死んだ。
だから別にって言いたいけど、ここで死んだら、もう次はないのか。
――
うう。
やっぱ死ぬのは嫌だ。
覚悟してから死ぬのとか恐すぎる。
そんなくらいなら赤面厨二技ネームくらい幾らでも叫んでやるわ。
「唱えるにゃ」
はいっ
「め……、めっさーつ……しほうかいじん?」
きゃっ、言っちゃった。
何も起こらない。
ただのしかばねのようだ。
「声が小さいにゃ!」
しかばねは俺の心か。
「ここで死んでもいいのかにゃ」
「――っ」
「このまま倒れれば鼠どもはお前に群がり生きたままお前の皮膚を喰いちぎり潜り込み肉を裂き骨をがりがり噛み砕くにゃ。自分の肉と内臓が生きながら齧られ喰われるおぞましさと際限ない苦痛に苦しみながらお前はこの地下で一人死んでいくにゃ」
ちょ、やめてやめて、やめてください。
「絶命するまでに少なくとも30分は掛かるにゃろう。それでも技を出せないと言うにゃ?」
「やります!」
厨二技名がにゃんだ。
コンマ1トンな俺は食べ応えがありそうだから下手したら1時間くらい齧られちゃうかもしれない。
耐えられない。
そんな描写お食事中の方はもっと耐えられないだろう。
(食欲と)命には、替え、
られ――
ない!
左手を正面へかざす。
全身から左腕へ、腕から手のひらへ、熱が流れ込む。
手のひらが光り、その光がトンネル内を煌々と照らし出した。
うげ、想像以上に鼠だらけだ。
お食事中の方はイメージをハム太郎を探せに変換していただきたい。
「唱えるにゃ」
はい。
「我が前に見せるにゃ! 滅死の黒影の力を――!」
はい、にゃ王様!
俺は、思いっきり肺に息を吸い込んだ。
「め、めぇっ、めぇっさっつぅぅううう! しほぅカぃじぃーぃんん……っ!」
声が裏返った。
脳天から出てるような感じだった。
めっちゃ恥ずかしい。
せめてスマートに叫びたかった。
だって慣れてないんだもん。人生で必殺技を叫ぶなんてせいぜい小学生の時までくらいだろ?
28にもなって必殺技名を叫び、さらに声が裏返るとか、メンタル的に死ぬ。
死――
「――ん? なんも――」
おきない、と思った瞬間だ。
手のひらに集まった熱は一瞬の間を置き、目を眩ます光を放って迸った。
全身の血流が逆流したみたいな感じだ。
「うわっ」
思わず強烈な爆発を予想して身構え――
けど、何もない。
音もしないし、突風が吹くわけでもないし、熱いわけでも寒いわけでもない。
ただ光と――、静寂。
耳がつんと痛いくらいの。
たっぷり10秒くらい目をつぶっていた俺は、ふわりと身体の周りを流れる風を感じ、薄く、左目を開けた。
薄暗がりに動くものはなさ、そうだ。
「見せてもらったにゃ、滅死の黒影」
にゃ王様の満足気な声がする。
うん。にゃ王様に満足してもらえたのなら良かった。
恐る恐る両目を開ける。
えっ。
――何もない。
そう。
俺の目の前には、何もなかった。




