第5話 はじめてのおつかい
俺は必死に走っていた。
暗く狭く、どこまでも長く続く、石の壁に囲まれた地下の道だ。
灯りはなく、どこへ続くとも、どこまで行けば終わりがあるとも分からないその道を、足元の水を蹴立てて走る。
既に息は上がりかけ、もうそう長くは走っていられないと自分でも分かっていた。
けど足を止めたら、あれに捕まる。
背後から来るあれに。
走りながら首を巡らせ、距離を測る。
さっきよりも近付いている。あと10メートル。
視線を向けたその先。
そこには、闇があった。
走る俺の背後から――
深く、蠢く闇が、迫っていた。
始まりはこうだ。
「今日はお前の力を確認するにゃ。手始めに獲物を狩ってくるにゃ」
にゃ王様は今日もキャットタワーに鎮座し、俺を見下ろしている。
顎から口元のライン可愛いな。
キャットタワーの台の端からちょこっと両前足が覗いてるのも可愛いな。
「聞いてるのかにゃ」
「聞いてます。にゃ王様、もうちょっと脚を前に出して頂けますか。角度的にあと少し、前に出てるとちょっとこう、より見下ろされてる感が出るというか」
「――」
目の前で三本の閃光が走った。
ほっぺたに三本線が刻まれる。
お爪がとっても鋭いですね、にゃ王様。へへ。
「今日はお前の力を確認するにゃ。手始めに獲物を狩ってくるにゃ」
「獲物ですか」
俺は赤い3本線がクロスした頬を冷やしながら想像を巡らせた。
鼠かな。
にゃ王様の好物なら、俺頑張りますよ。
そして今。
俺は必死に走っていた。
暗い、どこまでも続くトンネルだ。円筒状のその足元には水がチョロチョロ流れている。
その水を蹴散らして走る、走る、走る。
逃げるんだ。
背後の闇を追ってくるモノから。
闇から迫るのは絶え間ない足音、鳴き声、無数の光る眼。
いや、それは黒い塊か、靄か、それともそれそのものが生き物であるかのように、じわりじわりとトンネルの壁を侵食しながら迫り来る。
真っ直ぐのこの道では振り切れない。
ていうか角があったって脇道があったって、その先に出口がなくちゃ全くどうしようもない。
行き詰まるって言葉がぴったりだ。
地図なんて当然無い。
「くそッ、どこまで走りゃいいんだ」
走りながら振り返り、また距離を確認する。あと、8メートルくらいか?
着実に近付いてきてる。
もう暗がりにもだいぶ目が慣れて、塊の中の一つ一つの姿が薄ぼんやりと見ることができた。
見ることができて良かったかどうかは貴方次第です。俺は見なきゃ良かったと思いました。
ああ。
「くそ、一匹くらいならいいけどなぁ!」
一体何百匹いるんだよ?!
鼠!
そう、俺を追いかけてきているのは、大量の、鼠の群れなのだ。
やっぱ予想通り、猫の獲物は鼠だよねーーーーーーーーーーーーーーーーっ
なんて可愛いもんじゃない。いや、鼠が可愛いかどうかは人によるよ?
夢の国の彼はもう鼠というカテゴリーを遥かに超えてるし、高速回転する回し車から弾き飛ばされる癒し系ジャンガリアンハムスターとドブネズミは違う。
そんでもってこれは後者の方。ここは下水道。
俺は別にドブネズミもそれほど苦手じゃない。まあ突進して来られたらさすがに逃げるけど。
一匹くらいなら余裕を持って対応できるだろう。
狩るのだって全然余裕じゃね?
まあでもね、俺なんだかんだ言って魔王軍の四天王なわけですよ。それも最強の。
鼠程度にねぇ、かまけてるお安い立場じゃないんすよ。
こんなの駆け出し勇者がやりゃいい仕事ですよ。
いや、ほんと勇者のレベル上げにぴったりだよ?
勇者レベル1に相応しく、こいつは、鼠と言えどすごく大きい。
でもとんでもなく大きいかっていうとそうじゃない。
ようは中型犬くらい。
大きければ的にしやすいけどそこまで大きくない上にすばしこさは落ちてない。
ぴったりじゃないか。
めくるめく冒険のスタートだ。
初めての冒険、右も左も分からない中で命からがら戦い抜き、凱旋する。
周りのベテラン冒険者達には大したことがない成果でも、勇者の成長の第一歩として相応しい門出だ。
きっと彼はこの先どんなにレベルが上がろうと、救国の勇者と呼ばれようと、何もない、初めて命をかけて戦った、あの暗いトンネルでの鼠退治を生涯忘れないだろう。
でもさすがに俺みたいな、最強の? 四天王には役不足っていうかね。
……
…………
すみませんでした。
俺、考えてみたら武器なんて何一つ持ってないし。
防具もないし。
駆け出し勇者だって棍棒くらい持ってるんじゃないだろうか。
しょぼい使い古しのレザーアーマーくらいお情けでもらえてるんじゃないだろうか。
俺、四天王として生まれて今日で2日目なんですよ。
てことは俺、四天王2才なワケですよ。
いきなり巨大鼠数百匹とか、ちょっと無理ゲーですよ。
イージーモードでお願いします。
「っ」
肩の横を塊が掠めた。
足元で、俺の足以外の何かが水しぶきを立てる。
視線を向け、喉が鳴った。
鼠。
え、どっから落ちてきた?
上?
嫌だ、嫌だ、嫌だけど天井を見る。
「……ぎィエエエエー!?!」




