第6話 禁じられたアレです
びっしり!
びびびっしり!
「っにゃ」
無理無理無理!
にゃ王様、これ俺みたいな下っ端じゃなくてにゃ王様じゃないと無理ですからー!
天井を走っていた鼠が、先端から布が剥がれ落ちるように降ってきた。
俺の頭上を覆う。
「にゃ王様ーーーー!」
もうダメだ。
もう死ぬ。
降り注ぐ塊を覚悟した俺の足が、水を蹴立てる。
トン! と肩に黒い塊が乗った。
「ぎゃー! ぎゃー! ぎゃー!」
鋭利な3本の光が闇を走った。
頬を掠めた感覚がある。
「ぎゃー!」
齧られるぅ!
「ぎゃ……?」
あれ?
この感触。
懐かしい……
目の前でひゅいんと尻尾がしなった。
「にゃ王じゃにゃい、魔王にゃ」
「――にゃ王様!」
ばり、と爪が俺の頬を掠める。
「にゃ王じゃにゃい、魔王にゃ」
おっと。こんな状況でも譲れませんか。
でもこれで朝と合わせて両頬、にゃ王様の爪によるバッテンがついたぞ。へへ。
それにしてもにゃ王様、心配してきてくれたんだ。
「にゃ王様ぁー!」
感極まり器用に自分の肩に抱きつこうとした俺の手をかわし、にゃ王様は跳んだ。
闇に美しい金色の光が稲妻のように走り、トンネルを追ってきた鼠の群れが5メートル四方、一瞬で切り裂かれる。
鼠達の闇は騒々しい鳴き声を撒き散らし、あっという間に後退した。
にゃ王様は水に尻尾の先すら濡らすこともなく、再びストンと俺の肩に降りた。
すごい――
「すごいです、にゃ王様! さすがです! 全部やっつけちゃってください!」
「馬鹿を言うんじゃないにゃ。今日はお前の力を試すと言ったはずにゃ」
後ろから別の声がした。
「何をやっているんです、役に立たない四天王ですね」
あっ、クール猫。
いつもにゃ王様のお側にいるんだなぁ。忠臣。
ていうか、クール猫、人間だったら眼鏡をくいって上げてそうだよね。
にゃ王様は前脚でトンネルの奥に後退した鼠の群れを指した。
「あれを全て倒してこそ、我が四天王の誇る滅死の黒影にゃ」
いやぁ、それはちょっと。
誇んない方がいいんじゃないかと。
「さあ」
鼠の群れを指していた前脚で、俺の頬を押す。ぷよん。
いやぁ、この肉球。
最高です。
「さあ、四天王ならば余裕しゃくしゃくで、このネズミ如きが、とマウントするにゃ。それが四天王の威厳にゃ」
「ええ……」
いやいやどう見ても如きじゃねぇですわこれ。何なら俺が如きレベルですわ。
装備も何もない、レベル1どころかNPCの村人レベルですわ。
地下道の中で行ったり来たりしながら話しかけてきた勇者様に「ここには恐ろしい鼠がいるんです、タスケテ」と繰り返し続けるくらいしかできないレベルですわ。
しかもね、マウントとかね、鼠にしても効果あるかどうか。
四天王の威厳とは鼠へのマウントでは決してないのではないかと言うか。
あ、そう言えばまだ他の四天王、姿も見てないぞ。
どんな人達なんだろう、センパイ達。
可愛い後輩の危機に颯爽と駆けつけてくれないのかなぁ。
俺が言い訳的思考に逃げている内にも、中途半端サイズ鼠達は再び、一斉に飛びかかってきた。
「ぎゃー!!!」
降ってくるのを必死で避ける。
この一瞬、俺は阿波踊りの名手になった。
YouTubeあるいはTikTokに上げたらアクセス爆上が「ぎゃー!!!」
「にゃにゃにゃにゃ王様!」
タスケテ!
にゃ王様は俺の肩で動かない。
ああ可愛い、俺の肩にじっと――
じゃねぇ!
うおお!
次々降ってくる!
死ぬ! 死ぬって!
絶対ヤバイ病気になるって!
病気になる前に食い尽くされますって!
でもにゃ王様は本当に、これ以上手を出す気はないらしい。
食い尽くされたくなければ倒せと、そういうことだ。
どうすりゃ――あっ
そうだ!
武井壮、武井壮を思い出すんだ!
動物相手の戦いなら第一人者の武井壮がいたじゃないか日本人で良かったぁー!
鼠、鼠との戦い方――
ってないわー!
武井壮百獣の王になるために最強動物とのガチバトルやってんだから今ンところ鼠相手になんかしてねぇわー!
いやいやでも百獣の王なら鼠一匹だって全力を持って叩き潰すのでは?
ならやっぱ武井壮ありなのでは?
――
――――
ってないわー!
それにさ、武井壮、もう今真面目な感じになっちゃって最強動物とのガチバトルしてなくね? 肩書きフツーに高レベルアスリートだよね?
あっ、そろそろまずい。マジで死ぬ。
鬱陶しいノリツッコミは自重して真面目に行こう。
でもやっぱりちょっと、無理ゲーです。
「全く、情けにゃい」
にゃ王様は再び爪を閃かせ、降りかかってきた数体を一瞬の元に屠り去ると、俺を呆れた眼差しで見据えた。
「お前には十分な力を与えたはずにゃ。何故それを使わにゃい」
「はずって言ったってそんな力――」
全く覚え無いし。
「魔王様は貴方に与えているのです。四天王、最大最強の力を――」
クール猫?
「その左手の手袋と包帯を取って、敵へ手をかざすのにゃ」
「手袋と包帯? これ単なる厨二的シャレオツじゃなく意味があったんですね?」
見ないフリしてたんだけど。
「早くしないと死ぬにゃ」
鼠の群れは際限なく迫ってきている。
「はいっ」
俺は夢中で手袋と包帯を剥ぎ取った。左手を見る。
「――げぇぇぇぇ!?」
手になんか模様が!
良くある禁じられた世界の禁忌の封印された忌むべき凶悪な破壊の力とやらが宿ってそうな左手を封印してそうな模様が!
「滅死の黒影――お前の名の由来にゃ」
やめて。
こっぱずかしい名前に完全なる意味持たすのやめて。
鼠が躍りかかってくる。俺の荒れ果てた心情など何の考慮もなく、待ったなしだ。
俺は無我夢中で左手をかざした。
左手が微かに光り、熱を帯びる。
「今にゃ。そこで『滅殺、四方灰塵!』と唱えるにゃ」